第202話 レコードブレイク

 シーズンも終盤九月に入ってきた。

 ライガースは首位をキープしつつも、苦しい戦いが多い。

 その苦しい戦いでもどうにか勝って、少なくとも引き分けに持ち込むなど、チーム自体は好調である。

 そんな中で大介は、最多安打のタイトルからは遠ざかりつつある。

 普通の年であればこのタイトルを取ってもおかしくないのだが、ホームランの打てないバッターは確実にヒットを積み重ねる。

 大介と違って敬遠や四球で勝負を避けられる機会が少ないため、それは打率で劣っていても、ヒットを打てる数は増えるだろう。


 打率の高いスラッガーが、このタイトルを取ることは珍しい。

 大介の場合は歩かせたら盗塁という状況になってしまうので、本来ならなかなか歩かせることも危険である。

 だが今年あたりは後半に入ってくると、どのバッテリーも大介の盗塁を警戒している。

 そして警戒しすぎて、金剛寺や西郷のバットに粉砕されるのである。

 塁に出ても怖いバッター。

 そう思われているだけに、単純に歩かせるわけにもいかない。

 それでも出塁率は五割を超えているのだが。


 二塁打を打つよりもホームランを打つ方がはるかに簡単な男。

 守備がいないのだから、スタンドを狙うというのが、大介の思考である。

 確かにそれはどんな好守備があっても、スタンド深くにまで飛ばしたら、意味がないのと同じではある。

 しかし深く守った外野を見ると、ヒットで簡単に出ることも出来る。

 内野まで深く守ってしまったら、セーフティが出来るのが大介なのである。


 これまでにスラッガーで、同時に盗塁王を狙えるような選手はいなかった。

 せいぜいがトリプルスリーで、それでも充分に凄い繊手であったのだ。

 ただし大介の肉体は、これまでの常識を超越している。

 チームのために優勝と考えると、無理にヒットを打つよりも、確実に四球を選んで塁に出た方が、バッテリーにかけるプレッシャーは激しい。

 実際に大介が前に出ていると、金剛寺や西郷の成績は上がる。

 そして甘く入れば、そのまま振り切ってホームランだ。


 九月に入るとこれまで雨天中止になった試合などが、シーズンの最後に固まって行われる。

 そのくせ普通に雨が降って、また試合が流れたりする。

 試合が流れるのは、ライガースにとって好ましいことではない。

 同じくタイタンズにとっても好ましくない。

 だがスターズには好ましい。

 上杉を使うために、試合間隔は広がった方がいいからだ。


 ドームではない神奈川に入団したのは、上杉にとっては悪いことではなかった。

 自分の試合が流れたら一つ次の試合に調整するだけであり、中五日で組んでいても中六日になるだけだ。

 雨が多く、そして球場がドームでないのなら、強力なピッチャーが一人いるチームは有利だ。


 それとは別に、これまでに三連戦などがあったのとは別に、二連戦や一試合だけということも多くなってくる。

 一番危険なスターズとの試合は、おそらく二連戦で舞台は神奈川、どちらかの試合に上杉は必ず出てくる。

 そして次に危険なタイタンズとの試合も、終盤で三連戦がある。

 これだけゲーム差のない接戦であれば、直接対決で決まるかどうか。

 スターズはともかくタイタンズの試合では、優勝が決まるかもしれない。


 


 131試合目が終わった。

 翌日からは今シーズン最後のスターズとの二連戦である。

 ここまででまだ、ライガースの優勝は確定していない。マジックも出ていない。

 去年までと比べて、勢いは確かに足りていない。だからこそ優勝できたら、それは実力ということになる。


 ここまでに大介は、ほぼ完全に五冠を確実にしている。

 打点、ホームラン、盗塁は、現実的に考えて誰も追いつけない。

 打率は残りの試合全てで凡退すれば、逆転されるかもしれない。

 だが規定打席は既にクリアしている。残りの試合を全休しても三冠だ。


 問題となるのは、打点と本塁打で、自分の持つシーズン記録を超えられるかどうかということ。

 インセンティヴが大きいし、来年の年俸にも反映されるため、どちらか片方は取っておきたい。

 しかしそろそろ大介は気付いてきている。

 打点と本塁打を増やしすぎると、安打数は伸びない。

 ここまで156回も歩かされていれば、それにも気付く。

 圧倒的に打数が少ないため、ほぼ四割の打率を誇っていながら、ヒットの数が増えてこない。

 大介の悩みとしてはそんなところで、スランプとはほど遠い存在だ。

 

 目指すべき境地が高すぎる。

 そして壁として存在する神奈川との、二連戦が始まる。




 二連戦の第一戦は、ライガースの飛田にスターズは大滝を当ててきた。

 ライガース相手には圧倒的に戦績が悪いのだが、ローテがあるので仕方がない。

 この大滝もあの年のドラフトの目玉の一人であったが、今から思えば正也か島を取っていた方が、スターズは強くなっていただろう。

 ローテは守るのだが、年に数回しか完投しないし、打線の援護が少ないとはいえ、貯金が増えていかない。


 スターズの得点力は、まだ低い。

 後だしになるがあの年は、井口を取っておいたらよかったのだ。

 タイタンズの金満打線において、三番を打っている井口。

 今年も30本100打点レベルの実績を残して、打率もほぼ三割なのである。


 大介のせいで同じ高卒バッターの見方が厳しかったというのはある。

 だが大滝の160kmというのは、今でも確かに魅力ではあるのだが、防御率がまだ良くなっていかない。

 他の数値を見ても、球速の割には成績がぱっとしないなとは思われている。

 もっともローテをちゃんと守っているのだから、プロ入り前の期待値と比べなければ、それほど悪いピッチャーではないのだ。


 大滝に批判が集まるのは、大介とまともに勝負しにいっているからだ。

 もちろん興行である以上、いくら大介が強打者と言っても、逃げてばかりでは試合が成立しない。

 それなのに真っ向勝負の大滝が批判されるのは、身の程を知れということなのだろう。


 上杉に比べてお前は、どれぐらい優れたピッチャーと言えるのか。

 たかだか高校時代に160kmで、今はブルペンで時々163kmまでが出ている。

 だが実戦の中で投げていれば、そんな球速はそうそう出せるものではない。

 そして出したとしても、163km程度ならば打ってしまうのが大介なのだ。


 時代が悪かったと言うべきか。

 これが上杉以前であれば、大滝は間違いなく日本のプロ野球を背負う人材として、もっと期待されていただろうし、上杉のスピードボールに慣れたバッターがいないので、もっとストレートで押していけたはずだ。

 だが大介からすると、壮行試合で体験した直史のストレートの方が、よほど打ちにくい。

(優勝もかかってるし、今日は勝負してこないかな)

 そう思ってバッターボックスに入ったのだが、せっかく二塁に大江がいて一塁が空いているのに、大介とは勝負するらしい。

 

 身の程を知れ、と思う者もいるだろう。

 だが身の程を知って逃げ回っていれば、プロ野球は面白くない。

 そういったことも承知の上で、大介は初回からホームランを打っていくのであった。




 ライガースが圧勝し、そして次の日の予告先発。

 ライガースは大原であり、スターズは上杉である。

 出来れば当てたくなかったな、というのがライガースの首脳陣の見解である。

 今年の大原は確かにすごいが、内容を見ればこれだけ勝ち星が集中するものではない。

 たとえ勝てないにしても、大量失点は防ぐことによって、味方の打線が負けを潰してくれる。

 長いイニングを投げられる大原は、確実に去年よりも進歩している。


 上杉が投げてくると分かっている以上、考えるべきことが色々とある。

 首脳陣としては、大原にタイトルを取ってほしい。

 ここまで上杉は、28先発で20勝2敗。

 対する大原は、22先発で13勝1敗。

 勝率のタイトルが見えている。

 しかしこの試合で上杉に投げて負けるなら、二敗目。

 勝率は一気に逆転である。


 上杉と大介が、タイトルを独占する時代。

 上白時代とでも名付ければいいのかとも思うが、どうせなら漢字の意味を考えて、上大時代とでも名付けるべきか。

 その中で上杉から一つでもタイトルを取るのは、世の中をつまらないものにしなくていいではないか。

 突出した少数のスーパープレイは、確かに素晴らしいものではある。

 だが上杉ほどのポテンシャルがあるのなら、もっとノーヒットノーランや完全試合を達成して欲しい。

 上杉ならそれが出来るはずなのだ。

 

 神奈川において行われるこの試合。

 ここで上杉に勝つことは、非常に重要である。

 ライガース相手には、普段よりもさらにギアを上げて投げてくる上杉であるが、そこを攻略せずしてクライマックスシリーズ優勝は難しい。

 大介の一年目は、柳本による両者完封で、引き分けを一つ取った。

 二年目は勝ちも引き分けもなかったが、他のピッチャーとの対決で勝つことが出来た。

 そして三年目の去年は、1-0で真田が勝った。


 シーズン中とプレイオフでは、上杉のパワーは明らかに違う。

 しかしプレイオフ用のパワーで、ライガース相手には戦う。

 特に大介や西郷に対しては、まさに全力といった感じで投げてくるのだ。


 この試合の第一打席も、初球からいきなり173kmを投げてきた。

 ただ上杉は今年は、パワーアップではなく投球術の方を磨いている。

 これだけのボールが投げられても、それで通用するわけではない。

 いや大介以外にはほぼ打たれないのだが。


 どれだけ速い球であっても、全く見えないというものではない。

 ただそれでも、これほどのスピードがあるというのは、かなり絞らないと大介でも打てない。

 もっともそれに関しては、大介も色々と考えている。

 出した結論は、ストレートだけを狙う。

 変化球を使われたそれで終わりであるが、それでもやってみるしかない。




 ストレートにこだわる。

 それで負けるならば問題であるが、上杉は勝ち続けてきた。

 それにプロ野球は確かに真剣勝負であるが、殺し合いではない。

 鍛えられた肉体と技術により、勝負を演出する世界。

 その中では、力と力の勝負を、観客やテレビの向こうの観戦者に、見せ付けることも必要になる。


 上杉が己と対等以上と、唯一認める存在。

 それが大介である。

 成績的に言えば、上杉が勝っているように見える。

 だが野球というのは、元々ピッチャーに判定が有利なのだ。

 三度に一度打てば、バッターの勝ち。

 そして打たれたとしても、後続を断ったならばピッチャーのやはり勝利となる。


 今シーズンの優勝に賭ける想いは、上杉には特に大きいものである。

 もう三年、ライガースは日本一になっている。

 そしてリーグでの勝負は、スターズがクライマックスシリーズのファイナルステージで敗北を続けている。


 三年だ。

 高校時代丸々と考えていい。

 甲子園を本拠地とする球団が、三年間も覇権を握っている。

 上杉は勝ちたいのだ。

 この球場で、勝ちたいのだ。


 高校時代、一度も優勝出来なかったこの甲子園球場。

 プロに入ってからも、セのリーグ優勝を決めることは、この球場ではなかった。

 高校生のころに残してきたと思えるものが、この球場にある。

 日本一になってからは、ずっと忘れていたものだ。

 しかし他のチームが何度も、この球場で胴上げをしているのを見ると、忘れていたことを思い出してしまう。


 甲子園で、優勝したかった。

 ライガースに入って優勝したいというわけではなく、この舞台で優勝したかったのだ。

 ライガースがここで胴上げをするのを見て、忘れていた感情が思い出されてくる。

 ここは特別な場所であったのだと。




 野球に愛されながら、結局一度も優勝出来なかった、四度の準優勝を記録したピッチャー。

 対するはこの球場で、史上唯一の場外弾を打った、まさに甲子園に愛されたバッター。

 ラッキーゾーンも撤去され、甲子園はNAGOYANドームほどではないが、間違いなく日本屈指の、ホームランの出にくい球場である。

 そこで三年連続で、しかも日本記録を更新して、三冠王まで取っているバッター。


 上杉は大介がうらやましい。

 そして大介はそんなことは関係なく、とにかく上杉に勝ちたい。

 上杉が投球術を駆使すれば、確かに打てない確率は高い。

 そしてどうせ打つなら、コンビネーションの中のストレートを打ちたい。


 大原のピッチング成績を見てみれば、上杉とは比べるべくもない。

 はっきり言ってタイトルを取らせるためには、勝負を避けた方がよかった。

 だがそんなことをしてタイトルを得て、誰が喜ぶというのか。

 シーズン終盤の、個人のタイトル争いにて行われる敬遠合戦。

 あれは大介のみならず、全ての野球ファンにとってどっちらけの行為であろう。

 それでも世間的には、大介相手では仕方がないと思われつつあるが。


 今年もまた、60本オーバーを打つことが出来た。

 だが去年は怪我で欠場した試合があったのである。それを考えるなら今年はもっと打っていなくてはおかしい。

 だが去年に比べても増えた四球の数。

 既にもう、64本を打っているのだ。

 大介とまともに勝負しようというピッチャーがいなくなってもし方がない。


 だがだからこそ、上杉は特別だ。

 他のピッチャーと違って上杉は、投球術を駆使することはあっても、通常は歩かせることはない。

 西郷の心を折るため、今年はちょっと特別なことをしたが、他の打席は完全に勝負である。

 沈んだチェンジアップを振らせることに失敗し、歩かせてしまったことはある。

 だがそれでも上杉は、大介とまともに勝負する一番のピッチャーだ。


 第一打席。

 既にツーアウトになっていたこの初回の攻撃。

 完全に他の球を捨てていた大介は、高めに外れたストレートを、バックスクリーンに運んで、そしてビジョンを破壊したのである。

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