第42話 チームか、個人か
一人で投げて、一人で打って勝つ。
チームとしては一人に負担がかかりすぎて、健全な状態とは言えない。
だがチームが危機の時に、必ずそれを打開してくれる。
上杉勝也というのは、そういう選手だ。
高校時代の成績や、一年目の打撃成績を見て、投げない時は野手で出てもいいのではと言われることもあるが、そこで調子に乗らないのが上杉である。
ピッチャー以外の野手経験が極めて少ないというのもあるが、ひょっとしたらDH制のあるパならありえたかもしれない可能性である。
四回の表は、この試合だけではなく、このシーズンの残りの、ライガースのチームを象徴するものになるかもしれない。
ノーアウトの打者として、大介がバッターボックスに入る。
「この打席で、大介がどう打つかで、今年のペナントは決まるかもな」
直史の言葉に、セイバーが反応する。
「どうして?」
「そういう流れね」
直史が答える前に、イリヤが直感的に理解する。
別に流れとは言わない。直史にはちゃんとそれを言語化することが出来る。
最初の打席が、一つの判断基準にはなる。
「ワンナウト一塁から、大介は単打を狙った。まあ狙って上杉さんから打てるようになってるのもおかしいんだが、単打じゃ足りなかった」
ロイも大介も、ホームを踏むことが出来なかった。
金剛寺以降のバッターが、完全に封じられたからである。
160km台後半のストレートに、ボール球と高速チェンジアップを混ぜるという、上杉にしてはかなり球数を使った三振であった。
直史が見るに上杉も、このプロ野球という世界に適応していっている。
上杉も大介も、求道者的な部分がある。
完全に相手を封じるのと、完全に相手を打ち崩すことだ。
だがそれが通用するのはアマチュアまでだ。
その中で上杉は、一試合だけの持つ価値を、計算できるようになっているのだと思う。
直史には納得しがたいが、試合に負けてもペナントレースに勝てばいい。
大学のリーグ戦の拡大版だ。全ての試合に勝てなくても、優勝は出来る。
上杉は目の前の一つの試合ではなく、年間全体のことを考えていると思う。
だから最初の対戦で負けはしたものの、大介の調子を崩したことは上杉の勝利と言える。だが戦線から離れることになって、自分のチームの調子も落としてしまった。それを考えて二度目の対戦では計算して勝った。
真っ向勝負を挑まないというだけでパーフェクトをしてしまうというスペックには驚きだが、果たして対戦相手の大介は、この状況をシーズン通して理解しているのだろうか。
野球に対する価値観が問題となる。
野球人としてか、バッターとしてか、チームの一員としてか。
その中でも、本当に間違った選択をしないで済むのか。
大介は迷っている。
本能は上杉と戦いたがっている。そしてその理由も用意されている。
無難にヒットを打ったが、点は取れなかったではないか。
内野は定位置、外野はものすごく深く守っているため、ライン際を上手く狙わない限りは長打にはならない。
盗塁は微妙なところだ。上杉は球は間違いなく速いが、セットからのクイックはやや遅いので、それだけ盗塁はしやすい。
もっともゴールデングラブ賞を取っており、何年も連続で盗塁阻止率一位の尾田がいるので、やはり盗塁は難しいと言うべきか。
あと問題になることは、大介はこのバッテリーから盗塁を試みる機会がなかった。
(いや、今考えるのは違うだろ)
上杉のピッチングを考えるに、単純に力と力で対決するのは、よほど機会が与えられた時のみとなる。
つまらないとは感じるが、試合の勝敗の方を優先しているということか。
大介としても、選択肢は二つがある。
己の力で一発を狙うか、後続に期待してまず塁に出るか。
今の上杉の組み立てからなら、ヒットを打つのはそれなりに可能である。
だがスタンドまで持っていくのは、かなり厳しい。ならば先頭打者としては、まず塁に出ることを考えなければいけない。
極端なシフトのせいで期待値の高くなっている単なるヒットか、それとも確実に点は取れるが確率的には低いホームランか。
どちらを狙うべきか、大介は決めていない。
特にベンチからの指示はない。おおよそベンチは大介に対しては、何もサインは出さないのだ。
(まず一点だな。とにかく塁に出て、足でかき回した方がいい)
大介はそちらを選択する。
三球目、おそらく手元で動いた球を、大介はライト前に運んだ。
これで二打数二安打であるが、VIPルームの直史は、それは違うと考える。
白富東時代の大介は、いざという時はホームランを打って、一人で点を取ることを求められていた。
だが高校レベルでは全国最強クラスの白富東でも、ライガースのスタメンに比べれば、その打撃力はずっと下だったのだろう。
だから今、大介は他のチームメイトに頼ってしまっている。
それは違うのだ。
大介は他のチームメイトを頼るべきではない。
四番ではないが、大介は実質的には四番以上の存在だ。そこで求められるのは、一人の力で一点を取ってしまうこと。
もっとエゴイスティックに、自分の力だが状況を打破すると思ってしまった方がいい。
金剛寺などのレジェンドクラスのバッターに、他にも頼れるチームメイトはいる。
だが今日はその中の、打率も高く長打も打てるロイが、二番にいるのだ。後ろが弱いのだ。
臆したわけではないだろうが、大介はミスショットで内野ゴロになったとしても、ホームランを狙うべきだった。
金剛寺は確かに長年ライガースの四番を務める大打者であろうが、はっきり言って上杉とは格が違う。
上杉を打てるのは、大介だけだ。だから、勝負にいかなければいけなかった。
「すごい。上杉君から連続でヒットを打ったのは、プロの選手でも初めてかもしれませんね」
高校時代に、一試合の中で同じ打者に複数のヒットを打たれたのは一度だけ。
そんな化けものっぷりを、今でも継続している。
直史には分かる。今、大介は間違えた。
しかしヒットという、一見すると正解のように見える結果が出ている。
「う~ん……」
直史としては、お前はそうじゃないだろうと言いたい。
高校時代の紅白戦の結果を、大介は理解していないのだろうか。
直史との対戦成績は、確かに一般的な基準から見れば勝ってると言っても良さそうであるし、負けだという人間は少ないだろう。
だがおそらく秦野とジンなら、あれは大介の負けだと判断する。
「野球ってのは面白いスポーツですからね」
直史だって、色々と調べたりはするのだ。
「ヒットを13本打たれても完封することもあれば、ヒット無しでも一点以上取られることもありますし」
ヒットをいくら積み重ねても、そのまま点につながるわけではない。
この回もノーアウト一塁という状況から、まず大介はワンナウト二塁にまでは進んだ。
しかし三塁ベースが踏めない。
「上杉もやっぱり、ちゃんと考えて投げとるからなあ」
「一年目はデタラメでしたし、二年目からは隙がなくなった感じですね」
島野監督たちのその言葉を聞きながら、大介としても色々と考える。
上杉のピッチングは、圧倒的であるのに、どんどんと技巧を加えたものになっている。
一年目と違い二年目は黒星があったが、それでも過去の歴代のどの投手と比べても、比較できないものである。
既に超人の域にあるのに、さらに進化している。
それ以上強くなってどうするの、と大介は尋ねたい。
直史のように「絶対負けないからつまらない」などと賛辞としか思えない悪口を書かれるのではないか。
単純な剛腕との対決を、大介は夢見ていた。
実際に初めての対戦では、ストレート主体で勝負してくれた。
しかし二度目の対決は完敗であったし、その後はチーム全体も調子を崩した。
単にその試合だけでなく、チームのコンディションまで支配する、絶対的なピッチャーとなっているのだ。
トーナメント戦では必要なかった、プロのピッチャーとしての戦略的な技術を身につけている。
とにかくあと二打席、今日は回ってくる。
ノーノーも既に一回から消しているため、その心配はしなくていい。
(なんとかつないで、一点を取らないと)
大介は、酷なことを言うようだが、勘違いしていた。
山田の力投は、上杉に打たれたホームラン以外は、ヒット二本にフォアボール一つという、ほぼ完璧な内容である。
今季は柳本が、二点しか取られてないのに負け投手になっていたりしたが、山田もその可能性が高くなってきた。
「辛抱してくれよ、鉄人。絶対負けは消すからな」
金剛寺がそう言って、分厚い手で肩に触れてくる。
今日の上杉は、どちらかと言うと打たせて取るピッチングだ。
もちろんそれでも毎回奪三振は平気でやってくるので、どれだけピッチャーとしての性能に差があるのか、見せつけられる思いである。
ただとにかく、自分の成績はともかく、点は取って欲しい。
引き分けにさえすれば、またチームの優勝に近付く。
リーグ戦の優勝も長らく味わっていないが、日本一になっていないのは、ライガースの選手は全員である。
FAで移籍してきた選手などは他球団で日本一の経験があるが、ライガース生え抜きで日本一の経験があるのは、それこそ監督やコーチ陣でさえいない。
40年日本一になっていないというのは、そういうことなのだ。
一点がほしい。ライガースのベンチはずっとそう思っている。
ただ、今日の上杉には隙がない。
七分の力どころか、五分の力を使って、上手く抑えられている。
そのくせ初回のしょうなピンチの場面では、100%の力を使ってくるのだ。
ここから終盤、中六日ではなく中四日などで投げてくる、準備運動でもあるのか。
才能とパワーだけでやってきた天才が、さらに戦略的な思考まで手に入れては、太刀打ち出来ない存在になる。
この回も無得点。
厳しい状況に慣れている山田は、それでも集中力を途切れさせずにマウンドに向かう。
五回の攻防が終わる。
神奈川のホーム側ベンチで上杉は、肩を回していた。
今日は全力投球が少ないので、いささか物足りなくはある。
「どうかね?」
別所監督に声をかけられ、上杉は苦笑する。
「まあ、年季が違うということでしょうな」
男くさいその笑みに、頼もしさ以外の何も感じない。
シーズン最初の対決では、まず真正面からぶつかってみた。
上杉はそこで分かった。これを繰り返していたらどちらか、あるいはどちらもが壊れると。
そこまでの勝負をするのは、自分的には問題ないのだが、チームとしては問題である。
それに、大介にとっても。
長いシーズンの中で、本当に対決しなければいけない時は限られている。
そこで圧倒的に勝負するためには、全てを常時全開でいくわけにはいかない。
(樋口にも叱られたなあ)
三振を取るよりも、内野フライか内野ゴロでアウトにすべし。
練習では完璧な守備が、試合ではそこそこエラーするのは、実際の試合の中でのゴロやフライを捕ってないからだと。
あちらとしては不満だろう。上杉としても満足なわけではない。
だがこのプロの長いシーズンの中では、絶対に力と力で対決する場面が回ってくる。
今日を除いたとしても、最低あと一回。あるいは雨などで延期になった影響で、終盤でもう一回。
だが順位が決定していれば、そこでは投げずにプレイオフでの対決となるだろう。
優勝を巡る戦いであれば、間違いなく真剣勝負となる。
もしそうなったら上杉は、間違いなく勝負にいく。
作戦としては逃げた方が確実に勝てるのかもしれないが、それをしてしまっては上杉としても、チームとしても終わりだ。他の試合で負けて敗退する。
(白石、納得しづらいかもしれないが、これがプロの世界だ)
オールスターで上杉は大介と同じチームになった。
勝利に向けて同じ方向に向かうのは初めてで、不思議な気分になったものだ。
しかしほとんど会話はしなかった。
上杉にとっても、大介は特別な存在になりつつある。
あの夏、甲子園では一度もしなかった全力投球を、自分にさせた一年坊。
あるいは、こういった予感がしていたのか。
日本のプロ野球に、上杉と大介がいる時代。
(勝と大か。名前にさえ、対抗するような漢字が使われてるんだな)
この先、どれぐらいこの対決が行われていくのか。
日本のプロ野球史上に輝く、400勝というピッチャーの数字。
さすがにこれは時代が違うので抜けないだろうと言われている。上杉であっても。
しかし防御率や勝率などは、抜ける可能性が極めて高い。
同じように大介も、あらゆる打者の記録を塗り替えていっている。
このまま投手五冠と打者三冠を取って、プレイオフで対戦しようではないか。
そして日本シリーズを消化試合にしてしまおう。
かなり不遜なことを考えながらも、上杉はマウンドに登る。
大介との三打席目の対決が迫っていた。
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