第111話 変則的な幕開け
年が明けた。
一月はまだオフシーズンであるが、大介は実家の近くに残ったまま、仲のいい選手たちと、練習やトレーニングを開始した。
そしてそれから二月のキャンプに入るわけだが、今年は変則的なシーズンになる。
何も日程自体が大幅にずれたりするわけではないが、大介がWBCの代表に選ばれているため、オープン戦の時期には離脱するのだ。
他にライガースから選出されているのは、山田と琴山の投手陣。
あと、地味に去年中継ぎで、防御率が良かった飛田も、補欠として選ばれる可能性がある。
だがこうやって見てみると、ライガースの攻撃力が、いかに大介に偏っているかも分かるというものだ。
金剛寺はさすがに年齢的なものもあるため、候補にもならない。
若手でポジションをつかんだ黒田と大江も、そこまでの成績は残していない。
そんなわけで去年の12月頃から、有力選手にはどんどんと声がかかっていったのである。
なおその中で大介が参加しないと早々に知ったのは、元ライガースの西片。
奥さんが二人目を産んでから体調が悪く、それが移籍の理由になった。
今では奥さんの実家の近所にマンションを借りて、そこに住んでいるのだとか。
あとは柳本も、ポスティングでの移籍が決まっていて、それどころではないという。
逆に参加を了承していく選手もどんどん出ている。
大介と年が近い者であると、上杉兄弟、織田、玉縄、福島、島、井口といったところか。
あとは大介が気にする投手陣としては、レックスの東条、スターズの峠、福岡の武内と秋元、埼玉の種村と水沢といったところは挙げられる。
ちなみに選手構成としては、ピッチャー13人、キャッチャー三人、内野と外野が六人ずつとなる。
ピッチャーの数が多いように思えるが、球数制限があるため、多めに持っていないといけないのは、ワールドカップの時と同じである。
二月になってキャンプに入っても、なかなかメンバーが決まらない。
あとMLBに所属している日本人は、ほとんどが出場出来ない。
チームのオーナーにとっては、WBCの収益の還元などはした金であり、それでチームの主力を怪我させるわけにはいかないとはっきり言っている。
WBCは元々MLBが主導して行っている大会なのに、こういったように足元が固まっていない。
実のところ日本も、商業的な面もあるがMLBの一方的な条件に、最後まで出場を決めなかったのが第一回大会である。
そのくせ参加すればちゃんと優勝をもぎ取ってしまうあたり、あの頃の日本は強かった。
毎回ベスト4以上に入っている日本としては、MLBに所属している日本人が出場すれば、簡単に優勝は出来るのだと言いたい。
NPBの選手会としても、これが本当に世界的な野球の盛り上がりにつながるのかは、疑問視する向きがないではない。
だが大介は考える。
盛り上がらないなら、自分で盛り上げてしまえばいいではないか。
アメリカ代表に出てくるような選手は、MLBではなくその傘下の3Aの選手が多かったりする。
メジャーリーガーではあったり、今もメジャーリーガーではあるが、主力級の働きはしていないというメンバーだ。
だが逆に売り出し中の若手にとっては、MLB球団にアピールする、絶好のチャンスでもある。
変に計算高く、怪我を何よりも恐れる現役のメジャーリーガーと、その卵でありアピールのチャンスを貪欲に求めるマイナー選手。
短期決戦の大会であれば、後者の方が怖いと思うのは当然である。
それとは別に気になっているのは、ライガースと外国人との契約である。
去年の段階で、志龍とロバートソンは、MLBの契約が決まってしまったとは聞いていた。
ロバートソンは18先発で九勝しかしていないのだが、逆に負けも三敗だけである。
元々マイナーにいるのが嫌なだけだったので、MLBと契約がまとまれば、日本にとどまる必要は何もないだろう。
グラント、オークレイ、レイトナーの三人は残った。
元々先発は少し余っていて、飛田が去年はそのせいで勝ち星を伸ばせなかった。
リリーフとしては活躍していたので、ちゃんと給料は上がったらしいが。
あとは高橋が、年俸2000万でまだ残っている。
なんとかあと二勝させたいとフロントが思うのは当然である。去年も四勝したのだから。
志龍の抜けたセンターは、真田の盟友毛利が埋められるらしい。
この一軍のキャンプにも参加して、とにかくいい当たりを連発している。
中距離打者ではあるが、広い守備範囲を持つ俊足であり、選球眼もいい。
それだけに完全に直史に抑えられてしまって、評価が下がった気の毒な選手である。
同学年に全てのスペックが上のアレクがいたのも、過小評価される理由にはなったのかもしれない。
ただピッチャーというのは、足りているようで足りなくなるものである。
セットアッパーの青山も今年で36歳になるし、柳本は抜けてしまったしで、飛田を先発ローテに入れるなら、またリリーフも薄くなるだろう。
また空いてしまった外国人枠だが、二軍にも出番を待っている者はいるのだ。
だが抜けてしまったのが先発ローテのロバートソンなので、外国人に使える枠はあと一つ。
どうやって戦力を補充するのか、またセイバーが暗躍するのだろうか。
「打つね~」
フリーバッティングを終えた毛利に、大介は声をかける。
「次、打つんですか?」
「おうよ」
「見てていいですか?」
「いいぞ~」
大阪光陰にとってSSとは敗北の烙印なのである。
去年の夏にはついに復権を果たしたが、秋は主力の離脱があって、府大会で負けるというほどにチームの再編には苦労している。
一年から活躍していたのは真田と後藤だが、その秋からは毛利もスタメンを勝ち取っている。
一番でセンター。
どうしてもアレクと比べられた。
毛利だって甲子園でホームランを二本打っているし、練習試合や甲子園以外での公式戦で、30本以上は打ったいたりする。
明らかに自分より小さな体格で、どうしてあそこまで飛ばせるのか。
キャンプの時点で一軍帯同となった毛利としては、どうにかその秘密を知って自分のバッティングに活かしたい。
高校時代は完全に目の上のたんこぶであったが、同じチームとしては頼りになりすぎる存在だ。
大介がいるせいで、他のバッターはタイトルが取れない。
そんな大介は一月の自主トレで、しっかりと準備をしてある。
キャンプ初日から、ほとんど全開だ。
開幕に合わせて体を絞っていくなど、まだ三年目の大介には無理なのだ。
WBCもあるから余計に、早めに仕上げておかないといけない。
いや、違うか。
WBCよりも大介が意識するのは、その前哨戦だ。
大学選抜の代表には、直史が出てくる。
確かに化け物ではあるが、実際のところ大介から見ると、短期決戦に全力で振るなら、上杉の方が上と思える。
だがそれは大介が知る直史の姿であって、そしてレア度で言うなら上杉とは比較にならない。
準公式戦ともいえる、壮行試合。
プロ選抜の方は、ピッチャーに無理をさせないため継投をしていくが、大学の方は調子が良ければもう少し長く投げてくるだろう。
直史の実績からして、クローザーで二試合とも投げるのかもしれない。
あくまでも壮行試合であるのに、本気を出してしまうのが、利害関係のない直史である。
それぐらい本気になってくれた方が、大介としては燃えるが。
170kmとチェンジアップの130kmが不規則に投げられる設定のバッティングマシーン。
単に170kmというだけなら、意外と当てるだけは出来るのだ。
特にマシーンであればタイミングさえ合わせれば、あとはコースだけが問題だ。
しかしチェンジアップを混ぜることによって、1・2の3ドーンというのが使えなくなっている。
だが、大介は別である。
スイングスピードが異常に速いので、緩急差だけなら普通にヒット連発には出来る。
問題はどちらかを長打にした上で、もう一方もカットしていく技術だ。
上杉の場合はこれに160km台のムービング系を混ぜてくる。
さすがにリリースの瞬間に分かるカーブは、もう脅威ではないが。
逆に言えばあのカーブが進化していたら、とんでもない脅威になる。
160km代前半のストレートと、大きく曲がる高速変化球は、どちらも対応出来るようになった。
打てない球があるのが嫌だという理由で、ここまで成長してしまう。
普通はどちらかをちゃんと対処出来るようになることで、もう一方は捨ててしまうのが、バッテリーとの読み合いで重要なことなのだが。
どちらにも自力で対応してしまおうなどと、頭のおかしなことを普通のバッターは考えない。
設定を変えて色々と打っている大介に対し、毛利はずっと気になっていたことを尋ねる。
「大介さん、もしも甲子園で大阪光陰が勝つとしたら、何をしていれば良かったんですかね」
その答えは簡単である。
「俺をどう抑えるかじゃなくて、ナオからどう打つかが問題だろ」
そうなのである。
大介は極端な話、全打席敬遠してしまえばいい。
敬遠をしないとしても、甲子園の打席での対決は、真田はかなり善戦しているのだ。
むしろ打率などを見ると、勝っているとさえ言える。
武史もまたデタラメに速かったが、それでも絶望するほどのものではなかった。
だが15回をパーフェクトに抑えられて、次の日の再試合も完封されるのでは、もうどうしようもない。
グラウンドの中で一番高い、マウンドに立つ球場の支配者。
それがエースピッチャーである。
大阪光陰の監督木下も、自分が見てきた中で、一番のピッチャーが真田だと言っていた。
それ以前にも何人もドラ一投手を育ててきたのに、それでも真田が一番であると。
実際にシニア時代は世界一になっているのだから、その言葉は信じてもいいだろう。
一方の佐藤直史は、中学校の部活軟式で、公式戦一勝も出来なかった。
今から思うと、究極の下克上、あるいはみにくいアヒルの子である。
大介は速球系はそこそこで切り上げると、変化球への対応に回る。
完全にランダムで放たれるボールを打ち返すのは、下手に上手くリードされているボールを打つより難しい。
だが大介は速度差もある変化球を、ことごとくスタンドまで運んでいる。
キャンプ地のこの球場は外野スタンドが狭いため、場外弾も頻繁に出てしまう。
なので球場の付近には注意書きがあるし、年々ネットの位置も高くなっている。
場外もスタンドぎりぎりも、ホームランはホームランだ。
点を奪うという意味では、同じである。しかし大介が飛距離を伸ばすのは、これも試合を支配するためだ。
即ち、ピッチャーのメンタルの破壊。
グラウンド内の支配者たりうるピッチャーの心を折れば、それだけで試合を決めることが出来る。
実際に大介にボコボコに打たれたタイタンズの加納は、その年はひどい出来であったし、次の年も後半まではかなり悪かった。
だが大介のことを、突然変異の化け物と認識してからは、かなり復調した。
これがピッチャーのメンタルというものだ。
もっともいまだにトラウマで、ライガースとの試合ではローテを崩しても投げてこない。
速球への対応能力も凄かったが、変化球は何がどう来ても、確実にミートして長打の当たりにしている。
サウスポーのポジションから投げられる、140km台の高速スライダーなどを、泳ぎながらも腰の回転だけでレフトに飛ばすのは、見ていても意味が分からない。
ただ大介としては、甲子園で一番多く試合をするということの意味を、最近はようやく分かってきた。
風を貫いて場外にまで飛ばせる大介だが、甲子園でもっとホームランを量産するには、外角の球を上手く風に乗せて、レフトスタンドに運ぶことが重要なのだ。
しかし、こんなに変化球打ちの練習ばかりをしていても、そうそう意味はないだろうに。
プロの世界でも、これだけの変化球を使い分けるピッチャーはいない。
だいたい変化球をいくつも使えるようになるというのは、それだけ一つ一つの精度は落ちるということだ。
そこまで化け物のピッチャーもいないではなかったが、使える変化球をそれだけ持っていると、MLBに行ってしまう。
だからこの変化球対策は、プロ向けのものではない。
あの、マウンドに立つ絶対的支配者を想定してのものだ。
それに気付くと毛利は、これだけでは全然足りないと理解する。
「もっといいマシンほしいですよね」
「それな」
フリーバッティングを終えた大介は、まだ納得がいっていない様子である。
ここまで滅多打ちにしているが、マシンの球はしょせんはマシン。
タイミングの取り方やフォームなどを考えると、人間の投げる球の方が打ちにくい。
ただ、そこまでの機能をマシンに持たせるのは、明らかにオーバースペックである。
たった一人のピッチャーを攻略するために、そこまでするような機構は、おそらく作れないのではないだろうか。
「自分で作ってもらおうかな……」
怖いことを言っている大介であるが、それが可能なだけの年俸はもらっているのだ。
なおこのキャンプ中、大介は今年の目標などということを、取材を受けたり、あるいは司会者や解説者などとの接触があった。
そこで問われるのは、今年の目標である。
前人未到、空前絶後の四割50本60盗塁を達成した怪物は、まだこれが三年目。
各種記録の最速を更新し続け、その累計はひょっとしたら、あの世界の大記録を抜くのではないか。
期待されているのは分かる。
だが大介にとって一番なのは、今年に限ればそんなことではない。
「今年は、WBCに全力を注ぎます」
正確にはWBCもそれほど興味はない。
本戦にアメリカのMLBから、本当のトップレベルのピッチャーはあまり出てこないと知っているからだ。
だから本当に大切なのは、WBCに出てくるどんなピッチャーよりめんどくさい相手がいるはずの、前哨戦。
大学選抜との壮行試合に、今年の全てを賭けている。
あるいは無理をして怪我をしたり、調子を崩すかもしれない。
だがそれを覚悟した上で、大介は全力を出す。
おそらくは一試合だけ。それも三打席対戦があるとは限らない。
しかしその対決を、大介は待っている。
かつては共に戦った戦友。
部内の紅白戦での結果は、直史に完全に封じ込められたわけではない。
だが甲子園で本気になった直史のような、あのモードとは対戦したことがない。
今年のシーズンは、大介にとって精神的に消化シーズンになるかもしれない。
それだけの覚悟をした上で、大介は対決に臨む。
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