第112話 一番ショート白石

 島野のようなおっさん世代では、まだチームの最強打者は四番であり、巧打者は三番であるというイメージが強い。

 だが大介が三番を打ち続けるというのは、金剛寺というライガースの顔がいることを思えば、ありがたいことなのだ。

 大介がいる限り、ライガースの顔である金剛寺を、四番で使い続けることが出来る。

 もっともさすがに、ライガースの顔は、大介に代わってきたとも思えるが。


 そんな大介は、日本代表でも三番で使うべきかと思っていた。

 日本代表の四番というものに、大介は全く執着をしていない。

 ワールドカップの時も三番を打っていたし、その次の年のアジア選手権でも、三番を打っていた。


 最初に大介を本格的にスタメンで使った監督が、三番に最強のバッターを据えるという考えの持ち主であった。

 そしてそれに慣れていた。

 そのあたりも考えて、代表の打順は考えるべきなのだ。


 しかし大変ではあるが、やりがいのあることだ。

 NPBの若手の中では、ほとんどが召集に応じてくれた。

 特に中京の東が、故障明けながら来てくれるのは、若手キャッチャーが薄い現状ではありがたい。

 一応実力的に北海道の山下も選んであるのだが、あの変人にはあまり頼りたくないのだ。

 戦力としては間違いなく素晴らしい選手なのだが。


 実のところこの選考は、すさまじく大変であったのだ。

 もちろん実力者を選ばなければいけないが、総監督であるだけに、自軍の選手をある程度は出さないといけない。

 大介と山田、そして琴山あたりが、年齢的に見ても実績的に見ても、バランスが取れていた。

 同じリーグのライバル球団から、あまり大量の選手を集めるわけにはいかない。

 それではシーズンの序盤に悪影響が残るかもしれない。

 なので一つのチームからは、最大でも三人までと決めた。

 しかしそれでも、全員をピッチャーにしてしまうわけにはいかない。

 神奈川などは上杉に玉縄、峠あたりを選びたかったのだが、峠は一年目に故障したこともあって泣く泣く切ったりもした。

 そして完成した選手表を見た時、思わず島野は「勝ったな」と言ってしまったものである。




 これだけの選手が集まると、日本がまた優勝するのも、難しくはないと考える。

 もっともスター選手を集めているため、打順やスタメンを決めるのは本当に難しいが。

 そんな中、大介が言ったのだ。

「監督。壮行試合の間、俺を一番にしてくれませんか」

 代表監督が、同じライガースの島野だからこそ言える無茶振りである。


 大介こそまさに、三番だろうが四番だろうが、誰からも文句の出ないバッターである。

 それが自ら志願しての先頭打者。

 島野としては、千葉の織田か広島の渡辺あたりを配置しようと思っていたのだが。

 あと埼玉の咲坂など。

 そこへ自球団の選手の我儘である。

 しかしこの言い方からすると、壮行試合にこだわっているようにも思える。

 

 一番大介というのは、確かに夢があると言えば夢がある。

 まさか初回の攻撃の、一番打者を敬遠することも出来ないだろうという考えだ。

 選球眼もあり、粘ることも出来て、出塁率は高く、足も速い。

 とんでもない先頭打者の適性はあるのだ。それ以上に得点源としての需要があるだけで。


 しかしこの提案の、意図が分からなければ困る。

「なんで一番を打ってみたいんや?」

「ナオと対決するなら、たぶん一打席目で、向こうがまだ一人にも投げていない時が、一番攻略しやすいと思うからです」

「佐藤か」

 むむ、と考え込む島野である。


 スーパースター軍団である、NPB日本代表。

 だがこれに加わっても遜色のない選手というのが、大学選抜にもいるのだ。

 たとえば西郷は、スラッガーとして即戦力級の働きを期待されている。

 ストレートにはめっきり強いし、変化球にも対応出来る器用さを持つ。

 足が遅い以外は何も文句のないバッターだ。


 また、佐藤兄弟。

 兄の方は確率や統計といった概念に喧嘩を売るような成績を残しているが、弟の方のストレートもすさまじい。

 MAX163kmというのは、今の日本では上杉の次だ。

 上杉がわずかではあるが173kmという人外の数字を出しているのだ勘違いするが、160kmを投げられるピッチャーなど、日本の野球史を見てもそうそういるものではない。

 こちらもまた、プロで即戦力だと言われている。

 まだ大学一年生であるのに、ノーヒットノーランを複数達成しているあたり、本当に佐藤家の一族はおかしい。妹たちも含めて。


 大介は圧倒的に速球に強い。

 ムービング系の球であっても、小さな変化なら叩いてしまえる。スイングスピードが速いので、打ち損ないが内野の間を抜けていったり、外野まで抜いていったりする。ジャストミートならホームランだ。

 そもそも体軸のわずかな移動で、小さい変化にはついていける。

 弱点と言うほどの弱点ではないが、サウスポーのスライド変化に弱いことは知られている。

 だがそれは左バッターなら、誰だってほとんどは同じことが言える。


 直史は右のピッチャーで、体の構造的に、それだけ左バッターに逃げる球は投げられない。

 しかしそんなことは関係ない。誰も打てないのだから、どういったバッターを苦手としているのか、誰にも分からない。

 ならば最高のバッターを当てるしかない。

「まあ事前にピッチャーどう使うのかとかも聞けるし、佐藤の投げる時に試してみるか」

「あざっす」

 大介の要望が通った。




 そして今、島野の目の前で、計画通りの対戦が実現している。

 一番打者など、島野は考えたことすらなかった。

 なので相手の意表は突けただろうから、ある程度の有効性はあるはずだ。

 しかしバッターとピッチャーの対決は、初回はピッチャーの方が有利なはずなのだ。

 単純な体力面と、あとは慣れの問題もある。


 高校時代は、同じチームであった。

 変化球対策で、バッピもたくさんしてもらったとは聞いている。

 だからあとはそのイメージに、どれだけの修正を加えられるか。


 スターティングメンバーの発表の時点で、既にボルテージは最高潮に上がっていたはずだが、大介がバッターボックスに入ると、ドームが揺れる。

 あまりの大歓声で、コーチャーなどの声が届きそうにない。

(ここまでのもんか)

 下手をしなくても、日本シリーズ以上の盛り上がりがあるのではないだろうか。

 それだけこの対決は、誰もが待ち望んでいたということか。


 島野も見た、白富東における引退試合。

 プロを視野に入れて鍛えていた大介と、受験のためにセーブしていた直史。

 バッターは三割打てば一流とは言われるが、少なくともあの打席では大介が敗北している。

「佐藤か。一度は投げ合ってみたかったですね」

 この対決を前にしても、平然としていられるのは上杉。

 残念ながらこの試合の先発は彼ではないし、当初予定ではリリーフの番でもない。


 だが、血が熱くなる。

「監督、ワシも投げてもいいですか」

「いやいや、準備しとらんやろ。それに色々とプランもあるし、明日の先発やで」

「なんなら代わりましょうか?」

 しかしこんなことを言ってしまう者もいる。

「上杉となら代わってもいいですよ」

 明日の二番手として予定していた山田である。


 他の球団のピッチャーなら、問題があった。

 しかし山田は島野の無茶がある程度通用するし、どうせなら壮行試合でも先発で投げたいということだろう。

「まあ、じゃあ四回からいってみるか?」

「ありがとうございます」

 球場の雰囲気が、予定を場当たり的に変えてしまっている。

 誰もが興奮している。

 いや、不動の者も何人かいるか。


 たとえば今日の先発の、大京レックスのエース東条。

 自分のピッチングに集中するため、ベンチの奥深くに座っている。

 この試合はDH制のため、ピッチングだけに専念出来る。

 セの投手にとっては、普段とは違うがありがたいものだろう。


 四回からは上杉が投げる。

 そこまで直史がマウンドに残っていられるかは、誰も気にしていない。




 バッターボックスの中の大介は、自然とゾーンに入っていた。

 音を消し、ひたすら直史の投げるボールに、脳の処理を回す。

 ただ考えていてはいっていけないのも確かだ。


 反応で打つ。

 そこへ投げ込まれたのが、ストレートであった。

(打てる!)

 スイングスピードで持っていけると判断したのだが、打球は真後ろに飛んでいった。

 タイミングは合っていたが、ボールの下を打ったということだ。

(なんだよお前)

 進化してるじゃないか。


 もちろん直史の球速が上がっていることは知っていた。

 だがこれは、球速ではなく球質だ。キレはあるし、そしてホップ成分が格段に高まっている。

 速いだけなら打てるが、速いだけではないのは難しい。

(このボールを使ってきたということは、二球目はカーブか)

 外に外れるカーブか、ワンバンする大きなカーブか。

 それもゾーンに入ってきたなら打てる。


 しかし二球目は、真ん中辺りから膝元への変化球。

 スピードのあるタイプだ。それが斜め下に落ちた。

 スプリットだが、こんなタイプのスプリットは事前の説明でもなかった。

 この冬の間に習得したのか。直史ならばありうることである。


 この打席では打てないな、と大介は判断した。

 速球系二球で追い込まれて、そこから緩急を使ってこられたら、おそらく大きな変化球で空振りする。

(でも一回ぐらいはカーブを投げてくるだろ)

 その軌道を見ようと思っていたところに、三球目もストレート。

 舐められたなどとは考えず、ゾーン内のストレートを振っていく。

 チップしたストレートが樋口のミットに収まり、三球三振した。

 第一ラウンドは完全に直史の勝利であった。




 本日の直史に関する注意点は、まず一つ。

 ストレートのキレと伸びが、圧倒的にすごい。

 いやすごいと言うよりは、圧倒的に平均値からずれている言うべきか。

「ストレートが二種類あります」

 大介は完全に、初球と三球目のストレートの違いが分かっていた。


 高めの方がストレートには、ホップ成分をつけやすい。

 だが直史の三球目は、ベルト高の打てるはずのストレートだった。

 それがボールの下をかすっただけなのだから、ホップ成分が多くかかっていたのだろう。


 ストレートは球速もだが、その球速にスピン量と回転軸がどうなっているかで、平均値から外れていく。

 これが上でも下でも、平均値から外れているのが打ちにくいストレートだ。

 直史はおそらく意識的に、ギアを上げたストレートを投げている。

(あの球の完成形がこれか)

 高校時代に投げていた、体を沈みこませる位置から投げていたフラットと呼ぶストレート。

 低い位置でリリースするので、低めに決めるても高めに決めても、ホップ成分が多いように感じる。

 三球目のストレートは、明らかにホップ成分が多かった。

 一球目で修正していた軌道に、ボールが来なかったのだ。


 成長している。いや、進化と言うべきか。

 大学では圧倒的な数字を残していたが、去年のシーズンオフと比べても、圧倒的に今の方がピッチングの幅が広い。

 高校時代も成長速度がおかしかったが、大学に入ってからも、一年目より二年目の方が、大きな上昇曲線を描いている。


 二番三番と、危なげのない内容でスリーアウト。

 わずか11球で、直史はベンチに戻っていく。

(とんでもねえやつだな、やっぱ)

 一回の表を終えて、大介も守備に就く。

 先発は大京レックスのエース東条。

 こちらも圧倒的なピッチング見せてくれる。


 東条は三回までだ。

 そこからは上杉の我儘が通ってしまって、ピッチャー交代となる。

 三回までを全力で抑えればいいのなら、東条も大学選抜相手でも、まず打たれることはないだろう。


 はっきり言ってシーズン中に対戦したよりは、雑なピッチング内容である。

 だが短いイニングと分かっている以上、球威だけで相手を抑えられる。

 キャッチャーの山下もそれを承知しているのか、伸び伸びとしたピッチングをさせるリードをしている。


 北海道の山下。とにかく変人で変態で、犯罪者の一歩手前と言われる存在だ。

 もちろん犯罪を犯したわけではないが、具体的には何なのかということも、わずかだが聞いている。

 山下は裸族なのである。

 球団の寮に入っていたときは、自室では裸でいて、自分の部屋で服を脱いでから、風呂にいくということもあった。

 なおこれは性癖や欲求ではなく、本人によると主義であるらしい。

 山下はヌーディストなのだ。

 だからこれまで外で脱いで、犯罪になったことはない。


 球団の寮を卒業した山下の家に遊びにいった同球団の選手は、完全に家の中では裸の山下を目撃しているそうな。

 なお女性の前ではちゃんと服を着る。TPOの分かった主義者である。変態ではなく、主義者なのだ。

 まあ大介としては、ちゃんとピッチャーをリードしてくれるなら、別に変態でもどうでもいいのだが。

 なお「寄るな変態!」と罵ると興奮するようなので、本当に変態ではなく主義者なのかどうかは、判断の分かれるところである。


 一回の裏、そんな山下のリードで三者三振を奪った東条は、どうにも釈然としない顔である。

 なんとなくその感覚は、分かるような分からないような。

 ともあれこれで、両方のピッチャーがパーフェクトな立ち上がりを見せた。

 試合は二回の表。

 大介はベンチの一番前から、直史のピッチングを観察し続ける。


×××


 ※ そういえば昨日、群雄伝を投下してます。

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