第239話 タイトルマッチ

 スターズとの試合が終わり、ほぼシーズンの順位も見えてくる。

 だがセ・リーグの三位争いは熾烈だ。

 ただしタイタンズは、ライガースとの試合を四試合残している。

 それに比べるとレックスは一試合だけである。

 もっともこれに、スターズとの対決も加わるわけであるが。


 スターズに三連敗したライガースは、まるで八つ当たりのように、レックスとの最終戦。

 山田が先発し6-2の快勝である。

 タイタンズファンは喜んだかもしれないが、ここからは落ちる。


 タイタンズとの二連戦、第一戦のピッチャーは真田。

 まさに上杉がいなければといいたいぐらいに、今年は圧倒的に勝っていた。

 現在18勝3敗で、登板の回数は残り二回を予定している。

 とりあえず20勝を目指して投げるのだが、この日は比較的安定していない。

 点を取られるとそのまま一点リードで、温存のためにリリーフに交代してしまう。

 ただし4敗目はつかせない。

 大介のホームラン、勝ち越しタイムリーヒットがあって、負けを消した。

 勝ち星がついたのは、リリーフした村上である。


 次戦の先発は山倉で、この試合はそこそこの打撃戦となった。

 だが先制したライガースは最後まで追いつかせることなく、山倉に勝ち星をつける。

 大介はホームランこそなかったものの、タイムリーツーベースで二打点。

 一点差で決したこのゲームでは、当然ながら大きな役割である。


 ここからは天候で順延した試合などもあるため、一試合だけというのがレックスと同じくある。

 まずは中京フェニックス。

 今年もBクラス確定のフェニックスであるが、実はこの終盤に来て、意外と勝っている。

 大介は二度も歩かされながらも、一本のホームランを打って、ホームラン王を決定付ける。

 ただし試合はクローザーのウェイドが失敗して、敗退してしまった。

 もっとも二位は確定しているので、チームとしては個人成績だけが大切になるが。


 残るはカップスとの二連戦と、タイタンズとの二連戦だけとなる。

 大介の打点王とホームラン王はほぼ決まっているのだが、打率だけがまだ二位である。

 二位じゃ駄目なんですか? 駄目です。

 ただカップスはまだ一打席ずつ逃げただけで良かったのだが、最後のタイタンズはひどかった。

 第一戦で二度の敬遠をして、ホームのドームであるのに味方からブーイングが起こった。

 もっともこの時点で、残り二勝すれば、三位が確定するのであった。

 しかしライガースの先発は、20勝に届かなかった怒りに燃える真田である。


 大介は歩かされたが、真田が完封し、そして打線が二点を取る。

 ここでタイタンズのBクラスが決定したのであった。


 最終戦はもう嫌がらせとしか思えない。

 大介はもう、打点とホームランはトップが確定している。

 だが首位打者だけは、この試合で三打数三安打しなければ、逆転できないという数字だ。

 さすがに大介でも、厳しい成績である。

 ただその大介を、三度も歩かせた。


 首位打者を争っているのが、自軍の選手であるならばまだ分かる。

 だがタイタンズはもう、三冠王を出させないためだけに動いていたとしか言いようがない。

 二打席目を歩かされた時、ほぼ確実に大介の三冠王は消えた。

 そして三打席目も歩かされた。

 五打席目が回ってきても、もう逆転は出来ない。

 これがタイタンズも本多あたりが投げていれば、意地でも勝負しにきたのかもしれない。


 四打席目になってようやく勝負してきたその初球を、完全に怒りのホームラン。

 ドームの最上段まで飛んだボールが、51号ホームラン。

 五年連続50ホームランは既に決まっていたが、打つしか選択肢はなかった。

 しかもこの試合は、最終的には負けていた。

 Bクラスを確定させたライガースに対する、明確な嫌がらせであったろう。




 長いシーズンが終わった。

 延期が少なかったため、クライマックスシリーズとの間に少しだが調整日がある。

 九月の大介の打率は、なんと0.413であった。

 だがそれでも怪我と不調があって、届かなかったのだ。

 これなら大介が怪我の間に、雨でも降って試合が後ろ倒しになれば、と思った者も多いだろう。


 三冠王の連続記録という夢が、ようやく終わった。

 それでも大介はMVP級の活躍をしたのだが、今年は競争相手が悪かった。

 ピッチャーとバッターとは違うので、一概に比較は出来ない。

 だが上杉の26勝0敗という数字を見て、それでも大介をMVPと言えるだろうか。

 三冠王にプラスしてホームラン記録の更新をすれば、ようやく肩を並べるぐらいであったろう。

 それでも結果的にリーグ優勝を果たしたスターズの方に、票は集まったろうが。


 31先発26勝0敗。

 絶対にこの記録は塗り替えられないよな、と誰もが思った成績である。

 単純に勝利数だけなら、過去のピッチャーはリリーフや抑えの役割分担がなかったため、これ以上勝った者はいる。

 だが一度も負けなかった者はいない。


 入団一年目も無敗で、化け物であった。

 ただその後は年に一度以上は負けていたので、一応一年目がキャリアハイかと言われたものだ。

 しかしこの七年目、完全無欠の記録を樹立した。

 先発ピッチャーでありながら、セットアッパーやクローザーをはるかに凌駕する防御率。

 そして奪三振は一試合で14個前後。


 抜けないはずだ、と誰もが思っていた。

 シーズン奪三振記録、なんと411個。

 史上二人目のシーズン400奪三振を達成し、その数字を塗り替えた。

 同じころに、武史が大学記録を完全に塗り替えたのだが、注目度は全く違う。


 投手の分業制が叫ばれて久しい時代。

 そんな時代を破壊する、まさに戦うために生まれた男。

「結婚決まったから張り切ったんじゃね?」

「それな」

 同僚からはそんな軽口を叩かれてしまったが。


 四年目の大介も、確かに伝説を作った。

 そしてここでまた上杉が伝説を作る。

 この二人がいる限り、NPBにおいては毎年伝説が生まれるのかもしれない。




 プロ入り以来最悪のシーズンを送った大介は、二冠王と最高出塁率のタイトルも取った。

 最多安打、首位打者、最多盗塁の三つが取れなかったのだ。

 これでキャリアロウの成績というのだから、本当に度し難いほどのスペックである。


 クライマックスシリーズは、地元甲子園にレックスを迎えて行われる。

 二勝したらファイナルステージ進出で、そのファイナルステージとの間隔はあまりない。

 ちゃんと休んだ上杉が、第一戦から投げてくるのだ。

 上杉以外のピッチャーから、全部勝てるという自信はない。

 山田と真田の勝率はかなり高いが、この二人を上杉以外に当てて、上杉との対決での負けは覚悟する。

 あとは他のピッチャーが登板するところで、どうやって勝っていくかだ。


 シーズン中上杉以外のピッチャーが、大きく貯金を作ることはなかった。

 ただクローザーの峠が、スターズの中では二番目に厄介なピッチャーである。

 他にも一年間ローテを崩さなかったピッチャーはいる。

 ただ先に、目の前のレックスとの試合に勝ち抜かないといけない。


 大介としては球団の分析班に、レックスの躍進の原因を調べてもらっている。

 まず単純に樋口が投手陣の防御率を下げている。

 樋口がスタメンでマスクを被ってから、おおよそ一点近く、平均失点が改善されている。

 はっきりいってこれは異常値である。


 キャッチャーは経験を積まなければこなせないポジションであり、樋口がいくら天才と言っても、実地で対戦したバッターの情報の蓄積は、不可能なはずである。

 つまりデータを駆使して、そこまでの成果を上げたわけだ。

 これで来年以降、経験を積み重ねて数字を良化させるなら、とんでもないことになるのかもしれない。

 レックスのピッチャーで、大介にとってどうしようもないほどとんでもないピッチャーというのはいない。

 一番対戦成績の悪いのは金原であるが、それでも全く打てないというものではない。


 樋口は理論派でデータを重視するが、同時に心理的な洞察も優れている。

 だからといって優しくするわけでもないのが、樋口の鬼畜な点である。

 弱点は攻めて当たり前、というものだ。


 樋口は大介と勝負してくるだろうか。

 あの壮行試合では、樋口は全打席勝負し、そして大介を抑えきった。

 だが樋口の要求に応えられるようなピッチャーは、直史以外にはいないだろう。

(そこに目論見の甘さがないかな)

 樋口としては他のピッチャーでも大介を抑えられるなら、そのリードの評価はかなり高くなる。

 ただ大介としては、他のピッチャーは怖くない。

(樋口はそんなに自分に都合のいいことは考えないか)

 ある程度は歩かせてくることも考慮すべきだ。

 ただランナーなしで歩かせてくるほど、樋口の計算は単純なものではない。

 その時点でのイニング、得失点差、あちらとこちらのピッチャーの出来。

 それらを全て含めて、勝負してくるはずなのだ。


 先攻が向こうになるので、そこで先制点を上げたら、全力で前の二人を抑えて、三番の大介とは勝負してくるだろう。

 大介が考えるのが、もし相手チームに真田がいたら、ということだ。

 樋口と真田のバッテリーなら、大介と互角以上に勝負は出来るだろう。

 そもそも高校時代の対決を見れば、重要な時に大介は打っているが、全体の成績としてはやや負けているのだから。

 エースの真田と、正捕手の樋口がトレードされることは、ほぼ100%ないだろう。

 遠い未来にFAで真田が、レックスに移ればあるかもしれないが。




 クライマックスシリーズのファーストステージ、第一線の先発は、真田と吉村のサウスポー同士の対決となった。

 勝ち星では金原に譲るが、勝率ではレックス一の吉村である。

 ただ吉村はサウスポーのくせに、大介を苦手としている。

 やはり高校時代のトラウマが、いまいちボールのキレを奪ってしまうのか、

 大介も吉村と対決すると、他の同じぐらいの成績のピッチャーよりは、打ちやすいと感じる。

 一年生の夏には吉村を攻略しきれなくて、甲子園には行けなかったのだが。


 リーグ優勝こそ逃したものの、大介の調子が上がってきているため、ライガースファンの応援の士気は高い。

 さすが良くも悪くも、一番ファンの熱いライガースである。

 ライガースのエース真田は、その左腕の調子を見せ付けるがごとく、レックスの一番と二番を凡退させる。

 元ライガースの西片なども、遠慮なく封じる真田である。


 そして今日は三番に位置する樋口である。

 三番打者最強論は、今でもNPBに浸透しているわけではない。

 だが外国人の長距離砲を四番に置くのは、かなりのチームがやっていることだ。

 それを思えば樋口も、長打力を期待されているのだろう。


 ショートを守る大介は、樋口の様子を観察する。

 樋口のバッティングというのは、大介にも参考になるのだ。


 世の中のよく打つ選手は、二種類に大別される。

 打てることを追求して打つタイプと、結果的に打ってしまうタイプだ。

 前者はフォームにも極端な特徴はないし、他のお手本になる。

 樋口はまさにこのタイプで、深い読みと合わせて正統派の好打者で巧打者と言っていいだろう。

 大介の場合は違う。打つために基礎もクソもないというパターン、つまるところ天才だ。

 これはアレクなども同じタイプで、ボール球でも普通にヒットを打つことが出来る。


 ランナーなしの第一打席、樋口に求められるのは長打であろう。

 足があるので単打でも、盗塁を絡めて二塁に進めるかもしれないが、今日はサウスポーでクイックも速い真田が相手だ。

 偶然で間違いないのだが、今年の真田はレックス相手には二試合しか投げていない。

 そこで樋口との対戦成績を見れば、8打数の1安打なのだから、それほど打ててはいない。

 もっとも真田相手に打ちまくっているバッターなどいないのだが。


(狙ってくるかな?)

 真田のスライダーが、もしアウトローに投げられたら。

 大介は岩崎ほどではないが、樋口のアウトロー打ちを記憶している。

 普通は一番打ちにくいコースでも、狙って打ってしまうのが樋口なのだ。


 この打席では、ツーストライクまで見ていった樋口が、四球目に軽く合わせていった。

 ファーストの頭を越えるかと思われたが、西郷はあの巨体でありながら、瞬発力系の力は優れている。

 軽くジャンプしたミットの中に、そのボールは納まった。

 一回の表は終了である。




 このカードは樋口のリードを、どうライガースが攻略していくかになるであろう。

 真田はだいたい一試合に二点は取られないピッチャーなので、吉村とそれをリードする樋口を、どう攻略するかが問題となる。

 そしてライガースは一回の裏に、大介の打席が必ず回ってくる。


 勝負をしてくるか、歩かせてくるか。

(まあ単純に歩かせてくるはずはないと思うけどさ)

 大介は微妙な感じで、ある意味では樋口のことを信用している。

 それとさっきの樋口の打席も、少し大介には考えさせるものがあった。

 真田のスライダーを、そのまま右方向へ弾き返したのだ。

 わずかにミートがしきれていなかったが、ライト前に上手く落とす打球になっていてもおかしくなかった。

 技巧のバッティングを身に付けるべきかな、と充分に技巧のバッティングも出来る大介は思うのであった。

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