第240話 構想

 レックスの主戦力ピッチャー吉村は、プロ入りからほぼ毎年10勝前後を上げて、貯金も作ってくれる好投手だ。

 欠点と言うとほぼ毎年小さな怪我をして、一ヶ月や二ヶ月離脱することがあるというところか。

 だがそれでもサウスポーとしては完成度は高く、特にスプリットの評価が高い。


 ネコも杓子もMLBという風潮がある今のNPBにおいて、吉村はMLBに行くことはないと明言している。

 少なくとも今のMLBには。

 NPBの余裕がある中六日でも、毎年のように壊れている吉村である。

 それが過酷な日程のMLBで、壊れないはずがないと思ったからだ。

 もう一つはMLBの使用している公式球にある。

 吉村は野球選手の平均よりは背が低く、手もそれに準じて小さい。

 スプリットを投げるのもちょっと独特の握りをしていて、MLBの大きくて滑りやすいボールには、体格が合わないだろうと考えている。

 

 WBCでMLB球を体験している大介は、単純な手の大きさだけで、ある程度の適性が分かる。

 上杉などは完全に適応出来る。むしろMLBの方が向いているかもしれない。

 同じライガースの中なら、真田はエースであるが、怪我はしやすいと思う。あのスライダーの投げ方では、MLBのわずかに重い球でも肘への負担が大きくなる。

 また山田もあまり適性はないだろう。


 かつてライガースにいてMLBに挑戦している柳本は、一年目こそほぼ五分五分の勝敗であったが、二年目は勝ち星先行でローテを守った。

 ライガース時代は圧倒的なエースだったのに、MLBではローテ投手の中ではそこそこいい方だという。

 本日の対戦相手のレックスの中では、金原などは体も大きいので、適応するかもしれない。

 あとは……武史などが、意外と一番元気になるかもしれない。




 そんな吉村の自己評価は、低くも高くもない適正であろう。

 中学時代のノーコン大魔王が、高校で大介にポッキリ折られて、そこから甲子園ベスト4ピッチャーとなって、ワールドカップでも活躍してプロ入りした。

 年俸も一億を突破したし、結婚もするので順風満帆な人生であるが、この大介相手にはどうにか結果を出したい。


 サウスポー相手にはほんの少し打率が悪くなる大介だが、吉村はそれを突くための変化量の多いスライダーは投げられない。

 投げられるように試してみればという話もあったが、それで故障したのでスライダーは諦めている。

 大介を相手にスライダーを使えないサウスポーがどう戦うべきか。

 それはまず第一には、勝負を避け気味の投球をするべきである。

 いや、それは勝負になっていないか。


 ただ吉村の球速はMAX154km/hと、直史とほぼ同じなのである。

 だから後は直史にどれだけ近づけていくかという話である。

「無茶言うな」

 吉村のごく当たり前の反応だ。


 ピッチングはコンビネーションだと、上杉以外の者は言うしかない。

 本当に真っ向勝負で勝てるのは上杉だけだし、その上杉でさえ時々負けている。

 吉村の球種のバリエーションで、大介を抑えることが出来るのか。

 結論は、現実として出た。


 アウトローのボールを、さらにスプリットとして投げて落とす。

 それに大介はバットを合わせて、レフト前に運ぶ。

 体勢が完全に崩れていながらも、腰の回転で内野の頭を越す。

 さすがの技術であるが、この勝負は結果的には、レックスバッテリーの優勢勝ちになる。


 大介と勝負するためには、大介の前にランナーをためない。

 そして大介のバッティングを単打までに抑えて、後のバッターでアウトにする。

 この場合はツーアウトから勝負し、単打に抑えた。

 そして西郷を外野フライで打ち取ったので、大介を残塁とさせたので勝利だ。




 一回の攻防を見ただけで、樋口にはこの試合の勝敗が分かった。

 それは三番打者の、自分と大介の差であると言ってもいいかもしれない。

 ぎりぎりのところで、ちゃんとヒットが打てる大介。

 そしてそれに及ばない自分。

 大介のバッティング技術というのは、本当に説明がつかない。

 あれでアベレージヒッターならまだ分かるが、スラッガーなのである。

 ただ、大介がアベレージだけを重視するなら、五割近くは打てるのではないかとも思う。

 最後の甲子園、大介の打率は八割を超えていたのだから。


 今年はAクラス入りで満足すべきだな、と樋口は考えている。

 あとは出来れば、大介の弱点の発見だ。


 一応どういったボールに弱いのかは、データで判明している。

 タイタンズの荒川のスライダー、カップルの細田のカーブと、サウスポーの変化量の多いボールが苦手なのだ。

 高校時代まで遡れば、真田のスライダーをほとんど打てていないことからも明らかだ。

 まあ真田は対左打者の被打率が一割を切っているので、真田が特別に左殺しなわけではあるが。

 今日も真田はレックスのバッターをなで斬りのように簡単に片付けている。

 左打者が多くなった現在、真田の価値はさらに高まったのだ。


 左のピッチャーというなら、金原はそこそkいいスライダーを投げられる。

 そのためか大介との対戦成績は、吉村よりはいい。誤差程度だが。

 来年もし武史が入ってくるなら、あのナックルカーブはかなりの威力を発揮するのではないか。

 別に大介に限らず、武史のストレートを打てるバッターなど、かなりNPBでは少ないだろうが。

 おそらくMLBでも少ないだろう。


 


 ライガースの得点というのは、大介を軸に機能している。

 既に出たランナーを大介が打って帰すか、大介が塁に出た後、西郷などの後続打者が帰すか。

 この両方のパターンで一点ずつを取られ、吉村は六回二失点で降板した。

 クオリティスタートであるが、ライガースは真田である。

 右打者に対しても真田は、高速シンカーという球種を持っている。

 だが基本的には、右打者に対してもスライダーを使うし、カーブが大きく縦に割れるのだ。


 六回が終わった時点で、真田は被安打二の無失点。

 一つ上にSS世代がいて、同年に奪三振王の武史がいるから目立たないが、真田も本当に10年に一人レベルのピッチャーなのだ。

 ライガースどころか、セのピッチャー全てを見ても、今季完封勝利の数では二位。

 一位は上杉に決まっているので、実質タイトルホルダーと言ってもいい。

 おそらくAWARDではなんらかの特別賞を送られるだろう。


 レックスの弱点は、まず一つは打線の得点力。

 それほどひどいわけではないが、どこからでも点を取っていくという、パターンが少ない。

 そしてもう一つはリリーフ陣だ。

 中継ぎはそこそこいいのであるが、絶対的なクローザーがいない。外国人は当たり外れが激しい。

 そして中継ぎも、右はいいのだが左がもう一人ぐらいほしい。


 いっそのこと豊田をクローザーにしてはいけないのか、と樋口は思う。

 大阪光陰出身の豊田は、現在セットアッパーとしての地位を築いている。

 本人は先発がやりたいそうなのだが、体力の回復が早く、フォークで三振を取れる豊田は、かなり貴重な中継ぎなのだ。

(豊田をクローザーにして、どこかから左を一人)

 などと考えている間に、試合は終わった。


 ライガースは吉村降板後も得点を重ね、レックスも真田が後を任せてから、二点は返した。

 それでも4-2なのだから、ライガースが常に優勢に試合を進めたことになる。

 真田は完封にこだわるタイプであるが、ここで勝ち進めばスターズとの対戦がある。

 体力温存のために、リリーフに任せたというわけだ。

 今年はライガースは、シーズン終盤にかけてかなりリリーフ陣が整ってきていた。

 失点はしたものの、ちゃんと最後までリードをキープした。


 ライガースのリリーフ陣の中でも、特に目立つ活躍をしたのは、品川とオニール。

 オニールは負け星がついた試合もそこそこあるのだが、イニングを跨いで使われることもあった。

 そして最終的には、リリーフ陣では一番のイニング数を投げている。

 ただライガースの方も、絶対的なクローザーというのが存在しない。


 野球はやはりいいピッチャーがいて、それをどう活用するかで決まると思う。

 キャッチャーももちろん重要なポジションだが、どちらかというと首脳陣に近いぐらい、頭を使うことが多い。

 樋口の場合などは打つほうにも頭を使っているので、大変なことは間違いない。




 翌日の二戦目は、ライガースが山田、レックスが金原と、これもまたエースクラスの対決である。

 金原はずっと、ドラ8の星などという言い方をされてきた。

 甲子園で完全にパンクして再起不能と思われ、レックス以外は興味を示さなかったのだ。

 だが大田鉄也案件で、八位にねじ込んだ。

 それが正解であったとは、今は誰もが認めるところである。


 あれだけ高校時代は故障をしていたのに、プロに入ってからはほとんどその兆候も見えなくなったのはなんのか。

 おそらく高校時代は、体がまだ完全には出来ていなくて、その中で試合で多く投げていたのが、故障の原因となったのだろう、

 一年目からローテに入って、今年はレックスの勝ち頭になっている。

 同期に大介がいるので、この年最高の選手と言われることは、絶対にないだろう。

 だが大豊作と言われたこの年の高卒選手の中では、五指に入っていてもおかしくはない。

 樋口と年齢で言うならば一緒である。


 この年は本当に、一個上の年代以上に、タレントがそろった年代であった。

 SS世代と俗に言われるが、その片割れの直史は、結局プロに来ることはなかった。

 だが大介と、そして樋口自身に、正也、島、井口、金原、豊田、岩崎などと、先発ローテやセットアッパー、クリーンナップに位置する者が多すぎる。


 一つの巨星が現れた時、他の星はその輝きに隠れてしまうか、むしろ逆に抵抗して強い輝きを発するようになるか。

 この年のピッチャーたちの課題は、どう大介を抑えるかというものであったのだ。

 それがピッチャー全体の質を引き上げたと言ってもいいだろう。

 逆に上杉の同世代か一つ下は、上杉を打とうと考えるバッターが多かった。




 今年はやはりここまでか、と樋口は統計どおりの結果が出ることに文句は言わない。

 山田と金原の投げあいの中で、大介のツーランホームランが飛び出る。

 全ての勝負を回避したならともかく、三打席も勝負したのだから、他の二打席を抑えたことで満足するべきだ。

 もっともやはり、三振は奪えなかったのだが。

 最終的なスコアは4-3と、大介のホームランさえなければと、思える試合であった。


 レックスの選手たちは、負けることに慣れてしまっていた。

 六年前にはリーグ最下位、そこからでも一回もAクラスに入っていなかった。

 今年までは。

 クライマックスシリーズや日本シリーズを横目で見ながら、秋のキャンプに入る。

 それを当たり前のように感じていた。


 だが、もう無理だ。

 Aクラス入りをして、ファンの声援に押されて、クライマックスシリーズで戦う。

 舞台は甲子園球場であったが、東京からここまで来て応援してくれるファンもいたのだ。

 その応援があったからこそ戦えた。だが及ばなかった。達しなかった。足りなかった。

 二点差と一点差、ほんのわずかのスコアの差。

 だがそれが、勝利と敗北の絶対的な差であるのだ。


 来年こそは、という火が選手たちの心に灯った。

 それは選手たちだけではなく、首脳陣にもフロントにも、そしてファンにも伝わったかもしれない。

 樋口は一人、完全に醒めた目で、それを眺めていたが。

 ファイナルステージ進出を決めたライガース。

 Aクラス入りを決めて喜んでいたレックスとは、全く熱量が違う。


 野球は仕事である。

 だがこれを仕事にするまでに、自分はどういったプレイをしてきたのか。

 試合で勝つということを、ペナントレースの試合ではなく、クライマックスシリーズの試合で、勝利することを感じたかった。

 それが高校時代などの、甲子園行きを決めた試合などと、ようやく同格のものと思えたので。


 補強が必要だ。

 年俸更改の時に、樋口は話し合うつもりになった。

 自分一人の成績にこだわるのも、樋口としては当然のことである。

 だがチームとして優勝できたなら、その分も年俸の増加に加算される。

 都心である東京にありながら、同じ東京のタイタンズと競合し、今でも一番セで人気の低い球団とは言われている。

 だが神奈川にしても上杉が入る前までは、Bクラスが完全に指定席になっていて、観客動員は少なかったのだ。


 スターズとライガース、特にライガースは、主力の若返りが激しい。

 監督もおそらく島野の長期政権が終わり、金剛寺が監督になるのだろうと言われている。

 レックスは補強も必要だが、今の戦力を伸ばしていくことも大事だ。

 武史が今年のドラフトにいなかったら、間違いなく即戦力級の野手を取りに行っていたであろう。

(来年はファイナルステージ、再来年で日本シリーズ、そしてその次で日本一)

 戦力のFA権発生を考えても、その辺りまでは主力が離脱することはない。

 東条が今もいれば、かなり投手陣の計算は楽になったのだろうが。


 甲子園で戦ったライガース。そして応援したファン。

(とりあえずファンの熱量の差をどうにかしないといけないよな)

 スター選手の登場という意味でも、武史を獲得してくれることを、祈る樋口であった。

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