第241話 アドバンテージ

 今年のペナントレースを制したスターズには、クライマックスシリーズのファイナルステージにおいて、一勝のアドバンテージが与えられている。

 さらに引き分けなどがあって勝敗が同じになっても、一位のチームが日本シリーズへ進むこととなる。

 差別と言ってはいけない。リーグ全体からして、ペナントレースで一位になったチーム同士が日本シリーズで戦うほうが、順当だという感覚があるからだ。

 もっとも逆に、下克上を期待する者もいるが。


 これまでのファイナルステージは、全て甲子園で迎えていた大介である。

 だが今年は神奈川スタジアム。敵地での対戦となる。

 その神奈川スタジアムは湧いていた。

「観客多いな。シーズン中とは全然違う」

 改めてそう思う大介であるが、スターズファンというのは、元々かなりの熱狂的なファンなのだ。

 ただし、年中熱狂しているライガースファンと違って、シーズン中は節度があるだけで。


 その第一戦は、あっさりと勝負がついた。

 スターズが上杉、ライガースは大原と、格がかなり違うピッチャー同士の対決となったので。

 4-0でスターズは勝利し、この日ははっきり言って大介もあまり燃えていない。

 大介と大江のヒット二本以外は、フォアボールも一つもないという、パーフェクトをされかけるという内容であった。


 完全にこの一戦は捨てていた。

 でなければ少しクライマックスシリーズから日程が近いとは言え、真田か山田を先発させていたはずである。

 大原を使ったのは、長いイニングを投げられるため、リリーフ陣もさほど必要にならないと思ったため。

 実際のところ大介は、上杉が甘いボールを投げてきたら放り込むつもりではいたのだが。


 上杉の恐ろしいところは、確かにその肉体的なスペックにはある。

 凡人であればどう努力しようが、170km/hオーバーのストレートなど投げられないだろうからだ。

 だがそれだけではない。真に恐るべきはその精神性だ。


 上杉は投げやりになるということがない。

 そのメンタルはわずかな弾力を持つ超合金のようでいて、ほとんど破損もせず、ダイヤを破壊する衝撃を与えられても弾き返す。

 試合においては相手を甘く見ることはなく、気を抜いて投げることはあっても、油断して投げることはない。

 この試合においても大介たちがヒットを打った後は、殺すようなストレートを投げてきたのだ。

 シーズン中も本当に最初から最後まで本気になったのは、樋口が正捕手になったレックス戦ぐらいであったか。

 あのノーヒットノーランを達成した試合である。




 首脳陣の作戦は分からないでもない大介である。

 確かに上杉以外のピッチャーと戦うほうが、上杉と真田などを対決させるより、確実に勝つことが出来る。

 ただし真田も山田も中三日ほどで使うという、かなり過酷な運用方法になるのだ。


 今年のライガースのペナントレースにおいて、先発で登板したのはわずか九人にしぼられる。

 その九人は山田、真田、大原、山倉、キッド、琴山、飛田、村上、若松である。

 このうち村上は三試合、若松は一試合と、ローテの谷間に投げたにすぎない。

 また飛田も八試合先発したが、そちらではまともに数字が出せなかった。


 ローテを回すということも確かに大切なのだが、この中で大きく貯金したのは、19勝3敗の真田と、12勝3敗の山田だけと言える。

 あとは山倉が貯金一、キッドが借金なしと、他の先発は負け越しているのである。

 逆に今年は、リリーフ陣が強かったとも言える。

 オニールが八勝、ウェイドや品川、若松といったあたりに勝ち星がついている。

 ただ、クローザーであるウェイドは負け越している。

 クローザーが負け越しというのは、かなり問題があるのだ。しかも負け星がそこそこある

 それでもこんなところまで来れたことが、今年のライガースの強さなのだろう。


 これでアドバンテージを含めて、スターズの二勝0敗。

 残り五試合のうち二試合を勝つか、一試合を勝って一試合引き分けるかで、日本シリーズ出場が決まる。

 上杉がフル回転してきて、なんとしてでも一つは勝ちをもぎ取るだろう。

 その後に負けても、おそらく最終戦に、中一日でも投げてくる。

 上杉というのはそういう、エースの中のエースだ。




 二戦目と三戦目は、ライガースの予定通りに進んだ。

 真田と山田で二勝をもぎとったのである。

 上杉以外のピッチャーでは、セーブ王の峠が一番の要注意。

 だが最後のイニングで勝っていれば、リードしている場面で投入される峠に出番はない。


 真田と山田は、圧倒的にロースコアゲームに持ち込めるピッチャーだ。

 そしてそういう試合においては、大介や西郷のような、一人で一転を取れるバッターの役割が大きくなる。

 2-1、3-2と、最小点差での勝利を二つ続ける。

 そして第四戦、中二日でスターズは先発に上杉を持ってきた。

 ライガースはここでは、かなりの信頼度のあるピッチャー、山倉を投入する。


 ライガースの場合は次の試合まで、既にピッチャーの運用の予定は決まっている。

 第五戦はキッドであり、第六戦はまたも真田を使う。

 ここで山倉とキッド、どちらを上杉に当てるかは、どちらでもいいと考えていた。

 この二人は今年のピッチング内容を見ると、本来は二桁勝利していてもおかしくない内容の試合をしていたのだ。

 それが特に序盤では、リードした状態からリリーフしたピッチャーが、逆転されるという例があった。

 山倉とキッドは、本当なら二桁勝っていてもおかしくない。

 それだけにどちらかは、上杉以外の相手であれば、どうにか勝てると思われたのだ。


 そうなればアドバンテージも含めて三勝三敗で第六戦にもつれこむ。

 そこまでの事態になれば、スターズはまたも上杉を先発させてくるだろう。

 中一日の上杉ならば、どうにか打てるのではないだろうか。

 真田も中三日であるが、それはこの第四戦において、勝てないまでもどこまで、上杉に疲労を叩き込めるか。

 ライガースの見通しはそんなところなのである。




 ライガースとスターズによる、クライマックスシリーズ第四戦。

 絶対の存在である上杉に対して、ライガースは今年展開に恵まれなかったものの、数字では充分な結果を出した山倉を当ててくる。

 ライガース首脳陣の考えていることは一つ。

 もし上杉に勝てないとしても、ロースコアゲームで最後まで投げさせることである。


 さすがに連戦で上杉を使う無茶は、ファンが許さないだろう。

 だが上杉の男気は、昭和のものを多分に含んでいる。

 腕も折れよと、気合で投げる。

 中一日ぐらいならば、普通にありえることなのだ。

 普通ならば酷使と批判を浴びるだろうが、上杉ならばやってしまう。

 

 スターズのホームなので、ライガースから攻撃は始まる。

 すると当然のように、ツーアウトから大介に打順が回ってくるのだ。

(当たり前のように打ち取られてるなあ)

 大介の見たところ、この日の上杉の調子はあまりよくない。

 上手く低めにコントロールしているが、空振りが取れていないのだ。

 万全の状態の上杉と勝負したかったな、とは思わないでもない。

 だが調子を万全に整えるところから、プロの試合は始まっているのである。


 その調子は良くないはずの上杉は、ほぼど真ん中に174km/hを放り込んできた。

 初球は見るかと思っていた大介のぼんやりした頭を、一気に醒まさせるボールであった。

 上杉もまた、大介以外は全力でなくとも大丈夫かと思ったのか。

 そして大介だけには、全力を尽くしてくる。

(よっしゃ! 来いや!)

 気合を入れなおした大介は、真っ直ぐに上杉を見る。


 こうやって、マウンドの上から物を見るものの、上杉は対等に勝負をしているつもりである。

 だが、上杉は強すぎた。

 チームとしては負けることはあっても、上杉が明確に負けたという試合など、果たしてどこまで遡るのか。

 それを思い出させてくれたのが、一年目の大介であった。


 勝負の楽しさを思い出しながらも、続けて優勝を逃してきた日々。

 今年はキャンプ前の時点から、全力で仕上げて調整してきた。

 26勝0敗など、結果に過ぎない。

 上杉はひたすら、大介と戦いたかっただけなのだ。

 いや、勝ちたかったのだ。この小さな巨人に。


 二球目はチェンジアップをゾーンから落としたが、大介は見送る。

 完全に読まれていたのか、あるいは捨てていたのか。

 待っているのはストレートだろう。

 どれだけのストレートが、この小さな大打者に通用するのか。

(ツーストライクまで追い込まないと、最速のストレートは使えないな)

 リードに従って、アウトローを攻めてみる。

 だが大介の打球はそれを捉えて、左中間の守備を割った。


 ツーベースヒット。勝負球に行く前に、甘いボールを打たれた。

 なお球速は173km/hである。




 170km/hオーバーを簡単に打ってくるなよ、とキャッチャーの尾田は思いつつも、ホームランでなかったことに胸をなでおろす。

 ランナーのいないところなら、大介はホームラン以外はOK。

 そんな極端な覚悟までして、リードをしているのだ。

(あの体でパワーまであって、広角に打つ技術もある)

 何よりすごいのが、このホームランか三振かという時代において、三振の数が10試合に一つ程度しかないことだ。


 一ヶ月あまりの離脱と、その前後の不調。

 あれがなかったらやはり、ライガースは今年もリーグ優勝していただろう。

 尾田としても日本一にしてくれた上杉には感謝しかない。

 だがそろそろもう、尾田もいい年齢だ。

 下のキャッチャーを優先的に使い、戦力を入れ替えていかなければいけないだろう。


 まだ行けるとは思っているが、そう思うベテランキャッチャーがいる間に、新しいキャッチャーを育てていかなくてはいけないのだ。

 尾田は完全に野球界では成功者なので、球団の将来のことまで考えていかないといけない。

 だが、あと一回。

 もう一回日本一になれれば、それで満足出来るだろう。


 パの進出は、ほぼほぼジャガースで決まっている。

 シーズン終盤に調子を上げてきた福岡であるが、三位のままクライマックスシリーズに突入。

 マリンズにかろうじて勝ったものの、勢いでも選手層でも、今のジャガースには及ばない。

 今はまだ、目の前のライガースが相手だ。

 しかし上杉が投げれば、ライガースは封じられる。

 今日の試合も勝ったとして、あと一勝をどうやって上げるか。


 ただ、大介のバッティングだけは脅威だ。

 二打席目の上杉のボールを、完全にジャストミート。

 守備陣を殺す打球が、フェンスに直撃した。

(上杉の本気を……)

 だがここから得点させないのが、今年の上杉である。


 ホームランさえ打たれなければ勝ちなどと言われるバッターが、他にいるだろうか。

 そもそもライガースの打線は強力なので、その前後で点が取れてしまう。

 その前後を完全に封じられるのが、上杉ぐらいなだけで。


 第三打席は、これもミートしたボールが三塁ベースに当たり、ボールが転々とする中でツーベース。

 三打席連続ツーベースという、珍しい記録が刻まれた。

 ただそれよりも尾田が驚くのは、上杉のボールをミートは出来ることだ。

(シンカーをもっと磨かないと、来年はどうなることか)

 まさか上杉が、本当に変化球を必要になるとは。

 ただここでもまた、得点には結びつかない。


 最終回に回ってきた大介の打席は、三振で勝った。

 チェンジアップとストレートだけの組み合わせで、高めのボールを空振りさせた。

 だが四打数の三安打と、数字の上では大介の勝ちとも言える。

 上杉の方が勝利にこだわって、他のバッターを確実に打ち取ったのだが。

 2-0にて第四戦はスターズの勝利。

 これで日本シリーズへは、リーチをかけるスターズであった。




 第六戦に中一日で上杉は出てくるのだろうか。

 世間はそんなことを話題にしていたが、スターズの他の投手陣にも意地がある。

 この年のクライマックスシリーズファイナルステージは、第五戦で終了した。

 上杉以外のピッチャーが、全力を尽くした勝負。

 ピッチャーだけではなくバッターも、ここでは点を取っていったのだ。

 ライガースのキッドも、悪いピッチングをしていたわけではない。

 だがスターズの、意地が勝った。


 延長引き分け3-3で、つまりこれでライガースが第六戦を勝っても、スターズとは三勝三敗で、日本シリーズには行けない。

 第六戦までもつれこめば、と色々な人間が思っただろう。

 だがスターズは、この第五戦で勝ち抜きを決めたのだ。


 引き分けで決まりか、とはライガースも思わない。

 過去には柳本と上杉が投げ合って、引き分けた試合もあったのだ。

 引き分けた時点で負けとは分かっていたのだ。

 それなのにあと一点が取れなかった。

 それが全てだ。


 一日、ちゃんと上杉を休ませることが出来る。

 これで日本シリーズも戦えると、スターズのファンは大喜びだ。

 そんな中で大介は、勝者であるスターズのベンチに歩み寄っていった。

「上杉さん」

 今年のスターズは強かった。

 だが本当に強かったのは、上杉であるのだ。


 巨漢の上杉に、大介は手を差し出した。

「来年もまた。それと、日本一を」

「おう、取り戻してくるぞ」

 わずかな会話であったが、二人にはそれで充分であったのだ。


 今年の上杉は、間違いなく去年よりも強くなっていた。

 だが大介自身も、自分が強くなったとは感じている。

 まだまだ、この先に道はある。

 何度も交差するその道で、この人とは戦うことになるのだ。




 この年、日本シリーズでは上杉は三試合に先発し三勝。

 そして他のピッチャーとバッターが死力を尽くして、もう一勝を上げることに成功する。

 上杉はシーズンMVPと日本シリーズMVPを獲得する。

 優勝したのだから、当たり前のことである。


 大介はもう、普通に生きているだけなら、充分な金を稼いだ。

 だからあとは、生きていることの意味を考えていかないといけない。

(来年はな)

 また新しい力が入ってくる。

 優勝のシーンをテレビで見ながら、大介のシーズンは終わったのであった。

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