第242話 寒い季節
四年連続でペナントレースを制したのは、間違いなく大介の力が大きい。
そして残念ながら二位ではあったが、クライマックスシリーズのファイナルステージにまで進めた。
だが、そこが終わりだった。
ジャガースに負けた借りを返せなかった。
それを果たして勝ったのは、ライガースを倒したスターズであった。
日本シリーズに出なかった大介は、普通に二軍グラウンドで、一軍目指して練習をする選手たちと共に運動している。
一軍の中でもベテランは、既にシーズンオフだ。
だが若いうちはまだまだ上を見なければいけない。
それにこのオフで、大介は寮を出て行く。
もっとも施設などが便利なので、そこそこ近いマンションを借りたのだが。
買ったのではない。ツインズと相談の上で、賃貸と購買のどちらがいいかを考えたのだ。
大介の場合は本職が野球選手であり、将来的にはどこに行くかも分からない。
ただ引退してもずっと近畿圏に住むことは考えていない。千葉の中でも過ごしやすいところか、東京のどこかにでも住むか。
引退してからも野球をすることは決めている。あくまでも選手として。
プロでやるばかりが野球ではないのだ。
そんな大介の事情も考えて、ツインズは賃貸でいいと決定したのである。
そもそも子供が生まれでもしたら、その必要となるスペースは増えていく。
(子供か)
やることはやっているので、いずれは生まれてくることは間違いない。
ただ大介の場合、結婚も式をすることをツインズに反対されているし、届を出すだけでいいと言われている。
親戚の連中には話さないといけないだろうが、こんなことを説明してどうするのか。
既に母には殴られている大介である。当たり前だ。
ただこういうことには、いちいちしっかりとさせるはずの直史が、完全に諦めて協力してくれているのはありがたい。
あれが義理の兄というのは、大介にとって心強い限りである。
そもそもツインズがまだしばらくは、東京を中心に活動することは決まっている。
あの二人の活動はやはり首都、東京であるからだ。
司法試験を受けるということもあり、その後の修習でも東京から離れることは難しい。
その時は珍しく別行動し、関西にやってくることになるのだろうが。
日本シリーズが終わるとドラフトとなり、武史のレックス入りが決まった。
大介は失念していたが、武史があの樋口と組むことになるのだ。
ナックルカーブはどの程度の威力になっているのか。
シーズンオフの自主トレに付き合わせたことはあるが、大学最後の年に、どれだけその実力を伸ばしてきたのか。
(いや、ナオも樋口もいないんじゃ、案外伸びてないかもな)
それでも大学のピッチャーの記録を塗り替えまくって、プロの世界にやってくることになる。
そして今年もやってきました、契約更改。
大介としては、下手をすれば減らされるのかと思わないでもない。
「いやいや、減らすわけないでしょうに」
球団社長までやってきて、しっかりと交渉される大介である。
打者三冠を取れなければ、マイナス1000万というのが事前の約束であった。
だがそれは他のタイトルのプラスで相殺されるものなのだ。
さすがに前年までほどの上げ幅はないが、それでも上がることは間違いない。
一ヶ月も休んで、首位打者もとれなくてと大介は思うのだが、今までが異常すぎただけで、そして今でも充分に異常なのである。
去年は怪我のせいもあったが、それでも二度の月間MVPを取っている。
九月のラストスパートは恐ろしいもので、天候での順延などで試合が最後に残っていたら、優勝出来た可能性は上がる。
もっともいまさら何を言っても、負けた事実は変わらないが。
大介の今年の出来高は、規定打席到達、打者三部門、そしてゴールデングラブとベストナインで、一億円突破である。
細かく言えばもっと増えてもおかしくないのだが、大介は今年の成績は納得してしまった。
打点とホームランの二冠王に、成績理由に年俸を落とすのは難しい。
首位打者を取れなかった分を考えれば、7億9000万というのが、来期の年俸となる。
だが球団は8億を提示してきた。
さらに出来高は去年と同じ条件である。
スターズの上杉が、9億で来期は投げるのは、既に知られている。
今年の大介の上げ幅で、優勝までした上杉を超えることは不可能である。
ただ大介は上杉より、二歳年下なのである。
なので年齢による年俸の最高記録は、どんどん毎年更新しているのだ。
もちろん大介は、来年はスターズを倒し、上杉に勝ち、また日本一を目指すつもりでいる。
だが、もう一つ気になることはあるのだ。
「レックス対策って考えてるんですかね?」
球団社長に編成、監督までその場にいたわけだが、不意を突かれたような顔をしていた。
「確かに今年の後半のレックスは強かったが、小さいようで大きな差があると思うんやけど」
来年からの金剛寺監督は決まっていて、年内に辞任発表をする予定の島野は、大介が上杉以外を意識しているのが意外だった。
現代のプロ野球において、最も価値があるものこそ、大介と上杉の対決である。
確かに去年のレックスは、樋口の正捕手定着以降がえげつない強さであった。
ただそれでも、クライマックスシーズではライガースが二連勝している。
「まさか、佐藤か」
島野はもちろん、他のメンバーも全員、ドラフトには関わっている。
編成部長が実質的には最高意思決定者だが、監督に意見を聞かないわけはないし、社長にも説明はしている。
佐藤武史は、今年のドラフトの目玉であった。
ただ左腕は充実しているライガースは、今年はリリーフ陣に使えそうなピッチャーを多く指名した。
本人がかなりはっきり在京球団を望んでいたし、その後の会見などの様子を見ると、ライガースのカラーには合わないのかな、とも思った。
ただし武史は、希望球団以外であれば、社会人とまではっきり言っていたのだ。
それでも六球団競合というあたり、期待値は高すぎる。
六大リーグの奪三振記録は、兄である佐藤直史をも軽く上回る。
おそらく二度と破られないであろう、大記録だ。
そして彼は、大介の高校時代の後輩でもある。
史上最強と、今でも言われるSS世代の最後の一年。
その中で武史は二番手、あるいは三番手のピッチャーとして、甲子園を戦った。
その次の年も甲子園を春夏連覇しているのだ。直史と大介をなしに。
アレクや鬼塚がいたとはいえ、そのパフォーマンスは左の上杉と言われたこともある。
また単に勝ち運というだけなら、武史は甲子園で一度も負けていない。
チームとしても武史の在籍期間は、甲子園で四度の優勝と一度の準優勝を経験している。
単純な選手としての能力もだが、武史は何かを持っている人間だ。
それこそ大介が警戒するほどの。
「なんていうか上杉さんとはまた違ったタイプですけど、あいつも本当のエースですよ」
そうは言いつつも、大介が認めるエースは他にただ一人。
プロの道を選ばなかった直史の弟ということで、大介が武史に期待していることは多い。
関東に戻って鬼塚の結婚式にでたりもして、年が明ける。
大介は実家にも帰ったが、基本的には東京に出たりすることが多い。
この新年の時期は、芸能人にとって露出が多くなるのだ。
ツインズのマンションで半同棲しながらも、自主トレは続ける。
SBCに通えば、他の球団の選手とも会うし、特に千葉の施設であれば、鬼塚が一番良く会うことになる。
マリンズは二軍のグラウンドが埼玉、そして本拠地が千葉となっている。
一軍半の選手などは、どちらを基準に物件を選ぶかなど、困っている者も多い。
だがここでマリスタ寄りの場所を選べない選手は、一軍では生き残れないと言われている。
鬼塚もまた、マリスタ近くの物件に引っ越すことになった。
打率は三割には達しないが、ホームランはほぼ二桁は打っている。
そしてセンターの織田と共に、かなり堅い外野の守備をこなしている。
盗塁も出来なくはないし、犠打などの小技も上手い。
器用貧乏と言えるのかもしれないが、ここまであちこち器用であるなら、いくらでも使いでのある選手である。
主力にはならないが、いてくれたらどのチームでもほぼレギュラーになれる選手。
鬼塚の立ち位置というのはそういうものだ。
同期であるアレクなどは、もうタイトルも取って超一流の選手になったと言っていい。
だが鬼塚は時に怪我をしながらも、少しずつまだまだ上手くなっている。
天才だけがいるのが、プロの世界ではないのだ。
「つーかこの数年、本物の化け物ってセに偏ってません?」
言われてみればそうかな、と思う大介である。
上杉、大介、真田、武史といったあたりか。
ただパにも織田やアレク、悟に蓮池といった面子はそろっている。
「いやそのへんは、ほんの少し下でしょ」
それに右バッターである鬼塚にとっては、真田は化け物レベルとまでは感じないらしい。
武史が今年、通用するのかどうか。
一月の合同自主トレの初日から、160km/hオーバーは投げているらしい。
ただ球速だけなら、大介はいくらでも打てる。
「試合であいつの球打つの、久しぶりでしょ」
確かにシーズンオフの自主トレでは、よく武史を連れまわしていた。
あのスピードに慣れておかないと、上杉は打てないからだ。
その武史が今年は、バッピではなく対戦相手としている。
しかも組むキャッチャーが樋口なのである。
対戦の回数が多いだけに、当然大介の注目するのはセのチームになる。
だがパのチームも、交流戦で当たることや、日本シリーズを考えれば、全く無視していいわけではない。
今年はパではどのチームが強いのか、なども聞いてみる。
「まあジャガースは一人FAで抜けましたからね」
「そうなんだよなあ」
ジャガースはあの隙のない打線から、一人FA権を行使して、他球団に移籍している。
実は二人移籍の話だったのだが、一人はなんとか引き止めたらしい。
だが二人を引き止めるには、コストパフォーマンスがつりあわなかったか。
今後ジャガースはアレクや悟に蓮池など、どんどんと年俸が上がっていきそうな選手が多い。
アレクは確実にポスティングするから別として、あとはどれだけ戦力を引き止めるかに、資金を使っていくのだろう。
ちなみにジャガースからの移籍先はスターズで、スターズはようやく念願の打撃補強に成功したと言われている。
今のスターズは上杉効果で、どんどんと収益が上がっている。
上杉の年俸にそれを反映した上でも、まだ補強が出来たというわけだ。
そのあたりライガースも金を使って補強をしたようだが、外国人を取って来たのだ。
グラントは動かさないとして、残りのピッチャーをどうするのか。
ウェイドはセーブ数こそそれなりに記録したが、セーブ失敗も多かった。
そしてレイトナーは年々、パフォーマンスが落ちていっている。
キッドとオニールはそのままとして、他の二人がどうなるのか。
年が明けてからも契約が決まらないということは、ライガースもどちらかは切るつもりなのか。
ライガースの補強ポイントは、ずばりクローザー。
だがクローザーなどというものは、トレードなどでも獲得は難しいし、新人に期待するのも難しいポジションだ。
先発から誰かを回すことは出来ないかなどと思うのだが、奪三振力が高く、コントロールがいいとなれば山田あたりとなる。
真田でもいいのだが、真田はサウスポーで、完投能力が高い。
山田はここのところ怪我が多いので、代えのきかないポジションを任せるのは不安が残る。
今年のパで、実はけっこういいのではと思われているのは、ジャガースは戦力が抜けてもまだ強いことを考えると、マリンズか北海道ウォリアーズがいいのではと思われている。
ただ当のマリンズの鬼塚に言わせると、まだピッチャーが何人かほしいところだとか。
福岡の戦力の建て直しが、思いのほか手間取っている。
さすがに去年のドラフトでは即戦力級の選手を優先してきたが、やはりチームで育て上げた生え抜きを使いたいらしい。
資金力はあるのだから、FA市場から取って来るなり、外国人を試すなり、方法はあるだろうに。
「クローザーかあ」
「ナオ先輩がいたらな、ってとこですか?」
「あ~、確かにプロ入りしてから、足立さんが引退してからはずっと思ってるな」
大学時代に全勝記録を作り、また高校時代もパーフェクトなど、直史の適性は先発にあると思われる。
だがワールドカップではパーフェクトリリーフを達成したし、そもそもどんなポジションでも投げることが出来るのだ。
しかし、大介の考えることは、実はそれとは違う。
「どうせあいつがプロに来るなら、勝負できる球団に行ってもらわないとな」
そう言われると、大介らしいなと笑みが出てくる鬼塚である。
住居が東京であるため、鬼塚は直史のクラブチームの試合や練習を、見に行ったことがある。
当たり前のように無双していたが、おそらくあれでも最盛期からは落ちている。
もっともそれでも、まだプロで即戦力で使えるとは思ったが。
鬼塚は、自分の人生の主人公は、自分でしかないと思っている。
だが物語を俯瞰して見る様に、この社会を見ていけば、確実に主人公と言えるような人間がいる。
それが大介であったり上杉であるのだが、直史もそうだと感じるのだ。
たとえ本人が、そして周囲がどう言おうと、あのピッチングの価値が損なわれるわけではない。
多くの人の視線をひきつける。そんなスター性が直史にはある。
あまりにも残す記録がすごすぎて、怖いもの見たさになっているかとも思えるが。
今年もまた、プロ野球のキャンプが始まる。
鬼塚は去年よりも上手くなった自分で、そのキャンプへと参加するのだ。
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