第243話 洗礼

 俺だったらこうする、俺だったらああする。

 無責任な世間の外側にいる人間は、いくらでも可能性を論じることが出来るのである。

 プロに入って合同新人自主トレを終え、二月からはキャンプが始まる。

 今年のライガースは即戦力のピッチャーを多く希望し、特に大学や社会人での実績のあるピッチャーを求めた。

 すると社会人の中には、大介よりも年上の者もいるのである。


 大介は今年がプロ入り六年目となる。

 五年目までに達成した記録は、まずホームランが303本。

 当然ながら最速の記録であるが、盗塁は354個と、実はホームランよりも多い。

 NPBの歴史において、ホームランと盗塁を記録したのは、わずかに三人。

 大介の場合は通産打率も三割を軽く超えているので、ある意味通算トリプルスリーとでも呼ぶべきか。


 最も偉大なところは、それをまだプロ五年目までに達成してしまっていることだ。

 MLBまで行くと、600本300盗塁だとか、700本500盗塁だとかいう記録もある。

 大介がNPBにいるなら、これは達成できても全くおかしくない。

 既に伝説であり、現在進行形の神話。

 同時代にこれを見続けることが出来ることが、大介という存在の貴重さを証明している。


 


 セ・リーグのピッチャーというのは、まずこの大介と戦わなければいけない。

 もちろん他にもすごいバッターはいて、同じライガースの中にさえ、西郷という存在がいる。

 大卒で二年連続40本塁打というのは、もちろん他にはいない。

 高卒の大介は、二年連続で50本のあと、二年連増で60本だったのだが。

 ルーキーイヤーから一ヶ月の離脱があった年でさえ、50本を超えてきた。

 これが続いていくよりは、むしろいつ途切れるのか。

 史上最強のバッターがいつMLBに行ってしまうのか、日本の野球ファンはやきもきしている。


 この大介の存在というのは現実である。

 だが実際に試してみなければ、信じ切れない者もいるのだ。

 ライガースに入ったルーキーでも、社会人を通していればまだ大介より年上だったりする。

 そういったピッチャーに現実を見せるのが、一軍選手としての大介の役目だ。


 都市対抗野球において優勝の鍵となったクローザー。

 ライガースが一位指名でとってきたのは、そんな24歳である。

 高校時代には甲子園に出ることもなく、大学でも地方の二部リーグ。

 そこから社会人野球で、クローザーとしての資質が開花した。


 新人合同自主トレにおいても急ピッチで仕上げて、二月のキャンプには一軍に帯同。

 この年には他にも、ピッチャーでの帯同がいる。

 キャンプの中ではコーチの指示で仕上げていくが、その中をとことこと、バットを片手に大介が歩いている。

(((あれが白石大介か)))

 考えることは同じである。大卒ピッチャーであれば、大介より一歳年下か、あるいは留年なり浪人で同年齢の者もいる。

 甲子園で生み出し続けた伝説。それをほぼ同時代に見た。

 そしてプロの世界では、上杉との対決はもはや神話の域に達する。


(まあ、本当の即戦力が、社会人にもいるわけはないよな)

 大介の基準ではそうなる。

 社会人野球に関しては、直史がクラブチームに入ったことにより、少し試合も見たのだ。

 ただ基本的にはネット視聴であり、社会人を経由してきた選手を見ても、高校や大学の本物の化け物とは、やはり違う。


 人間の成長と成熟には個体差があるので、高卒で通用する者もいれば、大学でもまだ完成しない者もいる。

 大介は高卒時点で完成形かと思われていたが、実際にはプロに来てさらに伸びた。

 戦う相手が強ければ、人間は成長するしかない。

 普通の人間であれば、持っている武器で戦うしかないのだが、大介の上限はまだあった。

 それを伸ばし続けて、今ここに立っている。




 フリーバッティングとして大介はバッターボックスに入ったが、そこで投げるのはバッティングピッチャーではない。

 今年のキャンプから一軍入りした、ルーキーと若手のピッチャーたちだ。

 若いなあ、と自分もまだ若い大介は思うのだが、大介と同期入団した中で、ライガースに残っているのは、他に山倉と大原しかいない。

 二人はトレードで他の球団でまだ現役だが、あとは全員戦力外通告後の引退だ。


 同期は大介を合わせて10人いたのだから、五年で半分になったわけである。

 どんだけブラックなんだと大介は思うが、本当のブラックは一年で三割は辞めるし、野球選手ほどは稼げない。

 高卒から育成で入った二人は、独立リーグに行ったとも聞く。

 大介と同じ年で、独立リーグ。

 しかしかたや大介は、一年で一流サラリーマンの、生涯収入の二倍を稼ぐ男となっている。


 直史であれば五年ほどプロでやった後、それから弁護士を目指しても間に合ったのではないか。

 そんなことを大介は思うが、世の中はそれほど甘くはない。

 だが高校時代、学業と野球を両立していた直史を、大介は憶えている。


「じゃあ投げていこうか。ストライクとボール、大体1:1の割合でな。明らかなボール球は避けること」

 島本の指示により、新人ピッチャーたちへの洗礼が始まる。

 大介はとりあえず、全ての球を打っていくつもりである。

 自信のあるボールが、ストレートであろうと変化球であろうと関係ない。

 思い切ってゾーンに投げられたボールを打てば、それはスタンドどころか、その向こうのネットにまで飛んでいく。

 少しボールに外しても、救い上げるようにスタンドに持っていく。


 公開処刑という言葉があるが、まさにそれである。

 ただ大介のバッティングを経験すると、他のバッターを恐れることはあまりなくなる。

 他の球団には大介がいないのだから、ライガースのピッチャーはそれだけでも恵まれている。

 さらには西郷などもいるため、バッピをすれば打たれることは決定している。


 だがそれでも、これは異常だ。

 ゾーンに投げる球は、しっかりと力を込めている。

 ボールに逃げていく球は、打てるものは打ってしまうし、しとめられないとしたらバットが止まる。

 実戦形式のバッピで、ほぼ全ての打球がホームラン。

 それも場合によっては、三球連続でバックスクリーン直撃弾などを打ったりする。


 プロの世界で合同自主トレもして、一軍には化け物ばかりがいるとは思っていたが、これこそまさに本当の化け物か。

(何投げても打たれる……)

 そう思ったところで島本が肩を叩き、次の者に代わっていく。

「面白いことやってますね」

 ブルペンから来た真田が、審判の位置からそれを眺める。

「お前も投げるか?」

「今日の分の球数は投げちゃったんですよ」

 それでなければこの飢えたような大介にでも、あえて投げていこうと思っただろうが。




 ライガースの開幕のベンチメンバーは、去年とさほど変わるようには見えない。

 ただやはりピッチャーは、リリーフが必要になる。

 外国人三人のリリーフ陣は、とりあえず変わっていない。

 キッドが先発でない時はいいのだが、先発であると二人までしかベンチ入り出来ない。

 この中ではレイトナーが一番出番が少ないか。

 オニールが去年の終盤から、調子を上げてきたのも大きい。


 去年はクローザーでありながら、失敗も多かったウェイド。

 年齢は30代半ばと、投げられる者であれば、まだまだ投げられる年齢である。

 だが社会人から取った植村が、そこそこ短いイニングで成果を出している。


 だいたいにおいて高校野球は、ピッチャーはいまだに先発完投型というのが多い。

 これは高校のチーム数が多すぎるため、どうしても一つのチームにピッチャーの適性で、複数のエースクラスを集めるのが難しいからだ。

 大学や社会人となると、クローザーの役目に専念する者も出てくる。

 プロ野球選手のピッチャーの出身を見れば、リリーフ陣は圧倒的に、高校よりも大学社会人の方が、その数は多い。

 高校野球には短いイニングで投げるピッチャーを、上手く運用する土壌がないとも言える。


 植村も大介にはボコボコに打たれたが、西郷をそれなりに打ち取ることには成功した。

 もっとも西郷は、普通に三割を打つホームランバッター。

 大介のような妖怪のごときバットマンとは違うのである。




 今年の開幕戦の相手は、昨年シーズン終盤に、かなり調子の良かった中京フェニックス。

 当然ながらライガースは、センバツの行われる甲子園では開幕戦を出来ない。

 NAGOYANドームにおいて、フェニックスはエース釜池の怪我により、開幕投手が変わってくる。


 ライガースは去年のエースにして、上杉のせいで何もタイトルを取れなかった真田。

 もっとも真田には、特別表彰などがされていたが。

 上杉さえいなければ、間違いなく沢村賞も取っていたであろう。

 これに対してフェニックスは、昨年もロングリリーフと先発の間を行き来していた加藤を開幕投手に持ってきた。

 言うまでもなく、大阪光陰における真田の先輩である。


 大阪光陰の二枚看板として、センバツの優勝と夏のベスト4に貢献した好投手。

 福島と共に一位指名を受けた加藤だが、その後の歩みは楽なものではなかった。

 福島が一年目からリリーフとして登板数も多く結果を出したのに対し、加藤は先発として二軍で一年目をほぼ終えた。

 二年目三年目と、二軍で普段は投げながらも、時折一軍に上がって投げる。

 全く通用しないわけではないが、ローテに完全に組み込まれるわけではない。

 はっきり言えば福島と違って、高校時代に完成されていた。つまり伸び代がなかったのだ。

 当初はその完成度の高さが評価されたのだが、プロの世界ではさらなるレベルアップが必要だった。

 三年もすればドラフト一位でも言い訳はきかなくなり、一軍の試合ではリリーフで投げることが多くなった。


 打たせて取るタイプの加藤は、フォアボールもそこそこあるが、球威で押すタイプの福島より、その適性を判断されるのが遅かった。

 ロングリリーフや谷間の先発など、この二年ほどでようやく立場が固定されてきたのだ。

 今年の開幕投手という役割は、首脳陣からの期待の表れか。

 それだけに下手なピッチングをすれば、また評価は落ちるのだろう。


 そんな加藤であるが、今年はかなり希望が持てる。

 高校時代にバッテリーを組んでいた竹中が、三年目にしてかなり正捕手の座をつかみかけている。

 こう思うとあの時期の大阪光陰は、本当にスター級の選手がそろっていたのだと言える。

(つってもプロの中継ぎって、選手寿命短い気がするんだよな)

 大介はそう思うが、案外間違っていない。

 先発に比べて中継ぎは短いイニングを、短期間で投げる。

 合計するとそうたいした違いはないのではとも思うが、毛細血管の治癒には先発も中継ぎも、同じだけの時間がかかる。

 それに中継ぎは肩を作ってからいくので、九回に役割が限定しているクローザーより、たとえ登板しなくても準備で投げなければいけない場合がある。


 つまり回復力の高いピッチャー以外は、先発の方が息が長いとも思える。

 実際に中継ぎの10年選手というのは少ないように思えるが、それはそこまで安定した中継ぎだと、先発かクローザーに回されるからだ。

 これが完全に固定されたセットアッパーだと、また話も変わるのかもしれないが。




 オープン戦で大介は、おおよそ三割ほどを打っている。

 ホームランもところどころで出ているが、圧倒的なバッティングというほどではない。

 考えるのは、やはり怪我をしないこと。

 ただあのデッドボールの怪我は、やはりどうしようもなかったのではないか。


 あのお返しはしっかりとしたが、それよりも考えなければいけないのは、また今年も歩かされるのかということ。

 去年も復帰後しばらくは不調であったが、九月に入ってからは一気に打率もOPSも月間MVPのところまで上げてきた。

 オープン戦では力を抑えて、わざとらしすぎない程度には打てないふりをした。

 だがそういうことをやっていると、本当に打てなくなってくる感覚もする。


 フェニックスのキャッチャーが竹中に代わった。

 そしてレックスのキャッチャーも樋口に代わった。

 自分とほぼ同年代のキャッチャーたちが、どういったコンビネーションで大介と対決してくるのか。


 試合前にフェニックス側の練習を見ていると、真田が近寄ってきた。

 考えてみればこいつは高校時代の先輩たちと投げあうだけに、もっと複雑なのかもしれない。

 大介の高校二年生の夏、大阪光陰の実質的なエースは真田だったと言ってもいい。

 その前の段階で大介が一本放り込んでおけば、直史が指に血豆を作ることはなかった。

 打てなかった大介が悪いと言えば悪いのだが、色々と今でも思うことは複雑である。


「先輩らもそろそろ、戦力外になる選手も出てきたからなあ」

 真田の場合は名門出身だけに、大介と違って先輩にプロ野球選手は多いのだ。

 単に同じ学校だというだけではなく、同じチームのメンバーとして、共に戦ってきた人間が、プロの世界から離脱する。

 ここから独立リーグなどで再起をはかる選手もいるだろうが、実際のところは難しい。

「そういや福島も肘やったんだよな」

 広島のセットアッパーとして、毎年安定していた数字を残していた福島は、大介も甲子園で対決したし、プロの世界でも対決している。

 昨年靭帯損傷で離脱し、広島の最下位陥落の原因となった。


 年間70登板もした年もあったし、そのくせ純粋なセットアッパーではなく、回跨ぎなどでも投げていた。

 一人チームにいれば、監督は使いやすいピッチャーなのだろうなとは思う。

 だがそれで頼りすぎると、ピッチャーも壊れるわけだ。


 壊れない体だと思っていても、いくらでも人は壊れる。

 大介だってデッドボールはことごとく回避してきたが、それでも去年はそれで故障した。

 上杉だって鉄人と言われるが、わずかに不調で二軍落ちしたことはあるのだ。

 ピッチャーは故障しやすい。真田だって故障している。

(そういう点ではタケのやつは、ちょっと特別なのかもしれないなあ)

 多くの解説者から、今年のダークホースと言われるレックス。

 だが別に大介にとっては、ダークホースでもなんでもない。

「まあ、今日はとりあえず勝っておこうか」

 プロ六年目、まだまだ若い大介である。

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