十七章 プロ六年目 超新星爆発

第244話 開幕、そして伝説へ

  ※ 今回は大学編247話を読んでから読むことを強く推奨します


×××


 開幕ローテはおろか、開幕投手にまで選ばれるということ。

 かなりの偶然と運が作用したわけであるが、ようやく目指していた場所にたどり着いたという感覚がある。

(それで、相手はライガースか)

 中京フェニックスの先発加藤は、感慨深くマウンドに立つ。


 高卒ピッチャーではあるが一位指名で、フェニックスに入団後、初年から先発ローテとして使われた。

 だがさほどの結果は残せず、二軍でみっちりと鍛えてこいと言われ、何年たったことやら。

 四年目あたりからは上に上がってもロングリリーフや、谷間の先発に中継ぎと、なかなか仕事が決まってはいない。

 それが変わったのはやはり、竹中が入ってバッテリーを組んでからか。


 正直キャッチャーの能力としては、それまでの東の方が高かったし、控えのキャッチャーともそれほど変わりはないと思える。

 だが加藤は竹中に向かって投げていく中で、言語化しがたい何かを取り戻していた。

 プロに入って通用せずに、鍛えたはずが通用しない。

 何かがずれていたのだ。しかしそれが、竹中と組んだことで元に戻った。


 結局のところは、スランプだったのだろう。

 球威は変わっていないはずが、どこかで何かが、ほんのわずかに足りていなかった。

 そのほんのわずかの差が、プロの一軍と二軍を分けるものなのだろう。


 大阪光陰時代はダブルエースと言われていた福島より、期待度は高かった。

 だが福島が一年目から明確な実績を残したのに対し、加藤には長い雌伏の時間があった。

 それでも戦力外を受けないところは、一位指名ということもあるが、コーチ陣がまだ見捨てなかったところが大きい。

 先を越されたと思っていた福島は、肘の手術でおそらく今季は投げられない。

 復帰さえ本当に出来るか、怪しいところなのだ。


 怪我による逆転というのは、あまり嬉しくない加藤である。

 ただ本当にプロの生活というのは、山あり谷ありとは思えるようになった。

「それで相手が真田なんだもんな」

「後輩に追い抜かれたことは悔しいけど、問題はもうそんなとこじゃない」

 怪我がちの東に対して、おそらく今年は正捕手として定着するのではないか。

 そう言われている高校時代の戦友は、加藤にも対等の口に話しかけてくる。


 加藤の立場は、とりあえずすぐには切られないものだ。

 二軍で結果を残し、一軍でもそれなりのピッチングをする。

 ただ完全に主力とは言えないため、トレードの候補に上がることもある。

 加藤は高校こそ大阪だったが、地元は愛知だ。

 だからフェニックス的には、地元人気も考えて、出来れば出したくないというのは本当なのだ。

 ちなみに竹中も岐阜が出身なので、準地元と言える。




 昨年は二位で終わったライガースは、外国人の獲得はまだ諦めていないらしいが、クローザーを社会人ながら新人に任せていることが、オープン戦でも多かった。

 確かに悪くないピッチングであったが、クローザーとして圧倒的というものでもない。

 対戦する開幕投手の真田は、完投力もあるピッチャーで、高校時代からずっと知っている。

 一年の夏からマウンドを任され、実質的にはエースのような格でもあった。

 ただ高校時代とプロで一度ずつ小さな怪我をしているため、やはりプロでは怪我は付き物なのだ。


 あの鉄人上杉でさえ、少しローテを飛ばしたことがある。

 フェニックスの人間だけでなく、プロ全体を見たとしても、怪我をしなかった選手などはまず見かけられない。

 怪我をするまでもなく、通用せずにプロを去る選手は見てきたが。


 怪我をするようなスポーツはいけないと、世間では言われる。

 プロはともかくアマチュアは、心身の育成の方が大事だとも、もっともらしく言われる。

 だが加藤のような選手は、もう高校に入った時点で、野球で飯を食っていくことを決めているのだ。

 故障するかどうかのぎりぎりの線を攻めて、重症の故障にはならないように気をつける。

 それぐらいやって鍛えないと、日本で一番高給取りが多いプロの世界では、生き残っていけない。

 単純に生き残るのではなく、それで一生を食っていくぐらいの実績を積まなければいけない。


 球数制限だの酷使だの、そんなものは大きなお世話であるのだ。

 大阪光陰で野球をやるというのは、それぐらいの覚悟は出来ていた。

 そしてプロの世界では、故障を怖がって腕を強く振れなければ、そもそも選手としていられなくなる。


 人生を賭けて戦う決意をする加藤は、まず一回の表、最初にセーフティを仕掛けてきた毛利をフィールディングでアウトにする。

 皮肉な話だがピッチングが上手くいかない時に、気分転換で守備練習をたくさんしてきたので、加藤はかなりその守備力が高くなっている。

 実は元々長打力はある加藤は、野手に転向した方がいいのでは、という話もあったのだ。本人の知らないところで。

 だがこうやってピッチャーとして、なんとか結果を出すところまできている。

 加藤はずっと、練習熱心な選手ではあるのだ。

 だからトレードに望まれても、出来るだけ生え抜きとして育てようとしている。




 ツーアウトまで取ったところで、初回の最大の関門がやってくる。

 白石大介。高校時代からこいつのせいで、どれだけの大阪光陰の栄光が妨げられたか。

 一つのチームがずっと強いというのは、むしろ不健全ではなどとも言われたが、それだけの努力をしているし、それだけの選手を集めたのだ。

 それが普通に集まってしまった選手のチームに負けることこそ、まさに理不尽と言うべきだろう。

 

 プロ入り後にはさらに理不尽な記録を更新し続けるこいつを止めなければ、フェニックスの躍進はない。

 開幕一打席目から逃げるわけにはいかない。

 そう考えるならこの勝負は、最初から加藤に不利であろう。

(開幕からいきなり初球を振るのは厳しいだろう)

 アウトローにびたりとストライクがほしい。

 加藤は頷いて、そこへ投げ込む。


 開幕戦ということもあるが、今年の大介の課題は、ボール球を打つか打たないかということである。

 そこに投げられてきたのは、アウトローへのストライクボール。

 大介は加藤に対しては、まだ完全に高校時代の借りを返したという意識がない。

 つまりこの打席は、かなり打っていくつもりだったのだ。


 少しでも甘く入れば、スタンドに持っていかれる。

 今季一号のホームランは、広いNAGOYANドームの中でも、客席の中ごろにまで飛んでいった。

「よっしゃ」

 幸先のいいスタートに大介はガッツポーズをして、加藤は帽子をくしゃりとして、その表情を隠した。




 開幕に気合を入れていたのは、大介ばかりではない。

 去年は一昨年の事情もあったので、山田に開幕戦を譲った真田である。

 この開幕戦も完封するぐらいのペースで、積極的に空振りを取っていく。

 大介は二打席目もツーベースを打って、この試合二打点目。

 加藤のピッチングも悪くはないのだが、やはりそもそも全体的に、ライガースの方がフェニックスより強いのだ。


 単発で二本のヒットは打たれたが、フォアボールで出したランナーも一つだけ。

 七回までやってくると、そろそろ完封が見えてくる。


 真田はどうしても完封にこだわるというピッチャーではないが、純粋に完封をした方が、給料の上がりを要求出来る。

 それに開幕戦で完封勝利というのは、かなりの強い印象を与えるだろう。

 今年もライガースは強い。スターズを倒し、また日本一を狙う。

 またそれとは別に、ルーキーながらクローザーとして使われるはずの植村には、出来れば開幕戦以外でのデビューの方が楽だろう。

 真田は真田なりに、チームのことを考えている。

 植村とは同じピッチャーでも、ポジションが被らないということもある。


 ただ、敵地でやっているからというのもあるが、観客席が妙なざわめきをしだしている。

 そしてその中に、ノーヒットノーランという言葉が出てくる。

「上杉さんか……」

 真田としてはこのせっかくの完封を、上杉のノーヒットノーランなどで上書きされたらたまらない。

 ただ確かに上杉ならば、開幕戦でのノーヒットノーランもありうるのだ。

 やはり今年も、スターズの上杉対策が、リーグ優勝と日本一のための、最大の障害となるのか。

 だが、現実は想像を超える。

「おい! 神宮で佐藤がノーヒットノーランやってるぞ!」

「「「はあ!?」」」

 バックヤードからの言葉に、ベンチの中が騒々しくなる。


「神宮で? 佐藤って? 吉村じゃなかったのか?」

「だいぶ古いな情報が。佐藤がルーキーで開幕投手やってるんだよ」

「金原はどうした、金原は」

「いやそれはもう前の話として、ノーヒットノーランで何回だ!?」

「七回の表が終わって、フォアボール二つのエラー一つだな」

「まあ、まだ二イニングあるのか……」


 とりあえずそれを聞いて敵愾心が燃え上がる真田であるが、それを共有する相手はいるのか。

 大介がひどく、困ったような顔をしている。

「出来ると思いますか?」

「やってもおかしくないけど、こういうおいしい時に外すのがタケだからなあ」

 大介の困ったような顔には、そういう意味があるらしい。


 ちなみにこの日、上杉も開幕投手で投げているが、散発二安打の完封で抑えることになる。

 だが上杉でも、絶対に出来ないことなのだ。


 ルーキーが、開幕戦で、初先発で、ノーヒットノーラン。

 これは既にデビューしているピッチャーは、全員が不可能なことである。

 既に中継ぎで投げていて、初先発でノーヒットノーランというのは、理論的には可能であるが。

 当たり前だが真田には出来ず、上杉にも出来ない。

 全てのピッチャーに、生涯で一度だけ与えられるチャンス。

 実際には雨天で試合不成立などで、二度目のチャンスがあったりするかもしれないが。


 やられた、と真田は思った。

 開幕戦でノーヒットノーランなど、美味しすぎるではないか。

 もちろん初先発のノーヒットノーランはもう出来ないが、開幕戦のノーヒットノーランはありえるのだ。

 自分はどうして、もう二本もヒットを打たれてしまっているのか。

「変なこと考えずに、とりあえず勝とうぜ。まずは一勝な」

 大介はそう声をかけてくるが、三点差となったこの試合、勝敗自体は決まったようなものではないか。

 

 そんな考えが悪かったのだろう。

 真田は三本目のヒットを打たれて、そこから慌てて気持ちを引き締める。

 別に優勝がかかっているわけでもないのに、呪いがこもってしまう。

(打たれろ~、打たれろ~)

 仕方のないことではあるし、真田は別に人格者でもない。

 他のチームのピッチャーが打たれることを望むのは、普通に健全である。




 高校時代から、何かライバルのように扱われてきた。

 だが真田の記憶に残っているのは、兄の直史の方である。

 夏の大会で、二大会連続の、実質的パーフェクト。

 両方、対戦したのは自分である。


 それなのに、最後の夏も、真田は負けた。

 勝っていてもおかしくないのに、弟の方に負けた。

 もやもやとしたものは、ずっとあった。

 ただ武史が大学に進んだため、佐藤兄弟のいずれとも、再戦する機会はなかったのだ。


 いくらボールが速くても、武史よりは自分の方が上だと、真田は自負していた。

 だがドラフトにおいては、六球団競合とまでなった。

 自分は三球団である。もっともあの年は、アレクに後藤という、去年もタイトル争いをしていた選手が他にもいたが。

 一位指名されたピッチャーは、あの年は高卒の真田と千葉に一本釣りされた水野だけで、去年はピッチャーの出物が少なかった。

 そう考えてはみても、もやもやは消えない。


 九回。

 さらに一点を加えたライガースは、フェニックスの最後の攻撃を迎える。

 ピッチャーはこの開幕戦を完封で飾ろうと、真田をマウンドに送る。

 だがその直前に入ってきた。

 神宮球場にて、佐藤武史、ノーヒットノーラン達成。


 なんでそんなものを聞かせるのだと思っても、どうせ観客席からそういう情報が聞こえてきただろう。

 実際に観客席は、奇妙などよめきに包まれている。

(ちゃんと試合を見ろ、試合を!)

 ライガースファンだけではなく、フェニックスファンも。

 真田は怒りのままに、この最終回を抑えようとする。


 それが悪かった。

 必殺のはずのスライダーが、右打者の打ちやすいところに入ってしまった。

 それを完全に、ジャストミートされた。

 ホームランの出にくいはずのドーム。

 だが、ここで一発が出てしまった。


 なんてざまだ。

 膝に手をついた真田は、そこから顔を上げる。

 ベンチを見れば、こちらを心配するような顔。そして金剛寺が歩いてくる。

 それに対して真田は、強く睨みつける。

 金剛寺もまた、真田の覇気を強く感じた。

「まだ行けるよな?」

「当然!」

 真田は怒っているが、同時に冷静にもなっていた。

 ここで本当にいいキャッチャーなら、打たれる前にマウンドに、足を運んでいたのかもしれないが。




 この年の開幕戦、ライガースは真田が完投、スターズは上杉が完封と、エースが見事に投げきって勝つ試合となった。

 もちろんそれはすごいことだが、一番センセーショナルなのは、武史のことに決まっている。

 甲子園の優勝投手で、大学でもスーパースターで奪三振記録を更新し、今年の新人の最大の目玉。

 案外競合一位がすぐに活躍することは少ないのだが、これは違う。


 かつて上杉が初先発で完封したように、また大介が二本のホームランを打ったように。

 新しいスターの登場であるが、鮮烈さではその二人をも上回る。

 翌日からしばらくの間、スポーツニュースは散々に武史の特集ばかりをするようになる。

 やらかす男は、騒がせる男に、見事ランクアップしたのであった。

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