第238話 ラスボス

 この時点でライガースが優勝できる可能性は、かなり低くなっている。

 スターズとの差があるし、その差がこの最後の対決で開いたからである。

 直接対決は勝てば一ゲーム差を縮めることが出来るのだが、最初の一戦で負けた時に、マジックがスターズに点灯してしまった。

 そして二戦目に負けたことにより、一気にマジックが2減った。

 この三戦目は上杉が投げるということもあるため、勝てる可能性は低い。

 そこからはスターズは勝率五割をキープすれば、そのまま優勝できる。


 ペナントレースの自力優勝が消えるのは、大介にとって初めての経験であった。

 ただ今年は去年と違って真田が万全なので、クライマックスシリーズでも勝てるか引き分けに出来る可能性は高いと思っている。

 今のプロにおいて、狙って完封が出来るようなピッチャーは、上杉と真田、それに調子に乗ったときの本多くらいであろうと大介は見ている。

 もちろん対戦するのが、ライガース以外という想定だ。

 ライガース相手でも、大介と勝負しないなら、可能かもしれないが。


 一回の裏、上杉はいつものルーティンワークのように、簡単にアウトを取っていった。

 ツーアウトとなったが、大介と勝負をしてくるというだけで、ホームランの確率は上がる。

 この間の対戦では、試合には負けたがホームランを一本打った。

 あれが今年、上杉の打たれた唯一のホームランである。

 20登板以上もして、完投も何度もしている。

 それなのにホームランを打たれないというところが、上杉の危険さを表している。


 高速シンカー。チェンジアップ以外で、上杉の身に着けた大きく曲がる変化球。

 それは大介には通用しない。ただ頭の隅にあることで、ストレートとチェンジアップへの対応力を削られる場合がある。

 確実には打てない。それがもどかしい。

 大介は基本的には、全てのボールを打つつもりでバッターボックスに入っている。

 打つということは、当てるということではない。ミートするということだ。

 三振は圧倒的に見逃し三振が多く、大体は誤審だろうと言われる。

 実際は普通に見逃しでも、そこで色々と駆け引きがあるのだが。


 ジャストミートしても、そのボールがほんの少し飛ばなかったり、飛びすぎたりすると野手の守備範囲内となる。

 そこでアウトになるため、大介のアウトはフライアウトが多い。

 ただ時々、器用に内野ゴロも打つので、相手の守備も極端なシフトを敷けないのだ。


 そんな大介が、どうしても勝ちきれないのが上杉だ。

 荒川や細田といったあたりとも対戦成績は悪いが、それでも打っていくことは出来る。

 二人だって大介相手には、三割前後を打たれるのだ。

 上杉だけは、間違いなく人間の限界に近づく存在だ。

 だからこそ同じ大介には、打たれることがある。


 人間の限界。あるいは生物の限界。

 スポーツというのはそれを更新しようという活動であろうか。

 球技などは技術面が大きいが、パワーピッチャーとスラッガーの対決になると、やはり肉体の限界に近づいていく。

 瞬発力、動体視力、反射神経、そして精密動作。

 ピッチャーとバッターの対決は、これらの全てが要求される。




 上杉の投げたボールは、ほぼど真ん中のストレート。

 大介はそれを見送った。

 絶好球であったのに、それを見送ったことへの動揺はない。

 キャッチャーボックスから大介を観察する尾田は、さすがだなと舌を巻かざるをえない。


 上杉のボールの状態を見るために、初球は振らないことは予想できた。

 ただそれでど真ん中に投げられたら、絶好球を逃したと後悔するはずなのだ。

 だが大介には、そんな揺れはない。


 プロ入りしてから今年で五年、今年は最悪のシーズンであった大介。

 スランプに加えて、骨折というアクシデントもあった。

 だが技術と精神力は、今年も成長を続けている。

 それは上杉も同じで、今年はついに大きな変化球を身に付けた。

 ただ上杉自身は、それを小手先の技術と見ている気配がある。


 この大介との対決でも、高速シンカーは見せ球としてしか使わないと話してある。

 これは楽をするための球であり、楽を考えたら大介には勝てないというのが、上杉の感覚であるのだ。

 上杉がそう言うなら、尾田もそれを止めようとは思わない。

 結局上杉は、骨の髄まで本格派なのだ。

 ストレートだけで抑えることを、無上の喜びとして考える。

 いつの時代のピッチャーだと尾田は思うが、あるいは本当にここまでの姿勢を貫くのは、上杉以外には一人も過去に存在しなかったのではないか。


 コントロールと、チェンジアップ。そしてムービング。

 それらの全ては、フォーシームストレートの威力を最大にするための撒き餌でしかない。

 追い込んでから投げた、アウトローへの174km。

 大介はそれを打った。


 三遊間を強烈に抜けた打球は、そのままワンバウンドだけでレフトのグラブへ。

 ファーストを見たレフトは驚きつつも送球をする。

 大介は走りぬけ、普通にセーフになったのだが、下手をすればレフト前ゴロになる寸前であった。

 大介の足が遅ければ、確かにそのタイミングだったのだ。


 この攻防だけで、二者がどれだけ傑出し、非常識なパフォーマンスを発揮するのか分かる。

 ライトゴロならあるし、センターゴロでもごく稀に発生する。

 だがレフト前の打球がゴロアウトになる可能性など、途中でこけるぐらいしか想像出来ない。

 このシーンは今年、何度も年末の特番で取り上げられるシーンとなる。

 ネットにおいても、伝説のレフトゴロ直前、として拡散されることになる。


 だがとりあえず、初回の攻撃で上杉のパーフェクトは阻止した。

 戦いはこれからである。




 単純に確率だけで言うなら、様々な要素を考えて、今年の優勝はスターズになるだろう。

 この時点のゲーム差を考え、直接対決がもうないのであるから。

 クライマックスシリーズをどう戦うか。

 これまではあったアドバンテージが、今度は向こうに行くのだ。

 上杉に真田を当てて、どうにか引き分けか、ロースコアで勝てないものだろうか。

 おそらく無理だろう。今年の上杉は人間をやめている。


 もちろんそんなことを、選手たちには悟らせない首脳陣である。

 そもそも今年も、大介の離脱さえなければと、ちゃんと言い訳は立つのだ。

 だが島野は、疲れていた。

 そしてその疲れは、心地いいものであった。

 フロントにポストを用意してもらっているので、優勝できなかった引責辞任とはいっても、ちゃんと球団は評価してくれている。


 大介の入った三年間で、いい夢が見られた。

 伝統と人気だけはある球団などと、かつては言われたものだ。

 だが若く猛々しき獣たちの集まりによって、栄光はもたらされた。

 レジェンドたちの花道を、神々しく演出することさえ出来たのだ。


 来年からは金剛寺の政権だ。

 指揮官としての手腕は、まだ未知数である。だが監督に必要なのは、能力だけではない。

 球団の顔として、やはり必要になるのだ。金剛寺ほどの実績が。

 島本などでもいいのだが、彼は自分は黒子に徹するつもりなのだ。

 現役時代から、それはずっと変わらない。




 首位争いの、緊迫した試合になった。

 今年もやや不本意な成績となった琴山だが、この試合においては上々の出来であった。

 三回を投げて無失点。ただ体力の消耗が多く、ここでマウンドを降りることになる。


 勝つために、体力の温存などを一切考えず、これだけのピッチングをしたのか。

 ライガースのリリーフ陣も、これを見て奮起する。

 ただそれでも、継投の完封というのは簡単なものではない。

 それでもこの試合、先制したのはライガースだった。

 大介の二打席連続となるヒット。それが二度目はタイムリーになった。

 

 この三連戦、ライガースはピッチャーの起用に失敗したと言っていい。

 もっと早い段階のどこかで調整し、山田と真田を当てるべきだったのだ。

 そこで勝っていたならば、上杉には負けたとしても、0.5ゲーム差。

 逆転の余地は充分にあったのだ。


 上杉は去年、クライマックスシリーズのファーストステージで負けて、本当に悔しい思いをしたのだろう。

 その執念や怒りが今年の成績につながったのだとしたら、まだ成長の余地を残していたのかと、驚くと言うよりは恐ろしく思える。

(スターズはほんま、打撃をどうにかせんとあかんやろ)

 島野は冷静に考える。自分が去った後の、ライガースのことも考えて。


 今年はドラフトについても、金剛寺に行かせるべきだろう。

 GMや編成部長と共に、どういうドラフトを行うのか考えなければいけない。

 今年のライガースについては、序盤こそ微妙だったものの、終盤には戦力がちゃんと働くようになっていた。

 だから追加も大切だが、維持するほうを考えなければいけない。

 外国人との継続契約、ただウェイドの信頼性は、やや落ちたと思える。


 日本人の長く使えるクローザーがほしいなと思うが、そんなものはどの球団でもほしいのだ。

 ただ中継ぎにかんして言えば、本当にシーズン序盤からは育ったと思う。

 新人の村上に、品川、若松と、左ピッチャーが充実している。

 ただ青山が、もう引退かなと洩らしていた。


 過去に栄光を迎えたチームが、そのすぐ後に暗黒期に入るのは、ある程度共通の事実がある。

 主力の流出、主力の衰え、つまりチームの若返りの失敗だ。

 ただライガースの場合は、新人から若手がちゃんと育ってきている。

 優勝の仕方が、ベテランがベテランの味を出し、新人がその勢いで勝たせるというものであったのが良かった。

 満足したベテランが去っていって、その場所を若手が埋める。

 ただキャッチャーだけは、コーチ島本の影響がまだまだ大きいが。


 タイトルを何度も取った選手で残っているベテランは、もう金剛寺と青山ぐらいだ。

 この二人がいなくなって、それでいて指揮官としては残る。

 金剛寺はなんだかんだ言って、いなければチームが勝てないのだ。

 戦力としてではなく、精神的な支柱であることは間違いない。




 試合は、上杉が珍しく二点目も取られた。

 ただ終盤にかけての大介との三打席と四打席目は、打ち取ることに成功。

 もっとも大介も、ここでは三振にはならなかった。

 強く振って、それでいてちゃんと当ててはいる。

 だが外野へのファールフライが二つと、四打数の二安打であった。


 大介以外の選手で、二点目を取れたというのが大きい。

 ただスターズも、上杉の投げる試合では負けさせまいと、打線陣の気合が充実していく。

 ライガースのリリーフ陣は、その勢いを止めることが出来なかった。

 最終的には3-2というスコアで、スターズがライガース相手に三連勝。

 ここで事実上、スターズの優勝は決まったと言っていいだろう。


 シーズンはまだ八試合残っているのに、終わったような空気が漂う。

 確かにペナントレースは、スターズによる三タテで、一気にゲーム差が開いた。

 あとはここから、クライマックスシリーズをどういう状態で迎えるかが重要となる。


 三位のタイタンズとの試合が、四試合残っている。

 ここで全て負けたら、順位が逆転してしまう。

 さすがにそれはまずいだろう。ただ四つとも勝ってしまえば、おそらくレックスがタイタンズを逆転する。

 タイタンズかレックスか、どちらかを選ぶことは、出来ると思う。

 だがかといってわざと戦力を温存して、負けるというのも嫌な話だ。

 それに大介の、タイトル争いも関わってくる。


 大介は現在、ホームラン46本の打点127で、この二冠のトップにいる。

 油断は禁物だが、おそらくここから逆転される可能性は少ないだろう。

 打率に関しては、積み重ねていくものではないので、かなり条件が限られる。

 大介の三冠阻止のため、嫌がらせのような敬遠は起こるかもしれない。

 ただ優勝できないのだとしたら、せめて個人タイトルにはこだわってほしい。


 真田にしても18勝3敗で、普通ならば各種タイトルを総なめにしていてもおかしくはない。

 だが今年の上杉は、本当に異次元過ぎたのだ。

 25勝0敗。

 さらにまだ、二試合ほどは登板してくるだろう。

 リーグ優勝であるならば、クライマックスシリーズで休めることが出来る。

 限界まで投げて、どこまでの記録が残せるのか、人間の可能性を見せてほしい。そんな思いはライガースの人間にさえある。


 だがまずは、雨天順延となっていた、レックスとの最終戦。

 ここでレックスに勝ったとしても、まだタイタンズ戦が多く残っている。

 今年は後半から調子を上げてきたレックスだが、勝利の方法をあまり知らないだろう。

 タイタンズと戦うよりは、プレイオフはレックスと戦いたい。

 もちろんレックスにわざとは負けず、タイタンズを叩きのめす。

 その先のプレイオフを、首脳陣はもう見ていた。

 大介のタイトル争いは、ここからが正念場となっていく。

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