第237話 激動のラストスパート

 各球団の首脳陣は、カレンダーを見ながら選手の起用について考えている。

 特に重要なのは、ピッチャーをどう運用するかだ。

 この年のライガースの首脳陣は、リリーフ陣に対してはかなりの信用を置いているし、充分に足りているとも思う。

 当初は不安だったオニールも上手く機能し、若松、品川、村上などの若手がそれなりに機能している。

 青山がおそらく引退するだろうな、というのは気づいていた。

 点差のついたところで、粛々と敗戦処理をこなす。

 防御率はそれなりなので、来年もいけそうな気もするが、チーム全体の若返りを考えているのだろう。


 問題は先発である。

 真田は例年言われる、上杉がいなければ沢村賞ペースで勝っていて、完全にライガースのエースとなっている。

 山田も途中離脱はあったものの、あと一つで二桁勝利と、貯金をしっかり作ってくれている。

 だがはっきり言って今年は、先発に星のつかない年だった、ということが言えそうだ。


 去年も真田が中継ぎとして登板しながら、八勝を上げていた。

 今年は同じくオニールが、八勝を上げている。

 他にも中継ぎで勝ち星をついていることが多く、それでいて先発の数値を見ると、勝ち星はつかないまでも、防御率はかなり低く抑えられている。

 真田だけは完全に飛びぬけているが、他はたとえば山田なども、同点か勝っている状況でリリーフにつなぎ、落としてしまった試合が四つほどある。


 今年の先発は真田、大原、山倉、山田、琴山、キッドの六人でおおよそ回していた。

 これに加えると、飛田が8先発していて、谷間のローテなどを回していたと言えるだろう。

 だが基本は飛田もリリーフであり、多くのホールドを上げている。

 一番昨年より成績を落としたのは、言うまでもなく大原だ。

 ただその大原も防御率自体はそれほど下がっておらず、長いイニングを投げたという点ではチームで一番である。


 長いシーズンのローテーションの中では、本当に安定してローテを回してくれる。

 だが大きく貯金を作るわけではないというのが、大原というピッチャーの特徴だ。

 ただしまだ23歳なのだから、ここからが重要だ。

 この時点で完投勝利を五回もしているのだから、これはチームトップの真田と同じ回数である。

 ただし真田と違って、完封勝利は一つもない。




 今年は試合の消化が順調であったため、クライマックスシリーズとの間に少し休養が出来る。

 それを考えるとシーズンの終わりまで、ピッチャーは全力で使っていっていいだろう。

 だが中三日などの、極端な起用は避けたい。

 それで調子を落としてクライマックスシリーズに影響すれば、元も子もない。


 現在トップを走るスターズだが、今年のライガースとの対決は、残り三試合だけ。

 ただこの直接対決で全勝したら、順位は入れ替わる。

 どうせ上杉を出してくるだろうから、一つは落とすと考えるべきだ。

 すると他のチームに勝ってもらうことを祈るしかなくなる。


 他に首位争いの中で当たるのは、タイタンズとの七試合か。

 これだけ直接対決が残っているので、ここを勝ち越せば少なくともタイタンズより上には行ける。

 今年のタイタンズ相手の勝敗はそこそこ勝ち越しているので、ここも勝てなくはないだろう。

 そしてレックスとの試合が、順延した一試合のみとなっているのが不気味である。

 フェニックスとカップスとの試合はそこそこ残っているので、ここの取りこぼしは避けたい。

 おそらく最終的な順位を決めるのは、タイタンズとの争いが大きく影響してくる。

 スターズとの試合はどうにか、二勝一敗か一勝一敗一分ぐらいで済ませたい。


 ただスターズも最近は打線が打ち出しているので、あまり楽観も出来ない。

 シーズンの最後に向けて、力を残していたように思える。

 もっともそれはライガースも同じことで、ピッチャーはここにきて調子が極端に悪い者はいない。

 意外と上手くいかないのが、タイタンズである。

 百戦錬磨のベテランを、FAでどっさりと取る人気球団だが、その安定感が上手く機能していないのだ。

 



 九月に入ってライガースは、まずフェニックスとの三連戦を迎える。

 ここでピッチャーの弱いローテを当てたが、甘く見てまさかの負け越し。

 そのかわりに次の重要なタイタンズ戦では、強いローテを当てることが出来る。

 山田、真田、山倉という順番である。

 山倉も今季は、不本意な成績であったろう。

 だが一年間ローテを守ったというだけで、先発としては加増要素だ。

 これが真田ぐらいであると、この程度ではむしろ下がるのだが。


 ここで計算どおり、ライガースは二勝一敗で勝ち越す。

 これで三位タイタンズとの差を開けたわけであるが、タイタンズはもうそのすぐ後ろに、レックスが迫っている。

 レックスは残っているカードの中に、スターズとの試合があまりなく、そしてライガースとの試合も一試合だけだ。

 ライガースはタイタンズとの試合を残しているため、ここで勝っていくとレックスが三位に上がる手助けとなる。

 だからといってわざと負けては、首位スターズとの差が縮まらない。

 

 どちらが上がってきた方が、クライマックスシリーズは戦いやすいのか。

 タイタンズは層が厚いと言いながら、実際にはその充実した選手たちが足踏みをしている。

 レックスの選手が若さに任せて勝率を上げているのとは比較しやすい。

 百戦錬磨とは言いながらも、タイタンズは補強をしながら結局、長らく優勝できていない。

 それよりはレックスの方が不気味であろう。


 樋口の存在が大きい。

 関東圏と広言し、それもキャッチャーということで、四球団も競合することになるとは思わなかった。

 そこまでしてキャッチャーを取るのかと、キャッチャーが大成する可能性が低いことを知っている、プロの首脳陣もフロントも、一位指名などは考えもしなかった。

 バッテリーコーチの島本の指導で、滝沢と風間が競い合っているのが、今のライガースとしてはいい感じなのである。

 ただここまで躍進することになったのは、間違いなく樋口の働きが大きい。

 スタメン固定になる前と、後のレックスの成績を比べれば、はっきり分かるのだ。


 レックスが三位まで上がってくればどうなるか、プレイオフでの対決を想像する。

 一時期の爆発的な連勝こそなくなったものの、レックスは安定して勝率を維持することが出来ている。

 対戦相手のカードを考えれば、タイタンズとの直接対決を制したら、三位に食い込んでくる可能性は高い。

 ライガースがタイタンズとのこれからの試合に勝ち越せば、さらにそれを援護することになるだろう。

 だが正直なところ、そこはあまり重要視していない。


 プレイオフを勝ち抜き日本シリーズに到達するには、スターズとの決戦をどうするかが一番問題だ。

 今までは一勝のアドバンテージがあったため、そこで差が出来てクライマックスシリーズを戦うことが出来た。

 ただ今度は逆に、一勝を向こうに与えることになれば、それは間違いなく脅威だ。

 上杉以外の部分で一勝する。

 それがスターズの、優勝までの必要条件だ。それが、事前に達成できてしまうのだから。

 とにかくペナントレースをどうにかしなければいけない。

 首脳陣が頭を悩ませる中、大介は己の成績を高めるのに集中していた。




 タイタンズとの三連戦を、ライガースは二勝一敗で勝ち越した。

 これで二位以上になる可能性が高くなる。

 大介のホームランは46本にまで伸び、打点もほぼ一位を独走している。

 ただ打率だけが、なかなか伸びていかないのだ。


 それでも八月の不調だった時期に比べれば、はるかにいい数字だ。

 だが打率はその確率だけではなく、どれだけを打ってその数字になったかを考えないと、八月までに下がった打率を、なかなか上げることが出来なくなる。

 フォアボールで歩かされれば、それは出塁率が高くなる。

 だが首位打者になるには、あと少し足りない。


 大介は既に大金持ちであるが、金に対するハングリー精神は、いまだに持っている。

 銀行の口座は分散して持っていて、ツインズに勧められたほぼ確実に損のない金融派生商品とやらにも、資産を移している。

 あとは価値の上下はあるが、デフォルトにはならない貴金属なども持っている。

 その管理をツインズに任せているのは、面倒ということもあるが、彼女たちが専門の勉強をしているからだ。


 三冠王ボーナスというのは、大金持ちの大介にとっても、無視できるものではない。

 ただ打率というのは、相手が打てる球を投げてこなければ、上げることは出来ないのだ。

(この数字って欠陥品じゃねえのか)

 過去に多くのプロ野球選手が思ったであろうことを、大介も思う。


 このタイタンズとの三連戦を勝ち越して、ついに今年最後のスターズとの直接対決三連戦となる。

 舞台は甲子園であり、この三連戦を全勝したら、一位が入れ替わる。

 二勝一敗でも0.5ゲーム差となり、おそらく逆転のチャンスは出来てくるだろう。

 ただ逆転はいくらでも可能と思うが、一時的にスターズにマジックが点灯することになる。

 そしてこの三連戦の中で、スターズは上杉を登板させる試合が巡ってくる。


 今年の上杉はほぼ全ての試合を、中五日ペースで投げていた。

 シーズン終盤に無理をするとかではなく、シーズン全体をそうやって投げてきたのだ。

 そのくせまだ無敗。

 このまま最後まで走りきれば、プロ野球の年間無敗記録を更新することになる。


 その記録を途切れさせることが出来るとすれば、やはりライガースが第一の候補に挙げられる。

 大介ならば打てることは、既に証明済みだ。

 ただしライガース首脳陣は、ここで下手にローテは動かさず、上杉と山田、真田が当たらないようにしてある。

 最初から琴山先発のこの一試合を捨てて、残りの二試合をどうにか取ろうと考えているのだ。

 山田と真田は、中四日を許容するなら、山田を当てることは出来る。

 だが今年も少しの間離脱した山田には、そんな無茶をさせたくはない。

 あと真田も、二年前のプレイオフを考えれば、無理には使いたくない。


 消極的ではあるが、山田と真田はかなり勝ちが計算できるピッチャーだ。

 この二人に残りの試合をちゃんと勝ってもらうことが、プレイオフでも勝つために必要なことなのだ。




 スターズとの最後の三連戦、その最初の先発は、ライガースはキッド、スターズは玉縄である。

 キッドはここまで15先発をして、五勝三敗となっている。

 なかなか星がつかないが、ローテの先発としてはまあまあの成績だ。

 来年もおそらくライガースに残るので、このままのペースで勝ってほしい。


 対する玉縄は、八勝八敗。

 防御率やクオリティスタートなどを考えると、もうちょっと買っていてもおかしくない。

 打線の援護と、あとスターズは中継ぎが、もう一枚ほどは必要だったろう。

 ピッチャーとしてはほぼ互角と言えるのではないか。


 結果は玉縄の勝利。珍しくスターズ打線が爆発し、8-4が最終スコアであった。

 大介は二打点を上げたが、とにかく序盤にスターズの打撃が光った。

 貧打のスターズのはずが、シーズン終盤にはけっこう打ってくる。

 この時点でライガース首脳陣の計算は、ご破算になったといっていい。


 二戦目はライガースが大原、スターズが藍本。

 ここは大原が順調に点を取られる中、スターズは継投をして失点を少なくしていく。

 大原は致命的なビッグイニングで点を取られることはなかったが、それがむしろ代え時を難しくした。

 スコアは6-3とここもスターズは余裕がある展開で、最後にはセーブ王最有力の峠を出してきた。

 最終回をきっちりと〆て、勝利するとともにタイトルへの道を広げた。


 そして上杉である。

 誰を当てても負けそうな今年の上杉。それに対するのは琴山である。

 琴山は今年20先発で6勝7敗と、あまり期待できる数字ではない。

 おそらくは負けるだろうな、というのが遠慮のない評価である。

 甲子園のライガースファンも怒号を飛ばすが、上杉相手には厳しい野次もない。


 上杉は今年、28先発して、ここまで24勝0敗なのである。

 怪物とか言うレベルを完全に超えていると言えるだろう。

 記録の更新の相手が、大介がいるライガースというのは、まさに主人公体質だ。


 ライガースファンはその大記録を、ライガース打線が打ち砕いてくれることを期待している。

 だが同時に、それを目の前で見てみたいなと思っている者がいるのも、無視できない事実である。

 対するライガースの方には、個人の成績はかかっていない。

 せいぜいここで大介が打てば、首位打者に追いつくための一歩になるかというぐらいだ。




 空気が重い。

 不滅の大記録を、上杉はいくつ作れば気が済むのか。

 二年前も25勝1敗という成績を残しているが、今年はさらに異次元の領域だ。

 おそらく去年、プレイオフのクライマックスシリーズで、ファーストステージで負けたことが関係しているのだろう。

 上杉という人間は、やられたところをそのままにしておく人間ではない。


 高速シンカーという飛び道具を得て、上杉はさらに強大な生物になった。

 単純に全力でどうにか抗うしかない去年までとは、完全に別の存在なのだ。

(MLBいったら30勝出来るんじゃね?)

 大介はそう思ったが、この日は琴山も気合が入っていた。

 一回の表を三者凡退にしとめて、確実に気合が入っている。

 極端に言えばピッチャーが一点も取られなければ、試合には負けない。

 それぐらいのつもりで、今日の琴山は投げているのだろう。


 一方のスターズは、三者凡退に終わっても、守備に就く野手の目が、かなり鋭いものになっている。

 死線に赴く戦士のような、そんな危険な目をしているのだ。

 ライガースとしては、既に自力優勝が消滅している。

 スターズにマジックも点灯しているので、むしろ追い込まれているのはライガースの方なのだが。


 甲子園における、スターズとの最終戦。

 おそらくこれが、今年最後の大戦になる。

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