第21話 若く猛き獣たち
中核選手の故障による離脱などは、若手が実戦において成長するチャンスでもある。
10の練習より1の実戦などとも言われるが、野球の場合は、試合のつもりで練習をし、練習のつもりで試合をした方がいいのかもしれない。
とりあえず三年目の黒田、二年目の大江は調子を上げてきていた。
黒田は三年の夏に一度甲子園に行っただけだが、準決勝までに三本のホームランを打った。
この黒田を一年生の時点で直史は完全に封じていたのだから、その後の能力の向上で、今はどれぐらいの成績を残せるのかには興味がある。
大江は大学からドラフトの外れ一位で入ってきた選手であるが、去年から二軍ではそれなりの成績を出してきた。
やはり若い選手というのは、経験を積めばそれだけ、プロレベルに合わせて成長する。
黒田もまた一年目は完全に二軍であったが、去年からは時々一軍の試合に出してもらいながら、二軍では安定して打てるようになってきた。
技術の向上と言うよりは、慣れの面が大きかったのだと思う。
そんな二人はバッティング理論について大介と話し合ったりもするのだが、はっきり言って大介が天才すぎて理解出来ない。
レベルスイングのインパクトの瞬間にバックスピンをかけて打球を伸ばしていくというのは、理論的には分かるのだが実践できるとは思えないのだ。
ただバッティングではなく、体の使い方については勉強になった。
今の大介が、調子が悪いにもかかわらず信じられない成績を残しているが、その一番大切な部分は体の軸の回転だ。
腰の回転によって、大介は飛距離を出している。もちろん足で踏ん張らなければ、さすがにそうそうホームランにまではならないのだが。
フェニックスとの三連戦においては、この二人は三試合とも打点を記録した。
若い力が大介を中心に、ついに発芽しかけているのかもしれない。
開幕序盤の勝利先行のスタートダッシュも良かったが、ベテランが離脱した状況で、勝ちのパターンが作れてきている。
セットアッパーだった青山がそのままクローザーとして機能したのも大きいが、琴山がハマりすぎている。
中継ぎなのに勝利が四つもついてしまったのは、はっきり言って出来すぎだろう。
もっともフェニックス三連戦の最後で、ついにリリーフに失敗したが。それでもここはまだ同点どまりだった。
あとはキャッチャーの風間が、もうちょっと打ってくれるようになれば、島本との世代交代となるだろう。あるいは他のキャッチャーが下から上がってくるか。
それに金剛寺の穴を、他のバッターが少しずつ頑張ることによって、どうにか埋めていっているのが素晴らしい。
中軸頼みだった得点が、下位打線からもそれなりに出てきているのだ。
フェニックスは三戦目に意地を見せて、三連勝は許さなかった。
なんだかんだ言いながら、やはりまだライガースはピッチャーが弱い。
下でも育ってきてはいるのだが、ベテラン陣がぎりぎりのところで踏みとどまるピッチングをする。
すると首脳陣としても、そんなベテランに頼らざるをえなくなる。
だが次のタイタンズとの三連戦は、いよいよ足立が復帰してきた。
もっとも第一戦は、ここのところ二試合好投しながらも負けがついていた柳本が、怒りのピッチングマシーンと化す。
終盤一失点の完投ピッチングに、打線も応えてようやく五点の援護を与えられた。
なおこの試合でも、大介は右打席でホームランを打っている。
第二戦はベテラン椎名が先発。
粘り強いピッチングに打線も応えて、六回までを四失点に抑えて、打線は五点を取って勝ち投手の権利を得る。
そこからは琴山、青山、足立とつないでいって、さらに追加点も取って6-4で勝利した。
足立は復帰戦から一セーブを上げた。
第三戦は先発藤田が頑張ったものの、その後のリリーフが失敗して、点の取り合いで負けた。
タイタンズは戦力がまだ上手く機能しておらず、スペック通りの力を選手たちが発揮していない。
ただこの試合では、ついに琴山がリリーフに失敗したのみならず、今季初黒星をつけられてしまっている。
今までリリーフなのに勝ち星が付いていた方が異常であったのだが。
五月の初め、ゴールデンウィークに、甲子園球場に神奈川を迎えた三連戦。
ファンは大きく期待していたのだろうが、上杉はまだ復帰していない。
神奈川のこれまでのローテーションから考えると、おそらく次の広島との三連戦の最初で、復帰登板をさせるのではないかと思われた。
大介としては、さすがにこの状態で上杉とは戦いたくなかった。
右で上杉と戦えるとは思えなかったし、左がじゃあ上杉専用になっているかと言えば、それも違う。
左は最初から、そしてより強く積み上げている最中なのだ。
あの上杉のストレートを、ここまでのダメージを受けずに打つために。
タイタンズに勝ち越ししたことで、ライガースは0.5ゲーム差ではあるが、神奈川を抑えてリーグ一位となっている。
そこでまた、この直接対決である。
上位同士の潰しあいと言えばそうであるのだが、今年のセ・リーグは優勝が読めなくなってきている。
キャンプ前は戦力を整えてきた巨神と、前年から微妙に戦力を増していっている王者神奈川が、優勝の筆頭であると言われていた。
オープン戦が終わった後ですら、どうせライガースは怪我人が出て、すぐに勢いが落ちていくと思われていた。
だがロイが加入しだした頃から、さすがに慎重なライガースファンも、今年はいけると盛り上がり始める。
そこで金剛寺、島本、足立の離脱である。
加えて大介が不調に落ち込み、ああ、今年は最下位まで落ちるのかと、絶望に支配されようとした。
その状況を打破したのが、右打席に立った大介である。
大介はあくまでも左打者である。
スイッチなどではなく、右でも打てなくはないというものだ。
ただ左があまりにも打てるので、それに比べれば打てないと言っても、基準が違うのである。
普通はそれなら、変化球には弱かったりするはずなのだが、それも確かにそうである。
大介の右は、ストレートよりは変化球に弱い。
ただそれもまた程度問題であって、ストレートなら四割打てるのが、変化球だと三割しか打てないと言っているようなものなのだ。
本人は本音であろうし、比較してみればそうなのであろうが、やはり平均的な天才からしたら理不尽なのだろう。
その理不尽さはお前たちが、中学や高校で散々一般人に与えてきたものである。
ライガースがここまでの成績を残していることの、微妙な理由の一つには、なんだかんだ言いながら、投手のローテーションがちゃんと機能しているからであろう。
ここまで五先発し五勝という、あまりに出来すぎの山田が、本日の先発である。
無敗ということもだがそれ以上に、登板した試合で全て勝ち星がついているのだ。
前の試合などは五回で四失点と、大崩れはしなかったが負けてもおかしくないピッチングであった。
選手にはどうしても、一シーズンを戦う中では、調不調の波がある。
山田としては前の試合あたりから、少し調子が落ちているのは気付いていた。
投手の微妙な感覚としては、球が走らないというところか。
神奈川はエースクラスの藍本が先発である。
上杉のような絶対的なエースではないが、去年もローテーションを守って白星先行していた。
試合展開は神奈川有利に動く。
立ち上がりの山田が悪いのは珍しい。初回に二点を失った。
それに対して藍本も、初回から西片を塁に出してはしまったが、その後空いた一塁に大介を歩かせて、ロイを打ちとってなんとか無失点スタートを切る。
五回を投げて四失点のところで、山田は降板。
ライガースはここまでに二点を奪っていたが、山田の負けを消すためには最低でも二点を取らなければいけない。
藍本は大卒ではあるが、入団は上杉と同期だ。
ルーキーの年から先発を経験し10登板以上をしたが、途中で故障で離脱した。
二年目の去年は伸び悩んだが、それでも先発で20登板をして、今年は白星先行で安定している。
ライガースは一度は追いついて山田の負けを消したが、その後のピッチャーも打たれる。
一方の神奈川は一度は追いつかれたものの、藍本が粘る間に再度のリードに成功。
そして最後は継投によって、一点差をものにした。
神奈川と大阪は、そのチームのありようが正反対のようにも見える。
神奈川の主戦力は、ほぼ20代だ。上杉の影響を受けて、若い世代がその力を発揮している。
それに比べるとライガースは、明らかにベテラン中心の戦力である。
打線こそ若手と新外国人の力が発揮されているとは言っても、ピッチャーのローテーションも中継ぎも、ベテラン勢の力が大きい。
代わりがいないので仕方がないことなのだろうが、セットアッパーの青山も引退が視野に入ってきている年齢だし、足立や他の中継ぎもローテーションも、30歳以上が多いのだ。
選手に甘いとか、選手を大切に扱っているとかではなく、ちゃんと成績を残した上で判断をすると、若手が上がってこない。
もっとも神奈川にしても、弱点がないわけではないのだ。
神奈川の弱点、それは本来はストロングポイントの、正捕手である。
この正捕手の尾田がもう10年以上もレギュラーを務め、次のキャッチャーが育ってこない。
打てて守れるいいキャッチャーではあるのだが、それだけに控えのキャッチャーが育ってきても出場機会が少ないと、トレードで出されたり契約で色々と困ったことになる。
かと言って尾田も毎年全ての試合に出るほどの頑健さではないため、どうしても第二のキャッチャーは必要なのだが。
神奈川との三連戦は、上杉が投げたわけでもないのに、三連敗となった。
少し疲れが出ていた山田に加えて、まだ二年目でローテーションの切れ目に先発した飛田と、他球団から移籍してきた八木も、序盤で捕まってそこから逆転をすることが出来なかった。
監督の島野としては、打力が上がってきたのに負けてしまうのは、やはりバッテリーの問題だとしか思えない。
風間は頑張ってはいるが、正捕手の島本は大ベテランすぎるのだ。それに対して投げることを思うと、どうしてもピッチャーも慎重になる。
そしてそのピッチャーの慎重な態度に、キャッチャーも譲ってしまう。まあ風間の若さが、判断力を鈍らせているということなのだろう。
キャッチャーが成長するのには、本当に長い時間が必要だし、首脳陣がチャンスを与えて信頼するしかない。
山田が今回実質的な敗戦投手になったのは、疲労ではない。
確かに疲労もあったのかもしれないが、キャッチャーが代わったことで、全力で投げることが出来なかったのだ。
育成から上がってきた山田は、一軍においては島本に育ててもらったと言っていい。実際にその成績を見てみると、島本以外のキャッチャーを相手にバッテリーを組むと、数字が悪くなる。
神奈川相手に完封できたのは、相手投手が上杉ということもあって、余計なことを考える余裕がなかったからだろう。
その証拠にあの後からは、調子が落ちてきている。
メンタル的に考えると、島本に頼っている投手陣も悪いのだ。
ベテラン揃いのピッチャーに強く要求できない風間も悪い。
しかしピッチャー陣はベテランなのだから、キャッチャーを育てるという意識もあってほしい。
バッテリーコーチなどを通して島野はそういったことを言っているのだが、風間も一皮剥けることなく、この世界から去っていくのかと思えなくもない。
まだ若いので、どうにかこれをチャンスに、正捕手として独立してほしいというのが、首脳部の意思である。
実際のところ島本にしても、年に数度は体に無理があって、いつ引退してもおかしくはない。
足立などは体が動く限りはやると言っているのだが、島本は膝も腰も満足な状態ではないし、あちこちガタガタなのだ。
主戦力として長年やってきたが、引退したいと思っているのは知られている。
島本を引退させて、強制的に出番を作って二番手三番手の覚醒を促すという手段もないではない。
だが下手に島本がちゃんと打って守っているだけに、そんな選択を採ることは出来ない。
実のところ引退したとしても、二軍のバッテリーコーチなどのポストは空けられるのだ。
いずれは監督を任してもいい。島本はそういう選手なのだ。
神奈川との試合は三つ落としたが、そのうちの二つが一点差の接戦であった。
山田をはじめどのピッチャーも、六回三点のクオリティスタートを切れていない。
負け投手にはなったものの、柳本はクオリティスタートを保っていた。
キャッチャーのリードなど信用せず、自らの力で試合を作る柳本は、ある意味ピッチャーらしいピッチャーだ。
次のフェニックスとの対決はその柳本が先発するので、おそらくそう点は取られないだろう。
フェニックスの出してくるピッチャーも、柳本に比べれば劣る。
ただ、ずっとこのままでいいはずもない。
大介が不調であった五試合の間、取れた得点はわずかに四点。
しかし右で打ち出してからは、一試合を除いて五点以上を得点している。
だから問題は打線ではなくピッチャーと守備ということになるのだが、守備に関しては特にエラーが多いということはない。
数値的に見れば、ピッチャーの責任である。だが責任の所在をどうしたところで、勝てるとは限らないのだ。
島本も怪我は治癒して、あとは調整という段階になっている。
だから普通に考えれば、そのまま一軍に上げればいいのであるが。
「とりあえず一軍には戻すが、先発のマスクはまだ風間に任せようと思う」
島野監督の言葉に、即座に反対するコーチ陣はいない。
島本がベンチにいるというだけで、投手陣の安心感は高まるだろう。
「それと風間と併用して、滝沢を使っていきたい」
風間よりもさらに若い、高卒三年目のキャッチャーの名前を挙げた。
高卒キャッチャーというのは、よほどバッティングが良いのでもなければ、指名することは難しい。
そして滝沢はバッティングも良ければ、キャッチャーにしては走るのも速い。
経験はまだまだ積んでいく必要があるだろうが、確かにここで一気に入れ替えを視野にいれ、二人で競わせるというのもいい考えだ。
いっそのこと島本にはもう、選手兼任コーチになってもらうという選択もある。
確かにチームの若返りという点で考えれば、20代の二人を使うというのもありだろう。
ただここまで一気に若返らせるとなると、もう30代のキャッチャーの出番はなくなる。
もちろんこの若い二人が同時に故障する可能性などもあるのだが、20代後半から30代のキャッチャーは、ほぼいるだけの状態になる可能性が高い。
二軍にいるそういったキャッチャーは、風間や滝沢に比べて、明確に劣るというものでもないのだ。だが実質、お前たちはもう球団に居場所がないと言ってしまうのも同然か。
試合の采配だけではなく、選手の起用や編成、来年度のことやさらにその先まで考えて、悩める首脳陣であった。
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