第22話 エースの役割

 大阪ライガースのエースは誰かと問えば、柳本光治と多くの人が答えるであろう。

 代表する投手となると、生え抜きの先発から今はクローザーとして働く足立になるのだろうが、現在のエースと言えるのは柳本だ。

 パ・リーグのチームからFAで移籍していたこの投手は、今も本気で日本一のピッチャーを目指している。

 以前にはタイタンズの加納を強烈に意識していたが、今は明確に上杉を競争相手として認識している。

 そもそもストレートの最高速が10km以上も違い、普通に完封をやってしまう上杉を相手に、よくもそこまで戦意を失わないでいられるなという、いささか好戦的で気難しくはあるが、ピッチャーとしてのプライドは高い。


 そんな柳本に、首脳陣はミッションを与えた。

 風間と滝沢、二人のキャッチャーを育ててくれというものである。

 そんなことを言われても、柳本は困る。

「まだ誰かを育てられるほど、人間が出来ちゃいませんよ。それにうちにはちゃんと実績残してる人がたくさんいるでしょうが」

「それもそうなんだがな」

 己の成績にこだわる柳本のエゴイスティックなところは、悪いものではない。

「別に技術論がどうとか、そういうことじゃないんだ。ただお前が、エースとしてマウンドに立っている時、どうリードしてほしいのかを伝えてほしいんだ」

 そしてそれが出来るのは、エースの柳本だけである。


 結局のところ、柳本は了解した。

 ただそれはあくまでも口にしてピッチングで示すだけで、それを向こうが受け取れるかは別の話であるのだが。

 首脳陣は安堵の溜め息をつく。

 柳本はエースのプライドを刺激すれば、それほど扱いにくい選手ではない。


 実際のところ柳本は、上だけを見ているわけにはいかなくなっている。

 すぐ後ろから同じチームの山田が、ものすごい勢いで追っかけてきている。

 最初はただ球が速いだけのピッチャーだったという。それが柳本が知るだけでも一年ごとに確実に武器を増やし、去年はチーム二位の14勝を挙げた。

 もっとも16勝した柳本とは二勝差とはいえ、勝率は段違いであったが。


 加納に勝ち、上杉に勝ち、そして山田を突き放す。

 頂点が見えたら、アメリカに渡ってもいい。

 FAでMLBを選ばなかったのは、まだ国内で遣り残したことがあったからだ。

 だが……つい今年から、身内でもう一人、どうにか勝たないといけない選手が増えた気はする。




 キャッチャー育成については、他のベテラン人にも伝えてある。

 途中からトレードしてきた者もいれば、ずっとライガース一筋という者もいて、島本には育ててもらったという意識が強い。

 だが、だからこそ近年の島本が、壊れかけの体に鞭を打って、どうにかこうにか現役を続けているのを知っている。

 頑張ると後輩が育たない。

 頑張らないとチームが勝てない。

 ベテランと新人の入れ替えというのは、ここまで難しいものなのか。

 島野監督を含む首脳陣も、そうそう多くのチームを渡ってきたわけではない。

 それにフロントとしても、新人選手を売り出すのもともかく、ずっと顔として頑張ってきた選手の人気は、侮りがたいものがあるのだ。


 島本の場合は途中にトレードなどもあったが、結局はライガースに戻ってきた。

 相性の悪い監督との問題で出たとしても、FAを行使して戻ってきたのはライガースだった。

 出身は北海道だが野球に浸かったのは大阪であり、もうこちらにも家を買ってある。

 関西には他にもパ・リーグのチームはあるし、ここに骨を埋めるつもりなのだ。


 島本がベンチに戻ってきたが、バッテリーコーチ兼任という状況は、多くの選手たちに衝撃を与えた。

 もう引退へは秒読みだということと、それでもまだそこにいてくれる安心感。

 風間と滝沢以外にも、野心に燃える二軍キャッチャーは、燃料を注がれて燃え盛っている。

 今年から入団した大介でさえ、ライガースのキャッチャーと言えば島本和仁というイメージがあるのだ。

 去年までも細かい怪我はあったが、大概は一試合だけ休むとか、そういうことが多かった。

 そこそこ長く休んだのは、今年が初めてではないだろうか。


 その島本はブルペンで二軍のピッチャーの球を受けることが多い。

 キャッチャーとしての冷静さを持っている島本であるが、彼は基本的には努力と根性の人である。

 自分が才能に溢れた選手だと思ったことはない。肩の強さもバッティングも、極端に優れたところはない。

 自分でも長所だと思うところは、ピッチャーとちゃんとコミュニケーションを取ること。

 それと肩が弱いなら弱いなりに、スローの動作を短縮すること。

 あとリードなどは勉強すれば勉強するほど、選択肢が広がってくる。




 若いピッチャーが育たなければ、ライガースは勝てない。

 若手とベテランが上手く釣り合ってこそ、チームとしては強くなる。

 育成の目から見ると、ライガースのピッチャーは、二軍にかなりいい選手はいるのだ。


 ライガースにおいて島本より年上の選手は、高橋と足立の二人しかいない。

 このうち足立はクローザーとして機能しているが、さすがにもう引退を考えてもいいのではないかと思う。

 ただ実績がいまだに落ちてこないので、本人もまだまだやる気だろう。

 本質的には野球好きのおっさんであり、夢は息子と一緒のチームでプレイすることなのだ。


 高橋の方は、完全に衰えている。

 経験と技術を元にした駆け引きによって、数字はそれなりに残しているが、もう完投能力が完全に失われている。

 だが完全に試合を壊すということはないので、安定を求めて使わざるをえない。

 高橋などはもう引退しても問題のない、完全な貯金などもあるはずなのだが。

(シーズン20回も先発してたら、そりゃ切れないわな)

 ほとんど白星が重なるとしても、毎年一つか二つ程度ではあるが、若い頃は本当に凄かったものだ。


 コーチとして見ると、後輩たちの衰えた面が確かに見えてくる。

 椎名は完全にもう、選手としての全盛期を過ぎている。

 ローテーションは守るが、ほぼ黒星先行で、やはり中継ぎ頼みの試合となる。

 藤田はそれに比べると、調子がいい時は完投ペースで投げる。はっきり言って必要な選手としての度合いでは、椎名よりはるかに上である。

 中継ぎも松江や草場は、もう限界に達しているように思う。

 松江などはまだ、ローテーションに入れたままなら、もう少し選手寿命はむしろ伸びたのではないのかとも思うが。


 首脳陣目線で見ると、チームメイトの衰えがはっきりと分かるのは確かなのだ。

 だからと言って若手に、確実のベテランを上回る力の持ち主は少ない。

(足立さんと青山は必要だとしても、栗山、熊野、二階堂に星野あたりは使っても良さそうなんだがな)

 あとは補強の方をどうにかしてほしい。

 トレードで出ていったものの、ライガースに戻りたいと思っているローテーションを任せられるようなピッチャーはいるのだ。

(とりあえず、この三連戦はベンチから見させてもらうぞ)

 風間にしろ滝沢にしろ、まずはキャッチャーが育たないと話にならない。




 甲子園球場における中京フェニックスとの三連戦。

 ここまでライガースはフェニックス相手に、四勝二敗と確実に勝ち越している。

 さらに初戦は柳本である。三点取ってくれれば100%勝てると豪語する柳本であるが、確かに今期はここまで試合を崩すほどの失点をしたことはない。

 今期は打線の援護が少ない試合に当たってしまって、白星はわずかに一つ先行しているだけだが、防御率では山田よりも良い。

 あとは完投能力が高いので、中継ぎをあまり使わずに済むということも大きい。


 この試合も初回から飛ばしていって、とりあえず勝ち投手の権利を得た。

 打線も援護があって、既に8-0である。

 そしてこの試合は、島本をベンチに置いて、滝沢にスタメンのマスクをかぶらせていた。


 スタメンを外された風間であるが、それについては不満よりは、一気に二軍にまで落とされなかったのがありがたい。

 島本が戻ってきたことでキャッチャーは一人二軍に落とされるのだが、それが自分よりも年配のキャッチャーであった。

 実力的にはどちらも、それほど差があるわけではない。

 むしろ長く控えのキャッチャーとしていた以上、ピッチャーとのコミュニケーションや試合勘などは、自分よりも上であったろう。

 それでも風間と滝沢が残されたのは、若さ以外の理由はないだろう。


 チーム内の世代交代は、徐々にではなく一気に進むことが多い。

 年上の風間でさえ、島本よりも15歳以上の差がある。

 これで風間なり滝沢なりが定着すれば、キャッチャーという重要なポジションが、一気に若返ることになる。

 島本の目から見ると、この二人のキャッチャーとしての能力は、性格において一長一短であると思う。

 風間はデータ重視であるが、ピッチャーの調子よりもデータを重視するため、衝突することが多い。

 逆に滝沢はピッチャーの勢いを重視するのだが、ピッチャーは基本的に負けず嫌いで勝負したがるので、そこを上手く誘導することが必要になるだろう。


 この三連戦の初戦は五回で柳本が下り、そこから今期一軍初登板、二軍から上がってきたルーキーの山倉が投げることになった。

 二イニングぐらいは投げさせてみようという心積もりであったようだが、山倉はこの二イニングを無失点。

 どうせならいけるとこまでいってみろという、ライガースの勢い任せの継続となったが、最終的に四イニングを投げて二安打一四球の一失点という、プロとしては無難なスタートを切れた。

 四イニングも投げたため、一セーブがつく。

 先発としてのデビューではないが、これも立派なお仕事である。




 島本はライガースを勝たせたい。

 そういった視点で二軍のウエスタンリーグの試合も見たりするわけだが、ブルペンで受けたのとは違う発見もある。

「あいつ、いいですね。もちろんまだ一軍で通用するレベルでは全然ないんですけど」

 島本がコーチ陣と共に見た選手は、新入団のドラフト四位の大原である。


 高校時代ははっきり言って、無名に近い選手である。

 そこそこの私立で、最後の夏は県大会のベスト4まで勝ち残ったが、そこでまた無残に敗北した。

 もっとも対戦相手が大介のいた白富東であるので、ある程度は仕方がないとも思うのだが。


 ウエスタンリーグの試合でも、大原は打たれまくっている。

 だが島本が重要視したのはそこではない。

 大原は打たれても、そこで自棄にならずに次のバッターに向かっていっている。

 それにブルペンでも受けたが、球威自体は相当に高い。


 島本が感じた漠然としたイメージは、山田に似ている、というものであった。

 山田も育成から取ってきた最初は、あんな感じであったのだ。

 二軍の試合で打たれまくっても次の試合に向けて必死で練習をやっている。

 そんな山田に対してコーチ陣も色々とアドバイスし、上杉さえいなければ何かのタイトルを狙えるぐらいにまで成長したわけである。


 野手にも投手にも、新しい才能が育ってきているのは確かだ。

 それを今まではっきり認識していなかったというのも、島本にとっては事実である。

 おそらく大介の存在が、チームの変革をもたらしたというか、大きな一突きとなった。

(だけど引退する前に、日本一にはなりたいよな)

 己のためではなく、チームのために戦えるようになっている島本であった。




 フェニックスとの第二戦。

 前の試合でも打席爆発猛打賞の大介であったが、ここも歩かされながらも少ないチャンスをモノにする。

 こちらのピッチャーも二軍から上がってきたばかりの星野を先発させた。

 それなりに失点しながらも七回を投げて、あとは安定したリリーフ陣を使い、逃げ切りのプロ入り初勝利。

 点を取られても取り返すという、打線陣の強烈な主張を感じる。

 最近は大介を歩かせても、ロイやその後の打線が打って点を奪うというのが形になってきて、やや歩かされる確率は減ってきたかもしれない。


 そして第三戦、フェニックスは三連敗は避けたいと、苦肉の策略から二軍から上がってきた若手を先発に起用した。

 前年度ドラフト一位の、大阪光陰の加藤である。


 大阪光陰の二枚のエースと言われていた加藤であるが、そのもう片方である福島は、初年度から確実な実績を残した。

 セットアッパーと言っても間違いないピッチングで、広島の中継ぎの中核選手となったのである。

 それに対して加藤は、一軍の試合にこそそれなりに出たものの、二勝五敗とプロの壁を痛感した。

 二年目は二軍ではいい成績を残した後、中継ぎを無難にこなした後、ついにここで先発に抜擢というわけである。


 正直、加藤はここで投げるのは気が重かった。

 大介のいる、ここ11試合10試合で五点以上を取っているライガース打線である。

 しかも中京はライガース相手には、完全に舐められている。

(あっちは藤田さんか。落ち目のロートルだけど、デビューから数年は本当に凄かったらしいよな)

 藤田の全盛期は加藤が物心つく前であるが、それでもあと少しで150勝に到達しそうな投手なのである。




 試合はそこそこの点の取り合いとなったが、どちらのピッチャーも壊滅的に崩れることはない。

 藤田は五回を三失点で投げて、リリーフに任せる。

 加藤は七回までを投げて、4-4の同点の場面で退く。


 ライガースのピッチャーは、七回以降は強い。

 最近少し調子が悪かった琴山を使わず、青山と足立での継投。

 その間に打線が勝ち越して、この三連戦を三タテで勝ちきったのであった。


 大介はご機嫌である。

 なんだかんだ言いながら、高校時代は加藤から、甲子園では得点を奪うことが出来なかった。

 それからホームランも含む三安打二打点で、しかもこの三連戦は三連続の猛打賞であったのだ。

 歩かされた打席もあったが40試合を前にして、既にホームランは15本を打っている。

 左に比べると右の長打力が落ちるとはなんだったのか。

 ほとんど詐欺のような話である。


 ただわけの分からない話ではあるが、次は広島に向かって二連戦。それからまた一日休みを置いて、今度は東京の神宮へ遠征である。

 これまではひたすら三連戦が続いていたが、もちろん終盤などはチームごとの調整や雨天のための順延により、一試合ごとに球場が変わって行われることもある。

 プロはアマチュアと違って興行なので、最後まで試合をする義務があるのだ。

「そういや今年はまだ、雨天コールドとかはないな」

 移動中に、ふと石井がそんなことを口にした。


 セ・リーグの球場はパ・リーグの球場よりも、開放型の球場が多い。

 ちなみに野球は青空の下でやるという意識があるのか、アメリカでの球場も基本的にはドーム球場ではない。

 梅雨の時期や台風の時期は、当然ながら試合が出来ない日も多い。

「ただうちに限って言うと、スタートダッシュと真夏が、ビジターばっかりでしんどいんだよな」

 石井の言うそれは、甲子園のせいである。


 センバツと夏の選手権大会の間、ライガースは本拠地が使えない。

 ロードの連戦により選手たちは疲弊してチームも成績を落とす。

 この時期のライガースの連戦を、俗にデス・ロードと言うのである。

「真夏に移動して試合ってのは辛いんだよな」

「ああ、せっかくの夏に甲子園で試合が出来ないってのはもったいないですよね」

 なんだか勘違いしている大介の発言である。


 ともあれまずは目の前の広島戦である。

 なにげに今期の広島戦は、三勝三敗で三タテ同士と、勢いがついたら一気にカードが決まりかねない。

 ここまで広島はリーグ順位は三位であり、気が早いことではあるが、ポストシーズンで当たる可能性もある。

 ともあれ対戦成績は、五分以上にしておきたいとは首脳陣も考えていた。


×××


 本日は続・白い軌跡も投下しています。

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