第23話 夜明け前
広島カップスの高卒二年目、福島は憂鬱になる。
大阪ライガースとの二連戦が、目の前に迫っているからだ。
昨年プロ初年、比較的早く中継ぎとして一軍のマウンドを踏んだ福島は、そこからほぼほぼリリーフ登板をすることが多かった。
二年目には先発に回されるのかとも思ったが、球団はまたドラフトでも補強でも、中継ぎ以外の部分を重視してきた。
なので二年目もこの調子で頑張ろうと思っていたのだ。実際に頑張ってはいたのだ。
(白石~!)
あいつは鬼か、と逆転サヨナラホームランを打たれ、崩れ落ちる先輩ピッチャーを見て、怨嗟の呟きを飲み込んだ。
神奈川グローリースターズの上杉との世紀の一戦の後、大介の成績は一時的に急降下した。
また上杉も重傷ではないにしろ故障者リスト入りし、ゴジラとガメラの対決は、両者共倒れで終わってくれたのかと安心したセ・リーグのピッチャーは多かった。
どれだけ才能に溢れていようと、この世界で自分が食っていくためには叩き潰す相手。それを理解しているプロは傷ついた大介を、さらに致命傷を与えるべく攻撃した。
完全にここで打てなくなって引退とまではいかなくても、しばらくは立ち直れないようにしたかったのだ。
だが相手は、簡単にスランプから脱出した。
左打者が、右打席に入るという、簡単な方法で。いや、普通は簡単ではないのだが。
確かにワールドカップでも、同じことをしていたのは知っている。
しかしそれであそこまでのパフォーマンスを出せるなど、非常識にもほどがある。
現在の大介は三大タイトルにおいて、打率一位、本塁打一位、打点一位の三冠王ペースで打ちまくっている。
特に広島カップスの当たる前のフェニックス戦で、三試合連続ホームランを打ったのが大きかった。
OPSという指標が出来て現場でも実感し、打率よりも出塁率と長打が重要とされてからは、もう二度と出ないのではないかと思われた三冠王だ。
下手に歩かせて盗塁されるよりは、野手正面への当たりを期待して、勝負した方がマシというレベルなのだ。
これがパ・リーグの話であれば、福島もまだ落ち着いて見ていられたのだが。
とにかくライガースの打線陣が強力すぎる。
助っ人外国人のロイ・マッシュバーンも三割を打っていて、途中からの加入ながらホームランを積み重ねてきている。
相変わらず西片はホームベースを踏みまくるリードオフマンであるし、あとは若手が伸びてきて、下位打線でも得点が出来るようになってきた。
これで金剛寺が復活すれば、どういうことになってしまうのか。
正確に言うなら大介は、トリプルスリーを達成するタイプなのであろう。
開幕からまだ40試合であるのに、既にホームランは16本。
打率は三割どころか三割五分に達しているし、盗塁ももう20個以上成功させている。
あの短いスランプはあったが、それでも三冠王とトリプルスリーの、同時達成がなされるかもしれない。
もしそんなことになれば、ライガースが優勝できなくても、ファンは道頓堀川にダイブするだろう。
あれは本当に危険で汚いので、止めた方がいいのだが。
ただこれだけ打線が爆発している中、金剛寺が戻ってくれば、そのポジションはどうなるのか。
今は黒田が守っているが、あるいは金剛寺をファーストに持っていく可能性もある。近年怪我の多い金剛寺は、少しでも守備負担の少ないポジションに置きたいはずだ。
そしたら今のファーストの大江はどうするのかという問題にもなるだろう。
黒田も大江も、まだ打席数は少ないが、三割を打っている。
ここから研究されて打率は下がっていくのだろうが、二人とも覚醒の予兆を感じる。
さらに大きいのは、二人とも長打が打てるタイプの高打率打者ということだ。
最近のライガースの試合は点の取り合いが多く、見ている方としても面白いのである。
面白くないわけではないが、心配しなければいけないのが首脳陣である。
なにしろ柳本以外のピッチャーの防御率が悪い。
もともとピッチャーは悪いのが多いのだが、ここ数試合はさらに悪く、勝ち頭であった山田も落ちてきている。
「なんでやろな~」
「なんででしょうね~」
せっかく打撃爆発で得点力が上昇しているのに、ピッチャーも崩れて失点が多くなっている。
マイペースで低い防御率を保っているのは柳本ぐらいだ。
これがやはり、エースということなのだろうか。
打線が点を取ってくれるので、ピッチャーも伸び伸びと投げられる。これは悪いことではない。
だが確実にいいことでもないのだ。
普段は細心の注意を払い、少しでもヒットの確率を低くして、クイックもしっかり使って投げる。
ピッチャーのこういった緻密なピッチングが、大雑把になるとどうなるか。
当然ながら点は取られやすくなるわけである。
これまでは、それなりに抑えてるんだから点を取ってくれよ、だったのが、それなりに点は取ってるんだからちゃんと抑えてくれよ、になる。
好投するピッチャーに対して援護が少ないという批判は多いが、ボコスカ点を取られるピッチャーに対する批判も多い。
投手と野手の間に溝が出来ると、チームとして機能するのが難しくなる。
こういう時に必要なのが、チームを引っ張る存在なのである。
孤高のエースである柳本は一人自分の防御率を改善するが、チーム全体を牽引するわけではない。
以前なら金剛寺か島本がまとめていたのだが、金剛寺はまだ復帰しておらず、そもそも野手の側である。
島本はキャッチャーとして当然投手に要求する力はあるが、それなら島本が正捕手に戻ってくれよという話になる。
究極的なことを言ってしまえば、競い合っている二人の捕手が、島本ほどの信頼を築けていないからだ。
かといってチームが連敗しているわけでもない状態で、また優しくキャッチャーを導いたり、投手を納得させるのがいいのか。
チームが崩壊しているわけではないので、赤ん坊の面倒を見るようなことはせず、突き放す必要もあるのかもしれない。
問題なのは首脳部も、そのあたりの解決策がないからである。
そもそも問題は、ピッチャーもうちょっとしっかりせえ!という単純なものであるのだ。
広島との二連戦、ライガースの先発は高橋である。
ここまで五試合に登板して一勝二敗。少し背中に違和感があるということで、二つローテーションを飛ばしてもらってからの復帰戦である。
ベテランの中のベテランである高橋には、今の状況が分かっている。
若き日に栄光をつかみ、ライガースの巨大な柱として活躍してきた。
既に余光さえ失われた今でも、必死でローテーションにしがみついて、あと少しで200勝という現在、どうにかチームに勝ちをつけなければいけない。
よって頑張った。
本当に頑張った。
今期最小失点の三点に抑えて、中継ぎ陣に任せる。
打線の方もここまでに五点を入れて、勝利投手の権利を守り続ける。
七回以降、琴山、青山、足立とつなげて、打線もさらに援護の点を入れて7-3でこの二連戦を二勝したのである。
「今うちの打線は、三点以内に抑えれば、まずまず勝ち星を取ってきてくれる状態になってるんだ」
足立とはまた違った方向でマイペースな高橋であるが、ここはローテーション最年長の自分が、投手陣をまとめるしかないだろう。
「これまでずっとうちは、投手が抑えても点を取ってくれない。取ってくれたら投手が大崩れするという、典型的な悪いパターンにあった。だけど今は、クオリティスタートでほぼ勝てるんだ」
クオリティスタートとはこれまたセイバーから持ってきた指標で、先発投手は六回まで三失点以内に抑えれば合格というものである。
「お前ら、優勝したくないのか?」
ライガースにいれば、優勝はほぼありえないという状況は、もう数十年続いている。
実のところ高橋は名球界入りの200勝にあと少しで到達するので、それで必死になっているという部分はある。
だが優勝したいというのも本当だ。それも、このライガースで優勝したい。
両方を達成する可能性は、充分にあるのだ。
普段はあまりこういったことを言わない大ベテランの言葉に、投手陣はそれなりに盛り上がった。
さすがにここ最近の点の取られ方は、まずいと思っていたのだろう。
次は地元甲子園での開催だ。ここでレックスを迎えうって、一気に勢いに乗ろう。
そう思って練習に熱が入っていた時、ブルペンにおいて突然山田が肘を抑える。
もともと少し違和感はあったのだ。だからこそ球がいっていないという理由にもなっていた。
痛みはあったりなかったり。それが気合を入れて投げたことにより顕著になった。
だましだまし使うより、ブルペンで痛みが発覚して良かったと言えよう。
山田のような経歴を辿ってきた選手は、多少は痛くても投げてしまおうという気になるので。
症状はいわゆるネズミ、遊離軟骨である。
プロとしては珍しくない故障であり、今ではそれほど致命的なものではない場合が多い。
事実医者は、クリーニング手術を普通に勧めた。
「手術ですか。安静にして早くに復帰出来ないんですか?」
山田にしてもネズミのことはよく聞くが、自分がそうだと知って顔は真っ白である。
レントゲンを見ながら医者は、平静な表情で言う。
「いや、こう言ってはなんですけど、いいタイプのネズミなんですよ」
怪我にいいも悪いもないと思うのだが。
投げすぎなどにより、骨の組織の一部がはがれ、それが肘の関節の中を動き回る。これが簡単なネズミの状態だ。
骨片が動き回るのだから、当然他の骨に当たって、痛みが出たり動きが鈍ったりする。
安静にしてもはがれた骨がくっつくわけではない。なので手術しかないのだ。
「幸いはがれた骨片は小さいですし、場所もはっきりと分かります。今は関節鏡視下手術も使うので、断言は出来ませんが復帰には一ヶ月もかからないと思いますよ」
それで一気に山田の顔色はよくなったのだが、それでも手術というのは不安がある。
「どのみち前のような状態では投げられないでしょう。放置すると肘をかばったフォームになったり、コントロールは乱れるし他の箇所に負荷がかかるし、何より全力を出すことが出来なくなるでしょう」
手術しかない。
山田は首脳陣の説得も受けて、踏み切ったのであった。
ライガースとしては痛い。
現在ライガースで計算して勝てる先発ローテーション投手は、柳本と山田の二人しかいない。
その一枚が欠けてしまったのだ。
この状態で柳本に頑張ってもらっても、一気に勢いをつけて優勝を狙うのは、さすがに難しい。
だがこれが、シーズン終盤でなくて良かったとは言えるかもしれない。
説明によると本格的に投げ始めるのに二週間から三週間。リハビリを入れても一ヶ月はかからないであろうということだ。
それにこれは、チャンスでもある。
現在のライガースは貯金が期待出来る投手は、柳本と山田だけだった。
あとのベテランはほぼ五分五分。だが五分五分なだけに、下手に外すことも出来ない。
しかし故障で離脱してしまった以上、誰かをここに当てはめるしかない。
首脳陣の考えでは、選択肢に上がったのは二つ。
二軍から調子のいいピッチャーを持って来るか、もしくは琴山を先発に動かすかだ。
今は一軍で試されているが、今年の大卒ドラフトで入った山倉。
四イニングを投げたこの間の試合以来、何度か登板して大崩はしていない。
本格的に先発として試してみてもいいかもしれない。
ただ島本の意見としては、二軍のそこそこ一軍とを行ったり来たりしているピッチャーを、試した方がいいのかもしれない。
あとは琴山だ。
今年の中継ぎの中では、はっきり言って一番信頼出来る。それに何よりまだ若くて、先発でも勝利を挙げているのだ。
ただこれの致命的な問題は、計算出来る中継ぎが一枚いなくなるということだ。
ライガースの投手は完投能力の高い投手が少ない。
七回から使うこの三枚の投手を外すのは、かなり危険である。
だが琴山を再び先発で使うというのも、魅力的な誘惑なのだ。
純粋に琴山には力があるし、最初は先発をやって結果も出ていた。
故障明けに中継ぎをやらせてみたら、その適性がすさまじく高かったため、セットアッパーとして機能している。
同じく勝ちパターンでの中継ぎは青山もいるが、年齢的にもう先発は辛いと言っている。
先発ローテーションと中継ぎ、どちらがきついかと言うと色々と意見はあるのだろうが、青山にとっては中継ぎや、足立が離脱した時のクローザーの方がまだ楽らしい。
先発ピッチャーだと中六日でも体が回復しきらないのだ。
中継ぎ投手というのは、どうしても先発ほどに重視はされないし、給料も上がりにくい。それでも青山は結果を出すには、中継ぎの方がいいと言う。
ライガースの中継ぎは、特に勝ちパターンの中継ぎは優秀なのだが、それでも給料は上がりにくい。
なぜなら勝ちパターンが少なかったため、中継ぎを必要とする試合も少なかったためである。
負けパターンの試合の中継ぎの方が登板が多いというのは、絶対にいいことではない。
結局首脳陣が出した結論は、複数のピッチャーを試してみることとなった。
今年のルーキー山倉以外にも、何人か試したい選手はいるのだ。
だが琴山に関しては、フォローする必要があるだろう。
青山は完全にこちらがリードする展開での起用なのに対し、琴山は同点の場面などからも投げていて、それで勝ち星がついている。
登板数も多いため、防御率では青山の方がいいが、貢献度では琴山の方が高い。
ただ今のライガースは、先発としてではなく中継ぎでの琴山を必要としている。
しかしもう一度先発として使いたいのも確かで、ライガースにはそのための手段もあるのだ。
助っ人外国人枠である。
ライガースにはロイ以外にも外国人は所属しているが、一軍と二軍を行ったり来たりしている。
はっきり言って助っ人外国人なのであるから、一軍でバリバリ働いてもらって当然というのが、球団の意識である。
完全に外れとは言わないが、期待には全くそぐわない。
なので契約を解除して、他に使える選手をどこからか持ってこれないものか。
そんな首脳陣のボヤキを、実はフロントはちゃんと聞いている。琴山についてはとりあえずの中継ぎが続いていたからだ。
そして補強のためにどう動くか、正確にはどちらに動くかを、見定めていた。先発の獲得か、中継ぎの獲得か。
ここで中継ぎ一本に絞れる案件がある。
パ・リーグの東鉄ジャガースは、現在中継ぎの出来る外国人投手を抱えているのだが、野手と投手で枠を使い切っているため、これが余っているのだ。
それなりに高い年俸で、かと言って日本人で中継ぎが不足しているわけではなく、浮いた状態になっている。
球団としては高い年俸なのに使いどころがない。選手としても出場機会がないので年俸を上げるチャンスもない。
かと言って同じリーグに行かれては困るということで、金銭トレードがまとまりそうである。
ただこれは当初、交流戦の後になる予定であった。
交流戦で相手チームのピッチャーとして出てこられたらたまったものではないからだ。
ジャガースとしては早めに行ってくれた方が、日割りの給料も浮いてくるという考えもある。そこでライガースに金銭を少し多めに積んでもらって、早めに渡してやるか、ということになったのである。
「……ずっと決まらんかったトレードがすっと決まるってなんなんやろな」
「たぶんやけど、お客さんが多くて利益出てるからとちゃいます?」
「大介のおかげか」
首脳陣で行われた会話である。
ライガースは親会社の資本自体は金持ちなのだが、球団単体としては割りとしわい。
それが金を出して戦力を補強してくるというのは、球団運営で黒字が出ていることと、あとは成績が本気で優勝が狙えそうな位置にあることである。
優勝は無理でもクライマックスシリーズで勝ち、どうせ一位の神奈川と戦うところまで行けば、かなり興行でもうかる。
そしたら会社もウィンウィン、選手もウィンウィンなわけである。
いくらケチな会社であっても、それ以上の儲けが期待できそうなら、ちゃんと金を出すのだ。
かくして交流戦を前に、またライガースの戦力が強化される。
しかも単年契約の外国人なだけに、他に切られるのも外国人。
気の毒といえば気の毒だが、これもプロの世界。
ライガース優勝への道は、少しずつ舗装され始めていたのだった。
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