第24話 東京の不人気な方
現在東京には二つの球団が本拠地を構えている。
大京レックスと東京タイタンズ。まあタイタンズはともかくレックスの方は、神宮球場を本拠地としていて、大学野球の試合が長引いた時などは、プロの方が練習時間を削られたりする。
球界の盟主などとかつて言われたタイタンズが最古の球団であるのに対し、レックスは新しい。そしてはっきり言って、人気がない。
いや、神宮を本拠地としているというだけで、それなりに人気は出るのだ。神宮は大学野球の聖地とも言われるが、高校野球も都大会の準々決勝以降は神宮で行われたりするので。
かつて東京には他にも球団の本拠地を置いていたことはあったが、現在ではある程度分散している。
そのレックスが、甲子園球場にやってきた。
ここまでライガースはレックス相手に、実は二勝四敗と負け越している。
タイタンズとの三連戦で、中核選手が負傷した時に当たったのが痛かった。
だがこの日からライガースは、金剛寺が遂に復帰した。
それも島本のようにベンチ入りだけではなく、スタメンに名前を連ねているのだ。
ところがここに一つ驚きがある。
金剛寺のポジションが、サードではなくファーストであるのだ。
守備負担の重さを考えると、サードの方が重いとも言われたりするが、ファーストはファーストでやることが多い。
たとえば内野ゴロになれば、必ずファーストはそのミットに送球されたボールを捕球することになり、守備機会という言葉を違った意味で使えば、サードよりも高い貢献度になる。
これは年代によって変わり、たとえば小学校のチームでは、送球がまだ正確にはなされないことがあって、ファーストにボールをキャッチする選手が配置されたりもする。
あとサードは性格面も関連する。より強い打球を近距離で受けることのあるサードは、度胸が必要だ。
かなり長い間、内野の華はサードなどとも言われていたものだ。それは単にサードにスタープレイヤーが多かったからとも言える。
外野で華麗な俊足強肩の選手が現れれば、今度は外野をやる人間が増える。野球というのはそういうスポーツで、そういうスポーツだからいいのだ。
だがいつの時代でも、一番の花形はピッチャーである。
この三連戦の最初の試合、ライガースの先発は柳本である。
そしてレックスが当ててくるのは二年目の吉村で、以前のカードでは柳本が二失点に抑えながらも、打線が一点しか取れなくて敗戦投手となっている。
柳本としては二年目のコゾーに、今度こそプロの厳しさを分からせてやるつもりである。
もっとも吉村としても、自分が柳本より上だなどとは思っていないが。
試合の前に少し吉村と話した大介であったが、あちらがずいぶんと落ち込んでいた。
「クロちゃんが一軍に定着しかけてるのはいいけど、打線が厚すぎだろ」
確かに現在のライガースの直近の成績を見れば、そう言いたくなるのも分かる。
五月に入ってからの13試合で、平均得点は6.15で、これはセ・リーグの一位である。
ただ失点も4.77と、かなり悪くなっている。
しかしその中でも柳本だけは別格で、負けた試合でも三点以上を取られていない。
ピッチャーが良すぎると援護が少ないという、分かりやすい例ではある。
そして金剛寺がファーストに入り、黒田はそのまま打線に残った。
ファーストだった大江はこの試合ベンチスタートで、とりあえずスタメンを試されるのは黒田が先になった。
もっとも試合の展開次第では、代打で使われる可能性は高い。
吉村は左投手なので。
現在のライガースと当たったチームのピッチャーは、一回の守備に全力をかけざるをえない。
なにしろ大介と書いてラスボスと読む存在に、必ず当たるからだ。
たとえツーアウトでランナーがいなくても、細心の注意をしなければいけない。
現在のホームランダービーを走るトップの打者であり、それでなくても首位打者であるのだ。
こいつを出したら次は復帰明けの金剛寺である。
吉村はあっさりと大介を歩かせて、金剛寺との勝負を選択した。
もっともちゃんと一球はストライクゾーンに投げたので、それで勘弁してほしい。
それにちゃんと、四番とは勝負するのだ。
試合から遠ざかっていた金剛寺は、今の段階ではウィークポイントだ。
四番に入れるのが当然の打者ではあるのだが、それは興行的な見方であり、純粋に打者として見るならば、走塁の負担も少なめの五番に持ってきたほうが良かっただろう。
あるいは七番あたりで、何試合か調整しても良かった。
だがライガースの四番は金剛寺なのだ。
故障などの離脱で、他の誰かが四番に入ったことはある。
だがそれを除けば、もう10年以上、ライガースの四番は金剛寺なのだ。
逆に言えば四番で打てなくなった時、金剛寺は引退するだろう。
それに吉村は明らかに大介との勝負は避けて、金剛寺との対決を選んでいる。
この試合大介は盗塁を重ねていくが、吉村の集中力は途切れない。
とにかく細心の注意をしながら、後続の打者を打ち取る。
そんな都合のいいことが出来るのかと言われれば、少なくとも五回まではどうにかなった。
さすがに偏ったピッチングで五回までを無失点に抑えたが疲労は大きく、一応は勝利投手の権利を持ってマウンドを降りる。
一方の柳本は、五回までを一失点で、このままならまた負けがついてしまう。
しかしマウンドに立ち続けて、レックスの打者を凡退で蹂躙する。
また吉村に代わってマウンドに登ったレックスのピッチャーは、大介を細心の注意で歩かせることはちゃんと分かっていたが、その後が分かっていなかった。
金剛寺がここまでノーヒットなことに、油断してしまったのか。
バット一閃。打球はレフトスタンドに飛びこんでいった。
サイヤ人と戦うのをいくら避けても、復帰したばかりと言っても、金剛寺は金剛寺である。
伊達に四番を10年以上続けているわけではないのだ。
わずかな気の緩みから、ライガースは四番の一打で逆転に成功した。
そして柳本はここまで休みのないリリーフやクローザーを休ませるため、最後まで完投した。
スコアはそのまま2-1で、柳本は山田と並ぶ五勝目である。
まああちらは運もいいため負けがついてはいないのだが、完投の多い柳本は、もし沢村賞候補になれば、山田よりも多い票数を得るだろう。
なんとも負けず嫌いで、闘争心が旺盛なのだ。このライガースのエースは。
エースが投げて、四番が打った。
分かりやすい、つまり強いと感じる試合である。
大介を避けても金剛寺がいる。金剛寺を避けてもロイがいる。
ライガース打線はここ数年ないほど、得点力が高まっている。
金剛寺のファーストへのコンバートは、今のところ成功であると言える。
守備負担と言うよりは肉体の負担が問題なのだが、打球の捕球から送球までと、下手をすれば暴投もある送球のキャッチ、どちらが肉体への負荷が大きいかという問題だ。
純粋に一塁に置くと、応援するファンからすると近くて嬉しい。
あとはサードに入っている黒田が、よく動いているということもある。
四番は譲れないが、サードは譲れるといったあたりか。
ただファーストは守備において、ピッチャーやセカンドとの連繋があるので、考える機会は少し多くなるかもしれない。
だが金剛寺はそれなりにファーストの経験もあるので、まずはこのポジションということだ。
守備負担がバッティングの成績に反映されるというは、実はあまり関係ないのではないかという説もある。
大京レックスとの第二戦。
ここでまた、大介の顔見知りが相手の先発として出てくる。
ドラフト二位指名の豊田である。
レックス二年前にはリーグ最下位を味わったが、その時に言われたのが左の投手不足であった。
獲得した吉村が、途中短い離脱はあったとは言え、ルーキーシーズンに10勝。
他にも獲得した左投手の力で、投手力はかなり充分と言える様になってきている。
ただ今年は外国人選手との契約が上手くいかず、そこで得点力が落ちている。
この第二戦ライガースの先発は、ベテランの椎名。
ここまでほぼローテーションを守ってはいるものの、いつ二軍へ調整に落とされてもおかしくはない。
ここまで先発六登板で、一勝三敗。
防御率も六に近く、五回まで大崩せずに投げているということだけが、ローテーションにいられる理由であろう。
だが島本も見ていた通り、二軍にもローテーションで試してみたいピッチャーはいる。
ここに外国人投手が合流してきたら、落とされるのはまず椎名だろう。
事実この試合は、点の取り合いになった。
そしてレックスの分析班は、大介からあまり打たれない球種を、明らかにしつつある。
右打席の弱点が、こうも早く解析されてしまうのが、プロ野球の恐ろしいところだろう。
大介の弱点、それはあくまでも他のコースと球種に比べればというものだが、右打席では変化球を長打にしにくい。
手元で小さく動くボールは強い内野ゴロになるし、変化量が大きければ、ライナー性ではなくフライ性の打球になってしまう。それもスタンドには届かない飛距離の。
とにかくストレート以外の球種の方が、封じないまでも野手の触れる打球になることが多い。
中でも効果的なのは、右投手のスライダー。
左打席でもどちらかというと苦手な球種が、右打席にも共通している。
問題は左ならともかく、右のピッチャーのスライダー使いは、かなり多いということだ。
この試合、椎名は五回を投げて五失点で降板。
そこからライガースは追いつけず、後をつないだリリーフ陣も失点し、7-5にて敗北したのである。
そして椎名は調整のために、二軍に落ちていった。
「椎名さんはさすがに、もう引退じゃないか」
「まあうちは年くっても元気な人が多いけど、普通は38歳は引退してても全然おかしくないからな」
「若手もまあ育ってきてるし、そういう時期なのかもな」
「なんだかんだ言って技術はあるし、コーチの話とかもすぐに来るんじゃないか?」
こんな会話が、一軍のロッカーでは成されるようになる。
確かに椎名はタイトルも二度取ってはいるが、それは昔日の話である。
ドラフト一位競合の新卒が、MVP級の活躍を出してきている。それに合わせて、若手の野手がバッティングで成果を出してきている。
ただバッティングの方は、これから他球団に分析されて、弱点などが見えてくるかもしれない。
ピッチャーとバッターの勝負は、弱点を攻め、その弱点を打てるようになり、ならば他のどこが弱くなっているのかというイタチごっこだ。
第三戦、大介と同期入団の山倉の初先発である。
ここまで中継ぎで試してみて、それなりのピッチングは出来ている。
六回までを三失点。ここから強力なリリーフ陣につないでいく。
だが打線の援護が充分でなかったのと、足立が珍しくもセーブに失敗。
結局のところは一勝二敗の負け越しとなってしまった。
大介としては甲子園でホームゲームをしている間に、どうにかバッティングの調子を取り戻さなければいけない。
右打席の弱点をなくすのと、左打席の調子を取り戻すのは、もちろん左の調子を取り戻すのが優先である。
右でも確かに充分な成績は残している。
だがやはり体の中心となる軸は左用に偏っていて、ホームランは打ててもその飛距離があまりない。
飛距離がどうであれホームランはホームランではあるのだが、外野フライのアウトが多いのは、飛距離が足りていないことは明らかだ。
幸いと言うべきか、次の三連戦の相手中京フェニックスは、ここまでの対戦成績が八勝一敗と、完全にカモにしている。
あちらもそれが分かっているのか、第一戦にはエース級のピッチャーを使ってこなかった。
大介はバッティングピッチャーの全面的な支援を受けて、徐々に左打席の調子を取り戻してきている。
もしもまた上杉と戦った時、同じような症状になるのではないか。
病気ではないのだが、そんな気配はある。
だから大介は基礎を、大きく堅く作り直している。
右打席で実戦で打てたのが、左の方にも良い影響を与えているかもしれない。
ボールの球際をぎりぎりまで見て、そこから打てるようになってきている。
上杉の最大の武器はもちろんあのストレートだが、普通のバッター相手にはムービング系で打たせて取るピッチングもする。
バッターとしても追い込まれてからあのストレートが来ればどうにもならないので、まだ当てることぐらいは出来るそちらを振ってしまう。
運が良ければそれでも、内野の頭を越えてポテンヒットになる可能性はある。
大介はまっとうに上杉と勝負して、普通に打てるバッターにならなければならない。
前回のフェニックスとの三連戦、大介は12打数の9安打3ホームランで打点が9という大爆発であった。
あの時は一時的にだが、打率は四割を超えていた。
レックス戦でそこそこ抑えられる場面があったので、さすがに今は四割を切っているが、それでもまだシーズン通算を狙える打率ではある。
ただフォアボールで歩かされすぎると、やはり打撃の方も調子が狂うらしい。
出塁率は上がったものの、レックス戦での連続敬遠で、ヒットの数も減ってしまった。
もうすぐ交流戦が始まる。
だがとりあえず、セ・リーグでの試合はおおよそ三分の一が終了した。
序盤だけの勢いではなく、一度スランプを経験してからの復帰であるので、そろそろ評価も安定してきた。
現在の大介が期待されているのは、三冠王やトリプルスリーであるが、あまりにも歩かされることが多かったために、五月の時点で既に盗塁の数は30を超えていた。
ホームランも15本を数え、打率は0.398である。打点もこのままなら100点は超えてきそうだ。
前の打者と後の打者の調子にも左右されるだろうが、四球で歩かされる可能性が少なくなったとすると、盗塁は少し減るかもしれない。
だが打点と本塁打は間違いなく上昇するだろうし、盗塁もペースは落ちるがある程度積み重なっていくだろう。
まさか、高卒のプロ入り一年目の選手が、三冠王とトリプルスリーを取るのか。
そこまでは無理でも、二冠ぐらいは取ってしまうのか。
チームの勝敗は開幕直後の勢いはなくなったものの、それでも余裕のAクラス入り。
そしてたとえチームが勝てなくても、大介の打順は回ってくるのだ。
球団としては満員御礼が続くこの状況に、嬉しすぎて不安になるという状況だ。
だがマスコミも含めて持ち上げられるはずの大介は、左打席の復旧に全神経を注いでいる。
今の自分の成績は、確かにトップなのかもしれない。
だが潜在能力としてまだ上があるのなら、それを目指さないわけにはいかない。
大介はどれだけの成績を残そうと、まだ上昇志向を持っている。
これこそが本当のハングリー精神なのだろう。
今の自分に満足しない。その飢餓感が、より野球が上手くなることを考える。
天才が自分のことを天才と思わずに、ただ今より上を目指す。
ライガースの若手を中心に、変化の波は確実に来ていた。
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