二章 プロ一年目 交流戦から
第27話 交流戦開始
NPB、日本野球機構には現在、二つのリーグが存在する。
セと通称されるセントラルリーグに、パと通称されるパシフィックリーグである。
かつてはこの二つのリーグは完全に分かれて一年間のリーグ戦を行い、その優勝チーム同士が日本シリーズにおいて対戦するという形式であった。
だが互いのリーグの選手が、違うリーグに行けばどういう成績を残すのかなどは、昔からファンは妄想していた。
プロ野球再編問題において、球団が誕生したり移籍したり、クライマックスシリーズが誕生したりとした中で、交流戦も開始された。
紆余曲折を経ながらも、現在この交流戦は対パ球団と三連戦の18試合を行っている。
ライガースの初戦は、敵地マリンズスタジアムで千葉ロックとの三連戦。
だがこのカードはほとんど、ホームゲームのような雰囲気での試合となった。
今年のライガースは交流戦開始の時点でリーグトップの位置におり、関東のライガースファンを勢いづかせていた。
別にライガースは大阪だけにしかファンがいないわけではないのである。
そして千葉は大介の地元と言っていい。
正確には東京出身であるのだが、活躍しだしたのは千葉県に引っ越してきてからだ。
本人も起用されることの少なかった中学時代は、あまり話そうとはしない。
魂の故郷へ、あのホームランアーチストが戻ってきた。
そう思えば千葉のファンでさえ、大介に声援を送ることがあるというものだ。
「お前、すんごい人気だな」
本日の先発は、ローテーション復帰から三登板目の琴山。
ここでも勝てば三連勝となり、完全に先発への復帰は完了されたと言えるだろう。
だが現在パ・リーグ最下位の千葉は、第一戦にエース岩清水を持ってきた。
千葉は昨年最下位、その前年も四位とBクラスが長く続いている。
その原因はライガースと似ている。チームに若手が少ないからだ。
新陳代謝が上手く行われていない。特に先発陣が問題である。
岩清水の他に勝ちが計算できるピッチャーが、共に30代後半となっている。
中継ぎを含めて、ベンチメンバーがおっさんばかりなのである。
だが去年新人王を取った織田を含め、若手がいないわけではない。
まさにライガースと同じように、ベテランから若手主体への過渡期にあるのだ。
琴山はここまでの二試合、ホームゲームで投げてきた。
アウェイとなるのはこの千葉戦が初めてなのだが、大介が集めてくれたライガースファンが多く、プレッシャーは半減している。
しかしよりにもよって、相手が岩清水である。
200勝投手という存在がある。
いわゆる一つの名球界入りの条件であるのだが、ここ最近は出ていない存在だ。
おそらく上杉は達成するだろうとは言われているが、それは今の成績を、あと八年は続けなくてはいけない。
いかに鉄人上杉であろうと、途中で故障する可能性はないわけではない。
一年で15勝を計算出来るピッチャーであれば、14年。
だが15勝を14年も続けて達成できるピッチャーなどいない。
正直なところ現在の野球のローテーション制などを考えると、現実的な数字ではない。
他の球団で年齢と成績から、この調子なら達成できるのではと思われているの者は数人いる。ライガースでは柳本と、高橋である。
高橋は二桁勝てばもう達成するのだが、ここ数年は五勝が精一杯。それでも徐々に近付いている。
ちなみにタイタンズの加納は、大卒投手のためかなり難しいと思われている。
その200勝を目の前にしているのが、岩清水である。
今年プロ入り20年目のこの大投手は、MLB挑戦、怪我の治療とリハビリ、日本球界復活後に再度の故障、中継ぎ降格でもう不可能だろうと言われながらも、この二年で復活してきた。
千葉にはMLB経験者の日本人選手が他にもいる。
なまじ実績があり計算出来るだけに切れない。それが千葉がチーム再編をすることへの障害となっている。
初回のライガースの攻撃は、一番に入った黒田と、二番の石井は凡退している。
そして三番の大介である。
(俺が子供のころには、もうメジャー行ってた人だからな)
日本で幾つかタイトルを取り、アメリカでも新人王などを取ったが、過酷なメジャーの環境にて故障。
リハビリ後は球威が戻らず日本に戻ってきたが、以前のようなピッチングは出来なくなっていた。
それがまたこの三年で、二桁の勝利を挙げているのである。
あと二年、この調子でローテーションを守れるなら、200勝に届く。
しかし今年が39歳のシーズンであるのだから、現実的には少しでも故障したらその可能性は絶たれるだろう。
(苦労人っていったら琴山さんもだし、援護はしてあげないとな)
大介は左打席に入っている。
岩清水としては、このスーパールーキーと真正面から勝負をしようなどとは思っていない。
若い頃は球威で勝負し、それでメジャーでも通用したのだが、日本に復帰してからは完全に技巧派に転向した。
球威が失われたので、せざるをえなかったとも言える。
完投能力は落ち、クオリティスタートで試合を作った後、リリーフ陣に後を託すしかない。
そのリリーフ陣も、千葉は安定していないのだが。
(ぎりぎりのボール球で攻める!)
左打席の大介へ、真ん中あたりから膝元へ落とすスライダー。
だが大介は体の軸はまっすぐなまま、懐に呼び込んだ球をアッパースイングで掬い上げた。
初球から大介に、際どい球は通用しない。
そもそも単に際どい球だったら、かなりの確率で普通に打てるように練習しているのだ。
曲線を描きながら打球は、何度も叩き込んだライトスタンドへ落下した。
ライナー性ではなく、フライ性の打球であった。
歩みなれたフィールドをゆっくりと巡り、先制のホームを踏んだ。
千葉の応援団はライガースのホームランなのに大喜びであった。
この試合はほどほどにヒットが出て、ほどほどに点が入って、流れが一方的にはならない試合であった。
先発の琴山は3-3のスコアで六回お役御免。
七回はアラン、八回は青山、九回は足立の投手リレーでつなぐ。
この青山の責任イニングで、大介はまた打点を積んで、最終的には4-3で勝利した。
大介は四打数三安打で、単打、二塁打、本塁打と猛打賞。
だがやはり、ランナーがいる場面ではまともに勝負してもらえない。
大介は今期七度目の猛打賞であるが、やはりホームランバッターであると、歩かされる場面が多くなる。
その分四球の数は多く、57回歩かせられている。
この調子だとシーズン記録の歴代10位以内には入りそうだ。
この四球記録のシーズン記録は歴代三位までは同じ打者であり、NPBもMLBもなぜか共通していたりする。
もっとも昔と今では年間の試合数が違うため、ホームランや打点の記録と同じように、昔の少ない試合で達成した記録の方がすごい。
千葉でアウェイの試合を行う場合、対戦するチームは球場まで歩いていけなくもない距離の、幕張のホテルに泊まることとなる。
もちろんバスでの移動となるわけであるが、球場から出るときも、ホテルの周りも、ファンによる出迎えが凄い。
大介に対しては敵意はない。地元千葉の対戦チームではあるが、大介は千葉から巣立った人間なのだ。
「凄い人気やな。地元のいい店とか連れてってもらおうと思ったけど、とても出る隙あらへん」
金剛寺はそう言うが、大介にとってはこのあたりは専門外なのだ。
白富東はもっと北東にあり、家から学校までは田舎っぽく、学校周辺から駅まではさすがに街であったが、高校生がそんなところにいい店を知っているわけもないのである。
ここからそれでも少し離れたところに、北村や瑞希の実家がある。大介の実家とは学校を挟んで正反対だ。
千葉は観客動員数が最も少ない不人気球団であったが、去年の織田の新人王獲得あたりから、少し観客は増えてきたという。
それでも完全に満員になったのは、今回が初めてだ。
ワールドカップの時もそうであったが、大介のホームランが人を集めるのだ。
織田は今年のパ・リーグで打率トップテンに入っており、少しずつ選手の若返りは始まっている。
合わせて集客力も高まればいい。
なんだかんだ言って千葉は、ライガースと違って大介が生まれてから日本一になったことがあるのだ。
もっともパ・リーグの球団の常としてか、色々と本拠地なども変わっているのだが。
二日目には大介は、織田とツーショットの写真を撮影されたりもした。
ワールドカップでは同じチームであり、織田が出塁してくれていたため、大介の打点は伸びたものだ。
甲子園では一度の対決であり、あれは直史が完全に織田を翻弄した。
球場内での練習の途中、二人は話し合うこともあった。
織田の口から出たのは、さすがにまだ時機尚早だろうという、将来のMLBへの挑戦のことである。
「実は最近、ケイティが日本に来日してるんだよな」
ケイトリー・コートナーはアメリカのミュージシャンであり、イリヤの親友である。
そして織田は彼女の熱烈なファンであるのだ。
日本の高校生が、既に当時売れっ子ミュージシャンであったケイティと、つながりを持つことは難しい。
だが直接に会えたあのワールドカップ以来、それはほんのわずかだが実現の可能性を帯びた。
高校時代はプレイボーイだった織田が、完全に女遊びをやめて練習に専念したからこそ、新人王は取れたと言える。
年俸も確か倍以上になっていたはずだ。
「けれど調べれば調べるほど、野手でメジャーに行くのは難しいんだよな」
確かにその傾向はある。
MLBでトップレベルの成績を残したのは、野手よりも投手の方が多い。
だが大介の見る限りでは、少なくとも守備と走塁は、織田は通用すると思う。
あとはバッティングだ。
日本ではホームラン王を狙うようなバッターが、あちらでは中距離打者扱いされる。
織田がどうやって打撃で貢献できるかが、現実的に向こうに行くために問題となる。
「そういやセイバーさんにもちょくちょく会うな」
織田が言及したのは、白富東の前監督のことであった。
どうやら去年から遠征先で、会うことが多いらしい。
「俺は見てないっすね」
「パ・リーグを回ってるのかな? まあそのうち、代理人とかになってもらうかもしれないけど」
織田は今年も順調に、ヒットを積み重ねていっている。
打率も三割を維持し、打つべき時には長打を狙って打てている。
高校時代から即戦力の外野手とは思われていたが、プロに入ってからも成長し続けている。
「そう考えるとさっさと寮からは出たいんだよな」
寮と成長とどう関連しているのかと大介は思ったが、千葉の寮は埼玉県にあるのだ。
二軍が多い若手のために、寮は二軍の球場がある浦和にある。
だが一軍に定着している織田にとっては、マリスタに近いところに住む方が、その分の交通時間なども練習や勉強に当てられる。
高卒選手は基本四年、寮暮らしというのはだいたいどの球団でも同じである。
今の織田は同じく寮暮らしだが一軍に定着している先輩の車に同乗し、球場まで通っているわけだ。
車で通うとおよそ一時間。
往復二時間となると、かなり面倒なのは確かだろう。
その点ライガースは、車で15分。自転車でも通えない距離ではない。
実際のところ大介も、先輩に同乗して通っているのだが。
「今年は免許取りたいけど、それより先に寮を出たいんだよな。かと言って一人暮らしは難しいし」
織田は高校時代も地元であったため、一人暮らしの経験がない。
また家事なども出来ないため、そのあたりの管理も難しいのだ。
選手が成長するためには、練習時間を多く確保することと、休養の時間を多く確保することが大事である。
大介にしてもいずれ寮を出た時に、生活はどうするのかは重要なことである。
「栄養管理とかは球団に作ってもらって、実際の料理とかはハウスキーパーを雇うとか?」
「まあそれしかないんだろうな。あとはどのあたりに住むか。船橋か習志野あたりがいいかなっては考えてるんだけど」
車がなくてもいざとなれば、電車とバスで通える場所だ。
「免許はいるよなあ」
「まああの周りって、一人で住むのはちょっと面倒そうですしね」
そうは言うが大介も、いずれは寮を出ることは考えないといけない。
独り身の間であればそんなことは考えなくてもいいのだろうが、もしも結婚したりすれば。
甲子園の近くはそれなりに住宅地ではあるが、意外と生活するのは不便かもしれない。やってみないと分からないだろうが。
試合前の二人。話し合うのは野球のことだけでもなく、生活の問題のことの方が多かったりもする。
織田にとっては通勤時間というのは、確かに面倒な問題なのであった。
ちなみにこの二戦目、大介は珍しくも複数回の三振をする。
そのかわりにきっちりとホームランは打って、観客の期待には応えるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます