第28話 三つ目の故郷

 交流戦最初のカード、千葉との戦いは二勝一敗で勝ち越した。

 そして空気を読んだのか、千葉のピッチャーはランナーがいない場面では大介と勝負をして、各試合一本ずつのホームランを打たれたのであった。

 千葉としては味方打線では織田が猛打賞を記録して、どうにか一つは勝ちを拾った。


 おそらく現在のライガースは、パ・リーグ側の交流戦では、一番の打力を持っている。

 DH制だと調子のいい大江と黒田の両方を使えるからだ。

 特に黒田が一番を打つときは、大江も六番を打ち、かなり攻撃的な打線となっている。

 これで西片が戻ってくれば、さらに打線は強くなる。


 だがここで黒田は考えた。

 ポジションをコンバートした方がいいのではないか。

 今の黒田はサードを守っていて、これが大江と被っている。

 大江も基本は内野を守るのだが、黒田もサードとファースト、あとは中学時代のピッチャーしか経験はない。

 だがより出場機会を得るためには、外野を守れるようになった方がいいのではと。


 遠くない未来、金剛寺は引退するだろう。

 それでファーストが空くから、それを考えれば、このまま内野の守備にいてもいいのかもしれない。

 だがロイが外野も守れるように、どこかのポジションのスペシャリストになるよりは、ある程度の守備力は持った上で、打撃力を磨いた方がいいのではとも思うのだ。

 大介などは全てのポジションをしているが、さすがにキャッチャーだけは上手くいかない。


 現在のライガースで、ポジションが確定しているのは、金剛寺、石井、大介、西片の四人。キャッチャーはさすがに除く。

 ロイは外国人なので、今年一年限りかもしれない。そして金剛寺の選手寿命、外野のポジションが西片以外は不確定と考えると、コンバートもあるのではと思う。


 だがそれよりも、投手陣に動きがあった。

 椎名に続いて藤田も二軍に落ちたのである。

 上がってきたのはどれもが20代の若手で、首脳陣も一気に若返りを考えているのかと思う。

 あとは不良債権になっている外国人を、どうにか切ってしまえないだろうか。

 これ以上編成で使える金はないのかもしれないが。




 開幕してから初めて千葉へ帰郷し、それから甲子園に戻ってくると、帰って来たんだな、という感じがする。

 まだ半年も過ごしていないのに、甲子園は大介にとって、三つ目の故郷になりつつある。

 高校時代は一年の夏と二年のセンバツ以外は、また来たぞ甲子園という気になったものだ。

 だが今は、甲子園を中心として、大介の生活は動いている。


 朝から晩まで練習と勉強だ。

 はっきり言って今の大介は、どういうトレーニングをすればいいのか、分からなくなってきている。

 打撃、守備、走塁と、全ての部門でトップかトップ付近を走っている。

 肉体の技術を上げるのは、何かもっと新しいトレーニングや練習の方法が分からないと難しい。

 左打席はかなり調子が戻ってきたので、今はひたすらこれを鍛える。正確には、元に戻す。


 プロの球団に入って思ったのだが、選手をいくら鍛えて揃えても、シーズンで優勝するのは難しい。

 秦野や、あとはジンなども言っていたことの意味が分かっていた。

 試合で戦うのは選手たちであるが、試合に勝つためには選手だけの力では不足なのだ。

 もちろん首脳陣の力も必要だが、現場を超えたフロントの動きが重要になる。


 野球という競技が、かなり確率で成り立っている競技なのは間違いはない。

 期待値の高い選択を、現場では取っていく。これには選手起用なども含まれる。

 一方のフロントは、期待値の高い選択を獲得するのが仕事である。

 それは選手の獲得であったり、首脳陣を揃えることであったり、設備を揃えることである。


 あと問題なのは士気だ。

 士気の低い状態だと、いくらスペックが高くても負ける。

 この士気というのは現場の選手だけでなく、采配に関わる監督やコーチ、そして編成陣やオーナーまでに共通するものだ。

 勝ちたいと思っている者で戦わなければ、リーグ戦の優勝は無理である。

 高校時代のトーナメントが、一戦ごとの戦闘の連続と考えれば、プロのリーグ戦は戦争である。

 後方の兵站を整えたり、ファンへのサービスや広報などは、球団側の考えることである。

 現場が要望を出しても、球団がそれをかなえるとは限らない。

 前線の要請に司令部が必ず応えるという保証はない。

 そして司令部からは現場に、無茶な司令が飛んできたりする。




 球団広報の人間は、当然ながら球団の人気を上げて、収入を増やすことが目的である。

 あとは選手のサポートもする。下手にインタビューの人間を入れすぎたら、選手の練習の邪魔になる。

 選手たちのマネージメントは、球団職員全員で行っているのだ。


 野球選手は人気商売である。

 もっとも大介ぐらいになると、単なるファンだけではなく、熱烈なアンチも発生する。

 単純な話で、ライガースにとって絶対的な打者というのは、相手チームにとっては絶望的な打者になるからだ。

 満塁で歩かせられない時に大介の打順が回ってきたら、もう絶望しかないというのは確かにそうである。

 なお二年前には上杉が似たようなことを、シーズン終盤にやっていた。


 ライガースは歴史の長い球団であるだけに、祖父の代から一家で応援というのも珍しくない、

 ファンの熱狂度合いで言うならば、おそらくは12球団で最高のものだろう。

 実のところ、12球団は全て大介を狙っていたが、その中でも最も熱心だったのは千葉であった。

 大介も別に敬遠していたわけではない。リーグが違うので対戦することは少なくなるだろうが、逆に日本シリーズにまで出れば、確実に上杉と最高の舞台で戦えるからである。

 ただ実際にペナントレースに入ってみると、やはり同じリーグで良かったと思う。

 交流戦はわずか三試合であるし、日本シリーズまで勝ち進めるかどうかは分からない。

 上杉などはプレイオフでは圧倒的な支配力を誇るが、逆にバッターは短期決戦では、敬遠されて終わりという可能性があったからだ。


 集まったファンに対して、大介は可能な限りはサインなどもしている。

 ただマスコミに対しては、直史ほどではないが警戒している。

 以前に自分の発言の一部を切り取られて報道されてからだ。

 あれから大介は、その特定マスコミは完全に無視している。


 チームへの成績での貢献度は誰よりも高い大介だが、球団への人気の貢献度は、金剛寺などがまだ上だ。

 観客動員数が増えて、グッズなどの販売が増えて、球団の運営は上向いてくる。

 すると年俸も上げやすくなる。ライガースはある意味昔から人気は高く、殿様商売をしている側面もある。

 ただファンの口が悪いな~と大介が思うのもライガースの特長だ。

(甲子園でやるのは好きなんだけど、あの野次がな~)

 大介に対してはほとんどないが、若手にはかなりきついものが飛ぶ。

 あれに萎縮してしまうのが、ここのところライガースの若手が伸びにくかった理由ではないかとさえ思う。




 さて、球団広報の人間は、自分たちの球団の選手を色々と推していく必要がある。

 もっとも大介の場合は、入団以前から甲子園では人気がある。千葉を除けば最もいい球団に入ったのではないかといわれないでもない。

 そんな大介はある日、監督の島野を通して、編成部長に呼ばれた。

 編成部長というのはつまるところ、選手の人事権を持っている部署である。

 監督からの要望なども聞く場合があるが、監督を通してではなく部長自らが話というのは聞いたことがない。


 まさかトレードじゃないよな、というぐらいしか大介の頭にはない。

 呼ばれた監督室には、島野監督の他に編成部長、それにコーチ陣も多くが加わっている。

 さすがの大介もこの陣容には何事かと驚くが、部長たちの表情は暗くはない。

 悪い話ではないよな、と思いつつ、促されてソファーに座る。

「白石君、今年新人ながら、本当にいい活躍をしてくれて感謝する。もちろん他の選手の頑張りもあるが、ここまでリーグトップというのは、怪我もなく出場し続けた君の活躍が大きい」

 それは確かにそうだろう。ただ短い期間だがスランプはあった。

「それで、まあ来年の話をすると鬼が笑うと言うが、ちょっと君の場合は特別すぎるから、今のうちに少し話しておこうと思ってね」

 こんなことを言われたというのを、大介は寡聞にして知らない。


 編成部長は告げた。

「これまでの新人二年目の給料の最高は、上杉選手の一億だった」

 そうである。いきなり二年目の大台到達に、業界のみならず多くのところで話題になった。

「君に、それ以上の年俸を提示する用意がある」

 これはさすがに予想外である。しかもいい方向にだ。

「上杉選手はもちろん沢村賞をはじめ多くのタイトルを取ったが、一番大きかったのは日本一にチームを導いたことだと思う。実際に彼の入団以降神奈川は変わった」

 チームを変えるのは普通は監督なのだが、上杉の影響力はそれよりも大きかったということだ。

「そんな選手を上回る年俸を払うからには、当然それなりの結果は出してもらうわないと困る」

 そして部長はその言葉を口にした。

「三冠王、取ってほしい」

 そんなもん、そう簡単に取れるものではない。


 現在の大介の成績は、打率が0.390で四分ほどの差をつけて圧倒的なリーグトップ。

 打点の68も二位に10点以上の差をつけてトップ。ホームランは22本で、これは一本差しかないがやはりトップ。

 そしてついでのようだが、盗塁は37回成功していて、既にトリプルスリーの一項目を満たしている。なおこの時点での37盗塁が最後まで同じペースで続いたら、プロ野球のリーグ新記録を更新する可能性もある。パ・リーグも合わせた記録はちょっと無理だとは思う。

 そう簡単に取れるものではない三冠王のはずだが、ホームラン以外はかなり現実的な数字なのだ。

 肝心のホームランも、トップ争いをしていることは間違いない。


 だが大介以上の打撃成績を残している者は、12球団全てを見回してもいないのは確かだ。

「まあ普通に計算しても、来期は7000万ほどまで年俸は上がるよ。それにタイトルを取ったらボーナスとして、一つにつき1000万ずつ上乗せしていくって感じでね」

 大介は金に汚い人間ではないが、金は大好きな人間である。

 正確には、人並の贅沢はしてみたいという程度なのだが。


 そもそも大介はここまで、月間MVPを二度連続で取っている。

 上杉なども投手部門の月間MVPは、半分以上取っている。今年の四月の投手部門は山田だったが、五月は上杉が取っていった。

 あとは新人賞は、ここで怪我で脱落しても、去年の新人王だった織田以上の成績を残しているので、確実に取れるだろう。

 一億1000万。

 それをくれと言うのではなく、払いたいから結果を残してくれと、球団の編成のほうからやってきたのである。




 一億円プレーヤー。

 確かにさっさとそのレベルに到達したいとは思っていたが、まさか球団の方からこんな話があるとは。

 確かに契約金は一億をもらったが、どうせあれは税金で半分は取られる。

 部長が去ってしばし呆然としている大介に、監督がおそるおそる声をかける。

「まあなんや、後ろに金剛寺がおるから、遠慮なく取ったらええんや」

 監督としては選手にタイトルを取らせるのと、チームを優勝に導くのでは、後者を選ぶのが当然である。

 だが島野はGMからじきじきに、大介のタイトル獲得を優先させろとまで言われていた。


 チーム力が安定してきて、Aクラス入りは今年はいけるだろうと言われている。

 そしたらクライマックスシリーズの観客動員で、球団はより収入を得られる。

 ただ日本シリーズの優勝は難しいだろうと、島野は思っている。


 神奈川は上杉を出してくる。短い期間で上杉が投げてくれば、こちらも柳本か山田で対決するしかないが、大介が一人で打っても勝てない可能性は高い。

 この二年、確かに神奈川はリーグ優勝も果たしているが、その後のクライマックスシリーズと日本シリーズで、上杉が大車輪の活躍をして、結局短期決戦を制してしまうのだ。

 野球はピッチャーだと痛感させられる。

 なにしとポストシーズンの試合で、上杉はここまで敗北したことがない。

「タイトルかあ……」

 正直なところ、ここから交流戦の残りと、後半戦の戦いを考えると、ずっとこの成績を維持するのは難しいと思う。

 だが、大介ならば可能ではないかと首脳部も思う。

「ゴールデングラブ賞とかベストナインとかも、タイトルのうちに入れてくれるんですかね」

 大介の心配は別なところにあったようである。


×××


 書き忘れてましたが昨日、続・白い軌跡を更新しています。本日も。

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