第29話 記録更新

 上杉との対決後、ほんのわずかの不調を除いて、大介はリーグトップの打撃成績を積み重ねていた。

 強いて言うなら、三塁打の数は多くない。

 なぜなら守備のシフトが最初から長打を考えられていて深く守っており、外野の頭を越えても二塁まで進むのが精一杯だからだ。

 だがそれ以外は、とにかく得点への貢献が大きい。

 前の塁を積極的に狙うことによって、打点ももちろん得点も多くなっている。

 金剛寺やロイの打点が多くなるのは、ヒットを打った時に、西片か大介がホームを踏んでくれることが多いからだ。


 打率  一位

 安打  一位

 二塁打 一位

 三塁打 10位以下

 本塁打 一位

 打点  一位

 盗塁  二位

 出塁率 一位


 これが現在の大介の成績だ。

 高卒一年目の選手としては、間違いなく史上最強である。

 投打の違いこそあれ、こんな化け物が二人もいるセ・リーグの選手は泣いていい。

 パ・リーグとしてはどちらか一人でもパに来てくれていれば、もっと観客来場数が増えたのにと思ってやはり泣いている。


 ただ観客動員としての役目は、先発ローテに入っている上杉と違って、毎試合出られる野手の大介の方が上である。

 つまり球団側の、球団に対する貢献度は、大介の方が上だという考えは正しいのだ。

 もっとも上杉の一年目、シーズン終盤のクローザー連投は、完全に神奈川スタジアムが満員になったが。

 ライガースとしてはホームゲームでの満員がずっと続いているため、甲子園を本拠地にしていて良かったと思わざるをえない。


 他に地味な記録としては、大介はここまで既に、55の四球で歩かされている。

 死球は一度もない。当てられなかったのではなく、当たるコースでも避けていたからだ。

 動体視力と反射神経が、やはり他とは一線を画している。

 あとは三振の少なさだろう。

 上杉との対決後、六試合で10個三振をしたが、それ以外の試合では14個しか三振をしていない。

 ホームランバッターはそれなりに三振も多くなることを考えれば、これも驚異的な少なさである。




 そんなライガースは交流戦、北海道大日ハムウォリアーズを甲子園に迎えて三連戦となる。

 北海道には高校時代、対戦してみたかったがその機会がなかったピッチャー、島が新人ながらローテーションに入っている。

 上杉正也と並んで、パの高卒ピッチャーの中では新人王の候補だ。

 予定通りであれば第二戦での先発となる。


 大介は第一戦、左打席に入る。

 まだ完調したとは言えない左打席であるが、三冠王の話を聞いてから、左打席にこだわりざるをえない。

 右打席であると、変化球をスタンドまで持っていくのが難しいのだ。


 打点やホームランと違って、打率は積みあがるものではない。

 だが現在は二位との差が大きいため、長打を狙っていってもいいだろう。

 ただ一点が欲しい時は、やはり無難にヒットを狙っていくしかない。

 なんでもかんでもホームランを狙っていくのでは、そのうち難しいコースにばかり投げられることになる。

 ヒットを積み重ねていく基本は、好球必打だ。


 ほとんどの場合大介は、一試合に一度は敬遠気味のフォアボールで歩かされる。

 そこからどう得点につなげていくかは、監督の采配次第である。


 一戦目はライガースがエース柳本を投入し、七回一失点の好投で、その後の継投も上手くはまって勝利した。

 大介としても一本のホームランを打ち、3-2で試合には勝利した。


 二戦目はライガースは、二軍から上がってきた選手を使う。

 これが先発三登板目の星野。今までは一勝0敗という結果になっているが、投球内容自体は可もなく不可もなくといったところだ。

 これに対してウォリアーズが用意したのが、四月と五月に使われて、既に三勝がついている島だ。

 ウォリアーズは昨年はBクラスで、そしてタイトルを狙う中軸が、今年のシーズンではFA権を取ることになる。


 優勝を狙う補強をしてほしい。それがスター選手の要望であった。

 もちろん球団のフロントとしても、優勝を目指さないわけはない。

 外国人のスラッガーの獲得に成功し、またドラフトでも欲しかった左腕のピッチャー島を獲得し、順調に今年は三位をキープしている。


 この試合も大介は一打席を敬遠とも取れる四球で歩かされたが、昨日に引き続いて盗塁が出来ていない。

 ピッチャーとキャッチャーに対して分析班が、大介の足に関して、なんらかのデータを出してきたのだろう。

 確かに千葉との試合でも、盗塁は記録出来なかった。もっともあちらでは、ヒットは散々に打てたのだが。

 それだけが原因というわけでもないが、試合は北海道に負けて、五回までに四点を取られて星野はまた、二軍に落ちていった。




 三試合目ともなると、大介へのマークがあからさまとなる。

 基本的にランナーが二人いるところでは勝負しない。

 盗塁が難しくなってきているので、なかなか大介にも得点に絡む機会がない。

 対戦の多いリーグではなく、交流戦で足を封じてこられたというのは、パ・リーグの方が分析が優れているということなのか。


 ただそれでもこの試合、大介は一つの盗塁を決めた。

 その機を逃さず、ライガースは得点を奪う。

 この日、先発としては四登板目、大介と同期の山倉に、三勝目がついた。

 もっとも失点は徐々に上がっているので、完全にローテーションに定着したなどとは言えない。


 大介は試合後、盗塁の件について、球団のデータ班と話すことにした。

 だがデータ班の分析によると、それは因果関係が逆だろうと言われた。

 つまり大介の、パ・リーグの投手に対する研究が不足しているのだ。


 大介にしても確かに、ほれとデータを見せられれば頷くしかない。

 盗塁の数はセ・リーグの中でも、特に先発のピッチャーから盗んでいるものが多い。

 しかしデータ班の中には、打撃であれだけの成績を残している大介が、盗塁にまでここまでの姿勢を見せていることに驚く者もいた。

 大介は確かに、左打席でライナー性のホームランを打つ技術は、天性のセンスとでも言うしかないものを持っている。

 170cmなくてもホームランを打つという打者は確かに存在するが、大介の場合は体重も比較的軽いのだ。


 早く休まんでええんですか?」

「練習はもうええんですか?」

 そう言われると大介は、こくりと頷く。

「素振りとかは一人でも出来るから、後回しにするんすよ。データの研究はデータ班の人がいないと出来ないでしょ?」

 高校時代から大介は、とにかくデータの大事さについては叩き込まれてきた。

 セイバーと秦野もそうだが、ジンもデータ野球の信奉者であった。

 もっともセイバーと違い、秦野とジンは、あえてデータから外してくるのが捕手のリードだとも言った。


 バッターには確かに、一番好きなコースというものが存在する。

 おおよその選手にはど真ん中付近がそうであるが、高目が好きだったり低めが好きだったり、また外角低めの一般的に打ちにくいと言われるコースが好きなバッターもいる。

 単純にそこを避けるのではなく、あえてその得意コースに投げてみせて意表を突くのが、配球とリードの違いである。

 失投だと思わせて手元でわずかに動く変化球などは、これを利用して打たせている。もっともそれでもホームランにしてしまう打者はいる。

 大介はその翌日が移動日であったので、遅くまでデータ班の人間を残業させて、次の対戦相手のピッチャーの映像を眺めていた。

 そして翌日、残業させるなと怒られた。




 交流戦三連戦、三つ目のチームは福岡である。

 敵地に乗り込んでの対決であり、何気に大介はオープン戦で試合をするまで、生涯で九州に入ったことはなかった。

 オープン戦でも戦った福岡ドームは、開閉式のドーム球場で、これも大介には珍しかった。

 ドーム球場としては日本一の広さであるが、ホームランの出やすさは東京ドームに次ぐ二位である。


 なお他のプロ球団の球場でホームランが出やすいのは、東京ドームの他には神宮もそうである。

 一番出にくいのがNAGOYANドームであり、甲子園は球場のグラウンドは比較的狭いはずなのに、ホームランは出にくいのだ。

 もっとも大介はそのNAGOYANドームの六試合で三本を打っており、そんなもんは関係ないぜという成績を残している。

 そもそも本拠地が甲子園球場なのに、ホームランダービーのトップを走っていることがすごい。


 翌日の試合を控えて、大介は福岡の街へ連れ出された。

 ここいらはここいらで、色々と遊べる夜の街なのである。

 もっとも大介はまだ未成年であるが。

 さすがに風俗に連れて行くほどの無茶な選手はいない。


 福岡はパ・リーグの中では一番の打撃のチームと言われている。

 ペナントレースでは埼玉とトップを争っており、この二つのチームは三年連続でAクラス入りを果たしているのだ。

 そしてクライマックスシリーズでも、パの代表を賭けて、三年連続で争っている。


 ここに入団したのは、去年は競合一位の実城であった。

 分厚い打撃陣のため、高校通算100本を打ったその打撃力が、まだ開花していない。

 あと実城は左利きのため、ファースト以外の内野が守れないというのも、一つの弱点ではあった。

 高校時代は二枚目のエースとして、ピッチャーとしても高い評価を得ていたのだが。

 だが今年の一巡目指名は、前橋実業のブライアンを外れ一位で取っており、一軍の試合でもそこそこ出ている。

(高校通算って言っても、やっぱり公式戦だけで見た方がいいと思うんだけどなあ)

 神奈川湘南は積極的に練習試合を行っているチームであった。

 だからそこでのホームランも数えられている。

 実城は甲子園で打ったのは、確か五本であったはずだ。


 もっともそれを言ってしまうと、大介の甲子園での通算記録は30本以上となってしまう。

 だがそれは直史や岩崎、武史が投げて決勝までに打席を与えてくれたからだ。

 高校生の選手というのは、玉石混淆の中で活躍するので、単純に数字だけではなく、その対戦相手も見なければいけない。

 ただ実城の場合はワールドカップでもちゃんとホームランを打っていたので、潜在能力は高いはずなのだ。


 福岡との試合は、もしライガースがリーグ優勝して日本シリーズに進むことになった場合、一つの試金石となる。

 この二年日本シリーズを制している神奈川は、はっきり言ってしまえば上杉頼みの試合を行っているのだ。

 上杉で三勝をして、他の誰かかリリーフ陣の総戦力で四戦目を取りにいく。

 神奈川の打線は、それほど傑出しているわけではない。


 福岡はそれと違って、まさに打撃のチームである。

 リーグは違うがライガース以上の平均点をあげており、日本シリーズで対戦するとなったら点の取り合いになる可能性が高い。

 今年の補強でも福岡は、中継ぎには重点を置いていたが、先発は昨年と同じ陣容で、二軍から出てくるのを待つか、新卒の即戦力を試している。

 福岡は親会社の資金力が強いこともあるが、育成枠を最も効果的に使っている球団である。

 埼玉もかなりその傾向はあり、現在のチームを強くする基本は、FAやトレードよりも、ドラフトと外国人の割合が大きいと言える。

 これに対してたった一人、上杉が対抗しているというのが、信じられないが現実なのである。


 ライガースもいいピッチャーはいるが、一応は打撃のチームである。去年はそれほどでもなかったのだが。

 チームの作り方としては福岡が上手くチームを強くしているが、ライガースも三軍ではないが育成枠はそれなりに取っているのだ。

 あえて言うならば、選手層の厚さによってチームを強くするチームと、スター選手の吸引力でチームを強くするチーム。この二つが今は争っている。

 だが大介は自分でも、短期決戦では上杉のような決定力はないと思う。

 シーズンはまだまだ終わらないが、プレイオフを見据えた一戦になるかもしれない。


×××


 前話の修正 上杉の月間MVPは四月ではなく五月です。四月は山田です。

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