第30話 二つのリーグ
どうすればチームが強くなるか。
これはプロ野球のみならず、アマチュア野球も、他のスポーツも含めて、全てのチームが考えていることである。永遠の命題と言えるかもしれない。
その中でも、これだけはまず間違いなく言えることが一つある。
金があれば選択肢は増えるということである。
かつてタイタンズが栄光を築いていた時代は、まず人気があった。
テレビで放映されるチームは、自然と目に止まることになる。そして人気がでて観客が増えれば収入も増え、使える金は多くなる。
金を使って強くなる。そしたら強いチームは人気を集める。
もちろん地元のチームを応援するという土壌もある。
二リーグ制の日本のプロ野球は、昔から人気のセ、実力のパという言葉があった。
そして実際に対戦成績などを見ると、パ・リーグの方が良い成績を残している。
人気がなく、つまり観客動員などで収入もあまりないであろうパのチームがどうして強いのか。
それは一つには、人気がないおかげで注目度も低く、思い切った改革が出来たということもあるのだろう。
たとえば古い時代ではあるが、タイタンズは純血主義というこだわりを持っていて、外国人選手を入れなかった時代がある。
もっとも帰化していた外国人は日本人だ、という論法でもって、レジェンドクラスの選手が所属していたりしたが。
タイタンズは全国的に地上波での放送が多く、目立てばより人気が出て、選手たちもタイタンズを目指すようになる。
そんな流れの中で、九年連続日本一を果たしたこともある。
タイタンズは本拠地が東京にあることも有利に働き、タニマチも増えていったし影響力は一球団にとどまらないものがあった。
だが全般的に日本シリーズを制するのはパの方が多く、特に21世紀になってからは圧倒的であった。
上杉が神奈川に入るまでは。
なぜパの方が強いのか、それには色々と理由がある……と思われている。
これこそがそれだと、言われるものもある。
だがパの方が強いと言っても、上杉一人で事態は変わってしまうこともあるのが現実だ。
まあその意味では上杉は、不世出の選手なのかもしれない。
だがとりあえずリーグ戦で神奈川が強い原因の一つとしては、上杉がピッチャーのくせに打てる選手だからだとは言われている。
言うなれば上杉が投げる時の神奈川は、DH制を使っているようなものなのだ。
あとは、人気においてもセ優位の風向きが変わったということもあるだろう。
今でも確かにタイタンズの人気は高いが、近年ファンクラブの人数が増えたのは、神奈川が一番である。
タイタンズにしても半世紀以上前の過去には、大学野球の人気選手が入団したことによって、プロ野球の人気が爆発したという背景がある。
ネット配信で試合が見られるようになった現在、人気が出るチームは単純に、地元チームかスターのいるチームだ。
だがなぜパ・リーグの方が強いのか、絶対的にこれだと言える要素は確定していない。
「あと他に言えるのは、金やったらメジャーに挑戦した方がはるかに稼げるいうのもあるかな。それで相対的にタイタンズの選手からの人気は落ちたんや」
金剛寺は試合中のベンチの中で、そんな話を大介にしていた。
試合としてはもう、この第一戦は負け試合だ。先発の琴山も早々に降ろし、敗戦処理のリリーフ陣でつないで試合を終わらせようとしている。
「昔はとにかくタイタンズが金持ちでな。年俸以外に色々ともらってたっていう話があるんや。実際に逆指名時代なんかは、契約金と同じだけ裏金が動いたとかも言われてるし」
他には選手にタニマチがついていて、色々と融通してもらってもいたという。
実のところ金剛寺も他人のことは言えない。色々とバックにいてくれるのだ。ヤクザとかそんな意味ではなく。
大介もおそらく、そういった世界にひたることになる。
そこに溺れてしまえば、あっという間にプロ生命など終わるだろうが。
大介としてはドラフト制度の戦力均衡というのは、分からないでもない。
ジンなどの説明によると、プロに入るというのはプロ野球という会社に入るのであって、球団はどの部署に配属されるかということなのだ。
他の会社であっても、配属先を自分で選べるわけではない。だからドラフトは職業選択の自由には抵触していないという考えだ。
ただ大介としても、上杉と戦えない球団には行きたくなかった。
「お前、もし自由に球団選べるとしたら、どういう順番にしてた?」
今更そんなことを聞かれても、大介としては以前に言っていたことを言うしかない。
「在京のセ二球団どっちかですね。そのあとは神奈川以外のセ。それでないなら千葉か埼玉……いや、金持ってるところかなあ」
ライガースに不満はないが、金はほしい大介である。
今シーズンライガースは、何気に守備が良かった。
ここまで62戦が終わっていたが、なんと二桁失点の試合が一つしかなかったのだ。
だがこの試合は14点を取られて負けた。
そして大介も、大介以外の人間も、どうすればライガースに勝てるか分かった。別に大介を封じる必要はない。
ライガースが点を取る以上に、自分たちも得点すればいいだけである。
14-8というのは、今期最大失点であり、得点も今期三位タイである。
なんだか初回からいきなり琴山がつかまり、ライガースも必死で反撃したのだが、それでも及ばなかった。
ライガースの今期最高得点は、開幕戦の12点。
つまり純粋に、攻撃力での勝負に負けたとも言えるのかもしれない。
だが地味に大介にはホームランを打たせなかった。
あちらは三本も打っていたので、試合が決まってからの追撃も強かった。
ホテルに戻って神妙な顔をしながら食事をする。
「パのチームはこういうところがあんねん。DH制やからピッチャーのところで打線が止まらんやろ? このDH制をパ有利の理由にしている人は多いなあ」
金剛寺自身も、その意見が全く根拠がないとは言わない。
DH制は簡単に言うとピッチャーの打席に打撃しかしない選手を入れるシステムだ。
セ・リーグでは採用しておらず、パ・リーグは差別化のためかなり前から採用している。
交流戦では地元側のチームのリーグに合わせて、採用されるかどうかが決まる。
このシステムのいいところは、一つには自動アウトになりそうなピッチャーの打順で、打撃が途切れないことである。
投げる側にとっては、ピッチャー相手だから楽が出来るというピッチングが使えない。
そして打つための打席が存在することによって、打撃力のある選手を一人、試合のポジションで余計に使える。
機会を与えられればそれだけ、バッターは成長するのである。
投手なのに一年目七本、二年目五本のホームランを打っている上杉は、自分のバットで自分の勝ち星をつけたこともある。
上杉の試合で神奈川が強いのは、そういう理由もある。
DH制はバッターにばかり有利で、つまりバッティングばかりが成長するように思えるが、そのバッティングに対抗するために、ピッチャーも成長せざるをえない。
セ・リーグだったら中盤から後半、自分のところで代打が出てお役御免となるが、パ・リーグの方はピッチングに専念するだけに、それだけピッチャーとしての技量と、何より体力を必要とする。
投げるイニングが平均して長くなりがちなので、パの投手は体力に優れているという意見もある。
ただこの理屈だと、中継ぎはやや必要な数が減るかもしれない。
この三連戦において、ライガースは三タテを食らったのであるが、これまでは三連敗と言っても、ロースコアのゲームが多かった。
金剛寺が外れたり、大介がスランプであったりすると、一気に得点力が落ちていったのだ。
だが初戦の14失点の後も、12失点と九失点で、明らかに福岡の打力に敗北していた。
ライガースも五点以上を取っていたのだが、それをはるかに福岡が上回ってきたのである。
ライガースはこのカード、柳本を先発させていない。
山田もまだ復帰しておらず、両エースが使えなかったという事情はある。
しかし不断ならのらりくらりとクオリティスタートをする高橋も打たれて、平均得点よりも高い点数を奪取しながらも、失点で大きく上回られた。
そしてそれとは別に、とうとう大介にデッドボールが当たった。
内角の際どいところではなく、明らかに体を狙ったものだ。背中で受けたが、痛いことは痛かった。
次の打席では報復ホームランを打ってやったが。
三連敗したので分かったが、ライガースは点の取り合いに弱い。
いや、福岡の打撃陣を、ロースコアに抑えるのに失敗したと言うべきだろうか。
千葉と北海道には感じなかった、パ・リーグのパワーを感じたといったところか。
日本シリーズまで勝ち残れば、またこの圧倒的なパワーとの戦いになるのだ。
続く三連戦は、関西に戻って神戸オーシャンウェーブとの対戦となる。
球場へのバスの中で、大介は金剛寺に聞いてみた。
「そういや昔から不思議だったんですけど」
大介はささやかな疑問を抱いている。
「ライガースって本拠地兵庫県の甲子園なのに大阪ライガースで、オーシャンウェーブは大阪本拠地なのに、どうして神戸なんすかね?」
別に困ることではないが、関東で育った大介には、それなりに疑問に思ったものである。
これまではあえて質問するようなことでもなかったので、わざわざ口にはしなかったが。
大介のみならず、若手の中には実際の球場の位置を聞いて、疑問に思ったりする人間はそれなりにいる。
だが簡単なことなのである。
「そりゃ親会社の場所やな。本拠地球場は兵庫の甲子園やけど、親会社のファン獲得の営業とかは大阪中心や。対し神戸の方は、昔は神戸に本拠地があって、大阪の名前をこっちが使ってるし球団事務所も神戸やからそういう名前になっとるんやで」
金剛寺が子供の頃などは、球界再編の前で、神戸と大阪にパの球団があったものである。
大阪の球場に本拠地を移したものの、形としては神戸の球団が大阪の球団を吸収したものであるので、いまだに神戸の名前が冠されている。
昔は東北や北海道に球団などなかったし、福岡も一時はなくなっていた。千葉だってなかったのだ。
地方に分散して、地元のチームとして認識してもらったことが、プロ野球人気の復活の理由の一つであろう。
こちらはどうでもよくないことだが、金剛寺も話題にしてみる。
「今年もオールスターが近くなってきたなあ」
七月に行われるオールスターであるが、その投票は五月下旬からスタートしている。
かつては毎年オールスターに出ていた金剛寺だが、ここ数年は怪我などの影響で出ていない。
今年はそれに加えて、ポジションのコンバートがあった。
そしてファン投票は中間発表が出ているのだが、ショートの部門では大介が二位以下を倍以上離してトップとなっている。
ルーキーオールスターではなく、普通のオールスターである。
まあこれまでにも、ルーキーでオールスターに出た選手はそれなりにいる。
他のポジションまで比べて見ても、投手の先発部門の上杉よりも上の一位である。一年目のご祝儀というものもあるだろう。
あと上杉は強すぎるから、ピッチャーに選びたくないという者もいる。
他にライガースからファン投票で選ばれそうな選手はいない。それなりの得票の選手はいるが。
だいたい選手間投票と監督推薦で、柳本、西片、青山あたりは誰かが出る。
今年のこれまでの成績を考えると、ロイなども監督推薦で呼ばれるかもしれない。
大介の場合はそれに加えて、ホームランダービーへの選出も確実視されている。
「せっかくやから、オールスターMVPでも狙ってみたらどうや? 今年しか挑戦出来んことやし」
金剛寺は無茶を言うが、大介ならばとも思ってしまうのだ。
過去に新人ながらオールスターに選出され、MVPを受賞した者は四人しかいない。
直近では打者九人相手に八三振を奪った上杉の一年目である。
一年目からオールスターに呼ばれた選手は、だいたい新人王に輝くかタイトルを取っている。
実は大介の場合は、ここから全ての試合に欠場しても、新人王には選ばれるぐらいの成績だ。
オールスター。夢の球宴。
考えてみれば大介にとっては、初めて上杉と同じチームで戦うことになる。
この二人が同じチームというのは、はっきり言って絶望以外の何者でもないのだが、投手は三回までしか投げられないのが幸いか。
(考えてみれば上杉さん以外にも、国際大会なら同じチームになるのか)
今の代表的な国際試合は、プレミアとWBCである。
だがこのプロが対象のプレミアと違い、WBCはあえて選んでいないだけで、他の国のチームを見ても、アマチュアが参加している。
(上杉さんとナオがいれば、100%勝てるんじゃね?)
ただ問題は、直史はどうせこんな大会には興味を示さないであろうことだ。
それに学生であると、拘束される時間が長くなれば、普通に学業に支障をきたすだろう。
目の前に迫っているのは、あくまでも日本のオールスターである。
だが大介はワールドカップを経験しても、上杉と直史以上のピッチャーはいなかったと断言出来る。
さすがにMLBまで含めれば、すごい投手はいるのだろう。
だがMLBはWBCに基本的には選手を派遣しないことでも知られている。
MLBにとって世界一というのは、MLBのワールドシリーズの勝者なのだ。それは北米のリーグであるにもかかわらず、ワールドシリーズなどという呼称を使っていることからも分かる。
大介としてもバグってる能力の持ち主ばかりと言われる、MLBのピッチャーと戦ってみたいという気分はないではない。
(いやいや、まずは目の前の神戸との試合だ)
大介の妄想とも言える、未来の光景。
それが実現するかどうかは、まだ誰にも分からないが、企んでいる者がいるのだけは確かである。
×××
カクヨムユーザー賞公式ノミネート部門にエントリーされてました。
嬉しいよ!? 嬉しいけど通知何もないから、読者さんに言われて驚きましたがな!w
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