第144話 成長し続ける怪物
オールスターで八打席連続ホームランなどということをやってから、大介へのフォアボール攻勢はひどいものとなった。
これまでは一試合に一度程度であったフォアボールが、二打席に一度レベルにまで頻度が増した。
年俸にも反映されないのに、なぜそんなことをしたのかと、首脳陣は頭を痛めるレベルである。
ただもっと恐ろしいのは、それだけめちゃくちゃなフォアボールの連続の中で、稀に勝負してきたところを狙ってヒットなりホームランなりにしてしまうことである。
そして大介もまた遠慮なく盗塁を続ける。
またこれだけ歩かせてしまうことによって、一つの記録が達成された。
連続出塁記録である。
手首の捻挫から復帰して、七月の末までの73試合。
全ての試合で出塁という、地味にすごい記録を達成していた。
七月度はオールスターもあり、後半の四球地獄もあったものの、それでも大介は打ちまくった。
だが逃げられて当たり前というピッチングをされていると、どうしてもたまにある勝負の勘が鈍る。
それでも七月の打率は、0.373を記録していた。
「なんぞこれ……」
スポーツマスコミの誰かが呟いた。
今年の大介の成績は、打率が去年に比べると大幅に下がっている。
それでももちろん首位打者は譲らず、圧倒的な数字を残しているのだが。
七月の終わり、ライガースは93試合を消化していた。
一度は少なくなっていた大介のフォアボールが増えると共に、盗塁の数もまた増えている。
ただ打率の計算のために数字を確認して、思わず二度見した。
263打数の101安打。
そしてそのうちのホームランが44本。
単打が37本、二塁打が18本。
四球が81個である。
なお七月に限って言うなら、安打が22本で四球が25個。
ヒットを打たれる以上に、四球での出塁が多いことになる。
これはつまり何はともあれ歩かせた方がマシという結論になるだろうか。
59打数で10本のホームランを打っているのだから、打ったら六本に一本はホームランになる。
あと去年までと違い、得点と打点の数がかなり近い。
残り50試合が、ライガースには残されている。
三試合に一本、ホームランを打てば記録更新だ。
それはかなり難しくないことであるとも思う。
だが盗塁の記録は、本当に難しい、
ここまで61個の盗塁を決めているのだが、このペースでは日本記録は更新出来そうにない。
やはり注目すべきは、ホームランの記録である。
一年目と二年目は、ほぼフル出場した大介が、初めてまとまった治療が必要になったこのシーズン。
少ない試合数で、ここまでホームランを打っているのは驚異的である。
50試合で16本。
ここまでスランプは入れても、欠場した九試合は除けば、84試合で44本を打っていることになる。
つまりほとんど、二試合に一本以上打っている。
やや低めにみつもって、丁度二試合に一本を打てたとしたら、44本にプラスして25本。
合計は69本となり、完全に日本記録更新である。
というかもう少しだけ頑張れば、143試合しかない日本のシーズンで、160試合以上あるMLBの記録を抜けるのではないか。
これまで大介は、不可能と思われることのほとんどを可能にしてきた。
高校時代から数えても、甲子園での五打席連続ホームランや、甲子園での場外ホームラン、そして甲子園通算30ホームランに高校通算170ホームラン。
ワールドカップでも場外ホームランに予告ホームラン。
プロに入ってからは初年度に三冠王と、打率、打点の更新。
二年目は連続の三冠王に、幻の四割打者。
そして三年目は、と思ったところに欠場が九試合もあって、さすがに打率はともかく、打点やホームランの記録は塗り替えられないか、と来年に期待しようという空気になってしまったが、それを覆すかのようにホームランを量産している。
あの故障離脱と、スランプはなんだったのか。
金属バットなら拳銃の弾丸でさえ打ってしまうのではないかと言われ、まさか、と乾いた笑いが起こるものである。
さすがに初速からして違うので、いくらなんでも打てるはずはないのだ。……ないよね?
チーム自体も脅威の成績である。
シーズン序盤に神奈川に差をつけられたが、六月には逆転。
だが七月の勝率はほぼ五割となって、まだ決定的な差をつけられてはいない。
一位がライガースで、二位がスターズ。
この二年間と同じ順位であるが、七月のオールスター明けからは、ピッチャーの調子が悪い。
正確に言えばピッチャーの運が悪い。
先発が三点で七回までを投げて、三失点。
そこからリリーフが一失点の四失点なのに、味方が五点目を取ってくれない。
特に飛田が、クオリティスタートを三連続で投げていたのに、その全てで負けていたりする。
防御率が三程度であるのに、三連敗というのは厳しすぎる。
これもまた、大介が歩かされるからだ。
そして四番の金剛寺が例年のごとく、今年は足首の捻挫で離脱。
それだけで一気に勝率が落ちてしまうのだ。
日本一ホームランが出にくいというNAGOYANドームの三連戦、大介はホームランがなかった。
スランプの時期を除くと、今季三試合連続でホームランが出なかった。
三試合ホームランが出なかっただけで、すわスランプかと心配されるのは笑えるが、敬遠と後続のヒットがなければ、大介も成績が伸びないのである。
そんな状態で、八月に入る。
このあたりからライガースの選手は、気分が落ちてくるのだ。
本拠地である甲子園球場を、高校野球で取られてしまうからである。
まだしも今は神戸がアウェイであると、大阪ドームを使わせてもらえる。
ただどうしても甲子園の方が、観客も選手も気分が上がる。
中には野天型の甲子園球場の方が嫌いという者もいるが。
(ナオならどうかな。甲子園の方がホームランは出にくいけど、あいつ雨嫌いだしなあ)
アウェイ連戦の前に少しでも貯金をしておこうと、この時期のライガースは気合を入れる。
ただそうやって気合を入れてしまった結果、怪我をしてしまう選手もいるのだ。
オールスター中も休めなかった山田が、広島戦にて肩の痛みを訴える。
これでバッターだけでなくピッチャーも、主力が一人抜けたことになる。
ライガースはリリーフが不安定なので、先発が調子がよければ、長く投げさせてしまうことが多い。
それが地味に先発ローテに響いてきたのだろうか。
柳本がMLBに行ってしまって、次のライガースのエースは山田だろうと誰もが思っていた。
だが今年二年目の真田が、勝ち星も勝率も貯金も、山田を上回る成績を残している。
去年も新人王を取っていたし、普通ならタイトルをとってもおかしくないほどの成績であった。
それが今年はさらにペース配分まで身につけて、山倉を抜いてチーム内トップになっている。
あとは大原が、それほど貯金は稼いでいないのだが、完投が多くてリリーフを休ませる試合を作っている。
勝ち星や防御率は真田とは全く比べ物にならないが、イニング数ではチーム一である。
とは言っても真田が投げれば、防御率を一点少々にしてしまうのだが。
単純な平均としては、二点取れば真田は負けない。
もっともさすがに毎試合完投していては、真田もシーズン丸々はもたないだろう。
一試合は上杉と投げ合って敗北したが、それ以外には負け星がつかない。
リリーフにつなげて勝ち星が消えたものはあるが、真田の負けを消してくれたような試合はない。
真田にとっては不本意なことだろう。
だが今年もこの調子なら、15勝はしてくれそうだ。
ならばまた年俸は上がっていくだろう。
八月、レックスとの三連戦が終わり、翌日はいよいよ甲子園開幕。
ここまでのライガースは99試合を消化していた。
八月分の消化した六試合で、大介は三本のホームランを打っていた。
まさにこの調子なら、70本近いホームランとなるペースである。
大介もなんというか、試合の中で取引をしている。
しっかりと三打席は勝負してきたら、塁に出てもあまり走らないようにしている。
ただし二打席以上敬遠気味の勝負であれば、塁に出た後は完全に次の塁を狙って行く。
そんなやり取りを、もちろんちゃんと対戦相手としているわけはない。
だがレックスの金原が大介と四打席勝負をすると、満足したのか走ってこなかったりする。
ミカジメ料を求めるヤクザか、生贄を求める荒ぶる神か。
大介のスチールを勘弁してもらうためには、ピッチャーは勝負しなければいけないらしい。
今シーズン、一時期はライガースの勝ち頭であった山倉だが、レックス相手の三連戦の最後も、勝ちを消された。
今季二度目のセーブ失敗のウェイドであるが、ここまで20以上のセーブをしているので、成績はもちろん悪くはない。
一点差でリードしている九回など、逆転されてもおかしくはないのだ。
それでも現時点で七勝四敗と、勝ち星が先行はしている。
先発陣は真田ほど圧倒的でないにしても、ちゃんと仕事をしているのだ。
山倉の勝ち星が消えた次の日、ライガース一行は東京へ向かう。
次はタイタンズ戦であり、その次はスターズ戦である。
ライガースはややチーム力が落ちているが、どうにかここでスターズとの直接対決で勝ち越しておきたい。
もっともそれ以前にタイタンズ戦があるので、そちらを気にする方が先なのだが。
大介は新幹線に乗る前に、甲子園の開会式を見にいった。
晴天の下、49都道府県の代表が一括して揃う。
もちろん大介は白富東の対戦相手を承知している。
センバツの準優勝校、青森明星。
プロ注の選手を抱えており、大介はあまり関係ないのだが、時々球団のスカウトと会うと、来季の構想について少し聞かされたリもする。
ライガースが今年一位指名するのは、どうやら西郷らしいのだ。
西郷は九州出身であるが、別に福岡と関係が深いわけではない。
むしろ桜島実業の出身選手というつながりならば、東北に後輩がいる。
大介としては後輩だけに、悟はどうなのかと聞いてみたりもする。
確かに悟は甲子園通算本数でも多いホームランを打っているが、それはチームの力にもよる。
そもそもそのポジションであるショートは、大介と競合しているではないか。
大介と違って悟は、ヒットの延長にホームランがあると思っているタイプであると、球団のスカウトは見ている。
西郷は逆だ。まずホームランを狙いにいく。
「オジキの後継者を探してるのかな」
大介がそう口にしても、そこではっきりとした答えが聞けるはずもない。
ライガースは金剛寺が離脱していても、それなりの成績を残すことが出来ている。
だがそれでも、もう40歳を過ぎた金剛寺は、キャリアの最晩年と考えてもいいはずだ。
グラントはそれなりの打率や出塁率、そして長打も打てるバッターであるが、いつMLBに戻るか分からない。
黒田や大江、そして今年二年目ながらそれなりの成績を打っている山本も、ホームランはどうにかシーズンで二桁に乗るかどうかというところだろう。
巧打者ではあるが、豪打者ではない。
最近ドラフトで競合を良く当てているライガースは、六大学のホームランを塗り替えるかもしれない、西郷を取りに行くわけだ。
金剛寺の後継者として。ただ、西郷は足がないのが玉に瑕である。
開会式が終わり、また今年も甲子園が始まる。
白富東の試合は見ていきたいが、新幹線の時間というものがあるのだ。
今年は単なるいつもの夏ではなく、秦野の最終年だ。
大介は驚いたものだが、三里の国立が今では部長をしていて、秦野の後には監督をするのだと聞いた。
セイバーもいい指導者だったが、彼女はあくまでも選択肢と可能性を示すのが役割で、決断するのは手塚やジン、シーナに任せていた。
だからこそ三年の春のセンバツは、監督なしでもシーナに判断させ、どうにか勝つことが出来た。
だがやはり秦野の采配は、それらと比べても優れていたと思うのだ。
ワールドカップにおける大阪光陰の木下や、ライガースの島野に比べると、秦野には勝負師としての感性が備わっていたと思う。
純粋にチームを運営するのも下手なわけではなかったが、やはり試合での判断力が優れていた。
大介がなんとなく思っていた、切れ者監督というのは秦野のような人間である。
決勝戦まで残ったとしても、その日程では大介は遠征で甲子園には来られない。
だがこの初戦を勝ったなら、なんとか時間を見つけて練習でも見に行こう。
この時点では大介は、白富東は一回戦で負けても仕方がないな、とクジ運は悪いと思っていた。
波乱の多い夏と呼ばれるこの大会、大介は全く先のことなど見えていなかったのだ。
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