第145話 ホームランキング

 夏の甲子園大会が始まってから、ライガースは東の東京ドームでタイタンズとの三連戦を行う。

 山田が離脱している今、先発は普段は便利使いされている星野。

 敗戦処理も多いが、登板数はそれなりに多く、打線の爆発による逆転で勝ち星も一つついている。

 ただあちらは地元ということで、荒川が先発してくる。

 はっきり言って試合前から、勝ちは諦めているような第一戦である。


 大介は荒川のことが嫌いではない。

 誤解を恐れずに言えば、好きなピッチャーである。

 対戦成績は三割程度と、大介としてはあまり打てていないし、長打も打ちにくい。

 だが勝負してくる回数が多いだけに、それだけホームランや打点も増えてくるのだ。

 それもタイタンズが有利に試合を進めている場合に限るが。


 山田が抜けたことでローテーションに入った星野だが、五回までもたずに降板。

 タイタンズはその厚い選手層を有効に使い、オールスター前後からはかなり成績を上げてきている。

 それに比べるとライガースは、ローテ陣が不調になったりして、勝ち星が先行してはいるものの、貯金が増えない状態になってきた。


 この傾向はスターズにも出ていて、上杉が鬼神の如く奮闘していても、他の先発ピッチャーがそれなりに打たれるのだ。

 ルーキーイヤーからの二年間、上杉は圧倒的な影響力を持っていた。

 だがこの二年はクライマックスシリーズで敗退している。

 それでも上杉は負けないのだが、上杉の持つパワーが強すぎて、スターズのほかの選手が息切れを起こしているような感覚なのである、


 この先の戦いにはついてこれそうもない、という状態だろうか。

 それでも同期の峠が、リーグトップのセーブ数を記録していたり、やはりまだスターズはピッチャーのチームだ。

 予想外と言うか、期待ハズレと思われるのは、大介との競合を避けて獲得した大滝が、まだ仕上がっていないことだろうか。

 去年からローテに入ってはいるのだが、長いイニングを投げると、フォアボールが多くなる。

 三年目でまだ一度も完投がないというのが、やはり物足りないと思わせる原因であろうか。

 奪三振率自体は高いのだが、フォアボールから制球を乱して、甘いコースを打たれるというパターンが多い。

 甲子園で記録した160kmも、プロ入り後は数えるほどしか出ていない。


 同期の高卒投手であれば、間違いなく上杉正也か、島の方が上の成績を残している。

 他には下位指名から大逆転している金原も同期なのだ。

 甲子園で投げ合った岩崎は、先発よりもリリーフとして使われているが、タイタンズがやたらと先発は補強してくるので、なかなかチャンスがない。

 もっともスターズは大滝に限らず、上杉の代までは活躍している選手が多いが、その次の年以降の選手で一軍に固定されている者はいない。

 まだ三年目とも言えるかもしれないが、三年である程度の活躍が出来ていなければ、高卒選手といえど厳しい評価がされるのも仕方がないだろう。




 甲子園期間中、タイタンズとの三連戦は二勝一敗で勝ち越した。

 次は神奈川スタジアムに移動しての、神奈川との三連戦である。

 ここまでライガースは、雨で神奈川との対戦が、四回も流れている。

 終盤の予備日程でそれを消化するのだが、これはライガースにとっては圧倒的に得になる。 

 なぜなら上杉を連投させすぎないことを前提に考えれば、他のピッチャーとの対決が増えるはずだ。

 ならばそこで勝ち星を稼げば、もし優勝争いなどをしていれば、確実にライガースが有利になる。


 上杉は高校時代、運が悪い選手だと思われていた。

 四回の甲子園決勝のマウンドに立ち、しかも一回は延長戦も再試合も完封しながら、球数制限のルールに負けた。

 それでもプロ入りから二年連続で優勝と、高校時代の無念をようやく晴らせたかと、他球団のファンでさえも、上杉を見たい者は多かった。

 だがそこに大介がプロ入りしてきたのだ。


 チームメイトに圧倒的に恵まれた大介は、高校時代は神宮から国体まで、四大会制覇を成し遂げている。

 競合で入ったチームも、関西の人気チーム。

 そして一年目から大フィーバーの活躍で、観客動員を飛躍的に伸ばした。


 これもまた、運が悪いとでも言えるのか。

 スターズの選手層が、投打共にもう少し厚ければ、上杉はここまで無茶をしなくて済む。

 具体的にはタイタンズ、パであれば福岡や埼玉にいれば、もっとずっと楽に日本一になれるのだ。

 毎試合出られるバッターに比べて、ピッチャーはやはり長期のシーズン戦では不利なのだ。




 神奈川との三連戦、さすがに消耗の激しい夏場だけに、上杉の登板間隔も普通に抑えられる。

 するとこの三連戦では、ライガースとは当たらなくなるのだ。

 大介としては残念だろうが、神奈川としてもシーズン戦で、上杉を投げさせても負ける可能性があるチームには、出来れば投げさせたくないというのが神奈川の首脳陣の考えであろう。

 ただ神奈川というか上杉が、ライガースというか大介を止めないと、今年のシーズン戦も終盤は大介の記録と上杉の記録に期待するだけの試合になるかもしれない。

 あとは熾烈なリーグ三位のAクラス争い。


 クライマックスシリーズに進めば、日本一の可能性は残っている。

 昔はリーグ優勝したチーム同士の日本一を決めるというもので、交流戦もなかったというが、それは既にもうすっかり過去のことになっている。

 ライガースとスターズがペナントレースの優勝争いをしていて、まだかなりの試合数は残っているが、おそらく優勝はこの二チームのうちのどちらかであろう。

 なので三位、クライマックスシリーズに出場出来ると共に、Aクラスに入ることを、他のチームは目指すことになる。


 残り四チームのうち、三年連続で最下位であったフェニックスが、今年はカップスやレックスと、ほぼ三つ巴になっている。

 主力の故障などが多く、この三チームはそれが、若手を起用することにつながっている。

 来年以降、この活躍する若手の働き次第では、一気にチーム力が上がっていくかもしれない。


 今年の新人王も、この三チームの中のどれかから出そうである。

 有力なのはレックスの緒方と、広島の細田だ。

 緒方は後半に入って、二番打者に入ることが多くなっている。

 打率は三割に達し、ホームランもこの時期に二桁に乗せてきた。

 俊足というほどでもないが足はそれなりに速く、狙った球をしっかりと打っていくのだ。


 そして細田は左の中継ぎで何試合かホールドや勝ち星を稼いだ後、先発に入って現在六勝二敗である。

 高校時代を知る者からすれば、かなり筋肉のついた細田であるが、それでもまだ細身に見える。

 だがローテを回すスタミナがあり、一年目から故障せずに先発登板数を増やしている。

 防御率からすればもう少し勝っていてもいいものだが、そのあたりは運が関係してくる。

 大介はまだ対戦していないが、残りの試合数からして、二桁に乗せてくるかもしれない。


 ただ去年の真田や、その前の大介に比べると、かなりおとなしい成績である。

 大介のさらに前となると、玉縄の12勝10敗という成績で、緒方が三割の打率を維持するなら、二桁勝利だけでは足りないかもしれない。

 なんといっても単に三割なだけではなく、長打も打てるショートなのだから。

 大介としては細田は、高校に入って初めて、苦戦らしい苦戦をしたピッチャーだ。

 大学の四年間で、球速は10km以上上がったらしいが、それでも印象的なのはカーブである。




 その広島との試合がやってきた。

 よりにもよって終戦の日なので、それこそ広島のホームでやれよと思うのだが、舞台は大阪ドームである。

 ローテの調整の都合なのだろうが、第一戦のピッチャーは細田。

 そしてライガースの先発は、普段は中継ぎでロングリリーフが多い二階堂である。


 ライガースはローテーションピッチャーがほぼ固定されているが、怪我などで離脱した時にそこに確実に入る、七人目のピッチャーがいない。

 これまでは谷間になったら、高橋が入っていたりしたのだが、200勝を達成した高橋は、最近では敗戦処理などを進んでやっている。

 もっともライガースで敗戦処理となる試合は少ないので、主にピッチャーへのアドバイスや、ブルペンの住人となっているのだが。

 ひょっとしたら引退してすぐにコーチの話などがあるのかとも考えたが、ピッチャー陣の話はあまり分からない大介である。

 

 初回からランナーを出した二階堂であるが、好守備もあって無失点で切り抜ける。

 そしてその裏、ライガースは先頭打者の毛利から、左バッターである。

 細田のカーブは、完全に未体験かというと、実はオープン戦での対戦があるらしい。

 だが対戦経験があるからといって、簡単に打てるピッチャーではない。


 毛利と石井を内野ゴロにしとめて、大介の打席である。

(懐かしいな)

 細田との対決は、あの夏の準決勝のみ。

 だがそれでも印象深いのは、左打席でまともに打てなかったからだ。

 あそこまで連続試合ホームランを続けていた大介が、どうしてもスタンドには運べなかった。

 直史の大学の先輩ということで、もちろん野球を続けているのは知っていた。

 そして二位指名で広島に入団したわけだ。


 毛利と石井をしとめたボールは、両方ともカーブであった。

 落差の大きなカーブと、緩急を取るためのカーブ。その二つ以外に斜めに入ってくる角度の大きなカーブで、合計三種類。

 だが実際はその軌道や速度は、もっと調整されているらしい。


 サウスポーのカーブ。

 ただし背中から投げられるような軌道なので、目線が切れてしまう。

 そしてしっかり見ようとすれば、体が最初から開いてしまうわけだ。

 攻略法は分かっている。

 だがそれは根本的な解決にはいたらない。

 ツーアウトのこの場面で、取るべき手段ではない。


 大きなカーブだけではなく、ストレートも伸びがある。

 150kmは出ていないが、体感としてはもう少し速い。

 背が高いから、角度がついてくるのが原因だろうか。

 そこからオーバースローで投げてくるので、見極めが難しい。


 下手にカーブには手を出さず、ストレートだけを打っていく。

 だが詰まった打球はファールグラウンドに飛ぶ。

 そこからは連続して、カーブが投げられてくる。


 見逃し三振。

 だがボールの軌道ははっきりと見極めた。

 次の打席以降に、攻略は開始される。

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