第5話 オープン戦開始
キャンプが開始され、二度の紅白戦が終わった。
ドラフト一位のゴールデンルーキー白石大介に対する評価は、まだ定まっていない。
八打数二安打。打率だけを見れば、まだ良いとも悪いとも言えない。高校時代の成績からすると、確かに期待ハズレではある。
だが安打の二本が、ホームランなのである。
打率とOPSが釣り合っていない。もちろんまだこんな段階では、判断するべきものではないのだが。
そして遂に沖縄においても、他球団とのオープン戦が開始される。
第一戦は東北満天ファルコンズ。昨年はライガースと同じくリーグ五位であり、大介の同期としては桜島実業の大山などが入団している。
キャンプにも一軍帯同で参加しているが、スタメンには入らなかったようである。
ライガースはこの試合でも、大介を三番のショートとして使っている。
去年までショートであった石井は、この日はセカンドに入っていた。
ルーキーにポジションを取られはしたが、セカンドでスタメンとして出場は出来ている。
そして打順は下位ではなく、上位の二番となっていた。
単にポジションを取られたと言うよりは、より守備を強固に、そして打撃面でも期待されていると思えなくもない。
少なくとも石井はそう思い、打撃の練習には熱心に取り組んでいる。
そしてこの試合、二遊間を組んでみて分かる。
大介が単にフィジカル的に優れているだけでなく、ポジション取りが早いことを。
ピッチャーのボールとバッターの関係から、ある程度のシフトを布くことは可能である。
だがあまり前傾姿勢を取らない大介は、わずかに体を上下に揺らしつつ、一歩目が早い。
石井もリラックスの重要さは分かっているし、体を固定することの悪さも分かっている。
だが大介に比べると、どうしても反応が一歩……いや、半歩遅れる。
才能の差と言ってしまうものなのか。それとも他に理由があるのか。
打順も二番三番とつながっていて、まるで二人でこのチームの軸になれと言われているような気分だ。
試合自体は淡々と進むが、大介の打席には必ずテーマがあるように感じる。
紅白戦の打席でもそうだったのだが、大介は絶対に、ツーストライクまでは振らない。
セイバーを使って甲子園優勝をしたというチームであるが、セイバーの理論によればバッターの打率が一番高くなるのは初球打ちのはずだ。
それを大介は拒否して、ツーストライクまではボールを見ていく。
これをもって、大介はプロでは打てないなどと言う者もいたが、すぐさまその愚かさは袋叩きにあった。
大介はこれまで、見逃し三振はあっても、空振り三振が一度もない。
そしてさらに、アウトになる打球も野手正面へのライナー性の打球ばかりなのだ。
おまけに打ったら必ずホームラン。
OPSが爆上がりである。
大介としては、こんなバッティングしか出来ないわけではない。
ただひたすらに、ペナントレースで己の成績を上げるために、練習を試合で行っているだけなのだ。
一年目はとにかく一軍定着を目指すとか、そんなことは言っていられない。
セ・リーグには上杉勝也がいる。
あの超人からは、大介もそうそうまともに打てるとは思っていない。
彼と戦うことは大介の野球人生の目的の一つでもあるが、同時に大介はもう、これで食べていくと決めたのだ。
上杉を打ち崩すためにも、彼との対決で全力を出すためには、他のピッチャーとの対戦で充分な実績を残しておいた方がいい。
そして他のピッチャーから確実に打つためには、とにかくプロのピッチャーに対応するしかない。
大介は会見で、トリプルスリーのうち二つを狙うなどと言ったが、実のところ確実に狙いたいのは打率と盗塁である。
打点は前にランナーがいるかどうかで他人任せのものであるし、ホームランは打ちすぎれば逃げられてしまう。
だから確実に塁に出るために打率を上げて出塁率を上げ、後ろに金剛寺がいるので盗塁も狙う。
その意味で大介が地味に心配しているのは、五番打者が決まらないことである。
三番の助っ人外国人との契約更改は相手がメジャーに戻ってしまって失敗したので、今は大介がここに入っている。
走力もある大介が三番に固定されるのは、五番に回されるよりは確実だと思っている。しかし五番を打てる者がいない。
去年は調子がいい選手を入れ替えしていたが、不動の四番と言われる金剛寺も、シーズンで10試合以上は欠場することが当たり前になってきた。
普段は五番、金剛寺が欠場するなら四番を打ってくれる選手がいないと、大介はあっさり敬遠されかねない。
出塁率は上がるし、打率も下がらないが、ホームランと打点が増えないのは、給料の査定に影響してくるだろう。
大介にはおおまかな目標がある。
25歳までに銀行の口座に六億を貯めるということだ。
実は日本のプロ野球は、MLBに比べると三年目までは年俸が上回るケースがある。
いくらアマチュアで実績があっても、シングルAやルーキーリーグでも実績を残さなければいけないし、そこで実績を残してメジャーに上がっても、およそ三年目までは年俸の決定権がほぼ一方的に球団にあるのだ。
その後もおおよそ六年目まではFA権を得ることが難しく、球団側が有利な条件で交渉できる。
日本は、上杉が二年目で破格の一億を提示された以外にも、三年目や四年目で億を超える年俸になる場合はそれなりにある。
このように高卒選手の六年経過が25歳であることを考えると、そこまでは日本のプロ野球の方が年俸は実績を反映しやすいのだ。
年俸だけではさすがに25歳までに六億、税金前を考えると11億ほどを稼ぐのは難しい。
だがCM契約などの野球以外の部分で稼ぐ手段もあるし、契約金の一億と、25歳の翌年のシーズンまでを考えれば、不可能ではない。
東北は一軍半の若手を先発させてきて、およそ三イニングか短いと一イニングで交代させている。
バッターもあまりに不甲斐ないと交代させられるが、それでも短いイニングを抑えて実績を残さないといけない投手は、もっとハードだと大介は思う。
もっともこれが直史であれば、二イニングだけ抑えるなら簡単じゃないかと応えるだろうか。
大介の三打席目に対戦する投手はまた交代し、大卒二年目、去年のドラ二がマウンドに立っていた。
その初球が速かった。おそらくこれまでプロに入って対戦した中では一番速い。
(本多とか上杉レベルだな)
だがコントロールはまだあまり考えていないのか、前の打者の石井はフォアボールで出塁している。
石井の足なら、外野の頭を越える長打で帰ってこれるだろう。
二球目の内角を厳しく突いたストレートを、大介は腕を折りたたんで流し打ちする。
レフトの頭を越えた打球は狙い通りで、大介のタイムリーツーベースで打点もついた。
(今日のノルマも達成)
そして三塁への盗塁も成功させる大介であった。
キャンプ休日の前夜、大介と山倉、他にもプロ入り三年目までの新人を連れて、金剛寺が沖縄の街に繰り出す。
支払いは全て金剛寺である。さすが年俸四億(推定)の男。
なおライガース一位の年俸を誇るのは金剛寺であるが、累計ではクローザーの足立が一番多い。
若手の頃は先発でブイブイ勝ち星を上げていたし、現在でもクローザーとしてしっかりと役割を果たしている。
さらにローテーションピッチャーの高橋も、若い頃は足立と共に先発の両エースであった。足立とは違い今でもローテーションの一角を占めているが、貯金はせいぜい年間に一つか、あるいは負けが先行するぐらいである。
それでもしっかりローテーションを守っているので、いまだに億単位の年俸(推定)のはずだ。
行き付けの店ではあるが、別に高級店というわけではなく、ただわいわいと賑やかな店である。
「若いうちは食っとけ。そんで自分が上になったら、今度はお前らが奢る番やぞ」
金剛寺は豪快な雰囲気を持っているが、実のところは細かいところにも神経が行き届いている。
なかなか一軍に定着出来なかった、二軍時代が長かったからであろう。
この点、入団一年目から活躍した足立や高橋とは違う。
豪快なようでいて、実は酒はあまり飲まないし、タバコなども吸わない。
若手が深酒などをしていたら、監督の代わりにどやしつけることもあると言う。
おやっさんのようであるが、それだと監督の立場はどうなのかということで、通称はオジキである。ヤクザではないぞ。
「大介はトリプルスリーのうち二つを狙うんやな」
「うっす」
まあ織田が実際に三割と30盗塁をしたので、無謀な挑戦とは言えない。
「具体的にはどれ狙うんや?」
「打率は狙えると思うんすよね。ただ盗塁とホームランは、自分ではどうにもならない要素があるんで」
ホームランと言えば去年の夏の甲子園、大介が敬遠されまくったのを、ライガースの人間であれば当然よく知っている。
「二つと言わず、三つとも取ったったらええんや。若いうちは馬鹿みたいな夢持っといた方がええ」
まあ大介も、狙うことは狙っている。
とりあえず、チーム内OPSのナンバーワンを。
一年目はとにかく、自分の成績にこだわりたい。
そして二年目からは、もっと具体的にタイトルを狙うのだ。
ただそこまでに金剛寺が引退して、中軸を打つ選手がいなくなったら困る。
大介は白富東のシステムに慣れすぎて、三番を打つことが一番だという意識が強い。
MLBでは二番打者こそが最高だというような風潮もあるらしいが、さすがにそこまでは価値観は変わらない。
しかし日本のプロ野球を見ても、王貞治やバース、秋山などといった三番の強打者はいるのだ。
だがそれは四番にも、強打者がいるという前提が必要になる。
足を活用するためにも、より打席が多く回ってくるためにも、三番打者にこだわりたい。
だがそこで成績を残すためには、四番に強力な長距離砲が必要なのだ。
キャンプが進み、大介も自分なりの調整が上手くっているなと感じる。
開幕の時点で必要なのは、まず体力だ。
白富東の練習法で、唯一欠点と言うべきか、プロの生活に持ち込めないものがある。
それは野球を完全に生活の大部分にしてしまうということだ。
大介はキャンプが始まってからも、マイペースは貫いている。
そもそも大介に対して、バッティングや守備を教えられる人間がいない。
バッティングに関しては、大介は基本に戻っている。
高校時代と違い、プロであれば敬遠される数は減るだろう。
勝利のためにボール球を、無理矢理スタンドに運ぶ場面はそうそうない。
一年を通して、安定した成績を残す。
短期決戦用の白富東のプログラムとは、そこが違う。
(若手は体力と野球能力の研鑽で、ベテラン組はそれの維持か)
ただベテラン組は本当に高齢化しているので、かなり緻密にではあるが、激しい練習をしている。
そこまでしなければ、今のパフォーマンスを保てないのだろう。
金剛寺などは若い頃、全試合出場したシーズンでは40本塁打を打っていたことがあった。
今でもOPSはチーム一ではあるが、欠場することが多いため、打点や本塁打の数は伸びていかない。
それでも打率が上位に入るのはすごいことだ。
大介が参考にするのは、そういったライガースを代表する打撃陣ではない。
毎年低空飛行で安定している投手陣と、その中で勝ち星先行の二人に、クローザーの足立である。
現在の先発投手の二枚看板は、大卒育成から花開いた山田と、FAでやってきた柳本の二人である。
このうち山田はマウンド以外では温厚な人間で、安定感は一番と言っていい。
柳本は怒りやすく、貯金をそれなりに増やしてくれるが、チームが乗って行きたい試合などで炎上することがある。
足立は全盛期に二度の沢村賞に選ばれた大エースであるが、30代の半ばからセットアッパー、そしてクローザーの役割を務めている。
一イニングをしっかりと抑える能力が高く、クローザーとしては珍しくないが、防御率はチームの投手で一番だ。
かつてはストレートと高速スライダーで三振を取りまくる投手であったが、クローザーになってからはストレートとスプリット、カットボールで投球を組み立てている。
(打ちたいけど、さすがにこの人の調整を邪魔するわけにはいかないよな)
他に気になるのは、やはり長年ローテーションの一角を保ち続ける高橋だろう。
こちらも若い頃には二度の沢村賞を取ったという超一流の選手であるが、もうこの十年近くは、ローテーションを一年崩さないのだが、勝ちと負けの数はほぼ等しい。
ライガースのベテランローテーションピッチャーは、大きく負け越しすることは少ないし、一年を通じて長く欠場することはない。
(中軸が怪我で欠場している時の得点力不足と、ベテランが多いから中継ぎを多用しないといけないのが弱点か)
大介の分析としてはそんなところである。
大介がそんなように投手の練習を見学しているのを、ライガースのコーチ陣は止めるでもなく放任している。
ここまでオープン戦八試合に出て、大介は28打数の七安打と、どうにか合格程度の打率を残している。
だがその内容はホームランが五本にツーベースが二本と、ヒットが長打になる確率が100%である。
そしてそのツーベースも、ランナーが塁に出た状態で打っている。
つまり打率に対して打点とOPSが隔絶した高さを誇っている。
決められたメニューはせずに、自分でメニューを持ってきて、その通りにこなしている。
それが全て終わると、こうやって投手陣の様子を眺めているのだ。まさに新人類とでも言えようか。
だがおそらくセイバーが聞けばこう言うだろう。
単にアメリカ基準なだけです、と。
「あれは何をやってるんやろうなあ」
「本人曰く、プロのピッチャーの球を見たいっていうことらしいですけど」
「まあ、他の練習はもう終わらせてるからええんやけど……」
協調性がないわけではない。それに持ってきたメニューは、はっきり言って他の選手のものよりも厳しいものだった。
野球人であるからには、春夏連覇を成し遂げたという白富東の練習にも、当然ながら目を通すのがプロである。
その中で監督である秦野が言ってたのは、かなり衝撃的なことであった。
「きつい練習はせいぜい一時間半しかさせませんよ。それ以上はむしろ集中力が途切れて怪我の元になりますから」
そして他の時間で行うのは、小さなダンベルなどで小さな負荷をかけたインナーマッスルの強化や、バランスボールを使った体幹の強化やバランス感覚の強化である。
あとどの選手も、ストレッチと柔軟は長時間をかけて行っていた。
監督が外国帰りなこともあって、そのメソッドに日本的な部分は少ない。
だがかと言って、あの通りにやれば全てのチームが強くなるとも思えない。
選手の技術や身体能力に合わせて、個別の練習メニューが多い。
チームが一丸となって戦うための、全員が揃ったランニングなども行わない。そのくせ連繋などは取れたプレイをする。
そしてミーティングや連係プレイなどの座学である。
おそらく県下有数の進学校である選手に合わせた練習方法なのであろうとは思う。
今年も白富東は、センバツの出場が決定している。
あの佐藤直史の弟である佐藤武史は、左腕で155kmを出してくる、今年のドラ一有力候補である。
「そういや卒業式でいったん帰るんか」
「ちょっと白富東の練習メニューとかもらってきてほしいですね」
「わいらがそれを指導出来るかが問題やけどな」
島野監督は自嘲するようにそう言ったが、実のところは本心でもあった。
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