第121話 閑話 カメラの向こう 前編
※ WBC編の間は、あちらの話の方が先に展開するはずです。
×××
WBCの日本戦を見ても、何か上手くなるというわけでもない。
ただ現役のプロの選手には、間違いなく刺激になる。もちろんプロに限ったことではないが。
自分もいつかは日本代表として、あの場所へ。
そんなわけで多くのプロ球団では若手を中心に、目を輝かせて試合を見守っている。
大阪ライガースから出ているのは、育成の星と呼ばれる山田と、名実共に日本最強打者と言われる大介の二人。
本当なら琴山もいたのであるが、故障で入れ替えとなってしまった。
幸いにもシーズンまでには間に合いそうな故障であるが。
ライガースはチームの若返りは著しいだけに、WBCなりプレミアなりと、次の代表入りを目指す者は多い。
ピッチャーであれば山倉、飛田に、次は確実に選ばれるであろう真田。そしてまだ一軍のローテを狙う段階の大原なども、目標としてははっきりと分かりやすい。
野手では大江と黒田の若手に加えて、真田と同期で一年目からそれなりに試合にも出て、この年は最初から一軍に合流している山本など。
既にほぼ同年代で、選出されている者も多い。
一番の最年少が真田の一つ上、直史や大介の世代なのだが、この年にはこの二人がいるので、仕方がないだろう。
大介は四番を打つのかと思われたが、パの去年のホームラン王である南波に譲って、高校時代からワールドカップ、そしてライガース時代とずっと打っている、三番打者に入ることになった。
画面で客観的に見ればはっきりと分かるこの化け物を、真田は高校時代、二度の夏で30イニングほども投げて、きわめて低い数字に抑えたのだ。
もっとも、史上唯一の場外ホームランを打たれたピッチャーとしての方が、有名になってしまっているが。
総合的に見た場合、高校時代に大介を最も抑えたピッチャーは、世界を見回しても明らかに真田なのである。次点で対戦は少なかったが、台湾のヤンと瑞雲の坂本。
それほどの実力者である真田だけに、この大会に選ばれていないということは悔しい。世界大会には慣れているのだから、別に呼んでくれても良かったのだ。
高校時代は故障もあって、出場は難しかった。
「考えてることは分かるが、真田の場合はWBCはあまり合わないかもしれないぞ」
コーチの島本も一緒に見ているのだが、そんな発言をしてきた。
島本も過去にWBCに出場している。その島本が、通用しないのではなく、合わないと言っている。
「どういう意味です?」
「ボールの問題だ」
首を傾げる真田に対して、別に意地悪をするでもなく、島本は答えを教える。
「MLBで通用する選手と通用しない選手は、ボールの違いをよく言うだろう」
「ああ、それは確かに……あ、WBCはMLBが主催だから」
「そうだ。メジャーのボールを使ってるから、スライダーが投げにくいかもしれないし、投げても曲がりにくいかもしれない」
このあたり、ちょっと大きな問題がある。
たとえばプレミアやワールドカップに関しては、主催は国際組織であり、公認球は日本のメーカーの物を使っている。
MLBにおいては実は、ボールの大きさも重さも、違う物なのである。
一応は基準の範囲内のボールではあるのだが、MLBの場合は基準の中でも最大級の大きさで重く、日本の場合は最小の小ささで軽い物なのだ。
加えて日本のボールは縫い目が低く、MLBのボールは縫い目が高い。
さらに言うなら、MLBの球は造りが雑であるという。
何が雑なのかと言うと、ボールの重心がしっかりと真ん中にないのだ。
だから変化球投手がMLBに行った場合、全く通用しなかったり、逆にものすごく通用したりする。
毎年のように新しい変化球を試す者もいれば、一つの変化球を集中的に使い、安定した成績を残す者もいる。
あと、ナックルがなぜMLBではそれなりに使われて、日本ではあまり使い手がいないのかも、縫い目の高さが関係しているという話もある。
真田の投げ肩はスリークォーターで、投げる時に大きく腕を外に回す。
なのでわずかでもボールが重ければ、肩や肘にかかる負荷は、より大きなものとなる。
「すると佐藤はなんで選ばれたんですかね?」
年上であるが呼び捨てである。
「だってあいつなんでも投げられるから、あっさりと順応したんじゃないのかな?」
そういうやつだった。
真田は納得してしまったが、実はそれなりに大変であったのだが、それは瑞希が著作を出すまで世間に知られることはないであろう。
「そういえばメジャーの重い球を使って、逆に球速を伸ばすトレーニングとかもあったな」
完全にコーチとしての道を歩んでいる島本は、そういった知識も持っている。
基準限界どころか、基準よりはるかに重い球を使って、負荷をかけるトレーニングだ。
もっともこれは正しい理解なしに行うと、簡単に故障するらしい。
MLBは違うボール。
この認識はしばらく、真田の中に残ることになる。
神奈川グローリースターズの選手たちも、やはり集まってテレビを見ている。
一応は自由時間であるのだが、皆で集まってやいのやいのと言いたい感じなのである。
グローリースターズの代表への派遣は、実は12球団の中で一番多い。
ピッチャーが上杉、玉縄、峠の三人に、野手は芥の合計四人だ。
もっとも最初は島野も気を遣って、峠は呼んでいなかった。
ライガースから三人しか出していないのに、他の球団から四人も召集。しかも同じセ・リーグとなれば、シーズンに向けての調整がつかないと思ったからだ。
だが琴山が故障で離脱し、そして一番ほしいピースにはまるピッチャーが峠だったのだ。
さすがに神奈川の別所監督には、直接会いに行って頭を下げた。もちろんフロントにもだ。
神奈川の人間は、やはり最初は複雑だったらしいが、そこまでちゃんとお願いされては仕方がないと、ただしあまり使いすぎないようにと言われて、四人目の派遣を認めてもらったのだ。
なお他に三人の選手を出している球団は、リーグの違う埼玉と福岡で、こちらはそれほど気を遣っていない。
福岡などは球団の会長が国際試合には積極的なので、むしろ背中を押してもらったりした。
奪三振が続く。
世界の舞台で、強打のキューバを相手に上杉は、いとも簡単に三振を奪っていく。
同じ野球選手としては、あまりの才能の違いに、嫉妬を感じることもある。
だがこうやって、他の誰にも出来ないことを見ていると、人間の可能性を発見できて感動もする。
四回の表には、ようやく三振以外のアウトが一つ出たが、さすがにもう少し打たせて取るべきではなかろうか。
「四回でもう球数が……あれ?」
「何球です?」
「40球って、数え間違いじゃないよな?」
テレビにも40球と表示されているので間違いではない。
まるで全員を三球三振でしとめているのと、ほとんど変わらない球数である。
残念なことに球数制限があるので、このペースでも八回までしか投げられない。
「いや、ひょっとしたらコールド勝ちはあるんじゃないか?」
三回の裏は一点も取れなかったが、それでも現時点で6-0と圧倒している。
五回は難しいかもしれないが、この四回の結果次第では、七回コールドは狙えるかもしれない。
そんなことになれば上杉は、七回参考ながら、パーフェクトピッチングを達成してもおかしくはない。
単に世界戦というだけではなく、キューバ相手にパーフェクト?
いや、さすがに一本ぐらいは、内野の間を抜けるヒットがあるだろう。
もしくは味方のエラーか。
フォアボールはないだろうな、と誰もが普通に思っている。
伝説を残すのか。
自分たちはその伝説の目撃者となるのか。
「現地で見たかったな」
誰かが言った。誰が言ってもおかしくないであろうことを。
大京レックスはエースの登場こそ派遣したものの、吉村、金原と強力なサウスポーは辞退している。
別に意地悪なわけではなく、吉村は前年の怪我で、金原もキャンプ中に肘の炎症があったりと、出せなかった理由はある。
ただワールドカップを経験している吉村としては、またあのお祭り騒ぎが起こるのかと、かなり残念な気分ではある。
吉村はいわゆる、ガラスの肘の持ち主だ。
無理をせずに、ある程度は抑えてちゃんと中六日を空けたら、だいたいは回復するようにはなっている。
だが一年目も二年目も故障離脱の期間はあり、三年目はその影響で成績もやや落ちた。
イニングを食えない吉村は、勝ち星や貯金、あるいは防御率の良化などが明確に見えないと、大幅昇給というのは考えにくいのである。
それでも登板数は多かったので、少し年俸は上がったが。
ローテーション投手ではあるが、一年間ローテを完全に守ったことはない。
高校時代の故障の影響が、今でも微妙に残っているのかもしれない。
ただ、こういった短期決戦であれば、充分に投げられると思うのだ。
球数制限の厳しいこの大会は、むしろ吉村のためにあるようなものだとさえ思う。
金原もまた、一年目からそれなりに結果を残したものの、早速故障者リストに載ったものだ。
スカウトと首脳陣の間では、吉村もそうだが金原も、まずプロの耐久力を身につけさせろと、意見の相違があるらしい。
確かに一年目を完全に体作りに使っていれば、根本的な耐久力は上がったのかもしれない。
金原にしても入団までに行ったリハビリだけではなく、一年目にもっと耐久力を鍛えておけば、長い目で見れば良かったのかもしれない。
もっとも球団の成績が低空飛行であり、高卒ルーキーにも頼らなければいけなかったところに、根本的な問題はあるのだが。
それに鍛えるのであれば、選手自身がしっかりと、自主トレ期間を使えばいいだけである。
上杉は壊れない。
一年目から先発とクローザーをこなし、去年は29先発で完投もかなり多かったのだが、壊れる予兆さえ見せない。
ただ一年目の大介との初対決の後だけは、ほんのわずかに調子を落としたらしい。
まあ、吉村にはよく分かる。
あいつを抑えようと思うなら、限界を超えないと上杉でも難しいのだろう。
そんな上杉が爆発し、キューバを完全に抑え込んだ。
無失点どころか四回で11三振という、これまて異次元の数字である。
日本も追加点をどんどんと取って、ここまでで11-0と圧倒しているが、上杉に交代が告げられる。
ただその交代して出てきたピッチャーも化け物である。
佐藤直史。
おそらくは日本のピッチャーの中では、吉村が一番早く、直史の真価に気付いた。
あれから時間はたち、既に活躍する舞台は違うが、あちらは球速を吉村とほぼ同じぐらいにまで上げてきた。
ワールドカップの時は、140kmも投げられなかった。
それなのに投げたイニングで全ての打線をパーフェクトに抑え、最優秀救援投手の部門にも選ばれた。
化け物と言うよりは妖怪、あるいは魔術師とでも呼ぶべきか。
球速という武器を手に入れて、コントロールは相変わらずで、大学のリーグや大会では、想像を絶する成績を残し続けている。
本人の言葉が本当なら、プロの世界には来ない。
正直来てもらうと、投げ合って勝つ自信が、吉村にはない。
そんな直史であっても、少しは緊張しているのか。
(いや、違うな。あいつは代表合宿に参加してないから、MLBのボールに慣れていないのか)
吉村が代表に選ばれなったのは、もちろん怪我が大きな原因ではある。
しかしあのボールを握ると、スプリットがあまり変化せず、肘にもダメージがきそうだったからだ。
直史もまた、はっきり言って常識外れと言うか、人間離れと言うか。
だが実際には上杉や大介と違って、人間の範疇に入る能力の中で、最も優れた野球選手は直史なのであろう。
あのコントロールにコンビネーション。そしてクイックなどの動作にも全く隙がない。
ピッチャーライナーやピッチャーゴロなど、センターに抜けていってもおかしくない打球を、しっかりキャッチしてアウトにしてしまうのだ。
そういえば、と吉村は思う。
上杉はそのピッチングは傑出しているが、フィールディングはそれほどでもない。
ごく普通で、それで充分なのだろうが、考えてみればそこで、ゴールデングラブ賞を狙う余地があるのではないだろうか。
(まあそもそも打たせないってのが最高に凶悪なんだけどな)
吉村は直史のピッチングを見ながら、己の生き残る道を探し始めている。
おそらくは急に決まったことだから、代表候補の選手と違い、MLBの標準球には慣れていないはずだ。
しかしそこで入れ替わりがなく、こうやって試合に出ているということは、適応できたのだろう。
別におかしくはない。
変化球の数が多すぎると言われる直史であるから、いくつかの球種が使えなくても、組み立ててくるのだろう。
ただキャッチャーが樋口でなくても、己のピッチングが出来る事は意外だったが。
(俺はプレミア向きだな)
同じ世界大会ならばということで、あっさりと考えを変える吉村であった。
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