第122話 閑話 カメラの向こう 後編
※ 本日もWBC編を先に読むことをお勧めします
×××
さりげに日本最多の、三球団の二軍グラウンドに、選手寮の存在する埼玉。
その埼玉を根拠地とするのが、埼玉東鉄ジャガースである。
投手を二人と野手を一人出している埼玉では、当然のようにWBCへの注目度は高い。
ただやはり、この開幕戦は予想通りになった。いや、予想以上であろうか。
強豪キューバを相手にするのだから、上杉が投げてくるのは分かっていた。
ただその上杉が、どのレベルのピッチングをしてくるかまでは分からなかったのだ。
初回から三者三振の上杉であるが、日本シリーズや交流戦で、同じことは何度もされたジャガースの面々である。
「さすがに打てないか」
「まあ人類最速だしな」
頷いているジャガースの選手たちは、納得できている。
上杉が九回を投げられれば勝つ。日本の選手にとっては共通の認識だ。
それがわざわざここまで球数制限をして、その可能性を奪っている。
高校野球と同じで、結論ありきで決めているようにしか思えない。
同じ世界大会でも、プレミアの方は球数制限はないのだ。
MLB球団のオーナーたちに対する配慮なのだろう。ピッチャーに無理はさせませんよという。
だが別に球数が少なくても、故障するときは故障するのだ。
そして一回の裏には、大介のホームランが飛び出した。
だいたい日本のピッチャーでも、大介と最初に対戦した時は、あっさりホームランを打たれることが多い。
プライドを捨てて大介を敬遠してからが、今の日本のピッチャーが次の段階に進むための新たな一歩なのだ。とんでもない一歩である。
「しかし白石は、いったい何をしてたらあんなバッターになるんだ?」
その質問の行き先は、いつもと同じアレクである。
去年のパの新人王であるアレクだが、最も多い質問は、白石大介の情報である。
「僕にも分かりません。強いて言うならスイッチで打つことを考えていたことですが」
これは本当の話であり、アレク自身も実践している練習だ。
バッティングだけではなくピッチャーならばピッチング。
野手であっても逆の腕で軽く捕ったり投げたりをする。
これによって体の軸が、しっかりと意識されるらしい。
初回のホームランは、無理な体勢からでも打ってしまう、シーズン中の大介のホームランではなかった。
だいたいもう、大介がベストなフォームでスイングできるというのは、ピッチャーの失投ぐらいしかないのがNPBの現実である。
しかしあれは体重移動も腰の回転も、しっかりとホームランを打てるものであった。
敵というわけではない。プロ野球選手にとって、対戦する相手の球団の選手であっても、それは敵ではない。
それは対戦相手であって、また競争相手であって、商売相手でもある。
よりドラマチックな試合展開を見せるという意味では、共演者ですらあるのだ。
大介に投げれば打たれるのは分かっていても、正面から対決する者が少なからずいるのは、そういう意識があるからだ。
チームのエースと言える者は、相手が強打者であっても勝負しなければいけない。
もっともそれで調子を崩してしまって、タイタンズの加納のようになってしまったりもするのだが。
もう一年もしたらポスティングでメジャー挑戦かと言われていた男が、二年連続で大幅減俸なのだ。
それはまあ、成績が悪かったので仕方がないのだが。
大介を抑えることをピッチャーが考えるように、大介のように打つこともバッターは考える。
だがそのバッティングは真似できるものではない。
スピードのあるボールを投げる上杉と同じで、他の人間が真似できるようなものではないのだ。
だいたい野球は、ホームランを打たなくても点を取って、試合に勝つことが出来るスポーツである。
ホームランは手段で目的ではないのだが、興行的に見ると手段が目的に変わってしまうこともある。
そしてそれもまた、間違っているわけではないのだ。
日本がキューバを圧倒している。
織田を出している千葉においても、その勇姿は目立っていた。
ただしバッティングのみである。織田の持ち味である足と守備は、特に守備はまるで出番がない。
ボールが飛んでこないからだ。
織田はまだ、今年が四年目となる選手である。
だがチーム内の首位打者であり、最高出塁率も誇る。
状況によって長打も狙わなければいけないことがあるが、打率だけに絞っていけば、首位打者争いに加わることも出来るだろう。
それにしても、まさかここまで一方的な展開になるとは。
確かに誰にも打てない球を投げる上杉に、そんな上杉からでさえ打ってしまう大介がいるのだから、強いチームであるのは間違いない。
だが本当のベストメンバーではないと、選手たちにも分かっている。
この数年で傑出した数値を出してきた、若手中心のメンバーであることは間違いない。
しかし本当にトッププロであるはずの、メジャーの選手は招集していないのだ。
また30歳以上のトッププロも、かなり数は少ない。
まだまだ一線で働くベテランは多いのだが、完全に若手中心のチームとなっている。
投手陣の中心は上杉。年上のピッチャーの方がはるかに多いのに、日本のエースとして君臨している。
野手陣の中心は大介。記録尽くめのシーズンの勢いをそのままに、ホームランを打って打点を積み重ね、圧倒的にピッチャーの心を折りにいっている。
もちろんその二人だけではなく、日本代表は一方的に、点を取りまくっているのだ。
それは成績から見れば、これぐらいのことはしてくれるかと思っていたが、それでもキューバを相手に圧倒というのは予想外だ。
上杉が連続三振を取っていき、ようやく四回に三振以外のアウトを取った。
ここまで打線も得点を続け、四回の裏では11点の差となっている。
15点のさがつけば、五回でコールドだ。
ふと打線を確認してみれば、ワンナウト満塁にすれば、大介の打席に回ってくる。
そこでグランドスラムを決めれば、サヨナラである。
いくらなんでも、そんな展開はないはずなのだが。
「こういう時に回ってくるのが、白石さんなんだよな」
鬼塚の言葉に頷いているのは、正捕手争いをしている武田に、今年はキャンプから一軍の水野である。
武田は関東大会で大介を身近に見たし、ワールドカップでもメンバーとなった。
水野の場合は公式戦もだが、練習試合で多く対戦している。
武田にとっては、どんなに上手くピッチャーをリードしても、まずまともに打ち取れない相手。
そして水野にとっても、ゾーン内で勝負するのは馬鹿らしい相手としか思えなかった。
大介にとっては味方であり、その二人と戦ったのが鬼塚だ。
鬼塚に言わせれば、大介は「持っている」人間だ。
野球の神様が決めたように、その人生は野球まみれで激動的だ。
しかし鬼塚にとっては、大介にはない不気味さを覚える先輩がいた。
五回の表から、佐藤直史がマウンドに立つ。
カメラが追うその表情は、鬼塚にも見分けがつくほど厳しいというか、不機嫌である。
こういった大会に出ること自体が不本意だったのかなと思う鬼塚であるが、そういうのとは違う気もする。
「キャッチャーは樋口に代わらないんだな」
「まあもし樋口に代わって怪我でもしたら、残ってるキャッチャーはあの酔っ払いしかいないしな」
同じリーグなだけあって、山下の変態的な主義もだが、二ノ宮のアル中もどきもよく知られている。
大事な打席の時には、ベンチの裏で一杯ひっかけてから対戦するという噂もあり、そしてその噂は事実である。
共に人格に問題はあるが、試合においてデメリットが少ないのは山下の方だろう。
その山下を相棒に、直史はあっさりと三者凡退で終わらせる。
ぎゅんぎゅんと曲がる変化球の後に、あのストレートを投げられたらお手上げである。
こうやってテレビで見ていると分かるのだが、球速はそれほどではないにしても、おそらく回転によるホップ成分が強い。
だからこそ空振りの三振が取れるのだろう。
その裏、やはりと言うべきかどうか。
ワンナウト満塁で、大介に回ってきた。
だがその大介に対して、キューバは敬遠である。
満塁なので当然押し出しの点は入るが、ここまで三打数三安打なので、この方がマシと考えたのか。
申告敬遠は球数も増えないし、まあ悪い戦略ではないのであろう。
ただ野球を面白くないものとしているという意見もあって、毎年これについては議論が終わらない。
試合は終わった。
大介を敬遠された後の、四番の南波の長打により、ランナー全員が帰ってきたのだ。
これにてスコアは15-0となり、コールド成立である。
「つえー」
「さすがは代表って言うか、キューバ今回弱いのか?」
「点が入らなかったのは上杉ー佐藤のリレーが強力すぎたからだろ」
「この日本代表をパーフェクトに抑えた佐藤って……」
日本の打線の強さが分かれば分かるほど、あの壮行試合の意味も変わってくる。
キューバを相手にコールドで勝つような打線を相手に、大学生がパーフェクトに抑えこんだのか。
佐藤直史は千葉県出身である。
「あいつ、本当にプロの世界に来ないのかな」
そんな疑問に鬼塚は返す。
「まず間違いなく来ないと思います」
「なんで?」
「怪我一つで終わるプロの世界は不安定で嫌だってのと、あとは勤務先が選べないのが不満だったみたいですね」
「う~ん……サラリーマンになるのか? あいつが? いや、営業とかやってたら、野球好きのおっさんには無茶苦茶受けはいいだろうけど」
「弁護士目指してるんすよ」
「あ~、それは聞いたけど、正気かよ」
正気である。むしろ直史からすれば、プロ野球選手のようなリスクの高い職業に就くのは、どこかぶっ壊れた人間であると思うのだ。
野球バカというのは、同時に単なるバカである場合も多い。
実のところこの中では、鬼塚は圧倒的に頭のいい部類に入る。
「てーか弁護士って職業と言うよりは資格だろ? 免許取ってからこっちに来て、引退してから弁護士活動って出来ないのか?」
「さすがに勉強が難しくて無理だって言ってましたけどね」
頭のいいやつの考えることは分からない。
そう思って首を振る、野球バカの皆さんであった。
実は神奈川県には、スターズ以外にもう一つ、プロ球団の寮がある。
本拠地は東京ドームに置く、タイタンズである。
もちろんこの時期は他のチームと同じようにキャンプを張っているが、やはり他のチームと同じように、WBCは観戦している。
「つええええ」
「マジか、今回の代表」
タイタンズは意外なことに、今回のWBCにはあまり選手を出していない。
層の厚さではセ・リーグ一といわれながらも、もう四年もリーグ優勝からは遠ざかっている。
その四年の間、ずっと層の厚さはと言われているのだが。
層の厚さというのは、実績を残している選手が多いということで、そういった選手はある程度年齢は上になっている。
若手中心で集めた今回の代表に、タイタンズ出身の選手が少ない理由である。
このタイタンズにおいて去年の終盤から、ほぼ一軍に定着しているのが、本多と岩崎である。
またスタメンではないが代打や代走、守備固めで便利に使われている小寺も、一軍のキャンプに帯同している。スーパーザブと言っていい。
次の機会は、と牙を研いでいるのが本多であり、遠くにいったなあと感慨深いのが岩崎である。
もちろん高校時代から分かっていた。
気を遣ってくれてはいたものの、一年の夏から白富東の、本当のエースは直史であった。
あの頃は、球速だけは負けないと思っていたが、今日の試合でも152kmを投げている。
岩崎のMAXは154kmなので、もうほとんど変わらない。
それに壮行試合の時は一球だけだが、154kmを出していたのだ。
才能の違いだとは思わない。肉体的な能力を言えば、岩崎の方が優れていることもたくさんある。
だがあの勝負強さと言うか、何があっても絶対に大丈夫という信頼感は、絶対に真似できない。
存在感のありよう自体が違うとでも言うのだろうか。
とにかく何かが、自分や他のピッチャーとは、明らかに違うとしか言いようがない。
今日の最終イニングにしても、ランナーは出さずにしっかりと締めてしまった。
上杉とのパーフェクトリリーフで、キューバ打線は完全に沈黙した。
もう一緒に戦うことも、対戦相手として戦うことも、ないのかなと岩崎は思う。
タイタンズの二軍は早稲谷と練習試合をすることもあるが、岩崎は二軍へ落ちることなど考えていない。
現在は中継ぎで使われることが多いが、確実に勝ちパターンの時の中継ぎとして使われることが多く、着実にイニングを重ねて、先発ローテを掴み取るのだ。
ちょっとした怪我や、調整で二軍に落ちることはあるだろう。
だがそのタイミングで早稲谷と戦うことが、残り二年のうちに何度あるのか。
まして練習試合であれば、投げるイニングも少ない。
とんでもないやつらと、一緒にいたんだなと思う。
そして違うタイプのピッチャーとして競え合えたからこそ、ここまで自分は伸びたのだ。
シニア時代に一度は諦めた夢。
プロ野球選手と、胸を張って言える一軍で、自分はプレイしている。
「井口も打点ついてたし、圧倒的な試合だったな」
「まあ初回にエースを叩き潰した時点で、決まってたようなもんだったな」
そんな声が周りで起こっているが、もしも直史がキューバにいたら。
壮行試合の件については、誰も進んで口にしようとはしない。
だが日本で一番かもしれないピッチャーが、アマチュアにいる。
これはなんとも皮肉なものではないのか。
「なんだか、まだまだこの大会、とんでもないことが起きそうだな」
ワールドカップの時を思い出し、本多は呟いた。
小寺は小さくそれに頷いていた。
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