第123話 閑話 俺はどうしてあそこにいないんだ

 ※ 4.5 WBC編の第一ラウンド第9話が終わったあたりでの話です


×××


 シーズンに向けて各球団がキャンプを張っているが、それでも選手の意識はWBCの方に向かっていたりする。

 琴山が故障で離脱した時、特例で自分が呼ばれないかと思った真田であるが、残念ながらそれはなかった。

 いやもちろん、佐藤直史が自分よりは優れたピッチャーであることは認める。

 直前の壮行試合にしても、自分にはあそこまで非常識なことは出来ない。

 だがそれでも、悔しく思うのは仕方がないのだ。


 東京における第一ラウンドが終わって、代表はアメリカへと渡る。

 その頃にはオープン戦も始まっているのだが、なかなかこれが困ったことになっている。

 単純に言うとピッチャーが少ないのだ。

 いや別に、オープン戦なので負けても仕方ないし、大介がいないことで得点力は大幅に下がっている。

 あと琴山もまだドクターストップのままである。どうにか開幕までには間に合ってほしいが、かなり厳しい。


 すると今年のライガースのローテはどうなるのか。

 山田、琴山、真田、山倉、ロバートソンとここまでの五人はほぼ決まっている。

 ロバートソンとの契約が延長できたのは良かった。

 あとは六人目であるが、一応高橋は谷間のローテのような間隔で投げるだろうか。


 とにかく現時点では飛田が第一候補だが、一人でも故障したら誰かを持ってこまければいけない。

 柳本がポスティング移籍するのは、フロントは分かっていたはずなのだから、左のピッチャーは絶対に必要だったのだ。

 それになんなら、トレードという方法だってあったはずだし、外国人……枠は埋まっているので使えないか。




 島野がいない首脳陣の視線の先で、目だって馬力のあるピッチングをしている者がいる。

 今年三年目の高卒、大原である。

 千葉県出身でSS世代と同じ、つまり大介に散々に打たれまくったため、高校時代はほぼ無名であった。

 だがスカウトからの評価は高く、育成での獲得を狙っている球団もいたという。

 ピッチングコーチはオープン戦から一軍で見ているこの三年目に、熱い視線を注ぐ。

 ただ二軍のピッチングコーチからは、問題点も伝えられている。

 スロースターターだということだ。


 スロースターターというのは試合の最初にはまだ肩が暖まっていないことなども指すが、大原の場合はだいたいおおよそ全ての要素が、序盤はあまり良くない。

 二軍でもブルペンではいい球を投げるものの、短いイニングの継投では、この性質に気付かなかったのだ。

 だが長いイニングを投げさせてみると、序盤で少し点を取られたものの、後半は尻上がりに調子が良くなっていくのだ。

 今どきの野球では珍しくなってしまった、先発完投型。

 武史と同じであり、その日の気分や体調によって、出来不出来がはっきりしている。


 負け試合であっても、しっかりと六回や七回までは投げきることが出来る。

 なかなか貴重なピッチャーのタイプではあるのだ。

(序盤の安定感がまだまだ課題やけど、それはまあ試合に慣れていくうちのどうにかするやろ)

 飛躍の年は迫ってきている。


 それに対してもう、完全にエースクラスのピッチングをしているのが真田だ。

 二月にキャンプ入りした時には、既にほとんど体が仕上がっていたというか、むしろシーズンオフの間にさらに鍛えてきていた。

 ルーキーのシーズンにあそこまで活躍して、二年目に全く油断しないところは、大介に似ている。

 一年目は16勝1敗で文句なしの新人王であったが、タイトルには届かなかった。

 それはもう上杉がいるせいで、前の年であればその上杉から、勝率のタイトルは取れただろう。

 ただ上杉がシーズンを通して絶好調だったことが痛い。


 柳本が去った今、ライガースのエースは山田ということで、認識はほぼ確定している。

 だが真田が早々にその山田を追い抜いていく可能性も、しっかりと示されているのだ。


 山田だけではなく、上杉をも超える。

 そのためには味方の援護が必要で、その点では明らかに真田の方が、上杉よりも恵まれている。

 そして大介は単純に援護するだけでなく、上杉に黒星を与えてくれそうな、そんな期待さえ出来る選手だ。

 相変わらずWBCでも、頭のおかしな数字を叩き出しているが、まあ去年の活躍を身近で見ていた身としては、全く不思議だとは思わない。


 上杉と自分とを比較してみる。

 まず馬力。そして体力や回復力が全く違う。

 あのペースでローテを回していったら、さすがに壊れる。

 上杉一人がいなくなれば、神奈川は崩壊すると言っていい。


 勝ち星はさすがに、あれだけ大回転していれば、上回ることは出来ないだろう。

 そして防御率についても、さすがにあれには勝てない。

 プロの世界でごく普通に完封するのが難しいか、真田にも分かってきている。

 奪三振も、あれだけイニングを投げていれば、それは真田が追いつけないのも当たり前だ。


 なので、勝率だ。

 去年も終盤まで、勝率で勝てる可能性はわずかに残っていた。

 最終的にルーキーイヤー以来の、無敗のピッチングをしてしまった上杉であるが、真田も去年は一敗だけだったのだ。

 二年目の自分が分析されて、負けが多く付くことは考えられる。

 それでももしあるとしたら、このタイトルだろう。

 あとは神奈川のクローザーが故障でもして、また上杉が一年目の終盤のように、クローザーを務めたら。

 いや、真田の体力では、短い休みで上杉のようなピッチングは出来ない。


 オフにはかなり体を鍛えたつもりだが、まだ足りない。

 それに右打者対策だ。高校時代は負担が大きいのであまり使えなかった高速シンカーを、右打者への効果的な球として使いたい。

 真田の探究心は果てしない。




 画面の中で、佐藤直史が怪物的なピッチングをしていた。

 相手はそれほど強くはないといっても、国際大会である。

 五回を投げて、打者15人を相手に36球の7奪三振でパーフェクト。

 コールドになったので参考記録ではあるが、これはおかしすぎる。

 キューバ戦の上杉のピッチングも、12個のアウトのうちの11個を三振で取るという、まるで江夏か江川のようなことをやっていたが、それよりもこれはひどいかもしれない。


 特別に選出された、アマチュアとしては唯一のピッチャー。

 もちろん壮行試合において、あのプロを完全に掌で転がしたピッチングもすごかった。

 すごかった。それは認める。

 だが自分はあの怪物と、甲子園の決勝で投げあったのだ。

 そして同時に、相手にはもう一人怪物がいたのだ。


「俺はどうしてあそこにいないんだ」


 大画面で試合を見ていたとき、真田は自然とそんな言葉を洩らしていた。

 分かっている。まだプロ二年目の自分は、シーズンにこそ力を注ぐべきだと。

 だが一つ年齢が上なだけの上杉正也よりも、左の自分の方が役に立つだろうに。

 その上杉正也は、自分も無理だった甲子園優勝投手となっていた。


 運命の流れが悪いのか。

 だが真田は去年、日本一のマウンドに立っていた。

 高校では報われなかったピッチングへの努力が、プロにおいては開花したのだ。

 それでも真田には、借りを返したい相手がいる。


 プロへは行かないと、はっきりと明言したあいつ。

 真田に勝った佐藤兄弟であるが、真田が確実に自分の力で負けたと思っているのは、兄の方だけだ。

 おそらくもう二度と、対戦する機会はない。

 そして日本代表として、共にプレイすることもないのだろう。


 あの、悪魔のようなクレバーなピッチング。

 だがそれは倒れるまで力を振り絞る、苦しみと表裏一体であった。

(あいつは何を考えてるんだ)

 負けてからずっと考えているのが、そのことである。

 話す機会が欲しかった。

 そういう点では真田は、直史の熱心なファンなのかもしれない。




 プロ野球のキャンプは進むが、さすがに今年はWBCの話題に押されている。

 日本は第一ラウンドのリーグ戦を、圧倒的な力を見せ付けて通過した。

 おそらくこの調子なら、上杉か直史が故障でもしない限りは、間違いなく日本は優勝するだろう。

 いや故障しても、戦力的には優勝出来る。

 問題はもし故障があった場合、チームに与える心理的影響だ。


 だが上杉が離脱しても、あのもう一人の悪魔は平然と、球数制限までは相手チームを抑えてしまうだろう。

「まあお前は次だな」

 やたらと目をかけてくれる、バッテリーコーチの島本はそう言う。

 そうだ。次の四年後、また日本代表がある。

 上杉も大介も、まだまだ最盛期というか、年齢的に考えればむしろ、今よりもレベルアップしていてもおかしくはない。


 ただ、そのチームに佐藤直史はいない。

 ならば自分がその代わりに、日本代表を優勝させてやろうではないか。


 そんな不満と、闘志を目に宿しながらテレビを見る真田。

 野心たっぷりのその姿を、頼もしく思うのはコーチ陣。

 なんとかこいつに、タイトルを取らせてやることは出来ないだろうか。

 真田もまた、影響力を周囲に及ぼし、試合を支配するタイプのピッチャーなのだ。


 その真田を見つめて、たいしたものだと思っているのは、同期にライガースに入った、同じ大阪光陰出身の毛利である。

 今年はキャンプから一軍帯同で、センターのポジションを争っている。

 大阪光陰からは一位指名が二人でて、他にも二人ドラフト指名されるという、完全に最強の年代であったと言える。

 それでも一度も、甲子園で優勝は出来なかった。

 SS世代の白富東が、どれだけ強かったのかという話である。

 そして去年の夏、ようやく決勝でそれを破ることが出来たが。


 あの試合も、一人の突出したプレイヤーの力によるものだった。

 支配的な選手というのは、やはりいるのだろう。

 その支配を破壊する、大介のような選手もいる。


 WBC。これから始まるのが決勝トーナメント。

 アクシデントもなく終わることが、プロとしては第一である。

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