第108話 宴

 優勝の瞬間のマウンドに立つということが、どれだけ素晴らしいことか。

 一夜明けた真田であるが、誰に飲まされたのか、頭がガンガンと痛い。

 ビールはまずいと断っていたのだが、どうやらカクテル系を飲まされたらしい。

 寮の自室で無事に起きれただけでも、真田は運がいいのだろう。


 夢のような夜だった。

 最後のアウトが、三振ではなく自分のグラブへのフライ。

 甲子園で優勝するということは、あんな感じなのか。

 

 食事を終えてなんとなく大介の居場所を聞けば、なんでも練習をしているという。

 今日はさすがに完全にオフなのに、練習の鬼か。

 だがそう思っていたところへ、丁度戻ってきた。

 どうやら体を動かす程度に抑えていたらしい。


 テレビを見ていると、どれもこれもが日本シリーズの特集をしている。 

「なんかあんたまた、おかしな記録出してるんだな」

 真田が呆れるのも無理はない。去年はテレビの中であるが、今年は直接目にしていたのだ。

 まだ打席数が少ないので認定はされないが、打率の記録は過去最高を軽く越えている。

 そして去年の四試合で四ホームランは最多記録であったが、今年の六試合で六本のホームランも、日本シリーズ記録を塗り替えている。


 大切な場面で大介と勝負するのは、その時点で間違いと言える。

 逃げるが勝ちという言葉がある通り、大介は敬遠すべきだったのだ。

 昨日の試合に限らず、日本シリーズは全て。

 他には打点も記録を更新しているし、四球で歩かされるのも最多タイとなっている。


 ピッチャーは全員、大介との勝負は避けるべきなのか。

 満塁であっても敬遠されたバッターというのはいるので、それもおかしくはない。

 だがプロ二年目の若手が、こんな数字を残すとは。


 ピッチャーには案外いるのだ。若手のうちから酷使され、すさまじい記録を残す者が。

 だが故障して数年で消えてしまうのが大半である。

 バッターは、酷使されるということはあまりない。

 だからこそピッチャーは花形なのだろうが。


 四割、50本、50盗塁を達成してしまった。

 打率と打点に白石大介の名は残る。

 あとはホームランぐらいか。

「あんた来年はホームラン記録狙うの?」

 食事中ながらテレビを見て呟く真田である。

「ホームランか……。はっきり言って敬遠されまくりがなかったら、今年で達成出来てたと思う」

「まあそりゃそうだ」

 ただこれでも、まだ大介のフォアボールは少ない方なのだ。

 なぜなら完全なボール球でも、打てそうなら打ってしまうので。

 大介のストライクゾーンは、他のバッターよりもボール二個分ほど広い。




 日本シリーズが終わり、外国人たちは帰国するなりオフになるが、ここから秋季キャンプも行われる。

 優勝チームはかなり短い、調整程度のものになるが、むしろ若手はここもトレーニングの場である。

 だが一年を通して戦った、一軍の選手は別である。

 もっとも大介は参加するが。


 真田は休んだ方がいいだろう。

 ただでさえピッチャーは消耗が激しいし、わずかながら休んでいる。

 柳本の故障で開幕からローテに入ったが、チームの勝ち頭になってしまった。

 19登板は全て先発で、それほど多くないようにも思えるが、イニング数が多い。

 それだけ完投なども多かったわけで、首脳陣もかなり楽にペナントレースは優勝できたのだから、もっと楽なローテにするべきであった。

 野手の大介からしても、もう少し若手を使っていくべきだったと思う。


 これからは戦力外通告、ファンフェスタ、NPBアワードなどがあり、そして契約更改も始まる。

 大介の場合はある程度去年の段階で決まっているが、アワードで表彰が終わらないと決められない。

 真田の場合も新人王があるので、まだ先の話だろう。

 なお戦力外通告は、既に日本シリーズのころから始まっている。

 境界上の選手にとっては、恐怖の時期と言える。


 そして活躍した選手にとっては嬉しい契約更改。

 真田の場合はなんと言っても貯金15個というのが凄すぎる。

 歴代の新人ピッチャーの中でも、これだけの貯金を残した者はほとんどいない。

 さすがに一人のピッチャーが先発からリリーフまでしていた時代は除くが、日本シリーズでも決定的な働きをした。

 大介ほどではないが、真田も勝つべき試合にはちゃんと勝つプレイヤーだ。

 そんな真田に敗北を与え続けていた佐藤兄弟はどれだけのものと言えるのか。


 果たして真田の二年目の年俸はどうなるか。

 さすがに上杉の一億は超えないだろう。いくらライガースが金持ちで、しかも優勝したとしても、そこまではいかない。

 ただ6000万ぐらいはいくだろう。単純に勝ち星だけではなく、貯金がすごい。

 21世紀以降の新人ピッチャーの中で真田よりも上の貯金を稼いだピッチャーは、上杉しかいない。


 はっきり言ってこれがパ・リーグなら真田の年俸を上げる基準はもっと多かっただろう。

 勝率と防御率も一位であろうから、タイトルの上積みがあるのだ。

 セにいる限り、そのあたりのタイトルは全て上杉に独占される。

 まあそれを言えば、バッターも大介のせいでタイトルとは無縁になるのだが。

 この世に白石大介がなかりせば、というやつだ。

 既に、この世に上杉勝也なかりせば、とは既に言われている。




 そんな秋季キャンプで汗を流している間、ライガースのメンバーには衝撃的な話が入ってきた。

 柳本のポスティングによる、MLB移籍である。

「いや、あの人いなくなったらまずいだと」

 同じピッチャーではあるが、真田と柳本は共に傑出しているがゆえに、ポジションを争う相手ではない。

 開幕投手を争う関係ではあるかもしれないが。

 優勝のためには絶対に必要なエースである。

 はっきり言って今年も去年も、柳本がいなければ日本シリーズ優勝はおろか、シーズン優勝も出来たかどうかは怪しい。

 単純に個人で蓄えた貯金もあるが、柳本は完投能力が高いピッチャーだったので、リリーフ陣への負担が小さかったのだ。


 ライガースは今年も、ドラフトで即戦力の大卒ピッチャーを取っている。

 だが絶対に、柳本の穴は埋められない。

「大介もそう思うよな?」

 そう声をかけてきたのは、やはり先発の山倉である。

 ローテーションを賭けて戦う相手としては、柳本は大きすぎるのだ。


 ただ、年齢的なことを考えると、柳本にとってはこれが限界なのかもしれない。

 柳本は来年が、32歳のシーズンになる。

 メジャーの過酷さを聞くに、ここからそのハードなシーズンに合わせるのは大変だろう。

「でもまあ……このタイミングか」

 他の寮の人間も集まって、喧々諤々とこのことについて話す。


 柳本は高卒で一年目からそこそこ活躍し、二年目にはブレイクした。

 ジャガースの柱の一人として、長年ほとんどの年で二桁以上の勝利を挙げてきた。

 FA権を取ってライガースに移籍。そして今年は四年目、来年には二度目のFA権が発生する。


 その海外FAで海外に行くなら、球団に止める手段はない。

 それならこのタイミングでポスティングを申し出た方が、球団には金が入るし、柳本も一年早く挑戦できるしで、ここしかないというタイミングとも言える。

 年俸の吊り上げなどが目的ではない、本気のポスティング。

 去年はFAで西片が出て行ったが、今年も主戦力が抜ける。


 あとは外国人としては、ロバートソンの動きが怪しいらしい。

 どうも今年、思ったほどの成績が残せなかったことで、球団としては年俸を下げて提示するのかもしれない。

 レイトナーとオークレイは残留しそうだが、志龍もまたいなくなりそうだ。

 MLBのスカウトから何件かのオファーがあったのだという。




 ライガースはそんな中、契約更改をしていく。

 山倉などは三年目だが、去年も白星先行し、準ローテとも言える活躍。

 貯金も作ってくれたことで、そこそこのアップがあったそうな。

 だいたい優勝後のことなので、年俸がアップする選手は多い。


 山田なども去年ほどの上げ幅ではないが、そこそこ上がっている。

 あとはスタメンの中では大物の金剛寺もサインした。

 なかなか決まらないのは大介と真田である。

 この二人は新人王や各タイトルの受賞が確実になるまで、更改が先延ばしにされている。


 そんな間でも、柳本のポスティングの話は追加情報が入ってきていた。

 どうも四球団ほどが手を上げて、ライガースは慰留を行わないそうだ。

 だがポスティングに関しては、去年から話はしていたらしい。

 今年が日本では最後というつもりで、投げていたのか。

 なので力を入れすぎて、故障があったのかとも思える。


 プロ野球選手は仲間で、戦友で、競い合う関係だ。

 だがお互いになあなあで済ませる関係では、絶対にない。

 ファンフェスタにも柳本が出てこなかった。

 幸いと言うべきか、日本人選手で他に、トレードの話などが出てきた主力はない。

 おおよそ事前の折衝を入れた上で、一発で合意していくらしい。




 NPBアワードも開催され、大介のタイトルの他に表彰もあった。

 上杉と大介、二人も傑出している者がいるため、他にはなかなかタイトルが取れない。

 高打率のスラッガーという、絶滅危惧種が大介だ。


 真田は新人王を取ったし、上杉は投手五冠の他にも、色々な成績ではトップの数字を残した。

 イニング数の関係で、リリーフ陣は防御率のタイトルが取りにくいが、防御率自体は先発を上回ることが多い。

 なのに上杉の方がはるかに優れているというあたり、ピッチャーの常識を覆している。


 そして大介である。

 既にシーズン中の三冠、盗塁王、最高出塁率のタイトルは得ている。

 ゴールデングラブ賞と、ベストナインにも選ばれた。

 日本シリーズMVPは既に決まっているが、シーズンMVPにも選ばれている。

 他にも色々と受賞している。

 つまるところ今年の出来高払いは以下の通りである。


 ・規定打席到達で5000万

 ・三冠王で3000万

 ・三冠、最高出塁率、盗塁王、ゴールデングラブ、ベストナイン、シーズンMVP、日本シリーズMVP、で合計9000万

 ・打率と打点と最高出塁率の従来記録を塗り替え、合計3000万

 

 つまり出来高は丁度二億になる。

 他に三つほど特別表彰があり、これでさらに来年の年俸に上積みがあるはずである。




 先に更改が終わったのは真田で、7000万で二年目を戦うことになる。

 インセンティヴとしては、先発20登板で2000万らしい。

 まあ来年も先発として出るのは確定だ。柳本が去ったのだから。

 山田を追い越して、一気に二年目からエースであるのかもしれない。


 そして大介の更改である。

 今年の年俸が、一億500万。

 これに事前に言われていた出来高分を上乗せすると、三億500万。

 さらに各種表彰でプラスされていて、三年目の年俸は三億二千万となった。

 出来高払いは、今年と同じ。

 だがさすがにここから、各種記録を塗り替えるのは難しい。

「二冠でも1000万もらえませんか?」

 大介の言葉に、その場で頷くフロントである。


 三年目で三億という、常識外れの年俸になった。

 だが同じく上杉が、五年目で四億と考えると、それほどおかしくはない。

 来年はどこまで伸ばせるのか。

 とりあえず怪我なく規定打席到達と、タイトルと表彰で、一億ぐらいは増やしたい。

「あとトリプルスリーをしても少し上積みがほしいんですけど」

 二年連続でトリプルスリーをしている男が、何かおかしなことを言っている。

 だがフロント陣は、その程度のことは許容する。

 親会社が大介のおかげで、どれだけ嬉しい悲鳴を上げているが、知っているからだ。

 それと監督なども、大介は他の選手にも言い影響を与えていると知っている。


 あとは練習環境などに対しての話をしたりした。

 どんな補強をするかなども、雑談として話したりする。

 そこでグラント、ロバートソン、レイトナー、オークレイは来年も契約するという話を聞いたりした。

 それと問題だなと思ったのは、育成契約の選手の環境である。


 大介は二軍の中に混じって練習をすることもあるため、その中の育成の面々が、なかなかコーチの目が届いていないことなどを報告する。

 コーチがさぼっていると言うよりは、明らかに指導陣の人数が足りていないのだ。

 そして若手の、ファンによる甘やかされ体質。

 ただこれはライガースも難しい問題だと思っている。

 しかしライガースは昔から、それこそ球団設立からのファンの家系などもあって、きっぱりと断ることは難しいらしい。




 大介本人の契約更改は、無事に終わったといってもいいだろう。

 だがチーム全体に対する要望などは、ベテランやスパースターが言っていかないと、なかなか伝わらない。

 下手をすれば監督などよりも、選手から直接フロントへ言った方が速かったりする。


 ともあれ契約更改自体は、すっきり済んでほっと安心の球団側であるが、大介の気にしていることはもう一つある。

 来年に行われるWBCである。

 若手を中心として作られる、プロ最強のチーム。

 連覇したチームの監督である島野が、それを率いることになる。


 監督としての責任はあるだろうが、正直なところあまり自球団からばかりは出したくないのだ。

 セの球団などは特に、打倒ライガースへ向けて、キャンプの段階から調整してくるはずだ。

 そもそも言い出しっぺのMLBが、ほとんど3Aの選手しか出してこないあたり、大会の意義は薄れていると言っていい。

「監督の権限で選べるなら、ぜひ選んでほしいんですけど」

 そして大介の口から出たのは。

「佐藤直史、大学から選べませんか?」

 それは、実は可能である。


 WBCの代表の選出基準は色々と変わっているが、日本人であるので問題はない。

 問題があるとしたら、むしろ学生野球連盟の学生野球憲章の方にある。

 しかしこれも賞金などを全て辞退してくれるなら、実は可能なのである。大学生でも。

 もちろん所属の連盟や、大学、そして本人への承諾は必要になるが。

「ついでに樋口も呼んじゃいましょう。上杉さんの球しっかり捕れるの、そうそういないだろうし」

 それもまあ、交渉次第では可能なのだろうが。


 佐藤直史は、プロには興味がないと言っている。

 だがその球速の上昇、そしてリーグでの結果を見るに、高いレベルのプレイヤーであることは間違いない。

 大介が即戦力であったように、直史も即戦力になっておかしくはない。

 新人王の真田と戦って、勝利したピッチャーなのだから。


 もちろんこの場ですぐ、返答が出来るようなものではない。

 だが可能性としては、はっきりと島野の心に残ったのである。


×××


 群雄伝更新 WBCに向けた、若手たちの集まりです。

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