第83話 金で勝負を買え

 愛知県での繁華街というのは、大介には馴染みがない。

 一応東京と関西については、先輩選手などにつき合わされ、それなりに土地勘は出来てきた。

 ライガースの地元の関西、特に大阪と、球団の多い関東の中でも東京は、やはり特別である。


 埼玉、千葉、神奈川を関東圏として、神戸を関西圏とすると、都市に付随する球団は限られる。

 球団の存在する土地としては他に、札幌、仙台、名古屋、福岡、広島あたりとなる。

 この中ではセの球団は名古屋と広島になるが、去年まだ未成年だった大介は、あまり夜更かしはしていない。

 名古屋にしてもこれまでは、あまり出歩くこともなかった。


 試合には負けたが勝負には勝った紺野は、さすがにその日に高級店になど行けるはずもない。

 なので同期や後輩などを誘って、ちょっとお高めの焼肉屋に来たというわけである。

 スポーツ選手は普通に、肉が大好きである。

 やや高級な焼肉店に20人近くで来れば、そりゃあ100万円分ぐらいは食ってしまう。

「そんじゃ紺野、ゴチになります!」

「白石よろしく!」

「へいへい。まさかこんなに早く三振食らうとは思ってなかったわ」

 もりもりと食べていくフェニックスの連中と共に、大介は自分も肉を食べる。


 さすがに他球団の中に一人は寂しかったので、黒田と大江を連れて来ていたりする。

 奢るからにはもう、二人は先輩扱いはしない。

 元々ほとんどそんな扱いはしていなかったが。


 とりあえず一杯目のビールは空けたが、大介は酒は飲まない。

 酒に限らず煙草も吸わない。体に悪いとされるものは、極力避けている。

 出来るだけ長く、現役選手として活躍するために。

 大介は野球を出来なくなることを、極端に恐れている。

 自分の父をはじめ、プロでも勝訳出来たであろう者が、ささやかな怪我などでその選手生命を絶たれることを知っているからだ。

 それに選手をやめたとして、自分にはコーチや監督などは出来ないと思う。

 ああいうのは、野球とはまた別の才能が必要なのだ。




「そういや地元らしいけど、やっぱ名徳のせいで甲子園行けなかったの?」

 この話題をされると、紺野の目は据わる。

「行きました~。二年の春にちゃんと行ってます~」

 東海地区からセンバツに出られるのは二校。

 静岡、愛知、岐阜、三重から二校である。

 だが愛知に強いチームが多いだけに、愛知から二校が選ばれてしまうということもあるらしい。


 一つ上の二年の春なら、大介はまだ入学前だ。

 それは知らなくても当然だろう。

 そしてあとは、名徳に負け続けていたということか。


 織田がいた頃の愛知は名徳が圧倒的に強く、特に三年の時は全国四強の中の一つとまで言われていたものだ。

 それを二回戦で倒したのが、大介のいた白富東である。

 上杉から一試合に二度のヒットを打った唯一の選手である織田は、高校時代は控えのピッチャーでもあった。

 他にもドラフトにかかってもおかしくない選手はいて、何人かは大学野球で活躍しているはずだ。

 プロ志望届を出さなかったのは、織田という圧倒的な才能が身近にあったため、自分ではとても通用しないと思ってしまったからだ。


 中には高校で野球は辞めて、他の道を選んだ者もいる。

 別にそれは逃げではない。

 だが織田の成績がNPBでもかなり傑出したものであるから、そういった者の中にも、プロで通用したかもしれない者は多いと思うのだ。

 大きすぎる才能は、それなりの才能をスポイルすることもある。

(よくもまあ岩崎は、こいつらに囲まれて腐らなかったもんだ)

 黒田は大介と同じチームで、甲子園でも活躍した岩崎のことを知っている。

 県大会の決勝で当たるかもしれないと思い、それなりには調べていたからだ。


 白石大介と佐藤直史の周りには、他にも巨大な才能がいる。

 そういった才能がよく、別格の才能によって潰れてしまわなかったものである。

 おおよそジンの人心掌握術が優れていたからである。




 酒が入ると若手からは、チームに対する文句が出てくる。

 やはり最下位にいると、選手の心もすさむものらしい。

 フェニックスの弱点は色々とあるが、結論からすると即戦力のドラフト獲得失敗と、外国人の失敗による。

 

 大介の知るフェニックスの若手は、大阪光陰の加藤と大谷、そして甲府尚武の諏訪といったあたりである。

 加藤はもう三年目だけに、そろそろ上がってきてもおかしくないと思うのだ。

 なにせ競合の多かったあの年の高卒で、一本釣りされたのだから。


 高卒ながら即戦力で、伸び代も充分。

 だが大阪光陰時代、ダブルエースと言われていた福島と違って、一軍での登板はまだ数えるほどしかない。

 大介の感想としては、加藤は丁寧すぎるピッチャーであった。

 むしろ雑な福島の方が、球が荒れていて一打席で攻略するのは難しかった。

 そのあたりに理由があるのか。

 荒れ球の福島はリリーフとして、今年ももう10ホールドを上げている。

 ただ去年やその前の、最優秀中継ぎ投手を争うほどの活躍ではない。


 大介の頭脳は、野球に関してはよく働く。

 おそらく分析されてきたからだ。

 プロの世界というのは、相手の分析と、そこからのバージョン変更というのが交互にやってくる。

 よくスランプ、などという言葉が使われるがあれは正しくない。

 それまでのスタイルを分析され、通用しなくなっただけなのだ。


 そこから新しいスタイルになれるか、あるいはスタイルをそのままに対応出来るか。 

 それが単にプロになれる選手と、プロで活躍し続ける選手の違いなのだろう。

 ただし、ごく一部の化け物は除く。


 大介も野球選手なだけに、今現在の野球選手のみならず、今後対戦するかもしれない選手のことも、多少は見ていたりする。

 即戦力と言われるのは、大学と社会人。

 その中ではこの間、直史がまたおかしなことをしていた。

 高校時代、大介は部内の紅白戦では、何度も直史と対決している。

 しかし正直、勝ったと思ったことは一度もない。


 直史はその気になれば、試合に勝つためにその打席で負けたりすることが出来る。

 自軍のバッターを不調にさせないために、わざと打たれたりもする。

 自分のエゴよりも、公式戦での勝利を優先。

 でなければバッティングピッチャーなど出来ないだろう。




 フェニックスの若手たちは、首脳陣に対する文句はあまりないようだ。

 他球団の大介たちがいるということもあるが、とにかく言える文句は外国人に対するものと、ドラフトのハズレ率に関してだ。

 こればかりはプロになってみなければ、どうにも分からないのだろう。


 11球団から大介が指名されたときも、懐疑的な専門家というのはいたものだ。

 大滝を指名出来た神奈川が、圧倒的に有利になるとまで言われてもいた。

 オープン戦でまだ調子が上がらない時は、鬼の首を取ったように散々に言われたし、その頃の記事は根深く記憶している。

 まあああいったやからは、どうしようもないとも分かっているのだが。

 三冠王を圧倒的な成績で取った時も、相変わらずそういったことを言う身の程知らずはいたものだ。

「へえ、その人の一年目って、どんな成績だったんでしょうな」

 こんな言葉一つで、痛烈な皮肉になってしまうものだが。


 過去にその選手が、大介以上の打率、ホームラン数、打点数を叩きだすことが出来たのか。

 そんな選手は、ホームラン数でまだ抜かれていない、外国人一人しかいない。

 別に大介だって、通算ホームラン記録の世界記録を持つ王貞治をディスるつもりなど全くない。

 野球によって人格を磨き上げたあの人は、すぐに揚げ足を取られるような馬鹿なことは言わないからだ。

 偶然に野球で大記録を残してしまった老害は、まあどうしようもないだろう。


 食いまくって飲みまくったフェニックス選手と別れ、ホテルへの道を歩く三人。

 もちろん途中でタクシーを拾うつもりではあるが。

「うちはここんところ、ドラフト当たってるよな」

 この中ではプロ三年目の黒田がそんなことを言う。


 黒田はドラフト三位で入団したが、ドラフト一位と二位の選手は、まだ一軍に定着はしていない。

 それに四位以下の選手は、一人を除いてトレードに出されたり、退団してしまったりもしている。なおこの四位が、現在正捕手争いをしている滝沢である。

 その他には故障で、球団職員となった者もいる。

 黒田の一つ上も、山田が出世頭だ。

 そして大介と黒田の間は、大江がドラ一通りにほぼスタメン定着し、何人かスタメンでなくても一軍ベンチには定着している者がいる。

 大介と同期では、山倉がローテーションに入っていて、今年は真田が新人王レベルの活躍だ。

 あとは二軍で、毛利が打ちまくっているらしい。オールスター前には一軍に上がってくるだろうと言われている。


 今のライガースはただ強いというわけでもなく、バランスのいい強さを発揮している。

 攻防のバランスもあるが、ベテランと若手のバランスなどもだ。

 不動の四番の金剛寺は、今年はややホームランは少ないペースだが、大介の後ろで打点を量産しているので、大介が勝負されるようにサポートしている。

 ピッチャーではどっさりとベテランが抜けたが、毎試合帯同するセットアッパーの青山が、全体のモチベーションを保っている。

 リリーフ陣がベテランで安定していることが、今年のライガースの一番の強さかもしれない。もちろん大介の異次元打撃も大きな原因ではあるが。




 一緒に飯を食べると、たとえ試合では敵味方でも、プロ選手には共感が生まれる。

 なんだかんだ言って他の球団の選手とは、本当の意味で競い合うことは少ない。

 競う相手は同じチームの同ポジションだ。

 それも大介の場合は、先輩で名手と呼ばれた石井を、セカンドに追いやって競争相手がいない。

 そもそも逃げ出していくから、今度のような無茶な企画も通ったもので。


 次の日からの試合において、やはり大介への四球は減らない。

 ただランナーがいて歩かせることが出来ない場面では、相手のピッチャーの本気度が上がってきたと思う。

 それで封じられるなら、そんなに簡単なことはないのであるが。


 結局この三連戦において大介は、また打率を下げていった。

 だが三試合で六打点を稼いで、打点王の競争では圧倒的なトップを保ち続けるのである。




 そして、いよいよやってきた。

 対神奈川との三連戦。

 大介の宣言以来、初めての上杉との対決である。


 今季の上杉は大介に対抗しているというわけでもなかろうに、異常なペースで登板をしている。

 現代では中六日のローテが主流となっているが、上杉はこの年、ローテが崩れた時などは、平気で中四日で登板などをしている。

 それが何度もあるので、先発数がぐんぐんと積み重なっている。

 ここまで15登板で、全て先発。

 12勝しているが、これはまだ六月の段階である。去年と同じく今年も試合の消化は順調であり、おおよそシーズンも半分を過ぎた。

 それにしても12勝無敗というのは、相変わらず常軌を逸した成績である。


 上杉を知らない人間は、あれこそまさにメジャーに挑戦するべき器だなどと言う。

 だが上杉は、日本人の観客の前以外で投げることに、さほどの意味を見出していないのだ。

 そんな価値観を持っているおかげで、神奈川は観客動員数を爆発的に上げられるというわけである。

 

 舞台は今度こそ甲子園。

 今年上杉との対決は二度あったが、両方ともビジターであった。

 そして二試合とも、一点も取れていない。大介を上手く打点がつかないように封じられたからだ。


 上杉はまだ序盤で肩が暖まっていないとかではない限り、大介ともしっかりと勝負してくる。

 実はシーズン中の対戦では、それなりに大介の方が上回ってはいるものの、試合自体は神奈川が勝つことが多いのだ。

 今年は九打数の二安打で二三振。

 去年は12打数の五安打で三三振。打点も三つついている。

 ただし完全試合をやられているので、全体の印象としては敗北だろう。

 あとクライマックスシリーズでは、八打数の一安打で二三振しているので、これも負けたと言えよう。

 大介と上杉の決着は、まだ全然ついていないと言えるのだ。




 中六日で、上杉勝也が投げるということ。

 それは相手球団にとっては、どう負けるかを考えるかを考えるレベルの話になる。

 点を取って負けなら、まず大健闘。

 ラッキーなのはそこそこの点差がついた時点で降板し、そこから逆転をすることだ。

 完封でもまあ仕方がないが、ノーノーやパーフェクトは勘弁してほしい。


 だがここに一人、万全状態の上杉と戦えることを喜ぶ戦闘民族がいる。

「ウエスギはどうしてメジャーに挑戦しないんだ? いや、ダイスケもだが」

 一年長くライガースにいるレイトナーに、グラントは尋ねてみたものである。

 そのレイトナーは、馬鹿なことを言うなこいつ、と思ってしまったりする。

「今の年齢じゃMLBに行っても買い叩かれるだけだろう」

 そういう問題がある。


 MLBはNPBと同じように、FA権というものが存在する。

 それとはまた別に、年俸調停というのも存在する。これは日本にも存在するのが、有名無実化していると言っていい。

 NPBよりもはるかに高い年俸を誇るMLBであるが、若いうちには年俸は上がりにくい。

 若手の選手がそれに不満を持ち、マイナーから日本にやってくるということもある。

 大介もだが上杉も22歳と、まだ若すぎるのだ。

 ただMLB経験のある選手から見ても、あの二人は突出していると思う。


 単純にMLBで通用するかという選手であれば、NPBのトップクラスの選手は多くがそれなりに通用するだろう。

 だがMLBの中でもトップクラスの成績を残し、一億ドル以上の長期契約を結べる選手となると、さすがに少ないはずだ。

 しかしバッターのレベルが比較的低いはずのNPBではあるが、アメリカのマイナーの3Aよりはだいたい上である。

 その中で平然と完封をする上杉は、MLBの鬼のようなローテの中でも、耐えられる力があると思うのだ。


 まあ、それはとりあえずは関係ない。

 助っ人外国人たちは、あるいはMLBでの契約を目当てに、あるいは来年も日本での契約を目的に、全力を尽くすだけである。

 甲子園における、対神奈川との三連戦。

 先発は上杉と真田。

 共に超高校級と言われながら、一度も甲子園の優勝投手になれなかった同士の対戦である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る