第82話 挑戦状

 交流戦が天候などで送れず、速やかに終了したことにより、わずかながら選手たちは休みを得られた。

 それでも練習を休めないのが、野球ジャンキーである所以だ。

 そんな大介に、取材が入っていたりする。

 いくら練習とトレーニングをしようと思っても、休養だって必要な要素であることは間違いない。

 球団広報からの要請もあり、大介はインタビューを受けることになる。


「今日はありがとうございます。よろしくお願いします」

 スポーツ新聞の記者であり、まだ年の若い30歳ほどの男である。

 基本的に大介はマスコミを信用していないが、直史ほどの嫌悪感は持っていない。

 煽られてもそれ以上の結果を残し、批判を封じ込めてきたからだ。

 ただそれでも最近は捏造が激しいので、ICレコーダーを隠し持つようにはしている。

 全く、知れば知るほどマスコミはクソである。


 ただいつも怪しい記事を出すこのスポーツ新聞の記者は、そういったところは分かった上で、ちゃんと取材をしてくれるそうだ。

 とりあえず年下の大介に対し、ちゃんと丁寧な言葉をかけてくるだけでも、好感度は高い。

 もっとも、ここから裏切られることはいくらでもある。


「ずばり白石選手、四割打者の誕生が現実性を帯びてきたのでは?」

「ん~、確かに四割を達成するだけなら、まあ可能だろうとは思います」

 大介は野球バカだが、地頭自体はそんなに悪くないので、ちゃんと発言には気をつけるのである。

「自信がありますか?」

「打てる球だけを打っていけば、それで四割にはなると思うんですよね。でも俺に期待されてるのは、四割じゃないんじゃないかな、って」

 とりあえず去年、優勝という結果は残した。

 今年は連覇が期待されるのかもしれないが、プロ野球には勝つこと以上に大事なものがある。


 それは、魅せること。

 大介は守備でも、そこからのスローイングでも魅せることが出来るし、フォアボールで逃げられた後に、報復で盗塁をしかけることも多い。

 守っても走ってもいいが、一番期待されるのはやはりバッティングである。

「ここから頑張れば、とりあえず61本打てるんじゃないかって思うんですけどね」

「今年は勝負を避けられてますからね」

「なんかいい方法ありませんかね?」

 インタビューのはずなのに、逆に問いかける大介である。


 だが記者にとっても、それは大きな問題であった。

 大介が逃げられすぎると、試合が面白くなくなってしまう。

 今はボール球でも打てる球は強引に打ってしまっている大介だが、それを見逃して打ちやすいボールだけを打つならば、少なくとも打率は維持出来る。

 しかしそこまでフォアボールが多くなると、打点やホームランが少なくなってしまう。

 大介の場合は出来高に、各種タイトルの達成が含まれている。

 打率が下がるとは言っても、打点やホームランを狙っていかないと、年俸の上がり方にダイレクトに響くのだ。


 実際のところ大介の打つボール球は、相手のピッチャーも気を抜いて投げている場合が多い。

 なのでボール球でも平気で打つと言われても、真っ当に勝負されたほうが打てない確率すらある。

 だがそんな大介の主張を聞いても、記者はその裏を読む。

「またそんなこと言って、勝負するような記事を書かせたいんでしょ」

「そうですね」

 あっさり認める大介であるが、本当にこれは困っていることなのだ。

 勝負どころではボール球でも打ってしまうので、得点圏打率や決勝打を打つ確率がどんどんと上がっていく。

 するとまた勝負されなくなるので、悪循環なのだ。




 ふうむ、と記者は考え込んだが、手持ちのスマホでデータを持ち出してくる。

「要するに、相手に自分と勝負させるのが必要と。それでボール球まで打っているわけですけど、それでも今年はここまで、16個しか三振がないんですね」

 普通スラッガーはフルスイングするため、三振の数も多くなる。

 だが大介は去年も50回しか三振しておらず、今年はそれよりも少なくなりそうだ。

「出来高の内容とか、教えてもらえませんかね? もちろん他言無用にしますが」

 怪しいとは思ったが、大介は普通に教えた。

 その内容はやはり記者を驚かせるものであったが。


 だが、この記者は面白い発想を持っていた。

「こういうのはどうでしょう」

 そして提案されたのは、大介にとってもリスクはあるが魅力的なものだった。


 大介にとって困るのは、とにかく一方的に勝負を避けられることだ。

 もしそれがなかったら、成績はもっと安定して残せる。

 そのために必要な費用は、ある程度覚悟してもいい。

 現在の出来高条件を考えれば、損にはならないように思える。


 細かいところまで詰めてみたが、なかなか魅力的ではある。

 ただこれを大介の一存でやってしまうのは問題だろう。

「監督と、あとは球団の人にも確認しないといけないかな」

「やるなら早い方がいいですね」

 頷いた大介は、許可を得るために早速連絡をするのであった。




 何を考えているのか。

 いやもちろん、ちゃんと計算したことは、電話でも聞いた。

 だが監督の島野でさえ、それはすぐに許可出来るものではない。

 間違いなく効果的だ。少なくとも球団としてはおいしい話になるだろう。

 なにしろ球団の懐は痛まないし、あるいは他の球団が似たような査定ポイントを設けるかもしれない。


 しかし成立したとして、本当にいいのだろうか。

 球団の顧問弁護士などにも確認して、当初案は修正する必要がある。

 おそらくそのままでは、さすがにまずいからだ

 大介のこの挑戦状が一般化したら、今後も色々と問題が起こりかねない。

 もし他にもこんなことをするやつがいたとしたら、と考えもするが、大介以外ではさすがにこれは成立しないだろう。


 何より、話題になることだけは間違いない。

 そしてリスクもリターンも、得るのは大介であるのだ。

 少なくともこれは、八百長にはならない。

(ほんまにええんかな……)

 効果があるかどうかはともかく、話題にはなる。それだけで球団としては大成功だ。リスクもリターンも大介だけのものなのだから。

 しかしこんなことを吹き込んだ記者は、今後気をつけておいたほうがいいだろう。




 その日、とあるスポーツ新聞は一面で報じた。

『白石大介からの挑戦状 俺から三振を奪ったら100万!』

 それはとてつもなく傲慢だが、センセーショナルでおいしい話題であった。


 四球攻めにあってボール球を無理に振ってヒットにしてしまっている大介。

 それをどうにかするために、こんな企画を立ててみたわけだ。

 もしも試合にて大介と対決し、見事三振を奪ったら、大介が100万以内で食事を奢るというものである。

 

 今年の大介はここまでに、既に68回歩かされている。デッドボールも合わせれば69回だ。

 それに対して三振の数は、わずかに16個。

 ホームランバッターというのは普通、三振の数も増えるものだ。

 たとえばフライボール革命以降、MLBでは三振の数がどんどんと増えている。


 四球の四分の一以下しか三振していない大介は、それでもボール球を打ちにいって三振となったりしている。

 実際のところはそういったパターンより、際どい球の見逃し三振の方が多いのだが。

 大介のストライクゾーンは、NPBとMLBを合わせたものに、自分に当たりそうな球まで打ってしまうというものだ。

 さすがにこれを狙ってヒットにするのは難しく、野手の正面をついてしまうことがある。

 なのでランナーがいる時は、ゲッツーを防ぐためにちゃんと避けていたりする。


 若き三冠王が、また無茶苦茶なことを言い出した、と世間は思うが、おおかたは好意的だ。

 相変わらず時代錯誤の人間が、こんなピッチャーを侮辱するようなことを言うべきではない、などと言ったりもしているが、大介の成績に関係のない人間の戯言である。

 この発言に対して大介は普通に肯定する。

「いや~、だってこの時点でもう69個ですよ? シーズン中に140回も敬遠されるとなると、たまったもんじゃないっしょ」

 逃げているというのは、どのピッチャーにも言えることだ。

 大介から逃げていないのは、本当に上杉ぐらいである。

 あと実は、金原も上杉と共に、今季一試合において、二つ以上の三振を大介から奪ったピッチャーである。


 この割合で三振を奪われていくと、おそらくシーズン中に40個ぐらいになるだろうか。

 100万をそれだけ使っても、4000万円。

 出来高払いを考えれば、大介にとってはそれほど痛くはない。

 むしろこんな条件で対決してくれるピッチャーが増えるなら、おいしいことではないか。


 こんな面白そうな話題を、マスコミが取り上げないわけがない。

 そして出てくる数字が、今季大介から三振を奪ったピッチャーの名前である。

 なんと大介から複数回の三振を奪っているピッチャーは、四人しかいなかった。

 神奈川の上杉、大京の金原と吉村、広島の海野だけなのである。

 吉村は割とホームランを打たれているイメージがあるのだが、実際の数字を拾ってみると、対大介の成績は良かったのである。

 それは吉村がそれだけ、大介との勝負に慎重であるからだが。




 100万円規模の食事。

 別に高級焼肉だろうと、中華やフランスのフルコースだろうと、そこまでならば大介が支払う。

 お前正気か、というメッセージが古くからの知り合いから送られてきたりはした。

 もちろん正気ではない。

 だが本気である。


 このまま逃げられ続けて、成績を残せない方がやばい。

 もっとも四割記録に関してならば、このまま逃げられ続けた上で、甘い球だけを狙っていけばいいのであろうが。

 だが打点とホームランを稼ぐためには、どんどんと勝負してきてほしい。

 大介的には打率四割よりも、ホームラン記録の更新の方が重要なのだ。


 散々話題にされている中、ちゃんと事前に相談を受けていた球団は、来年からの大介の出来高に、一つの条件をつけようと考えていた。

 30本以上ホームランを打てば、そこからは一本ごとに出来高100万円というものである。

 おそらく大介の奪われる三振の数は、年間で50個ほどになるであろう。

 それに対してホームランを50本打てば、出来高が2000万円ついてくる。

 残りの3000万円は、自分の年俸から出してもらおうではないか、と。


 3000万円。

 大介にとってもはした金ではないし、他の多くの野球選手にとっては、自分の年俸を超える金額である。

 これに対して大介は、さらにもう一つの条件をつけることになる。

 50本以上のホームランを打てば、一本ごとの出来高を200万にしてほしいというものである。

 つまり60本打てば、合計で4000万円となる。

 なおこのホームランによる追加は、翌年の年俸には反映されない。

 さすがに50本以上も打つというのは厳しいので、球団はこれに頷くことになる。


 甘い。

 世間はまだ、白石大介という人間を分かっていない。




 交流戦明け、ライガースの最初のカードは、甲子園におけるタイタンズとの三連戦である。

 ライガースの先発は、ついに柳本と山田に次ぐ三人目のエースとして扱われるようになた真田。

 そしてタイタンズはエースの加納が先発である。


 加納は誰もが認めるタイタンズの大エースであるが、実は今季は大介から三振を奪っていない。

 むしろ去年から数えても、大介を圧倒的に苦手としている。

 それに可能にしては、別に100万円の料理など、自分で注文すればいいだけなのだ。

 よって無理に大介と対戦しようとは思わない。


 エースが甲子園で逃げていては、仕方のないことだがタイタンズの士気は上がらない。

 対する真田は怖いもの知らずで、ポンポンとストライクを投げてくる。

 両チームの得点は、そんな真田が出会いがしらに、一本のホームランを打たれて始まった。

 大介は第一打席に歩かされて、その後の金剛寺のツーベースでホームを踏んでいたが、二打席目も避けられる。

 ここから盗塁を一個稼いで、そしてまた後続の打撃でホームを踏む。


 真田は序盤に一点を奪われが、むしろそこからやる気が出てきたのか。

 七回までに10個の三振を奪って、4-1で勝利投手の権利を持ってお役ご免である。

 この日、大介はホームランはおろかヒットもなかったが、走り回って勝利には貢献した。

 最終的なスコアは4-2で、ライガースの勝利である。


 三連戦の第二戦は、タイタンズは外国人投手が100万狙いに大介と勝負してきた。

 その第一打席で、見事にホームランを打つ大介である。

 結局そこから二打席ほど野手正面の危険な打球を放つと、最後の一打席を歩かされて、また三打数の一安打(という名のホームランで)大介の打率は下がってしまう。

 なおここでは、結局三振は奪われなかった。


 第三戦は雨で中止。

 結局ぶち上げた、大介の100万円分奢っちゃおう作戦は、初動では面白い動きは出なかった。

 そして舞台は、ピッチャー有利のNAGOYANドームに移る。

 今季も最下位の中京フェニックスが相手であるが、ここ最近はやや成績が良化している。

 今年もシーズンは諦めて、若手選手に機会を与えてみれば、これが意外と健闘してくれているからだ。

 もっともフェニックスは勝ち頭の釜池もまだ28歳と、ベテランが上を塞いでいるというチームでもないのだが。




 三連戦の第一戦は、その伸び盛りのピッチャーである紺野。

 21歳の若い力が、ライガースを迎え撃つ。


 ふと首を傾げる大介である。

「21歳ってことは俺の一個上の年代だけど、全然聞いたことがないんだけど」

 まあ地方大会で関東でもなかったら、それは確かに耳には聞こえないだろう。

「確か地元愛知の選手だったはずだぞ」

 そう説明されると納得である。

 織田と同年代ということは、名徳に阻まれて甲子園に出ていないということか。


 高校時代は全く知らなかった選手でも、球団のスカウトはしっかりと目をつけてドラフトにかけていく。

 ドラフトの順位は四位で、即戦力級のピッチャーではなかったのだろう。

 だが一年目から一軍の試合には出て、何試合かは投げている。

 去年はリリーフでそこそこ使われていて、今年もまたリリーフかというところ、先発に試されて一勝したというところらしい。


 伸び盛りの選手を、首位のライガースに当てるというのは、また無茶なことをするものである。

 上手く抑えて自信をつければいいが、打たれて折られれば立ち直れないかもしれない。

 かといってこれをチャンスと考えられないのなら、やはりプロでは長く続かないのだろう。


 大介は三打数一安打で、また打点を増やした。

 そして一打席を三振し、そんな紺野に食事を奢ることになるのである。



×××



 人気投票もかねて群雄伝の次のお話を誰メインにするか決めようと思います。

 ここでもいいですし他の第四部でもいいですが、好きな順番にキャラを三人挙げてください。基本は男キャラですが、女キャラでもいいです。

 三点、二点、一点の順番で点数化して、今後の外伝を書く参考にしたいと思います。なお、作者が完全に忘れていて、未来を考えていないキャラもいると思います。

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