第81話 止まらない
交流戦は、本気で日本一を目指すチームにとっては、勝負を避けられない戦いである。
たとえここまで大介が化け物のような数字を残していても、ここでは勝負してより詳細なデータを得る必要がある。
だがライガースも去年の三連敗を意識して、しっかりと先発を揃えてきている。
柳本、山田、琴山の三人。
強打者の多い福岡であるが、柳本と山田は、リーグ屈指のピッチャーである。
これが打たれてしまうのだとしたら、根本的に打撃力に差があると考えなければいけない。
初回、先頭打者にクリーンヒットを打たれた柳本。
立ち上がりから安定している彼にしては、珍しいことである。
だが柳本も元はパのピッチャー。相手も柳本に慣れているが、柳本も相手の情報は持っている。
その情報を、ほんのちょっと上回って成長している者もいるわけだ。
基本的に先発完投を目指している柳本だが、ペース配分を考えすぎていては、この相手には勝てない。
幸いと言ってはなんだが、今のライガースはリリーフ陣が安定している。
球数を多めに使って、四番までを凡退させた。
「厳しい試合になるぞ」
柳本が少しでも弱気に聞こえることを言うのは珍しい。
だがその通りになりそうだ。
福岡は打撃のチームではあるが、ピッチャーが揃っていないわけではない。
特にライガースの相手には、ローテーションを調整してエース級を当ててきた。
この第一戦は武内。福岡の中でも若手ではあるが、既に一度沢村賞を取っている。
毎年なんらかのタイトルは取っていく、間違いのないエースである。
だが大介には関係なかった。
第一打席でいきなり、ツーランホームランを打ってしまう。
ランナーがいる状態で大介と対戦するのは、あまりにもリスクが高い。
下手をすれば満塁でも、得点差があるなら敬遠した方がいいぐらいである。
だが福岡はあまりその辺は考えず、あっさりと勝負してしまった。
勝敗よりも情報収集を重視したのかもしれないが、あまりに不用意である。
だが、福岡コンコルズも、単に勝負をしただけではない。
二打席目は際どいところを突いてきて、単打に終わる。
点につながらなかったという意味では、福岡の勝ちだったといえるのかもしれない。
柳本は初回からペースを崩さずに投げていくが、それでも失点はする。
ただ開催が甲子園のセ・リーグルールということもあって、ライガースには有利に展開する。
セもルールということは、DH制がないのだ。
打つことは得意だが全く守備が出来ない外国人選手を、使うことが出来ない。
だがセのピッチャーはバッターとして立った場合、ピッチングに影響が出ないことを求められるので、単純な打撃力ではセのチームが有利とも言えない。
せいぜいがピッチャーのところで代打を出すタイミングなどが、セの首脳陣が慣れていることだろうか。
実際は交流戦が開始されてから、パのピッチャーは気分転換にバッティングの練習をすることが多く、交流戦でも案外打ってきたりする。
そもそもピッチャーなどというのは身体能力の化け物であり、高校時代までは普通にクリーンナップを打っているものなのだ。
実際大介は、大阪光陰のバッターの中では、後藤の次ぐらいに真田が優れていたと思っている。
タイタンズの本多なども、四番でエースであった。
そこらの公立ではなく、全国制覇を狙うチームの中でだ。
大介の関わらないところで追加点が入る。
ライガースは七回からリリーフでつないでいくが、ランナーを三者凡退でしとめることが出来ない。
それでも失点まではしないことが、今のライガースの強いところだろうか。
福岡の強力打線を、どうにかリリーフ陣が封じて4-2の勝利。
これで大介は、福岡相手に初めて勝ったことになる。
そしてこの試合でも、一打席を歩かされて三打数。
ホームランと単打で、安打も打点も稼いでいく。
現在のセ・リーグでは、上杉のタイトル独占を、誰がストップさせるかということが話題になっている。
開幕に出遅れたとはいえ、柳本はここまで九先発で七勝の無敗と、かなり対抗馬として上げられている。
完投の多いところも評価ポイントだ。
だが今年、上杉はまだ引き分けはあったが一度も負けていない。
勝率では10割で並んでいるが、勝ち星や奪三振では大きく差を開けられている。
他のチームでは加納や東条の名前が上げられるが、上杉ほどの絶対性はない。
そしてこの翌日、柳本は当然ながらノースローでる。
しかし軽く体を動かして、疲労を抜くことを考えていて、走り始めたところで脇腹がぶつり。
肉離れで、一ヶ月弱戦列を離れることになったのである。
山倉に続いてエース柳本の離脱。
一年を通して戦うということが、どれだけ難しいかを象徴している出来事と言えよう。
おそらく万全を期して、オールスター明けに復帰することになるだろうか。
オールスターに出なくて済む理由が出来て、柳本のようなローテピッチャーには不幸中の幸いであったろう。
それはともかく、福岡戦は続く。
ちなみにこの第一戦で、大介は今季初めてのデッドボールを食らった。
ライガースは柳本の離脱に不安を感じながらも、もう一枚のエース山田が奮起する。
山田も今季は10先発で五勝一敗と、勝ち星先行の素晴らしい成績を残している。
もっとも負けていないという点であれば、真田の方がもっと凄い。
七先発で五勝無敗と、高橋が落ちたローテを、完全に回している。
もっとも山倉と柳本の離脱で高橋ともう一人、ローテに上がってくることになるが。
山田が先発したこの試合、またも大介は一打席を逃げられるが、前にランナーがたまった状態でタイムリーツーベースを打ち、打点を積み重ねていった。
去年は三タテを食らった相手に二連勝というのは、もし日本シリーズで戦った時に精神的な優位に立てるだろう。
だが三戦目は琴山で落とす。
琴山は去年途中からローテ投手に戻ったが、はっきり行ってリリーフの時の方が数字は良かった。
だがここまで勝ち星先行でローテを回している以上、また中継ぎに戻すという選択はありえない。
去年は途中からローテに回り、15登板で四勝四敗。
リリーフ時代のホールドなども合わせて、今年はかなり年俸も上がっている。
打撃のチームとの試合であったのに、やはり大介は二度も、明らかに逃げたフォアボールで塁に出た。
福岡としても今年はリーグ戦が混戦気味なため、あまり無理な挑戦は出来なかったということだろう。
とりあえずライガースは福岡相手にも、二勝一敗で勝ち越したことになる。
甲子園での交流戦は終了だ。
残りの二カードは、相手の本拠地で行われるアウェイだ。
最初に北海道との三連戦で、次が東北との三連戦。
去年は無理だった交流戦優勝が、かなり現実味を帯びてきている。
去年はホームで対戦したため、大介が札幌ドームを訪れるのは初めてになる。
季節は六月に入り、本州ではそれなりにじめっとした天気になるが、北海道はカラッとしている。
もっともドームであるから、試合にはそれほど関係ないのだが。
この三連戦ではおそらく、大介の同期である島が二戦目に投げてくる。
去年のパの新人賞こそ取れなかったものの、特別賞には選ばれていた。
前年の対戦でも同じく二戦目で投げてきて、大介が打てなかったわけではないが、先発ピッチャーが点を取られて負けている。
だがそれは第二戦の話であり、まずは目の前の第一戦である。
北海道は現在、あまり調子が良くない。
中軸を打つ選手がFAで移籍したからであるが、さすがに競合で取ったドラフト一位の後藤も、一年目からその穴を埋める活躍は出来ていない。
ここまでの試合の半分ほどをスタメンで出場しているのだが、ホームランはまだ五本だけだ。
いや、普通なら新人がこの時期に五本なら、それはたいしたものなのだろう。
だが高卒新人の記録は、もう大介が不滅の金字塔を立ててしまった。
おそらく今後数年間、新人の野手はこれと比べられて、気の毒な思いをするだろう。
なおこの二年は投手が、上杉と比較された可哀想な思いをしている。
この試合、先発は二軍で調整をしてきた高橋。
二軍の試合でもあまりピリッとしたところはなかったらしいが、高橋は完全に技巧派になって、どうにか大量失点を防いで五回まで投げるというのがここ数年であった。
今年はそれに失敗した試合が多かったわけだが、あと五勝で200勝。
どうにか今日の試合も勝ってしまいたいものである。
二回の裏、五番の後藤にツーランホームランが出て、試合は動き出した。
四回の表には、大介のソロホームランが飛び出る。
そしてまた北海道がホームランを打って、ライガースもグラントにホームランが出る。
なんとも大味な試合の展開である。
ただ点の取り合いというのは、大介にとっては悪くない。
あちらも点を取られることを覚悟して、それなりに勝負してくれるからだ。
三打席目に打ったのは、今季初めてのスリーベースヒット。
打点もつくし、自分でもホームを踏む。
四打数の四安打と打撃が炸裂し、四打点。
12-10という、今季最多失点での勝利となった。
だが高橋には勝ちはつかなかった。
二戦目は真田と島による、サウスポー同士の投げ合いだ。
昨日とは違って投手戦となり、その中で避けられ気味だった大介が、またも甘くない内角の球をスタンドに運ぶ。
三点差のついた状態で、真田はリリーフ陣にマウンドを譲る。
そこから点を取られたものの、同点にまでは届かず、真田の勝利投手の権利は動かずに試合終了。
前半戦もまだ終わっていないというのに、真田はもう六勝である。しかも負けがない。
さすがに上杉ほどではないが、一年目の高卒ピッチャーとしては充分すぎる出来だ。
今のところセの新人でこれほどの活躍をしている者はいないので、おそらくこの調子なら真田が大介に続いて、二年連続でライガースからの新人王となるであろう。
三試合目はさすがに勝負を避けられる大介であったが、それでも打点は積み重ねていく。
結局北海道ウォリアーズとの三連戦は、ライガースの三連勝で終わったのである。
交流戦の第三カードからは、六月の試合となっている。
その中で大介は打っていくのだが、恐ろしい数字がまた出てきた。
何度こいつは恐ろしい数字を出すのかと、野球界のみならず世間的な関心を持たれている。
五月の数字が打率0.372で、ようやく化け物も普通の化け物らしくなったと言われていたが、六月の12試合では43打数の20安打と、まだ打率を四割台に上げた。
比較的歩かされることが少なかった。そしてバットの届く範囲に投げられれば、大介は打ってしまうのだ。
12試合で七本のホームランを打ち、22打点。
とにかく大介が打てば点が入るという状態が続いている。
交流戦はチームとしても12勝5敗の1分と、優勝を果たした。
九本のホームランを打って27打点の大介がMVPに選ばれたのは当然のことである。
そして優秀選手賞には上杉と織田が選ばれていたりする。
チームが別であれば、三勝した真田も選ばれていただろう。
プロ野球界全体が、若い力が全体を押し上げつつある。
大介と上杉だけではなく、その間の世代から、一気に入団二年目の選手たちが、それぞれのチームの主力となりつつある。
吉村、玉縄、福島、織田といったあたりは、完全にチームの主力である。
また大介と同じ年代では、井口、金原、上杉正也、島といったところも、完全にスタメンであったりローテに入ったりしている。
今年の新人では、アレクと後藤がスタメンに入り、真田がローテを回している。
新しい時代だ。
はっきりと分かるほど、上杉以前と上杉以降で、突出した選手の割合が変わってきている。
その中で育成に定評のあるはずの福岡が遅れているのは、少し皮肉かもしれない。
だが間違いなく、日本のプロ野球界は、新たなステージに進もうとしている。
投打の極みとも言える二人が、それを押し上げている。
交流戦によってパ・リーグにも、その影響が強まっている。
交流戦が終わって、数日間の予備日が休養となる。
もちろんその間も、選手は練習をしているわけだ。
若く体力のある選手たちが、その技術を研鑽している。
そしてまた、リーグ戦が始まる。
五月になって落ちたはずの大介の成績は、再び上がってきていた。
68試合が終わった時点で、通算打率は0.423 OPSは1.492 打点が92の本塁打が28。
まだ、68試合しか終わっていない時点でこれである。
去年の190打点と59ホームラン。
上回る可能性は、充分以上にある。
そもそも去年だって、成績が上がっていったのは八月以降であったのだ。
何より驚異的なのは、その打率。
交流戦が終わっても、全くその打率は落ちなかった。
日本プロ野球史上初の四割打者が、その実現未を帯びてきた。
なおこの時点で大介は、三冠王の全てでトップを走っているのだった。
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