第80話 高いレベル
日本で最も西にあるプロ野球球団福岡コンコルズは、現体制になってからほぼほぼずっとAクラスに毎年入る、強豪球団である。
その強さの秘密はスカウトと育成にあると言われているが、特に育成の能力は高いと言われている。
通常のドラフトとは違う、育成ドラフト。
そこから何人もの主力を輩出してきた、まさに育成に定評のある球団と言えるが、実際のところはかなりの博打である。
ドラフト以降は完全にエリート街道に乗った大介としては、育成契約には選手側にメリットがないように感じる。
立場は不安定だし、収入も少ないし、出場機会やアピールの場もない。
そう思えるのは甲子園に出てばんばんとホームランを打っていた大介だから言えることである。
「俺も甲子園に行かなかったら、育成ドラフト指名だったかもしれないしなあ」
そう言うのは最後の夏に、白富東を破って甲子園に出場、ベスト4まで勝ち進んだ勇名館出身の黒田である。
なんだかんだ言って、関東圏にいる人間は有利なのだ。
同じ面積の中でもすぐにスカウトが見に来て、そして逆に対戦相手の方に素材を発見したりもする。
「クロちゃん、甲子園行かなくて育成だったら入ってた?」
大介の質問に、黒田は首を振る。
「俺は大学に行く予定もあったから」
育成指名というのは、それほどのギャンブルということか。
ただ企業としての球団からすれば、期待値の低い人材に、そこまでリソースをかけるわけにはいかないということでもある。
かつては社会人野球が受け皿になっていた、高卒や大卒段階でもまだ評価の確定しない選手は、社会人野球チームがなくなっていった時代に、どうにか受け皿を増やさなければならなかった。
育成という枠が出来たのは、それが大きい。だがその運用が上手くいっていないチームがあるだけに、セイバーの暗躍の余地もある。
ライガースにしてもこれまで育成出身で、一軍に完全定着したのは山田ぐらいである。
そんなライガースもそれなりに金は持っている球団のはずだが、なぜ育成から出てくる選手がいないのか。
問題は金ではなく人であるからだ。
育成で取ってくる選手というのは結局のところ、球団の自己満足なところがある。
大介にしても同期で入った育成の二人以外にも、こんなやつが通用するのかと思った選手は、二軍の支配下登録の中でも何人もいた。
その支配下登録以下の育成から、よく山田は飛び出てきたものだなと、実情を理解すると思えてくる。
真田と毛利以外にも、今年大介の後輩として入ってきた選手はいる。
高卒はポテンシャル重視、大卒社会人は即戦力期待というのが一般的な見方であるが、大介に真田と二年連続で、即戦力クラスの高卒が入ることもある。
結局言えるのは、高卒だろうが大卒だろうが、実力があれば通用するのである。
大介の見る限り、ライガースはある程度の情実人事がある。
コーチにしても無能というか、あまりコーチをしていないコーチがいるのは、二軍球場でもそれなりに練習をする大介には分かってきた。
これはコーチよりも球団の問題なのだろうが、伝統のある球団だけに、どうしても過去の有名OBがいて、それを球団の顔としてコーチなどに採用していくわけだ。
そしてこれが問題なのだが、一軍のコーチをやらせるのは難しいだろうからと、二軍のコーチなどにしてしまう。
いやそれ逆の方がマシ、と大介は思う。
一軍にいるような選手は、おおよそもう自分なりの調整法を知っている選手だ。
二軍にいる選手こそ、まだ技術が未発達だったり、調整能力が不足なため、指導力が必要になる。
大介が入団した時、白富東のメソッドを公開したが、それを学んだ大江や黒田が、急激に実力を上げてきたのはそれである。
知らないうちにコーチをしていて、いつの間にか最強球団を形成していたって、それどこのラノベ?
プロの仕事というのは勝つことだと、大介は思っていた。
だが実際のところ、それは勘違いであったと分かる。
それよりもまず興行的に成功することが大事だと言われたが、つまりそれが勝つことではないかと思っていたのだ。
実際はとにかく、観客を入れてグッズを売ることが重要である。
その点大介などは、ユニフォームのレプリカも散々に売れていて、その分の収入も入ってくる。
もっともバットに関しては、普通の人間だと扱えないものだと分かっているので、取り扱いはないのだが。
「園田はさ、変化球どうなんよ」
同期入団した育成二人は、まだ育成のままである。
大介の目から見ると、強いピッチャーとなると大原でも失格レベルなので、あまりピッチャーの才能に関しては考えないようにしている。
だがとりあえず、初見で自分が打てないなら、そいつにはプロになるだけの基礎はあると思うようになった。
一番対戦したい相手は、絶対に対戦出来ない。
大介がのんびりとしているのは、今日のノルマは終わったから。
投げ込みをしている園田は、まだ体が出来ていない。
高校を卒業して二年目というのに、まだ伸びているのが、本格的に鍛えられない理由だ。
大介からするとこういうのこそ大学に行けばいいと思うのだが、家の経済状態でそれは厳しかったらしい。
貧乏と言うほどではないが、けっこう遠慮して野球をやっていた大介だけに、力になれるならなっておきたい。
それで一軍にまで上がってくるならいいことだし、もしそれが無理でも二軍未満の育成で頑張る人間がいれば、チーム全体にいい影響を与えると思うのだ。
こういうのを、遣り甲斐の搾取と呼ぶのかもしれないが。
「変化球、一応試してるけどな」
ストレートとスライダーしかない園田は、そのままではせいぜいリリーフとしてしか通用しない。
それもセットアッパーではなくワンポイント、左バッター相手というものだ。
園田と三谷のピッチャーとしての素質は、左投げということぐらいである。あとは球はそこそこ速いが、プロにならいくらでもいるレベルである。
大介も育成と本指名との差は聞いている。
本指名は野球の基礎があった上で、そこから長所がある者。
育成は基礎自他が足りていないが、どこか飛び抜けたものがある者。
育成の年俸は240万円で、大介の40分の一。
それでもプロへの夢を諦められず、その門の前にいる。
元々変化球を投げるのが苦手な園田は、握りで変化するツーシームやカットボールを投げようとしている。
だが変化が安定しない。
簡単に変化球をぽんぽんと投げる直史や、そこまでではなくても岩崎や武史を知っていると、変化球が投げられないというのが大介には分からない。
投げることを毎日やってるんだから、一年もやってたら投げられるようになるだろうと思うのだが、こいつは基準がおかしすぎる。
「ナックルカーブやってみるか?」
大介の提案は、より難しい方へとシフトする。
大介の知る限り、基本的にストレートとそれを小さく動かすだけで通用するピッチャーは上杉ぐらいだ。……もちろん大介にとっては、という意味だが。
今年はまだ拙いながらも、それに大きく変化する球まで投げてきて、手がつけられなくなってきている。
そして次が武史である。
小スプリット、カット、ツーシームの三つに、チェンジアップまでが球種であった武史は、握りを完全に変えるナックルカーブを身につけて、大きな変化球を投げるようになった。
ナックルカーブは握りが独特なため、あまり一般的な変化球とは言えない。
だが普通の投げ方で変化球が上手くいかない場合は、逆にこういった根本から違う変化球の方が、合っていたりもする。
さりげなくチーム力向上に動いている大介であるが、本当のお仕事は試合である。
福岡を甲子園に迎えて行われる三連戦、去年とライガースが違うところは、最も信頼度の高い柳本と山田の二人を、強力打線にぶつけるローテになっているということだ。
現在の福岡は、リーグこそ違うが得点力では先頭を走っている。
だがチームとしては粗いな、と大介は思う。
どんな常勝軍団と呼ばれるチームであっても、毎年優勝を何年も続けるというのは不可能である。
歴史に残る名選手であっても、その全盛期は短い。
そして一人の選手だけでチームを勝たせるのは難しいし、故障と無縁の選手は珍しい。
チームの穴になる部分を埋めるなら、外国人選手を使うという手がある。
もちろん福岡も外国人選手を使わないわけではないが、荒削りの若手を使うことによって、成長をより促していく。
その粗さの部分を埋める程度の、守備固めのベテランはしっかりと確保する。
あとはクローザーをしっかりと確立するあたりが、競った試合を確実にモノにするコツなのだろう。
だが大介にとっては、まだ粗いピッチャーが、その粗さのまま勝負してくれるというのはありがたい。
ゾーンに甘く入った球を、第一打席からジャストミートした。
先制のホームランは、またソロである。
大介の場合は、三試合ホームランが出なかったら心配されるおかしな状態になっているが、確かに固め打ちでホームランというのは少ない。
それだけに波がなく、相手のピッチャーにとっては恐ろしいものになっているのだが。
そもそも三試合に一本でもホームランを打っていたら、それだけで45本以上はシーズンで打つことになる。
いきなりルーキーイヤーから59本も打ってしまったので、期待も大きくなっているか。
なおここまで60試合で25本のホームランを打っているので、三試合に一本以上のペースで打っている。
日本のシーズン記録は130試合で60本なので、それに比べるとやや遅い。
ただ59本を打った去年は、同じ時点ではまだ20本にも到達していなかった。
去年と同じペースで加速すれば、65本ぐらいには到達してしまう計算になる。
大介としては今年も、シーズンは優勝出来るかなと思っている。
だが問題になるのは、クライマックスシリーズだ。
Aクラスまでに入れば、神奈川は必ず上杉の力で短期決戦を勝ってくる。
また去年のような綱渡りで、日本シリーズに進むのは勘弁だ。
だが日本シリーズにまで進めれば、パのチームには勝てると思う。
去年は投手力と走力の埼玉に、ピッチャーに疲れはあったが四タテで勝った。
今年は打力の福岡と対戦してみたいな、と無責任に思う大介である。
「しかしあいつはいったいなんなんやろな……」
島野は大介のバッティングを見るたびに、遠い目をしてしまう。
島野もプロ野球だけならず、野球人生が長いので、これまでに様々な怪物打者を見てきた。
だが大介は、それらと比べても別格だ。二年目のジンクスというものが全くない。
一年目の数字もたいがいおかしかったが、二年目は打率と打点を、明らかに去年を上回るペースで維持している。
爆発的に増えたのが四球で、減ったのが三振だ。
明確に去年より悪化したと言えるのは盗塁であるが、それでもリーグのトップ5には入っている。
三年目のジンクスなどという言葉もあるが、大介の場合はピッチャーに対処されるよりも、ピッチャーを攻略する方が早い。
考えてみれば研究というのは一方的になされるものではなく、むしろ初対決はピッチャーこそが有利だと言われているのだ。
大介はグラウンドでもよく練習をしているが、それよりはスコアラーなどと一緒に対戦相手のチーム分析をしていることが目立つ。
圧倒的な身体的素質を持っていながら、大介は頭も使ってプレイをしている。
そして打撃に関しては既に隔絶した実績を残しながらも、他球団のバッターの分析にまで目を通す。
自分がこれ以上に上手くなるための、正しい努力をしている。
もしも大介がポスティングなどを宣言してMLBに挑戦するなら、球団にはとてもそれを止めることは出来ないだろう。
ルーキー一年目から全試合一軍で過ごしている大介は、八年間で国内FA権を、九年で海外FA権を、最短で取得することが出来る。
上杉がいる今は、その対決に心躍らせて国内に甘んじているが、もしも上杉が故障などしたら。
それでなくても上杉の成長速度を、大介が上回ってしまえば。
そう考えると大介が上杉に執着をしている今の情況は、悪いものではないのかもしれない。
大介の前には、MLBへの道も開かれている。
ただ現実的に金も重視する大介は、25歳までは間違いなく日本でプレイするつもりだ。
MLBは25歳以下の海外選手に対する年俸の制限があるため、どうしてもMLBでプレイしたいという希望が優先しない限りは、NPBで活動した方がいいのだ。
そしてそこで、ポスティングをを宣言すれば、球団も譲渡金を得ることが出来る。
これがFAを待ってからの移籍になると、海外への移籍は球団への恩恵が全くない。
大介としてはそういう選択もあるのだな、という程度には考えているが、具体的な未来は描いていない。
まず第一に金銭的に若いうちはメジャーでは稼げないというのもあるし、そして第二には対戦相手に困っていないということがある。
互角以上に戦ってくれるのは上杉ぐらいであるが、他にも面白いピッチャーはたくさんいる。
それにアメリカに行くとして、今の生活から離れていくというのは、どうにも現実感がないからだ。
カナダで行われたワールドカップ。あれがずっと続いていくような感覚だろうか。
ただ大介としては、ワールドカップで対戦したほとんどのピッチャーよりも、真田の方が上だと思うし、上杉の方が確実に上だ。
よくアメリカに渡ることを挑戦とマスコミは報じるが、大介は全くそんなことは思わない。
メジャー崩れのピッチャーは、一年間ジャガースで投げていた矢沢以外にも、外国人選手でたくさんいる。
しかしその中に大介を刺激するようなピッチャーはいなかった。
メジャーで通用しないから日本に来ると言われるが、本当にメジャーのレベルが日本よりも高いのか、大介は懐疑的なのだ。
もっとも来年のWBCにメジャーの選手が出てきたらその印象も変わるかもしれないが、基本的にMLBの球団はWBCに、チームの選手を出すことに消極的だ。
よって大介が対戦したいと思うようなピッチャーと対戦する機会は、なかなか回ってこない。
そして機会がないために、メジャーのトップレベルに触れることはなく、勝負したいという気持ちも起こらないのだ。
まあ年俸が高いことだけは確かなので、FAを取得したらセイバーの期待に応えて、メジャーの市場を荒らしにいってもいいだろうが。
大介の視線は、常に目の前の敵にある。
福岡との対戦も、その一つではある。
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