第79話 中心選手

 新人王はセ・リーグとパ・リーグのそれぞれで一名選ばれるわけだが、セ・リーグは真田の成績が飛びぬけている。

 それに対してパ・リーグは、およそ二者に絞られている。

 まだ交流戦中で気が早いとは思うのだが、この時点ではアレクと後藤が突出しているのだ。


 アレクも後藤も、高校時代は一年の夏から主力で活躍し、甲子園を湧かせた。

 だが二人に共通しているのは、お互いのチームが争う試合では、まともに活躍できなかったということだ。

 白富東には佐藤兄弟、そして大阪光陰には真田がいて、特に真田の左殺し性能は極端すぎた。


 所属しているのは埼玉と北海道で、チーム事情もあって二人とも開幕からスタメンスタートという幸運に恵まれている。

 もっともアレクの場合は当初、守備での貢献が期待されていた。

 打撃は水物と呼ばれるが、アレクの俊足と強肩は、守備においては強力な武器だったのだ。

 センターの広い範囲を守ってもらえば、レフトにコンバートしたバッターの守備負担が減る。

 矢沢がアメリカに戻り、先発と中継ぎが一枚怪我で離脱した埼玉は、打力と守備力を必要としたのだ。


 そのうちの守備で期待していたアレクが、開幕してみれば一気に打撃でも貢献してくれた。

 オープン戦の微妙な成績はなんだったのかと思うが、本人に言わせるとオープン戦は、金にならない試合らしい。

 自主トレやキャンプでも、まるでメジャーの助っ人のような大物のペースで調整していたのだが、開幕にはきっちりと合わせてきたということか。

 当初は下位打線だったのが、あっという間に一番に固定。

 そこからはヒットを打つよりも、出塁することを優先した。

 そしてもう19個も盗塁を決めていて、トリプルスリーの内の盗塁は決められそうである。

 守備と同じように、走塁にもスランプはないのだ。




 北海道の後藤は、それとは逆にオープン戦からしっかりとアピールしていた。

 やはりパワーは魅力であり、当初は六番を打っていた。

 現在は五番を打っており、完全にスタメン定着とは言わないが、三割近くの打率に、ここまでで10本のホームランを打っている。

 例年であれば余裕の新人王候補なのだが、アレクの残している数字は、パの新人記録をいくつか破るかもしれないものである。

 ただパ・リーグの新人記録は、セと比べるとかなり厳しい。

 そしていくら頑張っても、去年の大介の成績は絶対に超えられない。

 もう野手新人王のことを、白石賞とでも変えてしまってもいいのではというネタがネットには存在する。


 北海道との対戦は、五つ目の三連戦となる。

 目の前のジャガースとの対決に、大介は集中する。

 だが今年の投手の弱くなったジャガースは、大介とはそう簡単には勝負してこない。

 ルーキーから逃げるのは恥だが、三冠王から逃げるのは恥ではないからだ。


 第一戦はこちらも柳本が先発ということで、あちらもそうそう大量点は狙えないだろうと判断したのだろう。

 チャンスで二回も大介ははっきり敬遠された。

 おかげで盗塁を二つも稼いで、得点にはつなげたが。

 この日はヒットが出なかったので、打率は下がった。


 第二戦は山田。ダブルエースのもう一方である。

 だがこちらは相手も積極的に点を取りに来て、大介にも活躍の機会があった。

 三打数で一本のヒットを打っているのに、これでもまだ打率は下がる。

 試合としては今季二度目の引き分け。

 ライガースは良くも悪くも、引き分けの少ないチームになっている。


 そして第三戦は琴山が先発し、初回から失点した。

 大介は一本、21号となるホームランを打ったが、これでも打率は下がっていく。

 ジャガースの気になる点は、この日の先発が上杉正也から変更されていたことだ。

 チーム状態のこともあって、去年のパの新人王を取った正也だが、さすがに兄ほどの肉体は持っておらず、ここ最近はやや調子を落とした。

 そしてそこに入った谷間のローテのピッチャーから、大介はまた打つわけである。


 一試合に一度はフォアボールで歩かされて、無理目の球を打って凡退し、なんとか一本はヒットを打つというのが、最近の大介のパターンである。

 そしてこのジャガースとの三連戦が終わった時点で、五月の試合は終わった。


 大介の五月の成績は、30打点の9ホームランで、三月の試合も一緒になった四月度と比べれば、当然ながら落ちている。

 四月に比べれば圧倒的に、成績が落ちている。

 その四月と、五月の成績を比べたらどうなるか。


 四月 打率0.457 出塁率0,587 OPS1.543 安打42 打点40 本塁打12 盗塁16 四球31 

 五月 打率0.372 出塁率0.542 OPS1.350 安打29 打点30 本塁打9  盗塁13 四球29


 試合数が違うとは言え、それとは関係ない打率も出塁率もOPSも、格段に落ちている。

 この数値に「落ちている」などと言うのはおかしな気がするが、落ちているのは間違いないのだ。

 そしてついに、大介の月間MVP記録が途切れる。

 去年の四月からずっと続いていた、七ヶ月連続の月間MVPを、打力爆発のタイタンズの主砲フォスターに奪われるのである。

 出塁率や盗塁など、貢献度は大介の方が上だったかもしれない。

 ただ、一人の人間がここまで月間MVPを取るのは異常だという、謎の忖度もあったのかもしれない。

 通算すればまだ、打率は四割を維持している。




 移動日が一日あって甲子園に戻ってくる。

 ここからの六戦を地元で行い、次の六戦をビジターで行い、交流戦は終わる。

 まず三つ目の対戦相手は神戸である。


 神戸オーシャンウェーブはこの二年、Aクラスには入っている。

 だがペナントレースではそれなりの成績を残すが、クライマックスシリーズには弱い。

 大介の知る限りでは、同期の入団で知り合いは、明倫館の高杉だ。

 それほど付き合いがあるわけではないのだが、なにしろ父親が監督を務める学校からのプロ入りである。

 明倫館から初のプロ入りという点では、大介と似た部分もある。


 二年目の新人であることは、大介と同じである。

 だがそれ以外には、大介と同じものなどない。

 プロは残酷なまでに、実力の世界である。

 既に主力となって、日本のプロ野球全体を動かすほどの力がある大介とは、全く違う。


 この休日にも、大介には仕事が入っていた。

 所属する事務所と球団広報が相談し、大介の予定は決まる。

 基本的に大介は、野球に関連する仕事以外はしたくない。

 だからこそ、事務所によって仕事をコントロールするのは、大介にとってありがたかった。


 大介には過去、ワールドカップMVPの折に、国民栄誉賞が送られるのではないかなどというデマが広まった。

 あれは完全にデマというわけではなく、もしそうなったらどうかという反応を見るために、こっそりと流された噂である。

 結論としては、時期尚早。

 プロ入り一年目の記録の大幅更新に、最年少三冠王でも、さすがにまだ早すぎるというのが大方の意見である。


 ちなみに大介は花より団子の人なので、別にそんなものはほしくはない。

 偉そうなものを受け取ると、気軽にチャリで出かけることも出来なくなる。

 ただでさえ今でも、甲子園では出待ちのファンが多いのだ。

「え~、それでは本日のゲストは、大阪ライガースの主砲、三冠の最速最年少記録を達成した白石大介選手で~す!」

「ちわっす」

 こんな感じで関西のラジオ局に出演したりはする。

 はっきり言ってピッチャーの対策を立てているか、練習をしていた方が有意義である。

 ギャラも安いのであるが、こういったもので世間からの好感度を上げていく必要もある。




 プロ野球選手と言っても、その人気と不人気で、野球以外での収入は完全に変化する。

 大介は「ちっちゃい頃から、頑張ってきた」のフレーズで学資保険のCMなどにも出演したが、今でも小さい自分への皮肉かと思ったこともある。

 年齢も20歳になるが、結局身長は170cmに達することはなかった。

 あとは食い物系のCM依頼が、やたらと入ってきたりする。


 シーズン中は基本的に、生放送で短時間だけの仕事しか受けないのは当たり前である。

 自分はまだまだ成長していけると思っているからだ。

 ただ大介の場合は成長と言うよりは、変化が必要なのかもしれない。


 甲子園にて神戸を迎えて行われる三連戦。

 大阪ライガースの球場が神戸にあり、神戸オーシャンウェーブの球場が大阪にあるというのは皮肉である。

 本日から試合は六月に入り、この時点ではまだ、五月の月間MVPは決定していない。


 ただ大介は五月のMVPを失うのだが、この年は上杉がフル回転している。

 中五日どころな中四日の感覚で、先発を投げている。

 よく壊れないな、と大介でさえ感心するのだが、下手に上杉が頑張りすぎると、神奈川は空回りしそうな気がする。

 しかし交流戦では、順位を変動させるチャンスだ。




 神戸はこの二年、シーズンでは善戦しAクラスに入った。

 だがいずれもクライマックスシリーズはファーストステージで敗退し、短期決戦に弱いチームという印象が強い。

 確かにこれは正しく、勝負どころで打ってくれるスター選手や、投げればファンが勝利を確信するというピッチャーもいない。

 決定力のある選手がいなければ、短期決戦では勝てない。


 今年のパは混戦と言われていて、確かにわずかなゲーム差の間に六チームがいるのだが、それでもある程度の順位は決まっている。

 千葉が奮戦しているため、神戸は四位にいるが、北海道と東北は、なかなか順位を上げることが難しい。

 ただ神戸にとっては、ライガースと戦うのは鬼門なのである。

 なぜなら神戸もまた、ライガースと同じく関西を拠点としているからだ。

 つまるところ大介から逃げ回っていると、ファンからの総スカンを食らう。

 意地になって勝負してこられると、大介としては非常にありがたいのだ。


 下手に逃げてファンに失望されるよりは、潔く負けた方がいいのか。

 そんな判断もあって真っ向勝負をされたのだが、これは神戸にとっても良い結果を招いたと言えるだろう。

 大介と同期で入った山倉は、即戦力として一年目から通用し、二年目はずっとローテに入っていた。

 しかしこの一試合目、初回から制球が悪く失点する。

 そのまま調子が上がらず、肘に痛みを感じるということで一軍登録抹消。

 チームも負けた。ただ大介は二本のホームランを打った。


 この六月あたりから、実は抑えのオークレイも調子を落としている。

 セーブ失敗まではいかないのだが、防御率が上がっているのだ。

 どうやら日本のこの時期の暑さに、体調が合わないらしい。

 同じことはロバートソンも言えて、短期間ではあるがこちらも登録抹消を考えられている。


 やはりこういう時は、日本の夏に慣れた者が強い。

「しっかしお前って、ほんとに調子の波がないよな」

 そんな風に黒田に感心される大介であるが、そんなこともない。

 去年だって短い期間であるが、二度のスランプを経験している。

 もっとも世間一般のレベルからしたら、これはスランプとは言わないようであるが。


 大介は体力オバケだ。

 もっとも世間的には、今年は上杉の体力オバケっぷりが目立っている。

 完封に次ぐ完封で、勝ち星をつけると同時に、リリーフ陣の消耗を防いでいる。

 去年クライマックスシリーズで敗北し、日本一になれなかったことを、自分の責任として考えているらしい。


 上杉は年齢的には、まだ大学の四年生である。

 しかし間違いなく、神奈川は上杉のチームと言っていいだろう。

 短い間隔で投げる上に、打席でもOPSが1を超えていて、このまま二刀流をやらせたほうがいのではとさえ言われている。

 そんな上杉でも、去年初めて170kmを投げたときは、しばらく休んだものである。

 あれを打った大介も、しばらく休むことになったが。


 今年の上杉は、本当に去年までと比べても異常な成績を残している。

 五月が終わった時点で既に九勝していて、負け星がない。

 下手をすれば25勝ほどしてしまうだろう。

 もうセの投手はタイトルを取りたければ、中継ぎかクローザーで頑張るしかないのかもしれない。




 ただ大介も、それに負けてはいられない。

 三連戦の二試合目もホームランを打ち、三試合目もホームランこそなかったものの打点を稼いでいく。

 この三試合では13打数6安打7打点と、打線の中核を担っている。


 またこの二試合目では、真田が先発で投げて、三安打完封をしてのけた。

 真田もこれで、無傷の七勝めである。

 しかも完全にピッチャーの力で試合を制する勝ち方で、もうローテの一角は埋まったと言ってもいい。

 だが山倉が下に落ちたので、また高橋がローテに入ることにはなりそうだ。


 ライガースは若い力が育ってきている。

 神奈川も若手が多く活躍しているが、ライガース以上にベテランと若手の間の層が薄い。

 チームのバランスとしては圧倒的にライガースの方が上であり、神奈川は中心の上杉が崩れたら、一気に崩壊しそうな雰囲気さえある。

 ライガースにしてもまら、正捕手が決まらないという弱点はあるが、そこはピッチャーの方が我を通して、今まではいい結果になってきている。

 あとは長くプレイできそうな、長距離砲がもう一人はほしい。

 外国人で埋めるのは、目の前のシーズンが精一杯なのだ。


 ともあれこれで、交流戦も前半が終わり、ライガースは五勝三敗一分という成績できている。

 次に甲子園で迎えるのは、去年は三タテを食らった福岡である。

 もっとも去年の三タテは、調子の悪い投手陣のところに当たったからでもある。

 今年は柳本、山田、琴山という先発で、福岡と対決する。

 真田を除けばこの三人が、今年のライガースではエースクラスの活躍をしているのだ。


 混戦のパと呼ばれる今年、ライガースが日本シリーズまで進めば、どこと当たるかは分からない。

 苦手意識を作らないためにも、ここできっちり勝ち越しておきたいライガースである。

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