七章 プロ二年目 交流戦

第78話 20歳

 今年も交流戦の季節がやってきた。

 ライガースのチーム成績はここまで勝率が七割と、ぶっちぎりでリーグトップを走っている。

 この調子が落ちるとしたら、やはりこの交流戦が鍵になるだろう。

「そっか、去年とは球場が違うんだ」

 千葉ロックマリンズは今年は、甲子園に来てライガースと対戦する。

 スタートダッシュの時点ではリーグ二位だった千葉は、現在まだその位置を維持している。

 ただ今年のパは、本当にどうなるか分からない。


 スタートダッシュが成功したはずの埼玉が、主軸の故障で勝率を落とし、打力が足りないと言われていた北海道や東北が、若手の覚醒で意外と勝ったりして、シーズン前はAクラスには入れるのではと言われていた神戸が最下位になってたりする。

 だがそのリーグ戦の混戦の気持ちで来ると、ライガース相手では危うい。

 勝とうと思って安易に大介と勝負すると、その打率を上げる手助けをしてしまうからだ。


 ――カキーン――


「よっしゃ」

 一回の裏の第一打席、ランナーがいないところからソロホームラン。

 そして今日も逃げられ気味に、残りの打席で一つの四球を稼ぐ大介である。


 この試合は割と点差があったのに、リリーフが炎上しかけて先発山倉の勝ち星がなくなるということもあった。

 一度同点にされてしまったピッチャーが、また追加点を入れてもらって勝ち投手になるあたり、ピッチャーは釈然としないんだろうなと思う大介である。

 まあそれが嫌なら柳本のように、安全圏まで投げるという気合がいるだろう。




 大介の感じる限りでも、千葉はかなり強くなっているのではないかと思う。

 鬼塚が入団したが、まだ一軍に上がってくるほどには仕上がっていないらしい。

 ただ大介の知る鬼塚であれば、おそらく根性で三年以内に上がってくる。

 怪我さえしなければ。

 だが白富東の人間であれば、怪我の予防は徹底するはずだ。

 しかしそれでも、やりすぎてしまう危うさが鬼塚にはある。


 試合は7-5でライガースが勝利し、去っていく千葉の知った顔に、大介は声をかける。

「織田さん、うちの後輩の鬼塚、二軍で元気にしてますかね?」

「あの歌舞いてるやつな。評判は聞くぞ」

 今日の試合も猛打賞であった織田は、気軽に大介と会話する。

「あんま無茶しないようにって伝えてほしいんすよ。寮で会いますよね?」

「あ~、俺もう完全に一軍だから、ほとんど寮出てるんだわ」


 基本的に高卒は四年目まで寮暮らしなのだが、在京球団は一軍と二軍の練習場が離れている場合が多く、若くして一軍のスタメンとなっていれば、球団が本拠地近くに宿舎を準備する。

 織田の場合はそこで生活していて、食事や洗濯などは任せつつ、寮と近い暮らしをしているらしい。

 千葉などは二軍が埼玉の浦和、一軍が千葉の中でも中心部と、それなりに距離があるためそういう措置が取られているらしい。

「あ~、飯作ってくれるのとか家事してくれるのはありがたいすよね」

 話がずれていくが、大介にも興味のあることである。

「お前の場合はどうなんだろな。ライガースは一軍と二軍そんなに離れてないよな?」

「だいたい先輩に拾ってもらったりしてますね。あとはチャリ」

「車買えよ。お前の年俸なら余裕だろ?」

「まだ免許ないんすよ」

「今年のオフにでも取れよ。千葉だろ?」

「まあ、そうっすね。でも別に車なくても困らないしな。いや、便利にはなるのかな」


 この二人は甲子園では織田が最後の夏に対戦した間柄なのだが、逆に大介が高校最後の年には織田が千葉にいたため、それなりに面識がある。

 何より大きいのは、あのワールドカップで共にベストナインへ選ばれた縁があることだろう。

「俺らみたいな高給取りが金使わんと、経済が回らんだろ」

「あ~、でも俺現金はほとんどないんすよね」

「え、なんか変な投資とかに回したのか? だいたい近寄ってくるやつは金目当ての詐欺師だぞ」

 少しシリアスな顔になる織田であるが、大介の場合はそういう心配はない。

「いや、だいたい保険が大きいすね。あとはプラチナの現物買ってたり、株買ってたり。不動産投資とかもあるらしいすけど、俺の場合はそのあたりがいいかなって」

「なんかいやに具体的だな」

 織田にとって大介は、進学校に通っているアホの子であった。

「高校時代の監督が、こういうのに詳しかったんすよ。そいや織田さんは車持ってるんすか?」

「まあな。今度お前があっちに来た時見せてやるよ」

「やっぱ外車とかなんすかね?」

「愛知県出身の俺がレクサス以外買うわけにはいかんだろうが」




 当初とは全く意図の違う会話になったが、大介の考えることは増えた。

 寮の自室でベッドに寝転びながら、珍しく考えごとなどをしたりする。

「車かあ……」

 この間、大介は20歳になった。

 10代のころは随分と大人な年齢だと思っていた、20歳である。

 誕生日のレックス戦では負けてしまい、自分自身も珍しくノーヒットであった。

 だが神宮での試合だったので、試合後には双子がホテルまでやってきて、普通にお祝いをしてくれていたりする。

 そのままお泊りしていく勢いなのを、どうにか帰したあたりが大介の貞操観念である。


 父が怪我をして、選手生命を絶たれたのは21歳の年。

 ここまで大介は、順風満帆以上の選手生活を送ってきたと言っていい。

 おそらくあと二年、この調子で選手生活を送れば、目標金額とまではいかなくてもその半分は貯まる。

 普通のサラリーマンの生涯賃金と言われる三億。

 念を入れて倍の六億と言っていたが、このあたりの思考は日本人的だとセイバーに言われた。


 現金だけを銀行に貯金しておくことの危険性を、分かりやすく説明したのがセイバーである。

 彼女の頭の良さの一番の点は、分かりやすく物事を説明することだと思っている。

 今の野球におけるセイバーの数値なども、彼女は分かりやすく説明してくれた。

 動かしやすい現金預金、貴金属の現物、国債、有価証券などを、分散して持つこと。

 出来れば不動産投資などというのも勧めたが、それは大介の手が届かないのでやめた。

 そして一番大切なのは、大介にとっての最大の資産が何かを考えて、そこを間違えないことだ。


 大介の価値は、野球選手であるということだ。

 高校時代からクロスプレイで肋骨を折ったぐらいで、関節などの重要な部分は全く怪我をしていない。

 偉大なプレイヤーの条件とは、やはり怪我をせず長く現役を続けることだろう。

 プロ野球選手は、体が資本。

 セイバーの、野球選手は体が資本の個人事業主だから、チームの利益よりも自分の利益を考えないといけないというのは、さすがに極端ではないかと思う。

 だが大介の場合は既に成功していて、チームの成果が自分の年俸にも反映されるから、チームプレイもしていると言われると考えないでもない。


 本当に金のことだけを考えるなだ、25歳ぐらいでポスティングでMLBに行くべきだという。

 確かに圧倒的に年俸は違うが、MLBに行きたいとはあまり思わない大介だ。

 なぜならMLBには上杉はいない。

 自分の将来について、少しだけ深く考える大介であった。




 千葉との第二戦は、真田が先発である。

 ややゆっくりめのペースで使われているとはいえ、ここまで真田は五先発して、全てに勝ち星がついている。

 やはりルーキーが投げるということで、打線も援護しようと奮起するからだろう。

 ただ、おそらく今年の新人王は真田が取るだろう。


 高校時代は敵として特別厄介に感じていた大介であるが、味方として見ると試合への支配力は、下手をすると柳本や山田よりも高い。

 先発して負けがないというのも凄いが、全ての試合で勝ち星がつくというのは、運すらも味方にしていると言っていい。

 上杉や大介ほどではないが、やはり真田も特別な才能だ。

 伸びのあるストレートも脅威だが、スライダーとカーブで三振を取れるのが大きい。


 この試合もまた、八回までを投げて一失点。

 およそルーキーとは思えない圧倒的な精度だ。


 だが島野は心配もしている。

 チーム事情から先発に回してしまっているが、当初予定では真田は一年はじっくり体を鍛え、二、三年目からじっくち成果を出してもらう予定だったのだ。

 スライダーとストレートの投げ方が、肩や肘に負担がかかりやすいというのが、チーム首脳部の見方であった。

 だが真田はそんな心配は無用とばかりに、圧巻のピッチングを続けている。


 クローザーのオークレイがきちりと試合を〆て、これでなんと無傷の六勝目だ。

 もちろん打線の援護も大きい。上杉などは一年目に完封をしていても、打線の援護がなく勝ちがつかなかったことがある。

 そういう意味でも、やはり真田には運がある。それとも宿命を背負っていると言うべきか。


 翌日の第三戦目は、先発のロバートソンがほどほどに打たれて、リリーフ陣もほどほどに打たれて、試合では負けた。

 一度は先発についた黒星は、リリーフのアランに移動した。

 これでとりあえずは、二勝一敗で最初のカードを終える。

 次は埼玉に移動して、ジャガースとの三連戦だ。




 去年、日本一の座を争い、結果だけを見れば四タテを食らわせて勝利した相手。

 だが実のところ、こちらはピッチャー陣の調子が落ちていて、もつれ込めば危険な対戦ではあった。

(アレクのやつも頑張ってるし、上杉との対戦もあるかもな)

 上杉兄弟の下の正也とは、去年は先発での対戦機会はなかった。

 だが今年は完全にローテに入っていて、おそらく投げてくることもあるだろう。

 そしてルーキーイヤーのアレクは、早々に打点を稼ぎまくってスタメンに定着している。


 打率はここまで0.324でリーグ五位。先頭バッターで二本の先頭打者ホームランを打っている。

 一番でそれなりに打点がつくのは、かなり珍しい。

 大介と違ってあまり勝負を避けられることもなく、安打も積み重ねている。

 ただ高校時代と比較すると、長打はやや減っている。


 高卒一年目というと、大介がほとんどの記録を塗り替えてしまったが、それでも過去を見れば三割を打っている打者など数人もいない。

 ここから分析されて攻略さえ、打率は落ちていくのかもしれないが、この時点でこの打率というのは、高卒としては規格外であろう。

 また打率以上に出塁率の高さが目立ち、アレクが先頭打者としての役割を全うしているのは明らかである。

 なのでジャガースはトリプルスリー級の選手をクリーンナップで使い、今年は不調の投手陣をどうにか支えている。




 ジャガースの本拠地である埼玉に乗り込み、試合前の練習時間となる。

 交流戦になると分かるのだが、パのチームは本質的には、セよりも弱くないとおかしいのではないかと思う。

 その理由としては、球団の所在地による。


 セ・リーグの球団の所在地を見れば、一番東が東京であり、一番西が広島だ。

 つまりそれだけ移動に時間がかからず、移動以外のことに時間が使える。

 それに対してパ・リーグは北海道から福岡まで球団が分散し、移動の時間がそのまま他のことに使える時間を奪う。

 もちろんこの移動時間を利用して何かが出来れば別なのだが、選択肢が減るというのは事実のはずだ。


 なのになぜか、交流戦でも日本シリーズでも、パの球団は比較的強い。

 これは過酷な移動スケジュールによって、むしろパのチームが鍛えられているからなどとも言われるが、実際の理由はDH制ではないかと言われている。

 もっとも去年のライガースは、福岡以外には勝ち越しているので、大介はあまりそうとも感じない。


 大介が不思議に思うのは、プロに入ってくるピッチャーなどは、高校時代にはチームでもクリーンナップどころか、下手をすれば四番を打っていたりする。

 なのにプロになってしまえば、打撃には期待されなくなる。

 もちろんピッチャーなので下手に打ちにいって、怪我などでもされたら戦力が落ちるというのも分かるのだ。

 DHがあることによってピッチャーの打順での代打の出されることは多くなるが、それも踏まえて戦術を考えれば、DHに慣れてしまっているパに、勝ちにいけるとも思うのだが。


 


 甲子園に比べればホームランの出やすい東鉄の本拠地球場で、相変わらずポコポコと柵越えの打球を飛ばす大介である。

 チームメイトとしてはもう見慣れたものであるのだが、最近は少しその打球の軌道が、ややフライ性になることが増えている。


 甲子園やマリスタなどは風の影響により、ホームランが押し戻されるということがある。

 それを防ぐためには、低い軌道でスタンドまで飛ばしたほうが、風の影響を受けなくていいということは確かにある。

 だが一番ホームランになりやすいフライ性の打球を上げられることになった大介は、どこまで進化していくのか、

 そもそも二種類の打球を使い分けるということが、非常識ではある。


 今日もこんな調子かと思って上がりかける大介であるが、手を振りながらやってくるアレクがいた。

「お久しぶりです」

 今日もニコニコ笑っているが、この笑顔でホームランを打ってくるのだから、相手にとっては恐ろしい笑みなのだろう。

 高校時代は同じチームなのでそうは思っていなかったが、一番バッターとしては恐ろしい選手だ。


 去年の大介の成績が異次元過ぎて気にされていないが、アレクはルーキーイヤーから、トリプルスリーの期待がかかっている。

 もっとも打率と盗塁はともかく、ホームランはこのペースでは難しそうだが。

「元気そうだな」

 大介は見たまま言ったのだが、アレクとしては文句もあるらしい。

「この球場、夏は暑くなりそう」

「ああ、そうなんだよな」

 暑いのが苦手なアレクに、同意する大介である。


 埼玉ドームは確かにドーム球場なのだが、壁がなくて柱で支えている場所が多い。

 そのため空調の設備がなく、冬は寒いし夏は暑い。

 それはドームでなければ当たり前のことではあるのだが、ドームなのに環境が悪いということで、アレクは不満を持っているらしい。

「虫が入ってきたりすることもあるしね、それは大丈夫なんだけど」

 周囲が公園になっているため、そういうこともあるらしい。


 球場の好き嫌いというのは、選手によって色々とあるだろう。

 大介などは愛着があるからか、バッターからは本来嫌われるマリスタや甲子園が好きである。

 ただ本来はホームランバッターの大介としては、東京ドームや神宮などが好きになる方が当たり前なのだ。

「在京球団なのに、ジャガースの金の使い方はよく分からないな」

 大介から見ると、ジャガースは不思議な球団だ。

 若手選手がポスティングでメジャー挑戦することや、FAで他球団に移ることを、それほど問題視していない。

 それなのに毎年ある程度の成績を波なく残していけるのは、スカウトと育成の能力が大きいのだろうが。

 事実、アレクも高校時代から将来的にはメジャーに行くと公言している。


「なんか新人王取れそうだよな」

「誰かさんのせいで、新人に期待されるものが大きくなりすぎています」

「俺のせいじゃねえぞ」

 いや、お前のせいである。


 アレクはノリが南米系なので、かなり外国人枠扱いされているそうな。

 まあいじめられていなければそれでいいのだが。

 実のところアレクはものすごく喧嘩が強いので、周囲から何かを言われたら、手を出していくだろうが。


 高校時代のチームメイトと、今度は敵味方に分かれて試合をする。

 だが変わらないのは、野球を楽しむというその心だろう。

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