第142話 強者の絶対値

 上杉勝也が狙っているものは、もちろん日本一である。

 そして過去二年のクライマックスシリーズでの敗退から、どうすれば日本一になれるのかを考えた。

 当然ながら日本一になるには、日本シリーズに出なければいけない。

 だがそれをライガースに阻まれているのだ。


 過去のクライマックスシリーズで、上杉はライガース相手に四先発し、三勝0敗一分という成績を残している。

 なのに勝てないのは、まず上杉以外のピッチャーが負けているのと、シーズン優勝をしていたライガースに一勝のアドバンテージがあったからである。

 上杉がクライマックスシリーズにおいて、これ以上の登板間隔で投げるのは、さすがに現実的ではない。

 ならばペナントレースを制することを考えるのだ。つまり中四日と中五日を増やして、上杉の先発登板回数を増やしてしまう。

 なんとも頭の悪い、正解への道である。


 別に上杉が考えたわけでもない。世界的に見ればMLBのローテーションピッチャーは、中六日ではなく中五日、あるいは中四日で登板している。

 球数制限を厳密にやっているから可能ではあるのだが、ならば上杉にも可能ではないのか。

 そう、他のピッチャーに可能なら、上杉にも可能であろう。

 これが日本の常識である。

 今年、これまでに17回の先発登板を果たしている上杉だが、これは異常な数である。

 ライガースでローテを一度も外れていない真田が、14先発なのだ。

 怪物は多少は力を抑えて投げても、プロの他のチームを抑えてしまう。

 上杉の人間の範疇から外れかねない能力があってこそ、この無茶が通ってしまう。

 それでもペース配分に失敗し、負けた試合は出てしまうし、充分なリードで継投したはずのリリーフが逆転されることもある。

 完投を達成した試合というのも、過去に比べると少なくなっている。それでもリーグでは一位なのだが。


 神奈川との三連戦、上杉はどういったピッチングで来るのか。

 一試合目が雨で中止となり、ライガース一勝からの第三戦に、予告先発で投げてくるのが決まった。

 前の試合からは中五日であるが、中六日というのがほとんどない上杉は、ある程度消耗しているはずなのだ。

 前回の対戦時には大介のスランプもあったため、八回までを投げて完封を食らった。

 だが今の大介とライガース打線であれば、省エネ投法の上杉からであれば、確実に何点かは取れる。

 

 しかし上杉が、負ける試合に投げてくるだろうか。

 確実に勝つために投げるなら、一日休みを長くして、中六日で投げればいいだけである。

 つまりここでわざわざ当ててくるということは、勝機があると見ているのだ。

 勝機、即ち上杉は本気で投げてくる。

「あるいはこっちが取る以上に、向こうが点を取るかやな」

 本日のライガースの先発は山倉。

 ここまで13先発で8勝2敗で、三年目の今年は二桁勝利が現実的なものになっている。

 ただ勝った試合を見ても、無失点の試合というのはなく、防御率も三点台後半である。


 ローテーションを崩さないという点で、そしてクオリティスタートを維持するという点で、かなり評価は上がってきている。

 だが上杉に比べると、二回りはピッチャーとしての力量は劣る。

 そもそも上杉レベルの成績を残せるプロは、日本にはいない。


 おそらく勝つためには、最低でも三点は必要だ。

 全力ではない上杉とはいえ、三点を取れるだろうか。

 それも大介相手には、確実に抑えにくるだろう。


 防御率が1を切る、奇跡のピッチャー上杉。

 おそらく史上最強のピッチャーではあるのだろう。

 だが、なんと言えばいいのか。

 大介からすると、なんとなく直史の方が、チームを勝たせるピッチャーであると感じる。

 もちろんピッチャーとしての素質を考えれば、上杉の方がはるかにパワーはある。

 人望もあるし、勝負強くもある。それでも何か、直史の方が上だと感じるのだ。


 最強のピッチャーを知っていながらも、それと戦うことはない。

 そう思ってしまうと、なんだか気が抜けてしまう。

 もっともそんな気持ちでは、上杉にも勝てない。

 まずは目の前の試合を、はっきりと勝ちきることが重要だ。




(そんなことを考えてた頃がワイにもありました~!)

 島野が絶叫したくなるように、三回を終えて山倉は一失点。まあいつも通りのペースである。

 だが上杉が三回までをパーフェクトに抑えてきている。

 四回の表も二人が打ち取られて、三番の大介。

 二打席目で、上杉でもそうそう打ち取れない大介ならば、この状況もなんとかしてくれると思いたい。


 だが他のバッターに対しては、せいぜい165kmぐらいのストレートしか投げてこない上杉が、大介相手には170kmを出してくる。

 自分の能力と相手の能力を比較して、抜くところでは抜く。

 それでほぼほぼ勝っていくのだから、手抜きだとか舐めプだとかも言えない。

 シーズンが終わった時、総合的に見て一番いい結果を残す。

 もっと言ってしまえば、ペナントレースを制してアドバンテージを得なければ、他のピッチャーで勝てていないのだ。


 シーズン序盤は調子の悪かったライガースだが、五連勝や六連勝などを繰り返し、さらに交流戦で大きく勝ち越し、現在は首位に位置している。

 だがまだ神奈川との差は決定的なものではないし、ここで上杉に完全に封じられれば、また苦手意識を持ったままプレイオフを迎えなければいけない。

 試合に負けることは仕方ないが、ノーヒットノーランなどは絶対に防がなければいけない。

 神奈川もクローザー峠という使い方が定着し、上杉以外のピッチャーが安定した成績を収めるようになってきているのだ。


 ライガースはリリーフが弱いため、先発に勝ち負けの星がつくことが多い。

 今日も先制された山倉ではあるが、ピッチング自体はテンポ良く投げられている。

 だが打線の援護がなく、二打席目の大介もショートゴロ。

 しかしベンチに戻ってきた大介は強気である。

「次は打てますよ」

 強がりではなく、自信がある。


 上杉は確かに、大介相手には力を入れて投げてきている。

 だが常に全力の上杉を想定している大介としては、今日の上杉なら打てると思うのだ。

 つい今しがた、打てなかったわけだが。


 オールスター前ということを考えると、上杉はあと一度先発するために、無意識の内にでも、この試合にも力を抜いて投げているはずだ。

 そんな上杉にさえ勝てないのであれば、シーズン戦の残りも、クライマックスシリーズにおいても、神奈川には苦手意識を持ったままで対戦することとなるだろう。

 ここで勝つ。

 少なくとも大介は、ここでホームランを打つ予定でいる。

 打てなくはないのだ。今日の上杉なら。




 試合自体は神奈川有利に進んでいったが、五回と六回に上杉はヒットを打たれて、またエラーも出てしまった。

 あるいは下手に守備陣にプレッシャーを与えないよう、わざと打たせたのかもしれない。

 ただ六回までに神奈川は三点を取っており、ライガースはまだ三塁ベースを踏めていない。


 あくまでもシーズンの中の試合の一つ。

 上杉はライガース相手にも、そのつもりでいるのだろう。

 そんな上杉を攻略しきれないのだが、大介もまた三打席まで凡退である。

 だが三打席目の169kmのストレートは、守備陣を殺すかのような打球が、セカンドの正面に飛んだものだった。

 打球の弾道が、まだ少し低い。


 試合の行方自体は、もう決まったようなものだ。

 九回の表、ライガース最後の攻撃は、三番の大介から。

 得点差は五点まで開いているので、上杉もあとは任せて、降板すればいいのだ。

 たとえ大介がホームランを打っても、たかが一点。

 クローザーの峠に任せても、その後をしっかりと抑えてくれるだろう。

 だが上杉は交代しない。


 神奈川のファンも、遠征してきたライガースのファンも、上杉と大介の対決が見たいのだ。

 今日は三本凡退している大介だが、上杉もまた170km前後のストレートを投げて、三振が奪えていない。

 負けるのはもう仕方がない、と大介は割り切った。

 プロとして二シーズンも送っていると、全ての試合に勝つなどというのは不可能なことで、総合的にどうチームを動かすか、監督の資質も高校野球とは違ったものになっている。


 たとえ試合には負けても、負け方というものがある。

 それにチームとしては負けても仕方がないが、個人としてはこだわるべき成績がある。

 あとは上杉に完封の数は増やさせたくないとも思う。

 上杉から打つホームラン一本は、他のピッチャーから打つ10本以上の価値があると思うのだ。

 大介は一年目も二年目も、上杉からシーズン中に二本のホームランを打っている。

 だがリーグにおいて上杉から二本のホームランを打ったバッターは、他にはいない。


 今年も既に、完全な負け試合では一本打った。

 ここで二本目を打って、後半戦でもう一本ぐらいは打っておきたい。

 自分と真っ向勝負してくれる貴重なピッチャー。

 勝負してくれるなら、結果を出さなければいけないだろう。




 それは三球目。

 この日の最速171kmのストレートに対して、大介は反応した。

 体軸。

 自分の体を独楽のように回転させて、その回転力をボールにぶつける。

 スピードボールであり、ホップ成分の高いボールであると、逆に完全にミートすれば飛ぶ。

 上杉のストレートをミートするなど、他のバッターにとっては絵空事のように思えるのかもしれないが。


 普段通りのライナー性の打球。

 だがそれは失速することなく、空気を切り裂いてバックスクリーンを直撃した。

 ボールが落ちてこない。

 ビジョンを破壊して、中に入ってしまったのだ。


 一矢報いるというには、あまりにも強烈な一撃。

 憮然とした上杉が、ベースを回る大介を見つめる。

(また、何か変わったか?)

 ルーキーイヤーから二年、毎年記録を更新し続けている、正真正銘の化け物。

 上杉の場合は過去の投手の使われ方から、ピッチャーの記録の多くは時代が違うため、どうしても抜けないものがある。

 だが大介は違う。

 ありとあらゆる打撃成績を塗り替えんと、そのバットを振るっている。


 上杉もまた、怪物と言われた初年度と比べてさえ、さらにとんでもない怪物になっている。

 単純に球速が上がったというのもあるが、ペース配分を考えるようになったため、少しずつ登板できる試合を増やしていっている。

 MLBと違って一試合に投げる球数は多くなるが、試合に投げる登板間隔はあちらなみである。

 下手をすれば30勝に届くぐらいの。

(今年は勝つぞ)

 そう思う上杉に対して、大介はホームベースを踏む。

 試合には完敗しても、最後に噛み跡を残す、獣のような大介であった。




 大介は過去に、上杉との対決でスランプになったり、今年のように故障したりしている。

 だがこの試合の対決は、そんな影響を残さなかった。


 オールスターまでにライガースが消化した試合は、81試合。

 この時点で打ったホームランの数は、39本である。

 およそ二試合に一本弱のホームラン。

 単純にこのままのペースでも、70本近くには届くことになる。


 打率は0.387と、去年よりは落ちている。

 打点も84点と、明らかに去年を下回るペースである。

 だがホームランの数は圧倒的に二位以下を引き離している。まあ過去二年と同じことなのだが。


 チーム自体は連敗したりと、やや停滞気味ではある。

 だがそんな時にオールスターがあるというのは、建て直しを考えるとラッキーだ。

 今年のオールスターにライガースから選ばれているのは、大介、山田、真田の三人。

 山倉もいい成績なのだが、防御率などを見ると山田や真田ほどの評価は得られない。


 この二年間ライガースは、大介のおかげで年中お祭り状態であった。

 ピッチャーである上杉よりも、毎試合出られる野手の大介の方が、チームに与える影響は大きくなるはずである。

 また初年度は三冠王と打点記録、二年目は三冠王と四割、そして今年は三冠王とホームラン記録と、常に話題を振りまいている。

 四割も凄かったが、今年はついにホームラン記録を塗り替えるのか。

 期待を保持したクリフハンガー状態のまま、今年も球宴が始まる。

 さっさと終わってホームラン記録の続きを見せろ、と大介のファンはやきもきするのである。

 大介の存在はにわかの大介ファンというのを生み出してしまっていたのである。

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