第204話 頂点の行方

 三冠王を取ることと、各打撃成績が記録を更新することは、かなり難しい。

 打率が高くなれば、そして長打が多くなれば、それだけ勝負をしてもらう機会は減る。

 だが大介は九月の残り試合を、全てが自己記録を更新するレベルで打っていった。

 大介の記録とは、即ちリーグの記録である。

 盗塁率が90%近いことをもって、より自分との勝負が避けられないようにする。

 後ろの打者二人が強打者でないと、なかなか成立しないことである。


 大介自身でさえ二度と無理だろうと言われていた四割に、九月中盤に乗った。

 そしてここから打点もホームランも伸びていく。

 だが一番伸びたのはそれらではない。また安打でも盗塁でもない。

 フォアボールである。


 130試合時代に記録されたもののため、単純な比較はしにくい。

 だがシーズン終盤になると、ピッチャーは自分の成績を守るために、積極的に逃げていく。

(それをやられると、プロ野球が盛り上がらんでしょうが)

 大介は完全なボール球をスイングして、フルカウントまで持っていく。

 そして最後にようやく見逃して、塁に出るのだ。


 スターズとタイタンズとの試合の間には、三試合他のチームとの対戦があった。

 三試合で五回も敬遠されたら、普通なら切れるであろう。

 大介の場合は切れて、ボール球さえ打ちにいった。

 ヒット三本。うち一本がホームラン。

 そして四打点を稼いだ。




 下手に歩かせるわけにはいかないタイタンズ戦。

 事実上この三連戦で勝ち越せば、ほぼライガースの優勝は決まる。

 この三試合で、大介はまともに勝負されなかったが、申告敬遠されなかったので、ボール球でも振っていった。

 結果は、10打数の三安打で、あまりいいとは言えない。

 だがホームランを一本打ち打点を四点伸ばした。


 これだけ無理にボール球を打っていっているのに、この九月の大介の打率は、四割を超えている。

 そしてこの年、大介は四月から八月まで、ずっと月間10本以上のホームランを打っていた。

 それに比べると、九月のホームランはやや伸びない。

 だがその分、打点を稼いでいる。


 タイタンズとの三連戦は、二戦目が大原の先発であった。

 タイタンズに先制される中、大介の無茶なスイングは二連続で不発。

 しかし三打席目には、明らかなボール球を打って甲子園のレフトスタンドぎりぎりへ、逆転のツーランホームラン。

 この一撃で勝ちのついた大原を、八回が真田、九回がウェイドと無失点リリーフ。

 大原は15勝目を上げて、真田は20ホールドポイント到達と、役割は違うが投手陣が有機的につながっている。


 22勝3敗の上杉を、勝率で上回った。

 上杉は残り一試合、大原も残り一試合。

 なおこのタイタンズとの三連戦で、大介は己の打点記録を更新した。


 四割、200打点、70ホームラン。

 絶対に人間には不可能と思われていたが、なんだか達成されてしまいそうな空気である。

 さすがにここまでになると、大介との勝負を避けるのは、味方のファンからさえ強烈な野次が飛んでくる。

 申告敬遠でピッチャーに恥をかかせない監督が、いい監督なのである。




 シーズンは残り、ライガースは四試合。

 タイタンズは先に全日程が終了し、三位の位置にいる。

 そしてわずかに先に終わったスターズは、タイタンズの上にきた。

 残り四試合で、もし全部負けたら、スターズに逆転される。

 逆に言えば一つでも勝てば、リーグ優勝が決まる。

 対戦カードはレックスが三連戦、そしてフェニックスが一試合。

 残念なことにフェニックスとの最終戦以外は、アウェイでの試合となる。

 わざと負けて甲子園に戻らなければ、甲子園での胴上げは出来ないということだ。


 さすがにそんな無茶なことはしていられない。

 それに大原には、レックスとの最終戦で勝ってもらわないといけない。

 上杉が最終戦にリリーフ登板して、スターズがそこから勝ち越して、上杉に勝ち星を一つ付けたからだ。

 15勝のままでは、わずかに上杉が勝率で上回る。

 だが16勝目を達成すれば、単独でタイトルが取れる。


 さらに言うならもし三連戦の一戦目で負けた場合、二試合目の先発である大原で勝てば、そこで優勝だ。

 レックスとすれば当然ながら、神宮での胴上げは阻止しようと全力をかけてくるわけだ。

 つまり甲子園で胴上げするには、わざと負けてフェニックスの試合で勝つ必要がある。

 もちろんそんなことをして、負けてしまったら洒落ならないし、大原のタイトルの件もある。


 レックスとの三連戦で、三戦目に大原は登板する予定である。

 そこで勝ち星がつかなければ、タイトルは取れない。

 ただそんなこととは別に、大介としては自分の成績にもこだわらなければいけない。


 現在の大介の打率は、0.400となっている。

 打点が191でホームランが67本。

 自己ベストであり、日本タイ記録である。

 あと一本ホームランを打てば、打点とホームランの記録は更新される。

 ただ打率だけは、四割を下回る可能性がある。


 先に一本出てしまえば、そこから残りの試合を出場しなければ、二つの記録を更新して、打率四割を維持できる。

 だが大介はもう、あまり四割には固執していない。

 どうせ三冠に各タイトルは間違いないのだし、打率四割はインセンティブの項目にない。

 なのでがっつりと出場して、大原に勝ちをつけてやりたい。


 気楽に投げてもらうためにも、まずはさっさと優勝を決めたい。

 そう思って、神宮のレックスとの試合に臨んだのであった。




 三連戦のために、東京にやってきたライガースである。

 前人未踏の記録が目の前とあって、なかなか移動でもファンに囲まれることが多い。

 そしてだいたい、大介の体格に驚くのだ。


 試合を見ればわかるが、大介はキャッチャーはもちろん、審判の方が大介よりも大きいのだ。

 そもそも大介は、中学までは東京で育っていた。

 そこから千葉に来たわけで、感覚としては自分は東京育ちという意識が強い。

 割と西の方に住んでいたため、都会育ちという実感もないのだが。


 移動日の次の日、いよいよレックスとの最後のカードが始まる。

 ライガースは飛田が先発。

 今年は飛田もリリーフ陣の影響を受けて、あまり成績が伸びなかった。

 四月に先発した試合で三連敗し、そこから二軍落ち。

 なかなか戻ることは出来ず、結局先発に戻ったのは八月。

 そして八先発の三勝三敗である。


 どうにかこの試合に勝って、一つでも貯金を作っておきたい。

 防御率などを見れば飛田の責任はあまり大きくないが、それでも印象というものがある。

 二軍でも長く調整をしたために、貢献度が低いのだ。

 去年の飛田は23試合に先発し、貯金を三つ作った。

 それに比較すると今年は、明らかに年俸は落ちるはずである。

(だからせめてクライマックスシリーズで仕事をして、そこで査定をもらう!)

 そんな飛田であるが、早々に一点を失ってしまうのであった。




 レックスはどうして弱いのだろう。

 大介の目から見ると、選手一人ひとりのスペックを見れば、もっと勝っても良さそうに思えるのだ。

 監督がダメなのか、それともチームの雰囲気が悪いのか。

 ライガースから移籍した西片は、相変わらず好調に打率を残している。

 

 打力に関しても二年目の緒方が、二番ショートとして西片と共にヒットを量産している。

 一番と二番がかなり厄介であり、初回でここで点が取れるのは、一年を通じずっとそうなのだ。

(キャッチャーかなあ)

 そうも思うがキャッチャーのレベルであれば、ライガースもあまり高くはない。

 風間と滝沢を併用し、ピッチャーとの相性で起用は決める。


 同じキャッチャーの問題としても、ベテランの方がリードしやすいということもある。

 ピッチャーとの立場が違えば、それだけ投球内容も変わる。

 レックスの丸川は、打てるキャッチャーである。

 そして自分のポジションを守ることに固執する。

 若手のキャッチャーへのあたりは随分と強いらしい。

 まあチーム内でそんな足の引っ張り合いをしていれば、勝てるものも勝てないだろう。


 この日の大介は、三打数の一安打。

 そして二打点となって、自己のベストを更新した。

 そして即ち、日本記録の更新でもある。

 チームも勝ってリーグ優勝を決めた。

 ライガースは残りの三試合を、完全に個人のタイトルのために使うことが出来るようになってのである。




 二戦目の先発は、社会人から入団した一年目の若松。

 即戦力とは言われながらも、さすがに開幕から完全にローテになぞは入っていない。

 だがライガースの投手陣が悪かったことが、自然と新人へチャンスを与えることとなった。

 この日が18登板目であり、ここまでは四勝五敗。

 ただ先発した試合は九勝八敗と、試合を壊すピッチングはしてこなかった。

 五月が初先発で、そこからが18先発でなげたのだから、ローテーションを守ったと言ってもいいだろう。

 同点のままリリーフにつないだ試合が四つもあるというのも、評価ポイントである。

 間違いなくこれでも年俸は上がるだろうが、問題はどれだけ上がるかだ。

 勝敗を五分にしておきたいのは、ピッチャーとして当然であろう。

 

 そんな若松にとっては、割と楽な試合になった。

 自分も点はそれなりに取られたが、打線がそれ以上に取ってくれたからである。

 六回まで投げて三点差で、後ろにつなぐ。

 その後は品川、ウェイド、真田という継投で無失点リレー。

 しかもチームは一点を追加して、若松をほっとさせたものである。


 そして第三戦が、いよいよ大原の登板となったのである。

 上杉のタイトル独占を阻止する。

 バッターのタイトルを阻止するための敬遠祭りではなく、ピッチャーの場合は打線で援護して、ピッチャーもしっかりと相手打線を封じていかないといけない。

 ただしチーム一丸となっているわけではない。

 大介があと一本、ホームランが出ないのだ。

 67本でタイには並んだものの、そこから三試合ホームランがない。

 残り二試合で一本も出なければ、インセンティブと来年の年俸で、二千万の差が出てくる。


 シーズンのかなり終盤までは、70本のペースであった。

 それが落ちたのはやはり、この九月に入って、歩かされる数がぐんとふえたからだろうか。

 今年は月に、必ず10本以上は打っていた大介である。

 それが今月は九本で、残り二試合。

 一本出るかどうかで、年俸にかなりの差が出る。

 今年一番多く四球で歩かされたのは、七月の31個。

 九月も既に30個となっている。


 大介が打つことは、大原が勝つためにも必要なことだ。

 だが試合においては初回の打席から、ランナーがいたために歩かされることになる。

(まあ一死ランナー二塁なら仕方ないのかもしれないけどな)

 超高給取りの大介であるが、それでも二千万というのは大きい。

 もっともこの回、ライガース自体は金剛寺のツーベースが出て、大介もホームを踏む。

 初回に二点のリードをもらった大原は、ある程度の余裕をもって投げることが出来る。


 プレッシャーはあるが、それはチームの勝敗が、そのまま優勝につながるとか、そういうものではない。

 あくまでもかかっているのは自分のタイトルであり、試合に負けても残念なだけで、そうたいした迷惑はかけない。

 もっとも大原としては当然、タイトルが取れれば年俸も上がるだろう。

 この試合に勝てば、チームの勝ち星でも山田を抜いて一位となる。


 色々考えてしまうが、そこでもうキャッチャーのリードに完全に任せて開き直るのは、大原の美点であろう。

 そしてチームもさらに、その大原を援護してくれる。


 二打席目は、ピッチャーの大原が歩いてからツーアウトとなり、大介に回ってきた。

 ランナーは一塁のままで、ライガースベンチは走らせるつもりはもちろんない。

 ここまでに大原は二点を取られて、追いつかれていた。

 大介がホームランを打てば、雰囲気的にここで決まる。


 打たれる予感がする。

 だがここで大介を歩かせれば、得点圏にランナーを進めることになる。

 ピッチャーではあるが大原の足はかなり速い。盗塁などの無茶はしないだろうが、二塁に進めばツーアウトからワンヒットで帰って来られる。

 レックスとしては微妙なところだ。既に順位は確定していて、五位のBクラス。

 あとは個人成績がどうなるかぐらいしか、興味が出てこない。


 打たれるのは嫌であるが、大観衆の中で明らかな四球もまずい。

 ただ大介はボール一つ外れた程度なら、スタンドに放り込む力を持っている。

 そこで大介の内角を攻めると、決めたのがレックスバッテリー。

 キャッチャーの丸川のリードは、甘かったと言うしかない。


 内角。おそらくはボール球で、当たってもおかしくないというコース。

 大介は足を踏み込んで体を開き、バットの根元で打ちに行く。

 そのスイングの始動は遅い。そして始動は遅いが、スイング自体は速い。

 根元で打ったボールは、遠くまで飛んだ。

 そこまで飛ぶか、というボールはライトスタンドの最上段へ。

 どうせならもう場外まで行けよ、とやけくそな気分になるピッチャーであった。

 68号ホームラン。

 打点とホームランで記録を塗り替えた大介は、この時点ではまだ打率の更新の可能性も残していたのであった。




 追加点もあって、最後には真田とウェイドで〆て尾張。

 6-4で大原に16勝目がついた。

 全日程を終了しているスターズが、上杉に勝ちをつける方法はない。

 かくして上杉による先発タイトルの独占は、四年連続にして終了したのであった。


 ちなみに大介はこの試合の一打席を外野フライで倒れ、最終戦も歩かされて無理打ちをし、打率は四割を切る。

 しかしシーズンの敬遠と死球は172個となり、歴代の記録を大きく更新することになったのである。

 だが去年は134試合で412打数の67本ホームランであったのに対し、今年は143試合で432打数の68ホームラン。

 実はホームランの割合は減ったというのがデータなのであった。

 ただしOPSは年々成長して、今年は遂に1.5を超えた。

 盗塁数も90と、打者五冠は前年に続いての偉業であった。

「よっしゃ、じゃあクライマックスシリーズだ!」

 気分を切り替えている大介であるが、その前にタイトルをとったことによる、記者会見などが用意されていたりするのである。

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