第205話 道なき道

 大介には同志がいる。

 それは試合となれば対戦する上杉のことである。

 お互いが、共に未踏の領域でプレイする野球人。

 バッターとピッチャーの違いこそあれ、二人のこの時代における傑出度は、共に異常値と言うしかない。


 上杉は六年連続で沢村賞を取っており、上杉が故障するかMLBに行くかでもしない限り、他のピッチャーが取ることは不可能だと言われている。

 今年も23勝3敗という圧倒的な数字に、奪三振は平成以降では唯一の年間300超えを記録し、六年目で既に130勝に到達している。

 現代の野球において、壊れる選手は壊れるが、壊れない選手は本当に壊れないことを考えると、将来的には400勝を狙えるのではとまで言われている。

 勝率や防御率は、まだ六年目ということもあるが、歴代の記録を見ても圧倒的な一位。

 防御率が一を切る先発投手など、二度と現れないであろう。

 ……なお大学野球はプロ野球ではないので除く。


 取ったタイトルは、取っていないタイトルを探した方が早いであろう。

 先発投手に取れるタイトル四つのうち、六年の間に全てを取ったのが四年、残りの二年も三つを取っている。

 なお意外と言うほどでもないが、ピッチャーのゴールデングラブ賞は取っていない。

 そもそも奪三振が多すぎるため、守備機会が少ないのだ。樋口などは「ごく普通の守備力しかない」と言っているが滅多に打球が来ないので、それは上手くもなりにくいだろう。

 年間300イニングを五年連続で投げて、故障の兆候すら見えない。

 まさに鉄人であり、神に最も近い肉体と言われてもさもありなんである。


 対する大介も、四年連続の三冠王。

 打者六冠は、理論上は取ることが可能であるが、実際は盗塁王を取れる選手は少ない。

 一応盗塁王も含めて打者五冠に到達した選手はいるが、大介の場合は最多安打が取れないのだ。

 ボール球でも打てそうなら打ってしまっているが、それでも勝負を避けられる回数が多すぎる。

 もし最多敬遠や最多四球というタイトルがあったら、それも取っていただろう。


 大介は初年度にこそ打撃三冠に最高出塁率の四冠であったが、二年目以降はこれに盗塁王が加わっている。

 安打数でも最多安打こそ逃しているが、二位、三位、三位、二位と、本当にあと少しの惜しいところであるのだ。

 なおタイトルではないが、最多得点も今年は取っている。

 去年までも五位以内には入っていたのだが、西郷が入って後ろがより打つようになり、ホームを踏むことが多くなったためだ。

 あとはこれもタイトルではないが、長打率がほとんど10割に近い。

 一年目と二年目はまだしも、去年と今年にいたっては、普通の単打よりもホームランの方が多いのだ。

 いかに常軌を逸した存在であるかは、数字を拾っていけばいくらでも語ることが出来る。


 怪物二匹がのしのしと歩き回る。

 時々出会っては喧嘩をするが、どちらかが倒れて食われることはない。

 これがこの数年のセ・リーグの惨状である。

 どのチームが優勝するかということよりも、この怪獣共がどれだけの破壊の限りを尽くすか。

 その破壊の爽快感を、プロ野球ファンは楽しんでいるのかもしれない。




 いくらなんでももう超えられないだろうと思っていた記録を超えてしまった。

 しかも、二つも同時に。

 打点とホームラン。シーズン途中で期待されていた200点と70本には届かなかったものの、そもそもその数字が期待されるというだけでもおかしいのである。

 また打率にしても、九月の終盤までは四割を維持していたのだ。

 打点とホームランを我慢して、ちゃんとストライクだけを打っていけば、打率の方が更新出来た可能性は高い。


 これで今季の年俸も大幅なアップが約束された。

 そろそろ上杉を抜くだろうが、どうしてもチーム力の差が出てしまうものなのだ。

 今年は投手陣が調子が悪かった分、打線の方が奮起した。

 試合の終盤にキャッチャーやピッチャーのところで、打てる代打を出せたことは大きい。

 西郷が入ったことも関係しているが、去年よりも平均得点が一点以上上がっているのだ。


 今年は西郷も三割近い打率と、大卒新人の記録となる42本のホームランを打った。

 新人王はまず間違いないだろうと言われているし、ピッチャーの方にも対抗馬は見当たらない。

 他にはグラントが34本、金剛寺が22本と20本以上を打っている。

 また先頭打者の毛利も九本打っているので、かなり惜しいところである。

 そして二番の大江も16本。

 二番から六番までが二桁ホームランを打つという、恐ろしい打線である。


 この打線の間違いなく中核である大介。

 当然ながら今年も、多くのインタビューを受けることになる。

「そういえばホームランの歴代70位以内、盗塁はもう30位以内に入りましたね」

「え、そうなんですか」

「本当に気にしてないんですね……」

 既に250本のホームランを打ち、300以上の盗塁を決めている。

 プロ生活四年でこの数値は、誰が言うまでもなく異常である。


 ちなみに上杉の勝利数と奪三振も、似たような感じである。

 勝率や防御率は圧倒的に一位だが、このあたりはまだまだ長い選手生活が待っている。

 上杉の場合あと一年今年並に投げれば、参考となる2000投球回に届くはずである。

 大介もあと四年あれば、4000打席に届いて記録として残りやすくなる。


 大介の場合はホームランばかり注目されるが、むしろ盗塁の方こそが化け物レベルなのである。

 既に通算で30位以内に入っており、これからも伸びていくことは間違いない。

 むしろ体格を考えると、怪我で打てなくなるホームランより、盗塁の方で大記録を残すかもしれない。




 ライガースはファイナルステージで、勝ちあがってくるスターズを待つ。

 と言うとスターズの勝利が確定しているような気がするが、案外そうはいかないものである。

 スターズは上杉という、ほぼ確実に勝てる駒を持っている。

 だが短期決戦のファーストステージで、それに無理をさせることは厳しい。


 上杉は鉄人と言われていて、確かに現段階で故障引退しても、間違いなく最強のピッチャーと呼ばれるが、それでも過去に全くの故障がなかったわけではない。

 WBCでは折れて飛んできたバットをつかんだ時に、指先を傷つけて決勝を直史に譲った。

 その意味ではライガースも大介がいなくなれば、かなりの得点力が落ちる。

 しかしこいつは肋骨が骨折していてもホームランを打って、なぜか亀裂骨折が二日で治ったやつなのである。


 それでもライガースのみならず、ほとんど全ての野球ファンは、ファイナルステージでの大介と上杉との激突を疑っていなかった。

 シーズン最後の対戦で、大介は上杉からホームランを打っている。

 それでも試合自体はスターズが勝っていて、昨年のプレイオフで唯一の勝ち星を上げた真田は、今年中の完全復活は諦められて、復帰してからもずっとリリーフで使われている。

 もっとも20HPの16Sというのは、立派過ぎる成績である。

 これにウェイドが8HPの28セーブをしているわけだから、シーズン中盤以降のライガースの強さは、この二人のリリーフとしての強さを示しているとも言える。

 上杉以外にも優れたピッチャーは多いスターズだが、現在のライガースの打撃力を考えれば、援護の力が足りない。

 最近は打てる野手を中心にドラフトを取ってはいるが、これは全て上杉の世代の選手が、どいつもこいつも成功しているというのが大きい。


 いざ、と待っているライガースは、スターズとタイタンズの試合を見る。

 スターズがエース上杉なのに対し、タイタンズは今年は勝率で上回った荒川を出してきた。

 マザコンエースだの、在京引き篭もりピッチャーだのとも揶揄されている荒川であるが、今年は勝ち星が13勝以上になれば、やはり勝率のタイトルを争う相手になっていただろう。

 大介としても荒川は、リーグ内でも屈指の、油断できないピッチャーだという印象はある。

 そして試合は、タイタンズが2-1で勝利した。


 え? という感想である。

 上杉は最強ではあるが無敗ではないし、確かにプレイオフで負けていることもある。

 だがそれでも、プレイオフでの奪三振率などは、シーズン中を上回る。

 ポテンヒットでランナーを出したあと、ギアを上げて投げた球であった。

 それを読まれて打たれた。

 上杉のボールは、スピードに比べて飛びにくいと言われている。

 奪三振の多いピッチャーは、意外にホームランも打たれるのであるが、上杉はそれがないのだ。

 打たれても詰まって外野フライになるのだが、この試合の打球は伸びた。

 一試合にわずか三本しかヒットを打たれなかった上杉であるが、かくして第一戦目はタイタンズが勝利した。




 クライマックスシリーズのファーストステージは、先に二勝した方が勝ちである。

 そして三連戦のため、上杉がもう一度投げるのは難しい。

 甲子園のように中一日で投げる気は、上杉にはあった。

 それどころか三連投する覚悟まであったのだが、さすがに首脳陣もそこまでは求めない。


 シーズンの終盤から、上杉に疲れがあるのは分かっていたのだ。

 それでもなお、他のピッチャーで代えが利く存在ではない。

 去年の25勝1敗に比べると、今年は23勝3敗。

 化け物であるのは間違いないが、わずかにそのパフォーマンスは落ちていた。


 そしてタイタンズが連勝し、セ・リーグのクライマックスシリーズは、ライガースとタイタンズの対戦となる。

 因縁深い両チームによる、セ・リーグの代表決定戦となった。


 タイタンズはこの数年、他球団のFAとなった主力を、とにかく獲得してきた。

 その乱獲とまで言われた補強により、確かに選手層は厚くなった。

 だが選手さえ集めれば勝てるかというと、そんな単純な話ではない。

 問題はバランスなのだ。

 生え抜きの選手がちゃんといて、チームがシーズンを通して戦っていくだけの余力がある。

 それが単に大砲だけをそろえても、ポジションが競合したりするわけだ。


 またせっかくFAで取ったとしても、活躍してくれるとは限らない。

 NPBのFA権は最短でも入団から八年と、一軍で結果を残し続けなければ獲得出来ない。

 大卒の選手であれば、下手をすれば衰えが見え始める30代に、FAとして市場に流れるわけだ。

 そしてここでも選手の高齢化、また過去の栄光に固執してチームとして結束しないなど、色々な問題が出てくる。

 だがその状態でチームの核になる選手がいたら、それは確かに強くもなるのだ。


 ピッチャーとしては高卒即戦力と見られながら、謎のイップスもどきでコントロールに苦労した本多。

 そして生え抜きという点では、大介に隠れてはいるが今年39本のホームランを打っている井口。

 ここに贅沢に獲得したリリーフ陣を加えると、タイタンズは立派な強豪球団になるわけである。




 とにかく意外ではあったが、考えなくてはいけないのは確かだ。

 気分はもう上杉状態であったが、それでも上杉に比べれば、本多も加納も荒川も、そうたいした難敵ではない。

「てか、荒川さん、在京圏内のプレイだけで契約してるはずだろ。あれどうすんだ?」

 投手陣からの指摘に、はっとする打線陣である。


 荒川は契約の制限があるため、なかなか最多勝などは望めない選手である。

 だが今年のタイタンズで、一番の貯金を作ったのが荒川であった。

 荒川の関東を出ない理由は、球界でも良く知られている。

 

 施設から子供のない夫婦に引き取られた荒川は、両親への強い愛情を持っている。

 持病により病院から離れられない母のために、FAでタイタンズに行ったのだ。

 完全に関東圏専用機の荒川であるが、日本シリーズではなくクライマックスシリーズは、優勝チーム以外は上位チームの球場に乗り込む必要がある。

 スターズは神奈川のため、荒川の条件に合っていた。

 だがライガースとは甲子園で戦うことになる。


 とりあえず初戦は、タイタンズは本多を登板させる。

 意外とプロ入り後に苦しんだが、今年は勝ち頭になっていて、ようやくそのポテンシャルを発揮している。

 ただ、調子の悪い時はそうそうに交代している。

 高校時代はあの過酷な東京のトーナメントの中で、しっかりと甲子園にまで勝ちあがっていたものだが。


 ライガースの先発は、今年のエースの大原ではなく、数字自体は大原よりも優れている山田である。

 今年はタイタンズとのカードでは、二勝一敗。

 負けた試合でも三失点に抑えていて、序盤のまだ戦力が整っていなかった状況であった。

 シーズン全体では25先発の15勝3敗。

 大原にはわずかに劣っている成績であるが、イニング数こそ負けているが、他の数値ではおおよそ勝っている。


 チーム力の総計で言うなら、確かにタイタンズの方が上であったのだ。

 だがプレイオフの短期決戦では、いかに尖った戦力を用意出来るかが、勝敗を分ける。

 しかしその最大戦力である上杉が負けてしまうと、他のチームメイトにも影響が出てしまう。

 今年のスターズは本来の強みの上杉のカリスマ性が、悪い方向に出てしまったと言えるだろう。

 エースが倒れればチームも負ける。

 そんな高校野球のような空気が、スターズを支配していたのだ。




 ものごとは全てに面性を持つ。

 タイタンズがスターズに勝ったというのは、色々と細かい理由がある。

 大きくは上杉を打てたからだという理由になるが、まずこれ一つと言えようか。

 

 上杉が打たれても、あとの二戦に勝つという可能性はあったはずなのだ。

 タイタンズがどれだけ選手を集めたと言っても、それには限界がある。

 それにその中に、上杉以上のピッチャーは一人もいないのだ。


 勝つことだけを考えていたタイタンズと、負けた時のことを全く考えていなかったスターズ。

 上杉が負けた時点で、二戦目も終わっていたのはほぼ間違いない。

 ライガースはそれに比べて、三日間の時間があった。

 上杉に勝たなくてもいいというだけで、完全に楽になったはずの戦い。

 だが上杉用に張り詰めていた意識は、確実に緩んでしまったのであった。

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