第206話 貪欲

 四年連続でペナントレースを制したライガース。

 過去には昭和の時代に、タイタンズが不滅の長期覇権を誇った時代もあったが、現在では戦力均衡がそこそこ機能しているため、一つのチームがこれほど長く覇権を持つことは珍しい。

 その前には二年連続でスターズが優勝している。

 なお球界の盟主を自認するタイタンズが、これほどまでリーグ優勝から遠ざかることは、球団創設以来初めてのことである。


 上杉からの勝利は、かなり運が良かったのは確かである。

 しかし第二戦を力尽くでものにしたのは、選手全体に勝利への貪欲さがあるからだ。

 上杉を打つために、毎年のように打撃を補強した。

 大介を封じるために、毎年のように投手を補強した。

 ドラフトで上手く選手を獲得できなくでも、FAと外国人によって、よりその戦力は上がっていたはずなのだ。


 スターズなどを見るとそのスタメンがほぼ固定化されていて、安定していると言えばいいのだが控えの選手との実力差が大きいとも言える。

 それに比べるとタイタンズは、明らかに選手が余っている。

 タイタンズで生え抜きの選手が、むしろFA権を取ると出場機会を求めて、他球団に移籍するということがあった。

 このあたり球団のチーム編成も、無理が選手の間に歪な関係をもたらしているとも言えよう。

 しかしこの年、タイタンズでチームを引っ張ったのは、投打に生え抜きの二人であったと言えよう。


 五年目の本多勝は、三年目あたりから本格的に一軍に定着したが、今年はチームの勝ち頭となった。

 17勝5敗というのは、普通の年であれば沢村賞の候補と言ってもいい。

 実際に完投や奪三振も多く、球界を代表するエースに育ったと言ってもいいだろう。

 ただ負ける時は派手に炎上したりもする。


 対するライガースは、勝ち頭や勝率などでは大原に譲ったものの、間違いなくチームのエースである山田。

 そろそろ育成の星などという呼び名ではなく、こちらも球界を代表するエースになってきたと言ってもいい。

 今年は25先発15勝3敗と、ライガースの先発陣の中では、ナンバーワンの防御率を誇る。

 それなのに大原に勝ち頭と貯金の数で負けるのは、やはりイニングを食われたからか。

 山田はこの数年、年間にちょっとした怪我などで故障者リスト入りしたため、今年は大切に使われたということがある。

 そのおかげで完全にローテを守ることが出来たが、リリーフ陣の安定しなかった中盤までは、勝ちを消されることもあった。


 リリーフ陣が安定してからは、同点の状況でマウンドを降り、そこからリリーフに勝ちが付くということもあった。

 だがどちらにしろ昨年よりは多くの勝利と貯金を増やしているため、今年の年俸更改はウハウハ気分で迎えられるだろう。

(そのためにも日本一になって優勝査定を!)

 山田のインセンティブの中には、クライマックスシリーズでの成績も含まれていたりする。




 試合はタイタンズが先制して始まった。

 今年が29歳のシリーズで、完全に肉体と経験が上手く組み合わさった状態の山田だが、それでもプレイオフの先発というのは緊張するものである。

 フォアボールでランナーを出した後、抜けた球を一閃。

 長打でランナーが一人帰って、そこからは気分を変えて投げたものの、先制点は大きかった。


 一回の裏、ライガースの打線はシーズン中と同じく、一番の毛利から。

 毛利は中学生の時に、帝都一が優勝した甲子園を見ている。

 そして一年生ながら、甲子園で投げたのが本多である。

 超強豪の帝都一にいながら、三年時には四番でエース。

 毛利の目から見ても、本多は別格の存在であった。

 だがその本多を、春の関東大会で破ったのが、白富東なのである。

 

 甲子園では対戦したが、大介と同じチームになって思ったのは、よくこんな化け物を、あそこまで真田は抑えたな、というものである。

 一年生の夏はともかく、二年生の夏は毛利もスタメンで対決した。

 もっとも試合においては、直史に完全に封じられた記憶しかない。

 あれは野球をやってきて、最大の悔しさではあった。

 だが同時に、あそこまで試合を支配するピッチャーが、現実にいるというのは感動すらした。


 直接戦ったことはなかった、三歳上の上杉。

 そして同じ歳であった武史とは、全く違ったタイプのピッチャー。

 大学へ進み、伝説を作り、そしてその最後を神宮で飾ろうとしている。

 プロの世界へは来ない。

 なぜかと大介に聞いたところ、来る理由がないという返事であった。


 佐藤直史は、プロ野球に興味がない。

 人生の中心に、野球を持って来るつもりがないのだ。

 なんでそんな覚悟の人間が、あそこまでの技術を手に入れることが出来たのか。

 別にプロにはなるつもりがないだけで、野球自体は好きだったからだ、と大介は言った。

 大学に入学してから、球速を10kmも上げる人間が、そんなことを言っても信憑性がないのだが、結局球団から送られた調査書に、一切の返事をしていないことは聞いている。

 ドラフトまでにはまだ少し時間があるが、それまでに志望届を出さなければ、大学生はドラフトにかからない。

 そして今のシステムであると、大学生はドラフト以外での入団は出来ない。

 

 どうしても打ちたいピッチャーだ。

 本多もとんでもないピッチャーだが、あれとは完全に違う。

 いつか必ず、どこかで対決出来る。

 今はそのために、本多を打つ。




 先頭打者にヒットを打たれて、次のバッターに進塁打を打たれてしまった。

 ワンナウト二塁で、三番の大介の打席。

(まあそうなるよな)

 タイタンズは即座にベンチから、申告敬遠である。


 甲子園の大観衆が、総じてブーイングである。

 これは本多が悪い。

 ツーアウトからなら、勝負させてもらえただろう。あるいは、ランナーを一塁にとどめておくか。

 それに失敗したのだから、大介を歩かせるのは当たり前のことである。


 ワンナウト一二塁になって、バッターは四番の金剛寺。

 タイタンズの懸命な分析の結果、金剛寺には弱点が出来ている。

 おそらくは加齢による、視力の衰えだ。

 単純に老眼だとか、そういうものではない。

 動くものにピントをあてる目の筋肉が、もう瞬間的には動かないのだ。


 それでも外角ならば、まだ打てる。

 内角を攻めていけば、カットしてくるしかない。

(43歳だからな。もう今年のシーズン中には、自分でも分かってただろうに)

 それでも試合に出続けて、20本以上もホームランを打っていた。

 全てはチームのために。

 大介と西郷だけでは、まだライガースの打線は弱かったため。

(引導を渡してやる!)

 ストレートを打ったが、ボールはふらふらとセカンドの頭上に上がっただけであった。




 タイタンズの首脳陣としての考えは、大介とはまともに勝負しないことが上げられる。

 ただし本多のフォークは、数少ない大介から三振を取れるボールではとも思われている。

 勝負するときは、勝負しなければいけない。

 だがそれは、この状況ではない。


 続く西郷に対しては、本多も警戒している。

 ワールドカップにおいて、西郷とは同じチームに属していた。

 外国人に全く劣らないパワーを、西郷は持っている。

 だがそれに対しても、本多は必要以上に恐れたりしない。


 天性の直感による駆け引き。それが本多の力である。

 西郷には外野に運ばれたが、定位置から数歩後退した程度。

 スリーアウトで、まずは初回を乗り切るタイタンズであった。




 ライガースは大介を上手く勝負させることが出来ない。

 勝負させたとしても、本多の執念が今日は上回っている。

 シーズン中の対戦もあったが、本多もまた明らかに、シーズン中よりはギアを上げている。

 他にもライガースには、スターズが来ることを念頭に、計算していたということもあったろう。


 タイタンズの最大の強みは、その選手層。

 他のチームならスタメン間違いなしという選手が、ポジションの都合で代打として使われることが多い。

 どちらかと言うと貧打のスターズをイメージしていたのが悪かったのか。

 山田はそれほど悪くもないピッチングなのだが、平均した程度には打ち込まれる。

 三点の差がつくまでは、しっかりと投げている。

 問題は打線の援護がないことだ。


 二打席目の大介はツーアウトから打順が回ってきた。

 ランナーは三塁に毛利がいて、クリーンヒットなら一点という場面。

 だが大介も、100%ジャストミート出来るわけではない。

 叩いたボールは勢いこそ強かったものの、ショートの正面である。

 むしろボテボテであった方が、内野安打になった可能性は高かっただろう。


 二打席目を終え、そして三打席目は、打ったが単打で打点もつかない。

 大介の後の金剛寺と西郷を、本多は封じている。

 MAX158kmのストレートに、他にも球種はあるのだが、特にフォークが上手く決まる。

 ストンと落ちるフォークが空振りを取る。

 打たせて取るタイプの変化球ではないだけに、ライガース打線も攻略が難しい。


 六回を終えたところで、両軍はピッチャーの継投に入る。

 スコアは3-0でタイタンズのリードである。




 おそらくタイタンズが他のどの球団よりも強いのが、このリリーフ陣である。

 野手をFAなどで取っても、ある程度はポジションがぶつかり合う。

 だが現在の野球においては、中継ぎをどれだけ充実させているかが、そのまま成績につながってくる。


 思えばライガースもその通りであった。

 調子を落としていた琴山と、開幕に間に合わなかった真田を、二軍で調整してから一軍で、リリーフとして使って成功した。

 上杉のワンマンチームのようなスターズであっても、リリーフには駒が揃っている。

 最高勝率を取った大原も、リードした場面でリリーフに託して、そのリードを守ってもらった試合がある。

 大原はこれに加えて、リリーフ陣が弱かった時には完投レベルのピッチングも出来たので、あそこまで勝率が上がったのだ。


 山田の後のリリーフ陣は、一点も取られなかった。

 しかしそれはタイタンズのリリーフ陣も同じことが言える。

 今年は七回を任されることが多い岩崎。

 勝ち負けがほとんどついておらず、ホールドを記録しているのが素晴らしい。

 中継ぎでもここまで活躍していれば、年俸は上がるというものだ、

 もちろん大介には及びも付かないが。


 上杉が負けた試合ほどではないが、タイタンズにいい流れがある。

 その理由としては、いったいなんなのだろうか。

 山田が三点取られたのは、タイタンズの打線からすれば、それほどおかしなことでもない。

 問題はやはり、本多を打てなかったことか。


 とにかくギクシャクした試合だったと言うしかない。

 大介は三打数の二安打であったが、ホームランが出なかった。

 そして前にランナーがおらず、後ろのバッターが打てなかった。

 それが結局は、敗北という結果に出た。


 地元の試合であるのに、初戦を落とした。

 本多は出来に波があるが、今年は全体的にいい波であったと言える。

 それがプレイオフにもつながっていて、スターズともつれたら三戦目の予定が、ライガースのこの初戦に回ってきたのである。

 考えるとタイタンズは、強力な先発陣を持っていると言える。

 上杉相手によくもまあ、という話である。




 そしてその試合の後、第二戦の先発が発表される。

 ライガースは山倉。今年もしっかりとローテを回したが、勝敗のついていない試合が多かった。

 それに対してタイタンズは、荒川である。


 荒川は関東圏の試合にしか出場しない。そういう選手であるはずだった。

 だがこの大事な試合において、背中を押してくれる家族がいた。

 荒川が甲子園で投げるのは初めてだ。

 だが関西圏の人情に訴える背景を、荒川は持っている。


 島野はまずいと思ったし、勘の鋭い者は同じように感じた。

 荒川が甲子園で見られるのは貴重である。

 そしてその背中には、他のどのファンよりも大きな、家族の期待を背負っている。


 この試合のためだけに、しっかりと調整して前日に、つまり今日関西に来ているのだ。

 確かに親が病気と言っても、慢性的なものであるから病状が急激に悪化することは考えにくい。

 ならば大切なこの試合ぐらいは、投げて母に見せたいと思う。

 そんな荒川のバックを守り、援護しようとする打線が、弱いわけがない。


 第一戦でやってきたなら、まだしもマシだったかもしれない。

 だが第一戦を勝利した上で、この第二戦に登板させる。

 ライガースの山倉とは、はっきり言って役者が違う。

 戦う前から敗北の雰囲気が、あるいは動揺がライガースを襲う。




 まずいとは思ったが、一日で雰囲気を変える方法を、島野たちは思いつかない。

 そもそも甲子園のライガースファンでさえ、貴重な甲子園で投げる荒川を見るのは、それなりに楽しみになってしまっている。

 そしてその悪い予感は、完全に当たる。


 荒川は八回までを一失点という、見事なピッチングを披露した。

 ここでも大介は封じられて、打点がついていない。

 山倉も五回を三点と、山田と同じようなぐらいには抑えたのだ。

 だがそれでもタイタンズの持っている勝利の空気を、変えることは出来なかった。

 結局は4-1という数字で、試合は決着したのである。


 本格的にまずくなってきた試合。

 ただ現実としては山田と山倉、そのうちの山倉はまだ、タイタンズを抑えきるのは難しいと思われていた。

 第三戦、タイタンズは加納を先発として、ライガースは大原を出すことになる。

 今年の先発陣では、上杉以外の唯一のタイトルホルダーであるが、実力は加納の方が上と言っていいだろう。

 問題は打線がどう機能するかだ。


 第三戦。ここで負けたら後がない。

 ライガースは体勢を立て直して、試合に臨むことになる。

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