第17話 対決の日

 大京レックスとの三連戦で、ライガースはチーム全体が機能不全を起こしている。

 だが一番明らかなのは、得点力の不足である。

 レックスとの三連戦での得点が、わずかに四点。

 西片、大介、ロイの三人は三割以上の打率をキープしているのだが、とにかく大介とロイを敬遠してしまえば、その後のバッターが打てない。

 打率自体は二割の半ばぐらいはあるのだが、チャンスでことごとく凡退しているというイメージである。

 実際はちゃんと打率どおりの成績は残しているのだが、そこで点を取ってもピッチャーがそれ以上に取られる。

 たった二点しか取られていない柳本が、打線の援護が一点だけで負け投手となったのが象徴的だろうか。


 そして次に当たるのは、神奈川である。

 甲子園にグローリースターズを迎えて行われる三連戦、ローテーションが一つずれたために、このままなら第三戦に上杉勝也が先発してくるはずである。

 だがその対決を喜ぶよりも、まずチームの雰囲気が最悪であった。


 レックスは二年前の最下位から順調にチームを再建し、現在は広島を抜いてセ・リーグの三位であった。

 そのレックスに三連敗したものの、まだライガースは一位である。

 今年は優勝を狙えると、完璧な補強をしたはずのタイタンズはフェニックスと最下位を争っている。

 そして次に対戦するのが、現在二位の、二年連続で日本一となっている神奈川である。


 現在のライガースは15勝6敗。

 それに対してスターズは13勝8敗。

 もしここで三タテなどを食らったら、首位が入れ替わる。

 そんな状況であるのに、いまいちチームに危機感が足りないように思う。




「俺からしたら入団一年目から、優勝を意識してるお前の方がおかしいよ」

 大介の部屋に集まって、黒田がそう発言する。

「なんで?」

「お前と違って普通の新人は、まず一軍に定着するのを目指すし、その次にはレギュラーを目指すからだよ。チームに貢献するとか優勝とか考える以前に、まず自分の成績が優先だ」

 首を傾げていた大介だが、どうにか納得出来ないでもなかった。

「高校時代なんか、ほとんど試合にも出なかったのに大喜びのやつもいたけど、金がかかってくるからか」

 金を稼ぐことをぶち上げた割には、大介の金銭への執着は薄い。

「お前みたいに絶対的な実績と自信を持ってても、普通は最初にプロの壁にぶち当たる」

 そう言うのは去年のドラ一、帝都大から入団した大江である。


 別に派閥を作るわけでもないのだが、大介の周りに集まる人間は、かなり固定化してきている。

 まず一番仲が良いのは、同じ千葉出身で、一年の夏に甲子園を争った勇名館の黒田である。

 最近は一軍に上がってきて、スタメンに起用されたり、代打で起用されたりと、明らかに実績が残せるかを試されている。

 そしてその黒田と競っている、去年のドラ一大江。

 同期では大卒の山倉と支倉、そして千葉時代に宿敵と思われていた大原。

 あとは高卒二年目ながら、ローテーション入りしかけている飛田。

 そして育成の星、そろそろ寮を出る頃かと言われている山田である。


 大介はまだ意識していないようだが、大卒の選手というのは、ある意味で計算高い。

 大学のリーグ戦では一つの敗北で優勝からの脱落となるとは限らないので、全体を通して必要な時に必要なだけ勝てばいい。

 切り替えが早いのはいいのだが、粘りがあらゆる面で弱いような気がする。

「とか言ったらどうよ?」

 ある意味不遜の極まりのような大介の言葉に、苦々しい顔をする大卒組である。

 ここで昨年、ドラフト三位から二年目でローテーション入りしかけている飛田が言う。

「大介、お前はレベルが違いすぎて、俺たちの気持ちは分からないよ」

「いや、それで済まされても……」


 飛田も高卒二年目で一軍に定着しかけているというのは、かなり立派なことである。

 しかし一年目はほとんど二軍で生活し、シーズン終盤の消化試合から一軍で活躍。今年は開幕から一軍にいる。

「入団前から大注目されて、バッティング練習では柵越え連発。オープン戦から結果を残し、開幕一軍のレギュラーだぞ。中学までは完全な無名だったようだけど、プロ入りしてからは挫折なんて一度もしてないだろ」

「まあ、それは確かに……」

 苦労人の山田に視線が行く。彼は高卒で育成指名で入り、一年目は完全にフォームの矯正にかけられた。

 二年目の二軍での成績を見込まれ、三年年目からは一軍で、そこで中継ぎなどが長く、先発に回されても勝てないことが多かった。

 変化球を磨いたことで去年ブレイクしたが、そこまでは長かった。

 四年目ぐらいからは、いつ首を切られるか、ひやひやしながら投げていたものだ。

 シンデレラボーイと呼んでも良さそうだが、育成から上がることの難しさも知っている。


 山田は正直に言う。

「俺たちみたいないつ首を切られるか分からない選手は、はっきり言ってチームの順位なんてどうでもいい。むしろチームが負けてた方が、若手を使ってみる機会が多くなるからな」

 全くオブラートのない意見に、さすがに唖然とする一同である。

「ただ俺みたいなタイトルを狙えるぐらいの立場になると、優勝もしたくなる。ご祝儀で年俸が上がるからだ」

 ただそれも一軍で、しっかりと成績を残した者のみである。

 二軍でどれだけ打っても投げても、優勝に貢献したことにはならないのだ。

 この中で対象になるのは、大介と山田、そして飛田くらいだ。

 もちろんレギュラーに定着して、成績を上げたら黒田たちにも関係はあるのだろうが。


 プロで勝つのは難しい。

 今更ながらにそんなことを思う大介であった。




 翌日、練習中のライガース選手陣を、激震が襲う。

 神奈川との三連戦、第一戦の先発ピッチャーが上杉に代わったのである。


 現在のプロ野球のシステムでは、シーズン中の試合は前日には翌日の先発ピッチャーの発表がなされる。

 もちろん急病や怪我などで、そのピッチャーが急に投げられなくなる場合もある。

 本日の場合は予定のローテーションピッチャーが、朝起きたら寝違えていたというしょうもない理由である。

 だがその場合は、谷間のローテーションピッチャーが使われたり、第二戦のピッチャーが繰り上げられたりする。

 普通ならピッチャーはローテーションを考えて調整しているので、前者である場合が多い。


 上杉は中四日だ。

 しかも三戦目のピッチャーとして、ちゃんと考えられている。

「まあでも、スパン的には無理じゃないのか……」

 クラブハウスで監督たちと共に、ミーティングを行う選手たちである。


 上杉は今年も、まだ無敗である。

 勝って当然、しかも完投勝利というのが多い。

 だが前戦では六回までに大きく点差がついたため、70球も投げていないところで交代している。

 だから体の消耗と回復的には、別段の問題はないはずだ。

 ただ中六日で調整してきただろうに、そこにいきなり登板で大丈夫なのだろうか。

 ……大丈夫なのだろう。上杉なので。


 大介の入団以来、甲子園球場の観客はほぼほぼ満席になっていた。

 だがこの日は平日のナイターにもかかわらず、完全に満席の上に立ち見まで出てきている。

 地方局とネット中継しかないこの試合であるが、それでも大阪界隈からは、人の姿が激減した。

 試合直前にネット申し込みが増えて、ライガース球団としてはホクホク顔である。

 まあお試し期間だけですぐに退会されるかもしれないが。


 本日のライガース先発は柳本と共に二本の先発の柱と言われる山田。ピッチャーの対決としても面白い。

 ここまで三登板して、三連勝を上げている。

 だがどうやら、その連勝も今日で途切れそうである。


 今日は負けても仕方がない試合。

 首脳陣も選手も、そんな雰囲気になっている。

 だが一人だけ、負けの空気を切り裂く者がいる。

「上杉さんなら、フォアボールはないですよね」

 大介はチーム事情など完全に忘れて、うきうきの気分である。


 大介は確かに、四球で逃げられることが多い。今のところほぼ一試合に一度は四球で歩かされている。

 しかし上杉であれば、逃げることなどないだろう。

 むしろ新人王の最有力候補の大介を、木っ端微塵にしてやろうと投げてくることを目的に、全打席勝負してくるだろう。

 プロ野球選手を意識した、大きな転機。

 こんな化け物がいるのかという、圧倒的な敗北感。

 人生を変えた投手との対決が、いよいよかなおうとしていた。




 敵チームの選手であっても、敬意を表される選手というのがいる。

 たとえばライガースであれば、金剛寺がそうであろう。

 足立も実績的にはすごいのだが、どこかマイペースなところが、そういった評価をされにくい。


 上杉もまた、まだ21歳のシーズンを迎えたばかりであるが、観客も対戦選手も、どこか彼を畏怖している。

 前年最下位だったチームを、ほとんど一人の力で優勝へ導いた。

 一シーズンに二度というノーヒットノーランを達成し、奪三振や防御率などは、過去の大投手と比べても異次元のレベルである。

 二年連続で沢村賞を取り、間違いなく今の日本で、最も強いと言われる大投手。


 大介の感覚としては、投手としては直史と同格と感じる。

 だが対決した時に感じるプレッシャーは、上杉の方がはるかに上だ。


 ライガースホームの甲子園での試合だが、上杉はここでも人気者である。

 四度も決勝のマウンドに立ちながら、一度として優勝のなかった男。

 三年の夏は、ルールが昔のままであったら、球数制限もなく最後まで投げきれただろう。

 それでなくても決勝でなければ、タイブレークにより投手力に劣る対戦チームが敗北していたはずだ。

 上杉相手なら負けても仕方がない。

 そんな空気が球場を支配している。




 だが選手としては、そんな空気に染まるわけにもいかない。

 たいがいの選手は染まりかけているのだが、少なくともそれでも勝とうという者はいる。

 大介に加えて、先発の山田、そしてまだ上杉を知らないロイである。


 大介にとっては待ち望んでいた対戦だ。

 それに山田にとっては、この人を超えなければタイトルは一つも取れない。

 ロイも日本の最速投手とは分かっているが、メジャーに行けばそれなりにいるピッチャーだろうと思っている。もちろんこの認識は誤りである。


 上杉が先発と聞いて、大介はピッチングマシンのスピードを170kmに合わせた。

 このタイプのモデルは、上杉の登場までは、必要とされなかったものである。

 さすがのロイも驚いたのは、マシンの球速ではなく、それでも柵越えをしていく大介である。

「おいおい、あんなスピードに体を慣らしたら、遅い変化球が打てなくなるんじゃないのか?」

 通訳を通してそう訊いてみるのだが、選手たちの回答は同じである。

 上杉の球は球速表示は165kmとか出ていても、マシンの170kmよりも速く感じると。


 大介の後にマシンを打ってみるが、さすがにこれは当てるのが精一杯で、打つというレベルにならない。

 改めて上杉の記録を確認してみれば、プロ三年目でここまで43勝2敗という成績を残している。

 MLBにだって化け物はいるが、勝率が95%というのはありえない。

 負けた原因は自軍のエラーなどで、奪三振率が高すぎる。

「現実的に上杉先発の試合に勝つなら、わざと前半で点数を取らせて安全圏と思わせて、リリーフへ継投させ、そこで一気に逆転を狙うんだ」

「それは作戦というのか?」

 同じライガースの先輩外国人に尋ねたところ、そんな返事が返ってきた。


 実際問題として、そこまでリードが開いてしまえば、平均的な力のリリーフでつないでいって勝てる。

 だが五点差ぐらいでもひっくり返るということも、ないではないことなのだ。

「ピッチャーなんて一年通したら、何試合かぐらいは調子が悪い時があるだろう?」

「上杉にはないな。というか、崩れたところを見たことがない」

 ポストシーズンの試合では、リーグ戦よりもさらに数字を上げてくるので、普段から抑えて投げているということか。

 さすがのロイも想像だにしない、上杉との対決が始まる。




 甲子園で迎えうつライガースだが、実際にスターティングメンバーで上杉の名前が呼ばれると歓声が上がる。

「ホームのアドバンテージはないのか?」

 段々と恐ろしくなってきたロイであるが、上杉が相手の時はない。

 上杉相手なら負けたとしても、いい試合をしてくれればそれで満足なのだ。

「アメリカにはそういうプレーヤーはいないのか?」

 大介はそう尋ねるが、確かに国民レベルのスターというのはいないではない。

 しかし満席で立ち見もいる甲子園は、ロイも初めてなのである。


 こんな空気の中、ライガースの先発山田は、一回の表をしっかり三人で抑えた。

 だが一回の裏、上杉がマウンドに登ると、それだけで歓声が上がる。


 これは異常だ。

 支配的なプレーヤーというのはいるが、ここまで極端な選手がいるものなのか。

 大介も金剛寺が離脱するまでは試合において支配力を発揮していたが、その怪我による離脱後は、敬遠気味の四球の数を考えても、成績が落ちている。

 プレーヤーはプレイをしていないと、感覚が麻痺してくるのだ。金剛寺が戻ってきて、ピッチャーがフォアボールで歩かせる数を減らさないと、勝負勘が鈍るだろう。

 ロイとしては金と出場機会が目的で日本に来たのだが、この小さなスーパープレーヤーが満足なチャンスを得られないのは、さすがに気の毒に思える。

 そうは思ってもロイに出来ることは、大介の後でヒットやホームランを打ち、四球で逃げさせることを減らすぐらいなのだが。


 当然だがロイは、既に上杉の投球を映像では確認している。

 だが直接目で見るのは初めてだ。

 投球練習でも彼の体感で100マイル(=161kmほど)は出ていると感じる。

 だがこのストレートは、ただ速いだけではないとも感じる。


 一番バッターは西片。ロイの見る中でも、かなり上手い打者ではあると思える。

 それがあっさりと三振。球速表示は全て160kmを超えていた。

 二番は石井。今期ポジションのコンバートが良かったのか、打率を上げてきている三振の少ないバッター。

 それがまたあっさりと三振した。


 確かに日本人では、160kmを投げるピッチャーは少ない。

 スピード表示の単位が違うので、どうもはっきりとは言えないが、少なくとも打てないほど速いと思ったストレートは見たことがない。

 だがこのピッチャーは、ここまで全て160kmオーバーのストレートを投げてきている。

 しかし速いだけなら、大介なら打てる。

 ロイの目の前でネクストバッターサークルから立ち上がった大介は、ゆっくりと打席に向かう。


 長かった。

 大介は、まずそう思った。


 初めて見たのは、練習試合で帝都一から三振を奪いまくる姿。

 だがあれはあくまで練習試合で、公式戦で見た姿とは違う。

 甲子園であの帝都一を、完封した試合。

 そしてあのグラウンドで、対戦したわずか一打席。

 テクニックや駆け引きではなく、完全にパワーで負けたあの日。

 あれからずっと、大介はこの人を追いかけてきたのかもしれない。


 オープン戦でも対決はなく、ローテーションの関係でここまで対決は実現しなかった。

 だが、いよいよここで。

 遂に実現しなかった甲子園球場で、お互いが既に立場を変えて、真っ向からの勝負をしようとしている。


 竜虎相搏つ。

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