第16話 流動

 大阪ライガースの助っ人外国人ロイ・マッシュバーンは期待以上のパフォーマンスを見せてくれた。

 五番に入って早々に、二試合で打点を上げたのだ。

 アメリカのバッターは日本に来ても、案外ストライクゾーンの違いや、変化球の主流の違いで、結果を残すのに時間がかかったり、全く野球とは別の要因で活躍できなかったりする場合もある。

 だがそこはさすがにセイバーの目利きと言うべきか、ロイはいきなり適合した。


 ホームで迎えうつ二度目の対タイタンズ三連戦。

 初戦、タイタンズのピッチャーはエースである加納の調子が悪く、調整のため二軍に落ちている。

 対してライガースは、既に二勝をしている山田が三試合目の先発。

 ここは問題なく勝てた。ロイは五番にいて、大介をホームに帰すタイムリーを打ってくれた。


 そして二戦目は打撃戦となる。

 六回も打席が回ってきたこの試合であるが、大介はそのうちの半分を歩かされた。

 腹立ち紛れに盗塁を二つほど決めたが、そうなると次の金剛寺も歩かされてしまったりする。

 だがここで次のロイが打ってくれて、大介はホームを踏む。

 そして少し点差がついたところで、ランナーなしの状態で投げられた甘い球を、ライトスタンドに運んで七号ホームラン。

 ここまでは良かった。


 先発三試合目ながらまだ勝ち星のついてない高橋は、今日も途中でリリーフに任せたものの、常にライガースがリードしていたため、ようやく一勝目が見えてきた。

 そんな中でハッスルプレイの金剛寺が、サード後方へのフライを取りに行く。

 伸ばしたグラブの中にボールは入ったのだが、倒れこんだ時に肩をサードベースにぶつける。

 痛みが引かず、そのまま病院に搬送。

 結局これは左肩鎖関節靭帯損傷で、一ヶ月弱の戦線離脱となるのであった。


 それでもこのプレイは逆に打線陣を奮起させ、点差を広げて高橋へ今期初勝利を捧げた。

 しかし二連勝からの第三戦。先発は二軍から上がってきたばかりの八木。緊張の中徐々に失点しながらも、チームも援護してリードする展開。

 今度は島本にアクシデントがあった。

 コリジョンルールによりホームでのクロスプレイは少なくなったが、ホームに突っ込んだ相手チーム選手に追いタッチを仕掛けたところ、捻った足がふくらはぎの肉離れ。全治三週間。

 正捕手の離脱に動揺し、せっかくこの試合もリードしていたのに、徐々に点差をつめられる。

 わずか一点差で迎えた九回、ライガースはクローザーの足立を投入する。

 ツーアウトまでは簡単に取ったものの、最後のピッチャー足元へのライナーを、スパイクで蹴る。

 いいところに跳ねたボールをサードが捕って一塁送球のアウトでゲームセットとなったのだが、この時の打球で足立は全治二週間の打撲と診断された。


 タイタンズは三連敗をしながらも、ライガースの主力の三人を潰していってくれた。

 ライガースももちろん、この状況の中で対応を迫られる。

 二軍からなんと黒田と、去年のドラフト一位大江が上がってきたのである。

 確かに両者とも、サードは出来るのだ。




 ライガースの首脳陣は頭を抱えていた。

 とりあえず打順の方はロイを四番として、あとはサードを黒田に大江、他にも何人かを入れ替え、コンバートもしながら試すほかない。

 金剛寺も今期絶望とかいうレベルではないし、島本も毎年どこかは痛める選手だ。

 次のキャッチャーを育てるためにも、積極的に使ってはいなかければいけない。

 幸い代わりにマスクを被る風間は、若手ながらもベテラン揃いのピッチャーとは円滑な人間関係を築けている。


 問題はピッチャーである。

 クローザーにはベテランでセットアッパーの青山をスライドさせる。

 青山もデビューから数年は先発で結果を残していたし、ベテランの中継ぎとして、調整するのには慣れているはずだ。去年までも何度かあったことだ。

 ただそうすると、中継ぎが弱くなるわけである。それに青山には、足立ほどの確実性はない。


 中継ぎは今年、試合の変な流れで四つも勝ち星がついている琴山を除くと、他のベテラン陣は信頼性が薄い。

 それにどうせ、先発のローテーション投手も、そろそろ誰かは電池切れで落ちてくる。

 ベテランはペース配分に優れてはいるが、ペース配分だけを考えて勝てるほど、甘い世界でもないのだ。

 どこかで無理をしてでも防御率を下げるなり、クオリティスタートを守るなりはしていないと、二軍で休んでこいとなったり、年俸が下がったりする。


 ライガースのベテラン陣はだいたい、子供の進学にお金がかかるぐらいの時期に入っている。

 世間ではこれからも給料も上がる40代には、ほとんど引退しているのが常識である。

 だからそれまでに貯金をしておくか、それでなければ資産運用などをして、お金を貯めておく必要は絶対にある。

 だが野球選手、特に高卒の選手などは、若い頃から高給で金を使うことに限度がないので、引退後にはものすごく困ったことになったりする。


 現場はともかく編成部も、ベテランがずっとそれなりに成績を残すというのは、問題があるのである。

 ピッチャーなどはローテーションを守っていれば黒星が一つや二つ先行しても、年俸を一気に下げる理由にはならない。

 球団運営的には、安くて若い選手をどんどん使っていかなければ、ベテランだけだと金がかかるのである。

 足立などはまだ成績がはっきりとしているのでいいのだが、高橋などはローテーションは守っているものの貯金がそれほど計算出来るピッチャーではないので、そろそろ引退してもらってもいいはずなのだ。

 ただそう思ってもスタッツでの貢献度を考えると、必要な選手となってしまう。


 年俸の計算などは確かにその年の成績だけを見るものだが、球団運営やチームの長期的な視野を考えると、一時的に成績を落としてでも、若手を使っていかなければいけない。

 それを最小限にするには二軍でしっかりと育成しなければいけないわけだが、ライガースのドラフト新人は、なかなか育ってこないのだ。

 山田などは育成の星などと言われているが、あれはコーチの言うことなど全く無視して、自分で勝手に育ったものである。

 とにかくライガースは、現場も首脳陣にブレがあるし、編成にも問題がありすぎる。

 溜め息をつきつつも、全く先行きが見通せない首脳陣であった。




 選手の間にも嫌なムードは漂っているが、誰かが怪我をしたということは、自分がスタメンを掴むチャンスでもある。

 ポジションというのは簡単に空くものではなく、綺麗ごとを言ってられるのは、少しの故障でも使われると決まっている大物だけ。

 特に若手がチャンスを掴み掛けた時の、他人を蹴落とす執念は凄まじい。

 プロ野球選手というのは華やかな世界に思えるが、チャンスを掴めなかった人間や、蹴落とされていった人間の数は凄まじい。


 大介は中学時代までは、チャンスもろくに与えられない立場だった。

 それが高校時代には一年の春からという、千葉県以外には、そして白富東以外には、まずありえない条件によってスタメンデビューした。

 また父のことからも、野球選手という華やかな職業が、同時に運の悪い事故一つで完全に失われるものであるとも思っている。

 そんな人間であるから、なかなかプロ野球選手を現実的に職業とすることには至らなかった。

 決断を後押ししたのはいくつか理由があるが、上杉勝也の存在が大きいだろう。


 人間には二つの性質がある。

 現状を維持したいという性質と、より良く変えていきたいという性質だ。

 ただこれは不思議な部分もあり、明らかに不満を感じるべき環境でもそのままを望んだり、人が羨む環境から身を落としたいと思ったりもする。

 大介は基本的に、性格は全般が前向きだ。

 そして単に楽観的なわけでもなく、過去の体験から慎重さを備えてもいる。


 既にスタメンとなり、完全な主力と見なされている大介としては、中核選手がいなくなったことで、チーム力の低下を恐れていた。

(だったはずなのに、こりゃなんだ?)

 金剛寺も島本も足立も、後輩からは慕われる看板選手だった。

 三人ともライガース一筋という、今どき珍しい人間だ。

 それでも三人がいなくなったことを喜び、自分がその椅子を掴み取ろうとしている。


 大介には分からない。

 確かに挫折にも似た経験を持っている大介だが、なんだかんだ言って母親一人の収入でも、まともに成長出来た大介である。

 幼少期の忙しい頃には、父が面倒を見てくれた。

 引退した野球選手が、しょんぼりと暮らしていく背中を見ていても、今まさに己の稼ぎにこだわる姿は、自分に絶対的な自信を持つ大介には分からないのだ。




 甲子園に大京レックスを迎えて行われる三連戦。

 ライガースの先発はエース柳本で、レックスは吉村の先発と決まっている。

 全体的に、チームの雰囲気が重い。

「つーわけなんですけど」

 大介が話しかけたのは、相手チームの吉村であった。

 そして同時に吉村の高校時代の先輩であり、ライガースのスタメンの座を狙っている黒田がいる。

「まあ野手とピッチャーは色々違うけど、その辺どうなのよ、黒ちゃん」

 頭を抱える黒田である。これは他チームへの情報漏洩でもある。


 大介は天才だ。

 少なくとも高卒でいきなりプロの中軸を打つというのは、まずありえないレベルでの天才だ。

「お前はさっさと六億円稼ぐとか言ってたけどな」

「稼ぐじゃなくて貯金ね。年俸半分は税金になるから、そこは大事」

 大介はこだわるが、そこは黒田には関係がないのだ。


 溜め息もつきたくなる。自分との圧倒的な次元の違いに。

「金剛寺さんがいつまでもレギュラーだったら、黒ちゃんはずっと控え、下手すりゃ二軍だ。いいかげんあの辺の選手は引退だろ」

 吉村はそう言うが、金剛寺を脅かすような選手が育たないというのも、間違いではないのだ。

 今年で40歳になるのだが、去年のシーズンでは怪我によって打点やホームランこそ伸びなかったものの、打率や出塁率、OPSではリーグで10位以内に入っている。

 そんな四番を脅かす存在は、なかなか現れない。


 一番良かったころの成績が36歳であるのだから、晩成にもほどがある。

 だがそこからは確実に毎年成績を落としてきている。

 故障も多くなり、それで負荷の強いトレーニングも出来ていないからだろう。

 だからといって金剛寺の代わりになる四番などいない。

「お前が四番打たねえの?」

「俺は三番打者最強論者だから」

 吉村にそうふられても、大介の中にはもう、三番打者の魂が刻み込まれている。




 チームとしてのバランスが崩れてきている。

 それは大介のみならず、ベテランや首脳陣も感じていたことだ。


 この第一戦、エースの柳本を投入しながら、ライガースは敗北した。

 わずか二失点に抑えても、味方が一点しか取ってくれないのなら仕方のないことだ。

 完投しながらも敗戦投手というのは、フラストレーションも溜まるものだろう。


 そしてこの試合でついに、開幕から続いていた大介の連続試合安打も途切れた。

 もっとも二度も歩かされてしまえば、仕方のないことなのかもしれない。

 幸いと言っていいのかどうか、連続出塁記録はまだ続いているが。


 二戦目も敗北した。レックスが投入してきたのは、なんと前日に二軍から上がってきた高卒新人。

 甲子園で肘を壊してまで投げようとした、石垣工業の金原であった。

 当初予定ではローテが崩れたことで、先発経験をさせるためだけのつもりであったらしいが、五回まで無失点で試合が進めば、そうそう代えることも出来ない。

 それに新卒一年目の選手、特に去年までは高校生だった人間が自信を持つと、一気に化けることがある。

 東京の方角からは「こんなに早く全力を出させるな!」というスカウトの絶叫が聞こえたかもしれないが、レックス首脳陣は慎重に調子を見つつ完投させた。

 さすがに途中で一点こそ取られたものの、レックスは初回から先制していって、ライガース投手陣を機能させず、5-1で勝利する。


 レックスは二年前にリーグ最下位になってから、補強ポイントを左投手に絞っていた。

 それが吉村の獲得につながり、島を競合で逃したものの、金原という拾い物を獲得したわけだ。

 同期の上位指名がまだまだ初勝利を上げていない中で、八位指名である金原が、初登板で初完投、初勝利を上げたのであった。


 これはまずい、と選手たちも思う。

 地元で三連敗というのはファンに向けてもまずいのではあるが、内部的に雰囲気が悪くなる。

 ここまで全てのカードを勝ち越してきたのが、初めての負け越しならぬ三連敗となる可能性が高い。

 甲子園のお客さんは、応援する時も気合が入っているが、不甲斐ない試合には罵声を浴びせてくる。

 ただそれでも第一戦の柳本の場合などは、打てなかったバッターの方が責められた。

 第二戦も先発の椎名は完全に崩れたわけでもなく、五点を取られたピッチャー陣よりも、高卒新人から一点しか取れなかった打線の方が責められた。


 ここで第三戦までずるずるといけば、果たしてどうなるのか。

 それに大介も、個人的に悩んでいた。

 相手のピッチャーが勝負してくれない。

 散々に打ちのめした吉村はともかく、対戦成績のない金原も、四球覚悟のコースに投げ込んでくるのだ。

 第三戦も打てる球がきたのは二打席だけで、それも四球気味となれば、打たざるをえない。

 しかし高卒ルーキーにこの四球連発など、プロがやることだろうか。

 だが結果として、レックスはライガースを相手に三連勝を成した。


 この三連戦、大介は七打数の一安打という、スランプと思われても仕方のないものである。

 しかし出塁率を見ると、12打席の六出塁で、出塁率五割。

 レックスの投手、白石に怯えすぎ問題とネットなどでは叩かれることになる。

 なお盗塁も三つ決めているので、実質は二塁打を打ったのと同じような成績である。


 ただ大介が盗塁すると、四番のロイも歩かされることが多くなる。

 そしてロイの加入前に五番を打っていた島本もいないとなると、二軍から上がってきた若手が下位打線で出場機会を与えられる。

 ハングリー精神に満ちた若手はそれなりにヒットを打つのだが、そしたら今度はその前後のベテランが打てない。

 このレックスとの三連戦が、ライガースの勢いを完全に止めることになったのである。

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