第187話 ツキのある男
そのようなジャンルにおいても、成功には間違いなくツキというものが存在する。
才能のある人間が、その才能を発揮する場所と時期を得られるとは限らない。
その意味で今ライガースで一番ツキのあるのが、大原であろう。
ここまで四度の先発で、防御率は三点台半ばながらも、四つの勝ち星がついている。
それも三度は完投である。
ライガースの若手の中では、去年もっともブレイクした一人。
そしてフェニックスとの第一戦も、対戦するピッチャーは谷間の先発となっている。
もちろんピッチャーとしては、山田や真田の方が総合的に完全に上回る。
だが長いイニングを投げられる耐久力は、大原の持つ最高の素質であろう。
チーム全体が悪い流れの中で、しっかりと粘り強いピッチングをしてくれる。
こういったピッチャーがいることが、強いチームの条件であろう。
あとはいまいちチームに勝ち運がない時でも、内野の守備崩壊などがない、
こういったあたり、チームは下位に沈んでいながらも、まだまだシーズンは始まったばかりだと、希望を持てる理由である。
三連戦の第一戦、大原は先発し、立ち上がりに一点を取られた。
だが一回の裏から、甲子園の大応援団が、ライガースの選手の背中を押す。
まだ攻撃面で、ライガースはスランプに陥ったりはしていない。
拙攻がある時もあるが、この試合からは金剛寺が四番に戻っている。
これは首脳陣判断であり、金剛寺と西郷を見て、金剛寺の打力が上だから四番に置いているわけではない。
ただ西郷が前にいると、40歳を過ぎても年に数度は盗塁をする、金剛寺の足が活かせない。
金剛寺の出塁率を考えると、西郷が五番の方が得点の期待値が高くなる。
やはり金剛寺が四番にいると、打線の座りがいい。
一回の裏、毛利が出塁してから大江が進塁打を打つと、大介がほぼ逃げられるような形のフォアボールで出塁する。
これでワンナウト一二塁で、金剛寺が打席に立つ。
ここで確実にヒットを打って、まず毛利が帰ってくる。
長打を狙いつつも、必要な時にはヒットを打つ。
単打でまず打点一をつけるのが、金剛寺のバッターとしての隙のないところである。
そしてまだランナーが一三塁というところで、五番の西郷。
西郷の後ろには長距離砲のグラントがいるので、ここでもまたヒットを打って、追加点を確実に取っていくパターン。
長打の多い西郷であるが、ミートも上手く、それで打率三割付近を保っている。
だがここは犠牲フライでも一点が取れるので、やはり高く上げていく。
外野フライという一つ低い目標を持って、ボールを高く飛ばす。
それがそのままスタンドに入ってしまうのが、やはり西郷なのである。
失点したその裏に、すぐにチームが得点し逆転してくれる。
間違いなく大原は、現在チームの中で一番、いい流れで投げているバッターだった。
五勝目がほしい。
大原は少しだけ欲張りながらも、下手に丁寧なピッチングをするのではなく、リードに従って攻めていく。
初回から失点したものの、その裏に一気に四点も取ってもらって逆転というのは、本当に運がいいのだ。
ハーラーダービーのトップを走る上杉は、既に五勝に到達している。
ただ一試合はリードしてリリーフ陣に託して、逆転された試合がある。
もちろん負け星がつくわけではないが、上杉に勝ち星で追いつくというのは、かなりすごいことだ。
四月の間に、四先発して全てに勝ち星がついたのは、もちろん長いイニングを投げて安定していないリリーフ陣に頼らなくて済んだということも大きいが、やはり味方の援護のおかげであろう。
三回の表にもまた一点を取られたが、ピッチング自体は安定している。
ただフェニックスも初回に四点は失ったものの、そこで先発を諦めることなく、二回以降はしっかりとライガース打線を封じている。
今年は開幕から、正捕手の東が全ての試合でマスクを被っている。
なかなか育たないキャッチャーというポジションであるが、東も休場することは長くとも、しっかりとその間に相手のバッターを分析して、打ってもかなりの打率と打点を残す。
本当に、怪我さえなければというキャッチャーなのだ。
ライガースの打線の力は、東にとっては想像以上であった。
ただ二巡目以降はしっかりと、球数を使ってでも点につながらないように抑える。
大原の防御率などを考えるに、まだ逆転が不可能な点差ではない。
ただ次の五点目が入れば、流れが完全に向こうに行きそうだと感じる。
一打席目の大介を歩かせたのは、正しい判断だったのか。
一応は勝負の気配を見せたが、ゾーン内には投げなかった。
一度ぐらいは振るかとも思ったが、後続を信頼しているのだ。
二打席目もライトフライに倒れてくれて、結果としては悪くはない。
東は今年は、少なくとも100試合以上への出場を目指している。
若くして正捕手の座を奪い、ベストナインにも選ばれていたが、膝と腰の故障以来は、どうしても稼動できる期間が短くなる。
そして今年チームは、慶応大の竹中を外れながら一位指名した。
高校時代には大阪光陰の正捕手として、三度の全国制覇に輝いた選手である。
打てて走れるキャッチャーとして、首脳陣の期待度も高い。
東があまり離脱を繰り返すと、東こそが二番手のキャッチャーになりかねない。
結果を残して、そして休まないこと。
難しいことだが、東はそれを目指すしかない。
今までは休んでも、怪我さえ治ればポジションが戻ってくるという安心感があった。
しかし竹中のセンスをちょっと見てみると、おそらく数年のうちには正捕手を奪われるだろうという感触がある。
キャッチャーはそれなりに怪我をしやすいポジションだ。
ピッチャーのボールをキャッチすることでさえ、怪我をして休まざるをえなくなったりする。
東のようにそれなりに怪我で長く働けないキャッチャーは、むしろバックアップとしての方が、ポジションとしては安定するのだろう。
ただ野球をやっていれば普通に、試合に出たいのは当たり前だ。
あとは試合に出ないと、給料が下がるというのはこれもまた当たり前のことで、これが一番大きな、試合に出なければいけない理由である。
七回の表、三点目を奪われながらも、ランナーがいなくなったところで大原は降板。
今のライガースのリリーフ陣では、一点差では安心出来ないところである。
だがここでリリーフに出てきたのは、今年の新人ながら、特に左打者の多いところで成果を出している品川。
ここでもランナーがいない状態から、しっかりとアウトを積み重ねていく。
そして七回の裏には、ツーアウトながらランナーを一人置いて、大介の四打席目である。
一番危険なバッターだ。
得点圏で強いとか、一発があるとか、決勝点をたたき出すとか、そういうものではない。
そういったもの全てをもって、打席に立っているのがこのバッターだ。
(内角はもう低めに外して、外も組み立て次第だけど、基本的には外していく)
そう考えていた東のリードであるのだが、大介は膝元の難しい球を、ゴルフでもするかのようにアッパースイングで打った。
あんなアッパースイングと言うよりは、文字通りゴルフスイングであるのに、どうしてこういう打球になるのか。
低い弾道を描きながら、ボールはセンターの一番深いところに突き刺さった。
グラウンドに跳ね返ってきたボールを、センターが溜め息をつきつつも回収。
大介は右手でガッツポーズをしながら、ベースを一周した。
打線とピッチャーの調子が、完全に乖離していたのが、今年のライガースであった。
だがピッチャーが失点して点差が詰まったところで、主砲が一発を打ってくれる。
あんな難しいコースを、どうしてあそこまで飛ばせるのか。
大介としてはまだまだ、納得がいった打球ではないのだが。
三点差になった。
大原はベンチでじっと試合を見つめているが、リリーフ陣も気合を入れている。
品川は八回も投げて、一回と三分の一を無失点無安打。
左のサイドスローとしては、リリーフ陣の中で、確実に存在感を高めつつある。
そして最終回はウェイド。
三振を一つも取らない、リリーフとしては珍しいアウトの取り方で、三者凡退。
品川にホールドが付き、ウェイドにセーブが付き、大原に勝ち星がついた。
五先発で五勝。
自力だけで手に入れた勝ち星もあるが、大原の投げた時は、どうにかリリーフが追いつかれずに済んでいる。
本日のヒーローインタビューも、勝ち投手となった大原である。
あとは追加点ではなく、初回にスリーランを放った西郷が呼ばれた。
今年の大原は、かなりツキがある。
だが今日は六回と三分の二を投げて、三失点であるのだ。ほぼクオリティスタートと言える。
防御率も下がって、いい感じである。
上杉さえいなければ、最多勝などの声も上がってくるだろうに。
それはさすがに無理としても、投手の月間MVPは取れたのではないか。
上杉は勝率も防御率も奪三振も、とても大原の及ぶ存在ではない。
だが完封しての一勝も、リリーフにつないでの一勝も、同じ勝ち星である。
そしてシーズンはまだ五月に入ったばかりで、いくらでも投げるチャンスはあるのだ。
プロに入って三年目で、ようやく一軍の試合で投げた。
しかし次のこの年には、最多勝ペースで勝ち星を積んでいる。
もちろん今がいいだけで、ずっとこの調子が続くとは限らない。
だが今のライガースにとって、一番ありがたいタイプのピッチャーが、大原のようなイニングイーターなのである。
ライガースの投手陣の復調は、まさに今日の試合において表れた。
だが二軍で調整している者は、まだ少し時間がかかりそうである。
そして首脳陣の中では、品川を先発で使ってもいいのではないかという声もあったりする。
ただ左のサイドスローというのは、中継ぎで投げてもらうのには便利すぎる存在なのだ。
真田が戻ってくるまでは、確かに左が一枚ローテにほしいのだが。
フェニックスとの三連戦の終わりは、世間でのゴールデンウィークの終わりである。
なのに大介たちプロ野球選手は、月曜日でお休みだ。
もっとも次の対戦が東京ドームなので、普通に移動に時間がかかるわけだが。
移動のめんどくささは痛感している大介である。
だいたいはいつも寝て過ごすか、ネットで拾ってきたトレーニングの方法の画像を見たりする。
あとは自分のスイングなども見たいのだが、手元にある機材ではさすがに無理なのだ。
移動の面倒さを思うと、在京球団がうらやましくなる大介である。
ただMLBなどは移動の過酷さはNPBとは比較にすらならず、飛行機でアメリカ中を飛びまわり、10連戦や20連戦も珍しくないのだとか。
まあそれであの高額年俸をもらっているのだと考えると、それぐらいはやらないといけないのかな、とは納得する。
注意すべきは現在、首位を走るタイタンズとの三連戦。
ここいらで確実に、差を詰めていく必要はあるだろう。
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