第188話 東京で三日間

 金遣いが粗くなってきているな、と自分を振り返る大介である。

 フェニックスとの三連戦は二勝一敗で勝ち越し、少しずつ借金を減らすように動いている。

 ここから三日間をタイタンズ、そして次の三日間を広島とで、遠征して戦うわけである。


 大介はツインズのマンションに、寮にある自分のパソコンと、同じレベルの性能を持たせて、ソフトをインストールしている。

 クラウド上から共有データを呼び出して、ライガース球団のコンピュータとも接続する。

 色々と金はかかるが、これで研究は万端になる。

「問題はいくら研究しても、純粋にパワーで負ける上杉さんなんだけどな」

 あそこまでいくと、知恵を使って統計的に勝つなどという、現代野球とは離れすぎている。

 時代錯誤かもしれないが、上杉との対決というのは、原始時代の石と棍棒の勝負のようなものだ。

 だが純粋ではある。


 自腹で早めに東京にやってきた大介は、そのまま駅でツインズと合流。

 マンションの駐車場から直通で、部屋へと向かうことが出来る。

 そこでいちゃつくことなく、即座に対戦相手のことを考えるあたり、大介は直史と比べると、間違いなく野球に真摯に取り組んでいる。

 直史と違ってこれが本職なのだから、当然のこととも言えるのだが。


 タイタンズとは既に、今季六戦している。

 本多が先発した試合だけは一点しか取れずに敗北しているが、あとは全ての試合で四点以上取っている。

 ただこのカードではローテが変わるので、少し展開は変わってくるだろう。

 第一戦は山倉が登板し、タイタンズは荒川。

 ここまで一勝二敗の山倉に対して、荒川は三勝0敗。

 そして脅威のクオリティスタート率100%である。


 山倉も悪い投球内容ではない。一度は上杉とやりあっているので、そこは約束された敗北も同然である。

 それでも五回まで引っ張って、あとはリリーフ陣が打たれて負けるというパターンが多い。

 一勝した試合では六回を二失点と、クオリティスタートに近い内容。

 五回までの成績を見れば大原と似たようなものなのだが、大原はそこからさらにイニングを投げていく。

 リリーフ陣の影響をあまり受けていない大原が、完全にローテ内で全勝しているというのは、やはり先発を引っ張るべきなのか。

 大原の姿もまた、一人のプロ野球選手の形である。



 

 時間が来れば、遠征に使うホテルに向かうことになる。

 大介はストイックに、ひたすら時間を分析に使ったのみであった。

「ちぇ~」

「お手入ればっちりしてたのに~」

 見送りもマンションの部屋の玄関までと、まだ世間の目を憚る逢瀬である。

 別に大介は独身であるし、ツインズも成人しているので、何かの問題になるというわけでもないのだが。

 二股というのは問題であるが、さてではどちらがどちらかなどと、面倒な話はベッドの中にまで忍び込んでこなければ分からないだろう。


 野球に集中したい大介を見送る二人は、これはこれで出来た女なのであろう。

 もっとも二人の方も、なかなか大阪にまでは会いにいけないが。

 学生であることのメリットは、時間の自由がつくこと。

 だが芸能人である二人には、忙しい時が多いのだ。

 この間、瑞希を酔っ払わせて聞いたことを、大介にしてもらいたかったのだが。

 シーズン中の大介は、ほぼほぼストイックな姿勢を崩すことがない。


 そして大介はホテルでチームに合流し、夜にはミーティングを行う。

 もっとも実際の試合は明日のナイターであるため、東京に来れば遊ぶやつは遊びにいくのだが。


 プロになって思ったのは、年間の試合数が多すぎるのではないかということ。

 いやむしろチームに比して試合数が多すぎると言うべきか。

 拘束時間が長すぎて、なかなかプライベートな時間を取るのは難しい。

 もっとも大介の場合は、野球以外にリソースを注ぐのが下手なこともある。

 ただ食事ぐらいならともかく、ナイターの前とは言え、二日酔いになるほど酔っ払うプロがいることは、大介には意味が分からない。

 まあ、それはあの上杉も、平気で酒は飲むらしいが。


 五つのチームと年間25試合も対戦するのだ。

 ピッチャー相手なら先発であれば、年に四回から五回は対決することになる。

(結局これが、あいつがプロに来ない理由なのかもな)

 大介は最近、直史のことをよく考える。

 日本のプロ野球において、まともに大介と対戦してくるピッチャーは、ほとんど上杉一人である。

 大滝などは対決ではなく、一方的に玉砕しにきているだけとも思える。

 その中ではタイタンズの荒川などは、計算高さと実力を兼ね備えた、なかなか有能なピッチャーだ。


 ツインズのところに行くのは、年間で何度もあることだ。

 だがあの二人といる時に感じるのは、性欲よりも安らぎの方が多い。

 いやもちろん、やる時はやるのだが。

(ナオとはもう勝負しないのかな)

 訳の分からない出来事が、大介の周りで起こっていたのは、むしろ高校時代の方が多かった。

 一年生の時は、まさかの甲子園出場。

 二年生の時は……そう、ツインズと一緒にいることが多くなって、それにイリヤが絡んだりと、野球以外でも大きく世界が広がった。


 ホテルにおいては明日の試合に集中する。

 東京に来たからといって、遊び歩いたりはしない。

(今の季節だと、大学は春のリーグ戦か)

 大介がツインズから聞くに、直史はどんどんとその技術を失っていっているという。

 この春のリーグ戦は、まだ登板すらしていないのだ。


 甲子園はともかくとして、ワールドカップはパーフェクトリリーフ、WBCでは決勝を完全に完封と、世界レベルでもほぼトップレベルの能力を見せた。

 だがその人生の先に、野球で生きていくという選択肢はない。

 ツインズから直史の今後の人生設計については聞いている。

 直史は精神的に、そして人間としての根本的な力が、ツインズよりも強い。

 そう、形容は難しいが、強いというしかない。

 だが頭脳は優れているが天才的というほどではないし、肉体においても本来は弟の武史の方が優れている。


 直史にあるのは、意思の力。

 そしてその未来をイメージする力。

 その未来の中に、大介と野球を通じて交わる機会は、もうないと考えているのかもしれない。


 それでも大介は、直感的に分かるのだ。

 自分たちの人生が、そんな単純な交わりだけで、済むはずがないと。

 何かが必ず起こる。

 ツインズやイリヤのような、訳の分からない力ではない。

 だがしっかりと、大介も未来を確信出来る。




 東京ドームが満員で、人があふれかえるような熱気を発している。

 タイタンズは今年、かなり調子がいい。

 スターズを抑えてリーグ順位は一位であるし、

 そして本日の先発荒川は、ここまで三勝0敗と、エース格としてチームを引っ張っている。


 考えてみれば荒川も、ローテの一角には入りながら、その先発数はやや少ない。

 家庭の事情があるのだが、それでも二桁の勝ち星を上げる。

 その荒川から、初回にいきなり先制点を上げるのが、現在のライガースの怖さである。


 大介と西郷の間に、金剛寺を挟んだことによって、各種得点の数値は上がった。

 大介は長打力があり、また盗塁をすることにも優れているため、二塁まで進塁することが多い。

 その状態からであれば、長打ではなくワンヒットでも、ホームにまで帰ってこれる可能性は高い。

 ここで確実に一点を取って、さらに打率もそれなりに高く、長打に関しては金剛寺よりも打っている西郷が、長打を狙っていくわけである。


 荒川から初回に三点を取れたのは、行幸と言っていい。

 そもそも荒川の防御率自体が、ほぼ三点であるからだ。

 地元でしか出場しないが、実質的には完全にエースの数字を残す荒川。

 ただこの日はあまり冴がなく、五回までに五失点という数字を残してしまう。


 一方の山倉は、そこそこの数字であった。

 六回までを投げて、三失点。

 現在のライガースの投手陣としては、まずまずの数字と言えるのだ。

 ただタイタンズもライガースのリリーフ陣が弱いのは、完全に理解している。

 待球策で球数を使わせて、頼りにならないリリーフに継投させる。

 ただしライガースも若手と入れ替えて、それなりの数字は出せるようになってきているのだ。




 最初から中継ぎである程度使うはずであった品川と、セットアッパー候補ではあるが、先発でも使いたかったキッド。

 今日のライガースは七回に品川、八回にクローザーのウェイド、そして九回にキッドという、左バッターに合わせた変則的なパターンである。

 これが上手く機能し、最終的には6-3でリリーフ陣での失点がなかった。

 ライガースの投手陣は、外国人選手が上手く機能している。

 それに勝っている状態ではあったが、ちゃんと一イニングを投げきった品川も良かった。

 左バッターだけではなく、右バッターにもある程度効果的。

 リリーフ陣に左が二枚いるというのはありがたいが、やはりここはキッドは先発に持って来るべきだろうか。


 こうやって第一戦を勝ったライガースであったが、第二戦と第三戦は落としてしまう。

 リリーフ陣の崩壊ではなく、先発の不調でもない。

 真田と飛田が先発から外れた分、ローテとして試されている塚原と若松が、そこそこに失点してリリーフへつないだのである。

 同点の場面からだったので、厳しい場面を高卒ルーキーに任せるのはまずいと、レイトナーが投げる。

 ここのピッチングも悪いものではなかったのだが、二イニングを投げて一失点。

 そしてそこで打線の援護が出来なかった。


 大介は個人的な成績としては、三連戦で二本のホームランを打っている。

 おそらくこの調子ならば、チームがリーグ優勝しなくても、MVPを取れるのではないか。

 ただスターズが逆転して優勝すれば、上杉が取りそうでもある。


 五月に入ってからも、大介の打撃は止まらない。

 打率はほぼ四割を維持し、二試合に一本程度のペースでホームランを打っている。

 そして四番が金剛寺になってからは、盗塁の数も増えてきた。

 チームとしても今季初の四連勝があったが、まだまだ全体のバランスで勝ち星を増やしていくことが出来ない。

 リリーフ陣が弱いのだが、先発陣もイニング数が少ない。

 ただ品川が思ったよりもいいので、キッドはやはり先発に回すべきか。

 もっとピッチャーの種類に、幅があったらいいのであるが。




 東京ドームの試合が終わって、翌日には広島での試合となる。

 大介はホテルを抜け出すことはせず、素直に眠りに就く。

 ただ他の選手の中には、結局負け越したこの三連戦を、酒で洗いに出かける者もいる。

 大介としては自分が好調なのはともかく、チームが勝てないのは悪いなと思っている。

 先発が長く投げられない。

 だからリリーフ陣も多めに投げることになり、回またぎなどで投げると、中継ぎも消耗していく。

 クローザーをウェイドとキッド、どちらかに固定していないというのも、まずいのかもしれない。

 ただ左打者が多い場面では、キッドを投げさせたいというのは分かる。


 ちぐはぐなのだ。とにかく全てにおいて。

 その中ではクリーンナップの得点力が増えたのは、数少ない喜ばしいことではあるが。

 あと打線において大介が気にしているのは、スタメンから外れている黒田が、バッティングよりもノックに時間を取っていることか。

 セカンドのポジションを狙っているのかもしれないが、それはさすがに難しい。

 黒田ももちろんプロであって、守備が下手なわけではない。むしろサードとしては、西郷よりも上手いだろう。

 だが今年はともかく、来年か、少なくとも三年以内には、金剛寺が引退すると考えていい。グラントも外国人選手だ。

(かといって外野の練習までするのは厳しいかな)

 サードの守備範囲が広いため、負担の大きくなっている大介であるが、当然のようにそれを軽々とこなしているのであった。

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