第189話 再建

 ライガースの現在の問題点は、間違いなく投手陣にその理由が挙げられる。

 そもそも去年から言われていて、それでキッドを取ってきたということもあるし、左のサイドスローである品川も比較的上の順位で取ってきた。

 あとは大卒か社会人の即戦力級投手を引っ張ってきて、そのうち二人は一軍の試合で、それなりに楽な場面で登板させることが多い。

 かなりの期間、セットアッパーとして機能してきた青山が、かなり衰えがきつつある。

 また松江や草場といった青山より年下のピッチャーも、30台半ばから後半になり、そろそろ引退かと言われている。


 中継ぎとして長年、ライガースの投手陣で存在感を出してきた。

 青山は今でも年俸一億を突破しているが、松江や草場といったあたりは、そこまでの年俸には上がっていない。

 最高の時でも7000万ぐらいであって、それでもプロで10年以上やっているというのは、それだけで充分な実績なのだが。

 いまいち成績を落とした去年でも、日本シリーズなどの試合開催によって、球団経営は大きく黒字化。

 最低でも現状維持を確保して、この年を迎えている。


 大介は投手陣に対しては、アドバイス出来ることは少ない。

 しかし高校時代に直史がやっていたことなどを思い出すと、つくづく常識外れだったのだなということが分かる。

 多いときは一日500球。

 しかもそれは漠然と投げ込み続けていたわけではない。


 プロ野球社会はおおよそ、年功序列の世界である。

 プロで送ってきた年数よりも、年齢である程度の目上と目下が決まる。

 なおこれが大学などであったりすると、学年で上下関係が変わる。

 今年の新人である大卒までは、大介の一つ上の年齢。

 よってなかなか、分野違いのピッチャーに、声をかけることは難しい、

 バッターの場合だと年齢も関係なく、無数にアドバイスを求めてくる者がいるのだが。


 大介のバッティングの基本は、素振りである。

 それも純粋に、普段の試合で使うバットでの素振りだ。

 10本以上のバットを、ほぼ全て順番に使っていく。

 一つのバットを使い続けることもあるが、それはバットがしっくりと手に合った時。

 ただしそのバットとの一体感も、やがては消えていってしまうことがある。


 素振りとイメージトレーニング。

 日本一の変化球投手と、日本屈指の本格派投手のボールを、大介は体験している。

 サウスポーが投げる大きな変化のボール以外には、完全に対応出来る。

 そう、サウスポーのカーブとスライダーには、わずかにアジャストしていく必要がある。




 遠征を終えて本拠地に戻ってくると、大介は二軍の練習を見に行く。

 一軍のメンバー、特にスタメンは試合でベストパフォーマンスを出すために、あまり練習をしすぎるわけにもいかない。

 だが二軍で、しかも高卒の素質型の選手などを見れば、伸びてくるかどうかが期待出来る。


 同期で入った育成の高卒投手は、二人とも支配下登録されて、一軍のマウンドも踏んだ。

 ただしまだまだ伸び代はあっても、一軍ではそうそう通用しない。

 そして新人まで興味を持たない大介であるが、やはりバッターの本能として、ピッチャーの実力を測ろうとする。


 大卒や社会人は、基本的に全て即戦力として取っているのだ。

 それでも全員が一軍のマウンドに立てるわけではなく、毎年各球団数人ぐらいは、一軍を経験することなく引退していく者がいる。

 ただ基本的には自分の意志での引退ではなく、球団から戦力外通告を受ける形だ。

 大介の同期でも大卒の人間は、既に戦力外になった者もいる。

 ただそういった者もまだ野球を諦めきれず、テストを受けたりはするそうだが。


 また球団職員になったり、特にその中でもバッティングピッチャーになったりする者もいる。

 これは大介の同期に限らず、年上の選手もたくさん切られていく。

 基本的にプロ野球選手は、ドラフトで取る以上に、選手を解雇していくと考えていった方がいい。

 

 この時期にはまだ、トレードレッドラインを迎えていないので、ライガースの編成は現場からの要求を聞いて、どこからか即戦力級の中継ぎを連れて来たいと考えている。

 ただ交流戦前ということもあって、同じセの他球団はもちろん、パの球団でさえもライガースを強化させることには慎重だ。

 本当なら支配下登録の中から、二軍での活躍を通じて、上に上がってくる選手がいるのが望ましい。

 それでも間に合わないのが、今のライガースの状況だ。




 そんな五月の半ば、徐々に借金が減ってきたライガースは、甲子園にてスターズとの三連戦となる。

 そしてローテ的に考えると、その三戦目に上杉が投げてくる。

 今年は八先発で、既に七勝。

 まだ無敗であるあたり、去年と同程度の数字を残すのだろうか。

 上杉がいる限り、セの先発陣はタイトルを取れなさそうである。

 真田が今年も去年までのピッチングが出来ていれば、あるいは勝率ぐらいは取れたのかもしれないが。


 第一戦を山倉で勝利し、第二戦を琴山で落とした。

 琴山も今年は七先発しているのに、ここまで一勝一敗と、後ろのピッチャーが安定していない。

 もっとも勝っている試合を潰されただけではなく、負けてる試合を消してくれたりもするので、一方的に損をしているとも言えない。

 そして第三戦は、社会人卒の新人若松に、上杉が当たってしまう。


 若松は高卒でドラフト指名されるところであったが、志望球団と違うので大学に進んだという過去を持っている。

 そして在学中に怪我をして、大卒の時点ではドラフトで指名されなかった。

 そして社会人として二年、ようやくちゃんと結果を出して、いよいよプロの道に入ったわけである。

 苦労人と言うべきか、高卒で素直に入っておけば良かったと言うべきか。

 

 今季三先発目で、これまでの二試合は両方とも五回を投げ、二失点と三失点で勝ち負け付かず。

 上杉と張り合って投げるには、いささか心もとないか。

 いっそのこと新人の中継ぎなどを、次々に使っていった方がいいのかもしれない。

 そもそも上杉が相手とあっては、大介も投手陣のことなどは心配していられない。


 この試合に燃えているのは、大介よりも西郷である。

 前の試合では大介を歩かせてまで、西郷を折ることに全力を注いでいた。

 もちろん大介も上杉には勝ちたいが、それよりも自分の成績と、チームの勝利が優先である。

 歩かされたら盗塁をしまくって、次の金剛寺と西郷でどうにか点を取ってもらう。

 そのつもりでこの日を迎えた。




 38試合で19本。

 大介が打ってきたホームランの数である。

 去年は怪我と不調があったが、それでも67本。

 順調にこのまま打てれば、143試合で71本は打てる計算になる。


 打率はやや下がったが、それでも0.384と、リーグで群を抜いてトップである。

 今年も余裕で三冠王のペースであるのに加えて、金剛時の合流以来は盗塁数も伸ばしてきている。

 後ろに長距離砲が二人いるというのは、やはり頼もしいものである。

 これまでは得点より打点が圧倒的に上回ってきたが、今年はほぼ同じぐらいはある。

 チャンスの時に自分一人で決めるのではなく、自らがチャンスを切り拓いて後を任せることもあるのだ。


 ライガースの打線は、今の時点でセ・リーグでは、一番得点力が高くなっている。

 選手個々の成績を見れば、タイタンズが一番分厚い布陣を敷いていて、確かにトップを走るだけのことはある。

 だがチームとしては、ライガースの方が各選手が、点を取るために必要なことをしている。

 これがなければ投手崩壊を乗り切れず、順位ももっと低くなっていただろう。


 肝心の投手陣は、まだ入れ替えをしたばかり。

 これからどういう結果が出てくるか、しばらくしないと分からない。

 だが上杉が相手となれば、敗北承知で色々と試していける。

 もちろん打線の方も、しっかりと上杉を打っていきたい。

 いくら怪物とはいえ、プロでは六年目。

 その怪物っぷりに周囲のレベルも、引き上げられなければいけない。


 防御率一を切る怪物。

 確かに昔と違うピッチャーの使われ方なので、30勝などには届かないだろう。

 だがプロ入り一年目から去年までの五年で、シーズン平均防御率は、先発ピッチャーの中では歴代記録上位五つを全て上杉が埋めている。

 ここまでの怪物ぶりだとメジャーに行ってくれという声が上がりそうではあるが、上杉は基本的に海外には興味がない。

 ポスティングを利用するなら、今年のシーズンオフにでもありえるのだが、上杉は本当にMLBの世界になど興味はないのだ。

 日本で野球をするために、上杉は野球をしている。

 どうしても戦いたいなら、向こうから挑戦しに来い。

 ただし年俸は安くなるぞ、と。




 そんな怪物が、全力で対決する相手はちゃんといる。

 大介としては将来的には、別にメジャーでプレイするのもいいと思っていたりする。

 と言うか単純に、オリンピックにもWBCにも主力を出してこないで、それで日本に負けたりする国の優勝決定戦を、ワールド・シリーズなどと呼びたくはない。

 大介はこれまでに、国際試合でアメリカに負けたことなどない。

 それに俗物なので、年俸が高いMLBでプレイすることに魅力は感じている。

 だがMLBには上杉以上のピッチャーなどいない。


 MLBのスカウトも、日本のプロ野球に対しては、もっとも世界で注目していると言っていい。

 メジャーと3Aの間。ほぼメジャーに近いレベルに、日本のプロ野球はあると考えている。

 ただ上杉はともかく、大介に関しては訳が分からないだろう。

 背の低いスラッガーというのが、いないではない。

 だが大介の残す数字は、とにかく化け物染みているのだ。


 投手大国日本と、アメリカなどでは認識している。

 MLBで通用した日本人選手は、野手よりも投手の方がよほど多い。

 だが日本のバッターであっても、MLBでホームラン王になったり、シーズン新記録を作ったりはするのだ。

 スピードボールへの対応というなら、上杉を相手に充分な戦果を上げている。

 国際大会では160kmオーバーの球を軽くホームランにしてしまっているのだ。


 とにかく大介は、その身長で勘違いしてしまうが、パワーとスピードの塊なのだ。

 ショートを身軽に守り、バッティングはホームランを連発し、敬遠されても盗塁する。

 とにかく過去のデータには当てはまらない選手であることには違いない。

 この試合においても、MLBのスカウトは見に来ている。

 優先するのは海外FA権が早く発生する上杉のデータ収集だろうが、それと対決する大介の盛り上がりは、アメリカのベースボールを知っている層から見ても異常なものだ。

 

 投げる側に、史上最強のピッチャーがいる。

 打つ側に、史上最強のバッターがいる。

 そして今日の舞台は「コーシエン」である。

 将来のある高校生の姿を見に来て、圧倒される外国人は多い。

 高校時代、甲子園の舞台では対決しなかった二人だが、プロ入りしてからは何度も対決をしている。

 おおよそ上杉有利の勝敗結果であるが、上杉から二割以上の確率で打っているのは大介だけである。




 前の対決では、少し拍子抜けしたものだ。

 チーム数の多いMLBとは感覚が違うが、上杉がルーキーの心を折りにきた。

 この三年、ライガースは完全に覇権を握っているが、それを奪取するために、必要なことなのだろう。

 しかし今日は大介との対決が見られるはずだ。


 正直に言って一人の観客としても、この対決は楽しみなのである。

 両者共に怪物ながら、年々数字を伸ばしてきている。

 特に上杉の方などは、NPBの常識である中六日ローテではなく、中四日か中五日で投げている。

 これはMLBにとっては一般的なことだ。

 だが上杉はMLBと違って、球数を100球よりも多く投げている。

 勤続疲労でいつ壊れてもおかしくなさそうに思えるのだが、実際には球速のMAXを更新したりして、人間の限界に近付いていっている。


 限界で壊れてしまうのか、それとも人間の限界を更新してくれるのか。

 上杉というピッチャーの巨大さは、MLBのスカウトから見ても圧倒的なものだ。

 それに対抗する大介、そして上杉が折ろうとした西郷にも、チェックの目は飛んで行く。

 まあ西郷もワールドカップや日米大学野球では、相当にマークをされているので、プロの世界で活躍しても、彼らが驚くことはないのだが。


 大介がいなければ、ホームラン王も狙える強打者。

 事実ここまでの試合では、リーグで二位のホームラン数を誇っている。

 そんな二人の間に金剛寺が挟まっていて、四番というよりは接着剤のように、上手く二人を接続している。


 金剛寺もまた、いい打者であった。

 だがブレイクするのが遅く、そして海外FA権が発生した頃には、既に30代の半ばになっていた。

 遅かったとも言えるが、そのぐらいになれば本人も、ライガースで一生を終える覚悟はしていたのだ。

 金剛寺はともかく、他にも足立や高橋など、長くライガースでプレイした選手たちを、切れなかったのが長期低迷の原因だったろう。

 



 甲子園をホームとするライガースは、まず守備から始まる。

 そして先発の若松は、ランナーこそ出したものの無失点スタート。

 この裏にライガースは、三番の大介に打席が回ってくるのだ。


 ただ打席が回ってくるだけで、それが得点のチャンス。

 一人で点を取れるホームランアーティストは、打席で勝負されたら15%の確率でホームランを打つ。

 それが多いか少ないかと言えば、もちろん圧倒的に多い。

 長打率でみると、10割に近くなる。

 それが大介というバッターなのだ。


 今日の上杉は、おそらく大介と勝負してくる。

 金剛寺がいることで、西郷を封じ込めるのに歩かせる必要がなくなったからだ。

 二人を上手く金剛寺が回せば、上杉を打つことも出来る。

 今年の注目の試合になると、応援するファンたちは分かっている。


 MLBの応援に比べると、日本の応援はいかにも騒がしい。

 だが甲子園が舞台であると、その熱気はワールドシリーズにも優るとも劣らないものになる。

 おそらく世界で最も、ベースボールのファンの中では、熱狂する者が多いライガース。

 その本拠地での本日の試合は、やはり観客として見るなら楽しみなものなのである。

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