第190話 大木

 昨年のライガースの上杉との対戦成績は、シーズン中は0勝4敗であり、プレイオフでも三度戦い、真田が頑張って1-0で一度勝っただけである。

 完全に上杉は、ライガースを研究して特に注力してきている。

 大介の入ってからの一年目二年目などは、むしろ上杉との対戦成績は比較的良かったのだ。

 そして今年は既に二度対決しているわけであるが、0勝2敗と完全にここ最近は上杉に翻弄されている。

 ただ上杉と対決するには、こちらも柳本や山田、真田クラスのエースを当てていて、それでようやく一点か二点を取って勝っているのだ。


 それを考えると、今日の試合もほぼ負けが決まったような気がする。

 今年のライガースはとにかく、ピッチャーがピリッとしないのだ。

 上杉からはライガースと言えど、今年は一試合目で一点、二試合目は0点と、まともに点が取れていない。

 スターズは今年になって、去年の一位指名で取った西園が、本格的に打撃で開花している。

 あと一人いれば一点を取る可能性がかなり高くなると、スターズの上位打線は言われていた。

 それが今年からは機能して、まさに試合の平均点が、一点ほど高くなっている。

 だがタイタンズの補強は、欠けた一軍選手をどんどん入れ替えられる陣容なので、正直に言ってさらに純粋に強かったりする。


 おそらくこの試合は負ける。それは覚悟している。

 こちらも敗北を勘定した上で、作戦や選手運用を考えている。

 今必要なのは、投手継投を重ねることにより、リリーフ陣の経験の蓄積を高めること。

(負けてもいい試合があるってのは、いまだに慣れないもんだな)

 大介の試合に対するメンタルは、まだまだ高校時代を色濃く残している。

 全ての試合に勝ってしまいたい。

 だが長いプロのシーズンでは、大介でさえも圧倒的な破壊力を持ってはいない。

 一人で年間60本のホームランを打っても、それ以上にピッチャーが打たれる。

 高校時代から考えると、今がチームの投手力が、一番低下している時期かもしれない。


 打っても勝てない試合が続くと、野手と投手陣との間に、微妙な空気が漂い始める。

 もっともベテランの金剛寺が野手を抑えて、投手への不満を出さないようにしている。

 はっきり言ってチーム内で、試合に勝つため以外のことを考えていては、力を無駄に発散することになる。

 打撃戦になれば、野手にとっても打撃や守備でアピールするチャンスだ。

 ファンとしても試合に負けても、面白い点の取り合いなら、まだ我慢して応援出来る。

 ただし今日は相手が上杉なので、味方の三振の数を数えていくことになるだけかもしれないが。




 ライガースの打線は強力で、先頭の毛利はほぼ三割、二番の大江も三割に近い打率を誇る。

 ただそれでもこの二人は、出塁率を重視している。

 三番に大介がいて、さらにその後にも強打者がいるからだ。

 二人が一回にランナーに出れば、まず得点することが出来る。

 そんな二人をあっさりと、上杉は片付けてしまった。

 いや、一球ずつではあるが、ファールで粘れただけ、たいしたものであるのかもしれない。


 ツーアウトランナーなしという状態で、大介の打席が回ってきた。

 前の試合では西郷を折るべく、わざと大介を四敬遠した上杉。

 だがもちろんそれは、上杉の本意ではないだろう。

 シーズンのペナントレースで、優勝する。

 あるいはクライマックスシリーズのファイナルステージではなく、ファーストステージでライガースと対決する。

 リーグ優勝のアドバンテージがない状態でライガースと戦うというのが、スターズの考えるライガース攻略の前提であるのだ。


 現在のライガースは、いまだにリーグ五位。

 ただし徐々に復調の気配は見えて、借金は減っている。

 そしてやはり大介が、今年も記録を作る勢いで打っている。


 前人未踏の67ホームラン。

 それまでの記録を一気に更新したこのホームラン数は、大介自身であろうと、二度と更新出来ないだろうと思われた。

 しかし前年が九試合欠場したことと、後ろに西郷が位置することによって、さらに更新するペースでホームランを打っている。

 38試合で19ホームラン。

 ライガースの試合を二度見に来れば、大介のホームランを一度は見られる計算である。


 もちろん一試合に二本のホームランを打つということも、ないではない。

 だが大介は意外でもないかもしれないが、猛打賞が少ないのだ。

 平均して一試合に一本は必ずヒットを打つ。

 そして一試合に一度は歩かされるため、まず三分の一の打率にはなると考えていい。

 さらにあちらが大介と勝負しにくれば、一試合に二本のヒットは打てる。

 その内の片方は、大概ホームランになる。

 大介の猛打賞は、一年目は12回もあったが、二年目は五回、三年目は四回と減っていき、今年は二回。

 どうしても歩かされることが多くなると、純粋なヒットの数は減ってしまうのだ。

 もっともそれでも、三年目に500本安打を達成し、四年目に200本塁打を達成した。

 この速度は年齢から数えると、史上最年少である。




 そんな大介の持っているとんでもないスペックが、全く通用しない唯一のピッチャーが、上杉である。

 単純に力任せで打ち取るということも、上杉には出来る。

 だが勝負どころ以外では、少ない労力で打ち取ろうという意識が、今の上杉にはある。

 優勝をしたいのだ。

 既に三年、ライガースがセ・リーグの覇権を握っている。そしてそれはそのまま、日本一にもつながっている。


 ライガースにさえ勝って日本シリーズに出場すれば、日本一になれる確率は高い。

 上杉はプライドなどとは少し違う、意地とでも言うべきものを持っている。

 ただし本質的には、チームのための投球をする。

 よって大介相手にも、慎重な攻め方をしてくるのだ。


 だからといってもちろん、逃げ腰などではない。

 ゾーン内でどんどんと勝負してきて、追い込んでからはゾーンを外したりする。

 その程度の投球術でも、上杉がすれば脅威なのである。

 165kmを軽くオーバーするピッチャーは、日本広しと言えども上杉一人。

 しかしそれも、大介相手では足りない。


 外のボールをミスショットした。

 レフト前への単なるヒットで、一塁ベース上で大介は苦々しい顔をする。

(もっと正面からぶつからないとな)

 上杉は色々な手段を試してきているが、大介としては必ず一度は投げてくる、ストレートを打たなければいけない。

 だが今のようにツーシームを、こうやってミスショットしてしまう。

 上杉が全力で投げてこないなら、ホームランを打ってその全力を引き出す。

 わざわざ難しい相手にしてから勝負するのかと言われるかもしれないが、上杉との勝負は本来、大介にとっては命がけなのだ。


 調子を完全に崩したり、手首を捻挫したりと、大介を傷つけることが出来るのは上杉だけだ。

 これだけホームランを打っているのに、大介がプロに入ってからこれまで、受けた死球は一度もない。

 微妙なところだと余裕で避けてしまうか、あるいは腕を畳んで打ってしまう。

 動体視力と空間認識能力が優れているので、数ミリ単位でボールを見切ってしまうのだ。

 そうやってジャストミートしないと、大介の力では本来、ホームランにならないのだ。


(ツーアウトからじゃなあ)

 金剛寺にしろ西郷にしろ、レジェンドであり、レジェンドになりうる存在だ。

 それでも伝説を続ける上杉から、まともに連打が出る可能性は低い。

 もっとも西郷は、今年の上杉からホームランを打っている、たった二人の打者のうちの一人なのだが。


 あのホームランで、上杉は本気になった。

 あれから西郷は、七打席連続で、上杉相手に三振している。

 そしてこの試合でも上杉は、西郷に対して甘い球を投げないだろう。


 金剛寺が内野フライに倒れてスリーアウトチェンジ。

 一塁ベース上から、ベンチに戻る大介であった。




 二回の表もランナーを出しつつ、失点は許さない若松である。

 なんというかこちらも、本格派に見えて良く分からない変化球を使っているらしい。

 社会人からだから、引き出しはそれなりに多いのか。

 ただし年に何度も対戦するプロであると、そういった切り札は間もなく通用しなくなるものだが。


 二回の裏は、ライガースの攻撃は西郷から。

 バッターボックスの中の西郷と、マウンドの上杉。

 まさに竜虎相打つ、という雰囲気が見える。

 ただ竜の方がだいたい、虎よりは強い気がする大介である。


 上杉のスピードボールに、西郷はついていく。

 普通なら空振りする高速チェンジアップでも、どうにかカットする技術が西郷にはある。

 このあたりは大学時代、武史と散々対戦してきた経験が生きている。

 ただし武史と上杉では、どちらも化け物であるにも関わらず、それでも大きな差がある。


 最終的には空振り三振と、まだ上杉のストレートについていけない。

(174kmか)

 大介としては上杉の最速であるので、本当に全力で抑えに来ているのだと分かる。

 ベンチに戻ってきた西郷は、座ることもなく最前から上杉のピッチングを見る。

 そしてその投げられるボールに対して、体が反応している。


 打つつもりだ。

 どれだけ空振り三振しても、西郷が折れることはない。

 そもそも西郷には、勝算が見えてきている。


 上杉に一番似ているピッチャーは、武史であろう。

 ストレートが早く、ムービング系のボールと、チェンジアップを持っている。

 これに加えて武史は、ナックルカーブという大きく曲がる変化球を持つ。

 上杉にはその、大きく曲がる変化球がない。

 そして、これがもっと大切なことだが、おそらくホップ成分だけなら、武史の方が上か、あるいは同等である。




 大介は高卒でそのままプロの世界に来た。

 もちろんそれによって、富も名誉も名声も栄光も、全てを手に入れてきた。

 だが佐藤兄弟の、大学に入ってさらに進化した形とは、ほとんど対戦していない。

 西郷はその点だけは、自分の方が有利だと考えている。

 もちろんプロのピッチャーの方が、大学のピッチャーよりは平均的に上だが、佐藤兄弟は大学リーグにしかいなかったのだ。


 次か、その次辺りにはおそらく打てる。

 上杉はそれほどスロースターターというわけではなく、試合の序盤から最高出力を出してこれる。

 だがそれは、試合が進むに連れて魔球化する武史に比べると、ボールに目が慣れやすいということではないのか。

(次こそは)

 西郷が見守る中で、ライガースの攻撃はあっさりと終わる。

 攻守交替で、三回の表だ。


 ライガース先発の若松は、普通にヒットを打たれては、ランナーを出してしまう。

 だがランナーが出てからが真骨頂で、ミートを外させるボールを投げてくる。

 特に内角に投げるボールは、バッターに見切られてもおかしくないだろうに、上手く変化させている。

 本格派に見えるが、完全に軟投派の能力も持っている。


 圧倒する上杉であるが、試合は意外なほどに、点の入らない展開となってきていた。

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