十五章 プロ五年目 再生
第218話 敗北の苦い味
本拠地で胴上げを見せられるというのは、ここまで気持ちの悪いものか。
今まではずっと、甲子園で胴上げをしていたのに。
気持ちの整理はまだつかないが、とりあえず終わってしまったものは仕方がない。
勝っていれば間違いなく大介がMVPだったろうが、ジャガースの場合は誰になるのか。
継投の多かったシリーズなので、ピッチャーからは選ばれないだろう。
「アレクか咲坂さんか」
大介としては、やはりあの先頭打者ホームランのイメージが強い。
打撃成績は同じぐらいなのだが、アレクの方が出塁は多いし、何より盗塁でかき回していた。
そして選ばれたのは、アレクの方であった。
上杉のチームでも大介のチームでもなく、ジャガースの優勝。
スーパースターももちろんいるが、それでも誰か一人がそのチームを象徴するようなものではない。
日本シリーズには負けたがリーグ優勝はしているので、ハワイ旅行が発生したりする。
今年の大介は当たり前のようにキャンセルである。
二軍の選手などは秋キャンプとして、あと一軍でも若手の選手は、特別に違う秋のキャンプに呼ばれている。
大介も立派な若手であるのだが、あまりそういう扱いは受けない。
なので普通に、寮の隣の室内練習場を使う。
「あ゛~」
とにかく素振りを行って、体が流れないかを気にしていく。
ただコーチにしても何も言えない。
前人未到、そしておそらく今後もないであろう、四年連続の三冠王に、何を言えばいいのか。
とりあえずファン感謝デーも終わったので、今年はもう各種表彰に、年俸更改で終わりである。
ただ球団としてはドラフトがあるが。
今年のライガースの補強は、当然ながらピッチャー優先であろう。
外国人枠は三人をピッチャーに使っているので、この切実さが伝わるだろうか。
今季の外国人三人は、来季も続投だろうか。
それ次第でも取る選手は変わってくる。
だが今年はレイトナーが、かなり悪い成績であった。
リリーフながら七敗もしているし、追いつかれてからさらに引き離して、勝ち星がついてしまった例もある。
一時期だけ悪かったのではなく、シーズンを通して全般的に悪かった。
それでもホールドがついた試合もあるので、シーズン中に解雇というほどではなかった。
だからやはり補強としてはピッチャーが優先である。
グラントと来季も契約出来るかどうか次第だが、それよりは金剛寺の方が心配だ。
今年は開幕前から調子が上がらず、二軍スタートとなっていた。
金剛寺の年齢で二軍スタートというのは、もう最後通告のようなものだ。
それでもシーズン都中から一軍に上がってスタメンに入り、今年も三割と20本を打った。
だから漠然と、来年も行けると思っていたのだが。
怪我での離脱があって、あそこから結局ライガースは負けたようなものだと思う。
金剛寺の存在は、単に数値化出来る成績だけではない。
不動のエースでもなく、野手は毎試合に出ることが出来る。
だから金剛寺の存在は、ライガースの根元を支えるものだったのだと思う。
投手陣の中で一番の山田は、怪我自体は来年の開幕までには必ず治るものだ。
しかしそれまでに落ちてしまった筋肉などは、そう簡単に回復しないであろう。
単に怪我が治癒しても、ピッチャーとしての調子を取り戻すのには時間がかかる。
大原の出来は運が重なったものでもあるし、真田がちゃんと復調してくるとも限らない。
リーグ優勝はしたものの、ライガースは投打に、大きな不安を抱えている。
せめて守備がちゃんとしていればまだいいのだが、ライガースは扇の要であるキャッチャーが、いまだに固定出来ていない。
これもまた不安要素なのだ。
そんな中で行われたドラフトで、ライガースはピッチャーをメインに取っていった。
当初は大阪光陰の蓮池を考えていたらしいが、蓮池は甲子園でパンクしていた。
引退後も練習には参加し、怪我から治癒したアピールはしていたらしいが、一位指名には怪我をした選手は難しい。
あとは大卒選手では、樋口である。
元々キャッチャーとして優れていることは周知の事実であったが、この一年ではバッティングを見せてくれた。
特に樋口の大きいのは、決勝点などを奪うところだ。
アベレージもそれなりに高いが、それ以上に勝負強いのだ。
平均的なピッチャーからはそれほど打たないが、優れたピッチャーからは打つ。
勝負すべき時しか勝負しないバッターなのではと、最近では言われている。
大介もそれには同意である。
一位を即戦力の社会人、二位指名で取れたのが早稲谷の村上であった。
直史と武史のせいで目だっていなかったが、サウスポーで150kmが出るというのは、普通に上位物件である。
ただ大学ではあれだけ直史と武史が目立っていたので、実戦経験がやや少なめだ。
おそらくは大卒でも、一年目は二軍メインで使われて、実戦経験を積むのではないか。
そこで実績が出来れば、すぐに一軍で使いたいだろうが。
樋口がレックスに行ったのは、本人の希望がそれなりに反映されていた。
ピッチャーである直史の方がどうしても目だってしまうが、樋口はその直史と、ワールドカップやWBCでバッテリーを組んだキャッチャーである。
来年は武史がレックスを逆指名しているので、ここで武史が入ったら、レックスの投手陣は一気に強化される。
ただしレックスフロントが勘違いして、今の弱点である得点力を気にすれば、変なドラフトが起こらないでもないだろう。
蓮池はジャガースが一本釣りした。
大阪光陰なのだから、ライガースのスカウトもちゃんと見に行っていたはずなのだ。
それで指名しなかったのだから、社会人投手の方が即戦力と思っているのか、それとも怪我は治癒していないと見ているのか。
確かにジャガースはそれなりに、怪我をした選手の再生させて使うことが上手い。
あるいは確実に治癒しているという確証を得たのか。
星がレックスに指名されたのは驚いたが、ピッチャーを見る目は大介にはあまりない。
対戦してみれば分かるが、基本的に高校時代の星は、チームのためのピッチングしかしていなかった。
ただそうやって指名の決まった選手たちは、どんどんと契約が終わっていく。
今年のライガースは、大介以外に大原をタイトルホルダーにした。
打線の力からして昨年のライガースは、長いイニングを我慢強く投げるピッチャーに、勝ちがつきやすくなっていた。
それでも完投数やイニング数は上杉に次いで二位なのだから、立派なものである。
大介は打者五冠以外には、シーズンMVPなども獲得していて、おおよその賞を受賞している。
ゴールデングラブ賞にベストナインは、当たり前のように獲得した。
さて、それではいよいよ、楽しい楽しい年俸更改である。
大介の前までに、既に決まっている者は決まっている。
大原などは去年に続く大幅上昇で、9000万の三倍増となっていた。
まあタイトルも含めて、チーム一の貯金というのが大きかった。
一億に到達しなかったのは、日本シリーズで負けたからだろう。クライマックスシリーズでも負けているし。
ただインセンティブで何かをつけていれば、一億の大台に乗っていたかもしれない。
今年は五億の年俸でプレイしていた。
そこに出来高払いが発生する。
規定打席到達で5000万。
三冠王達成で3000万。
打者五冠で5000万。
ゴールデングラブ賞、ベストナイン、シーズンMVPで3000万。
打点と本塁打の記録更新で2000万。
残念ながらホームランのシーズン世界記録更新はならず、また国民栄誉賞の話もなかったが。
これが去年の年俸に上乗せされて、来季は六億8000万でプレイすることになる。
ちなみに上杉は既に七億でサインした。
惜しくも今年も年俸では上回ることに失敗したと思った大介だが、実はインセンティブの分を含めば、上杉を抜く年俸となっている。
そう思っていた大介であるが、球団側は七億という年俸を出してきた。
一気に上杉と並ぶ金額にしたのは、正直言って大介の本来の商品価値とは、今でもまだ安すぎること。
そしてここで増やす代わりに、減らす時の話もしておきたいと思っていたのだ。
減らすのは別に、成績が悪ければ減らせばいいと思っていた大介であるが、どこを基準に成績が悪いと考えるか、そこが問題なのである。
大介は今年の三冠王も、他のバッターをはるかに後方に見た、とんでもない記録で達成した。
しかし三冠王を取れなかったら、年俸を減らすべきなのか。
いやそれでも打者の記録を見てみれば、他には隔絶したものになる。
まず提示されたのが、規定打席に到達しなければ、5000万減というもの。
これにはあっさりと頷く大介である。
普通に100試合もフルイニング出場すれば、規定打席には到達する。
怪我をしたとしても、40試合も出場しなければ、今の大介としては影響が大きすぎる。
むしろ打席数を今まで言及されなかったのが意外であった。
実際のところ球団も、これはあまりないだろうなとは考えている。
怪我知らずののように思われる大介だが実際は、骨折も数日で治癒するし、手首の捻挫などの負傷もあったが、ちゃんと怪我をしているのだ。
それでも余裕で規定打席は到達しているのである。
あとは各種タイトルであるが、主要三部門のどれかを取れなければ、他の盗塁や出塁率で取っても、マイナス1000万ということになった。
まあその三部門のどこを取れなくても、下がるのは仕方がない。
実際のところ大介は、特にホームランでは二位に20本以上の差をつけているので、規定打席に到達しさえすれば大丈夫だろうと考えている。
むしろホームランよりも、打点王の方が圧倒的なのだが。
ホームランを狙っていけば、打点も自然と増えていく。
確かにホームランの影響は大きいのかもしれないが、ソロホームランだと一点。
二塁打を打って三点を取る方が、効率的だと考える大介である。
年俸更改も終わった大介は、実家かもしくはツインズのところに向かう前に、山口県へとやってきた。
当然ながら、父に会うためである。
もはやその打撃においては、他の誰も意見することなど出来ない。
大介の実績はそれほどのものであるが、だからこそ遠慮のない意見がほしいのだ。
新しい家庭を持った父。
子供の頃の父は無気力な目をしていて、ただ死んでいないだけのような気もしていた。
だがここでは野球の場だけではなく、家庭でも生気を取り戻している。
両親が共に、新しい家庭を持っている大介。
もちろんいつでも帰ってきていいとは言われるが、母の新しい家庭にも父の新しい家庭にも、自分の部屋などはない。
唯一、母の実家だけは、大介が出て行ったあとも、そのままにしてある。
部屋だけは多い田舎のため、それが可能になっているのだ。
だがその家も、ちょっとリフォームしようかという話は出ているが。
親というのはたいがい、子供より早く死ぬ。
子供は親をなくしてからも、生きていかなければいけない。
もちろんその頃には、一人でも生きていけるだけ、育っていれば理想である。
大介は社会的には独り立ちしているが、まだ寮に住んでいて、来年まではいる予定である。
独身を楽しむという気分はない。寂しいのだ。
父の新しい家庭には、男の子が一人生まれている。
まだものごころがつかないぐらいであるが、大介は大介と認識しているらしい。
大庭がテレビの中で、お前のお兄ちゃんだと教えているかららしい。
この弟もまた、野球をするようになるのだろうか。
立ったり歩いたりするのも早く、おそらく運動神経はいいらしいと大庭は言うが。
「で、スイングの修正か」
「うん、コーチとかももうあてになんないし」
これはコーチの能力ではなく、責任の問題だ。
大介のスイングをいじって悪影響が出た場合、それの責任を取れる人間が、一人もいない。
金剛寺あたりは遠慮なく言ってくれそうだが、金剛寺は自分の目の治療でいっぱいだ。
なので数日ここで、スイングの修正に取り組む予定なのだ。
わずか数日ではある。
しかし父と、久しぶりに交流をする大介であった。
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