第132話 将来

 大京レックスは長い時間をかけたが、チーム再建に成功しつつある。

 四年前にはリーグ最下位の成績を残してしまったが、それから三年。まだAクラスには届かない。

 しかしピッチャーもバッターも若返りが成されており、ベテランがその足りない部分をしっかりと補ってきている。

 だが、まだ足りない。

 何が足りないかなど、見る者が見ればすぐに分かるのだ。

 キャッチャーが足りていない。


 こう言ってしまってはなんだが、と前置きした上で、大京レックスのスカウト大田鉄也は言う。

「丸川程度が正捕手やってるのは、ピッチャーにとってかわいそうだ」

 もちろんこの発言がどこからか丸川の耳に入って、奮起してくれるならそれでいい。

 だがこれで奮起するようなタイプの人間であれば、もっと早くに殻を破っていただろう。


 肩とバッティングは及第点だ。

 だがリードもコーチングも、はっきり言ってひどいものなのだ。

 あくまでもプロの正捕手としての話であって、正捕手が怪我をした場合などの控えとしている分には、これでも充分なのかもしれないが。

 捕手の代えはそう簡単には用意出来ない。

「あれならうちの息子の方がマシか」

 などとも言っている鉄也は、即戦力となるキャッチャーを探している。


 プロ志望ではなかった慶応の竹中が、その判断を翻しているそうな。

 けっこう大きな父親の会社を継ぐという話であったので、それは仕方ないかなどとも思われていた。

 バッターとしては長打はあまりないが、六大学リーグで首位打者を獲得しているだけの打撃力はある。

 そしてキャッチャーとしての力は、おそらく世代ナンバーワン。

 高校時代から帝都一の石川と並んで、東西の名捕手と言われていたが、実際に残した実績では竹中の方がはるかに上だ。

 なにせ大阪光陰の甲子園三連覇時代のキャッチャーであったのだから。

 加えるならこの間のWBCにおける壮行試合でも、大学からの代表のキャッチャーの一人であった。

 

 レックスはライガースから西片を獲得し、外野の守備範囲がかなり広くなっている。

 そして大卒新人としては、今年が二年目の浅野も、バッターとしては優れている。

 また高校時代はピッチャーとしての活躍が大きかったが、大阪光陰の緒方。

 将来性のあるショートとして、また体格はそれほどでもないが長打も打てる野手として、かなりの期待がかかっている。


 フロントはさらに即戦力級の打てる選手を優先して取りたいらしいが、鉄也の見通しでは、打撃力は既に確保してある新人の、成長を待つべきだ。

 だがキャッチャーは即戦力で必要だ。外国人で補強できるポジションではないし、球団の中では丸川の力が強いので、新しいキャッチャーが育ってこない。

 それこそ竹中を獲得し、一年目からいきなり活躍してもらうしかない。

 社会人まで見回しても、今年のキャッチャーの出物にこれ以上のものはない。

 そう思っているのだが、鉄也は有能なスカウトであっても、編成にまでは口を出せないのだ。

 欲しいポジションの選手を伝えられ、それを探してこいというのだから、やる気をなくさせるものである。




 大京レックスはそんな状態にあるのだが、大介としてはとりあえず対戦する試合ではホームランを狙っていく。

 今年は休みがあったため、ホームランも打点も、さらに更新するのは難しいだろうと言われている。

 だがまだ、三冠王は余裕で狙える。


 とにかく序盤の貯金のおかげで、ものすごい高打率を維持できているのだ。

 この打率をある程度犠牲にしながら、ホームランと打点を稼ぐ。

 三冠王ボーナスの出来高5000万円は、どうにか確保しておきたい。

 規格外の思考をしながらも、大介は神宮で、西片と話したりする。


「そんじゃ奥さんはもう元気なんすか」

「ああ、出産の時には大変だったけどな。これでもう二人目だし、三人目を作るかどうかはだいぶ先だな」

 ライガースにいた頃よりも、なんだかのんびりとした顔をしているのは、奥さんの実家が、生活面で奥さんをサポートしてくれているからだろう。

 西片と奥さんは中学時代の同級生で、そのままずっと付き合いがあって結婚したというのだから、随分と気が長いものである。

 以前にのろけられたところによると、中学時代からずっとお互いに好きではあったが、恋人関係になるのには時間がかかったとか。


 大介の参考には全くならない話である。

「結婚かあ……」

「さすがにお前にはまだ早いか。相手はいるのか?」

「います。一個下なんで、あっちが大学卒業してからになるんですけど、やっぱり結婚式って盛大にやるもんなんですかね」

「うちは中学時代からの友達多かったから、身内と友人中心の結婚式だったな。お前の場合も同じ学校なのか? 白富東って公立だったよな」

「そうっす。まあ、相手芸能人になっちゃってるんですけどね」

「へ? 芸能人? 同じ学校で?」

「まあそういう反応分かります」

「すると大々的に宣伝するか、もしくは完全に隠すかだけど、どこからかは洩れるものだと思うけどなあ」

「西片さんからは洩れないと信じてますよ」

「そりゃ洩らさないけど、芸能界引退するのか? 大阪に来てもらうことになるだろ」

「つってもセは関東遠征多いですから、こっちメインで住むことになるかなって」

「そういう相談か……」

 日常的な挨拶から入ったが、けっこう真面目な話で腕を組む西片である。




 プロ野球選手の妻というのは、かなり特殊なものである。

 そもそもプロ野球選手というのが特殊なものであり、キャンプインから二ヶ月ほどは単身赴任、シーズン中も遠征の連続と、日曜日に休めるような者は一軍ではない。

 まあ直史あたりがプロであったら、働き方改革とか言いながら、普通に休むかもしれないが。

 大介もまた、野球に魅入られた者である。

 西片も娘には散々、日曜日に遊べないことを責められるが、ものすごく出来た奥さんを持っているため、子供一人の間はベビーシッターも使って上手く育てられた。

 だが二人目は実家の助けを借りようと、FAで移籍した。

 だいたいライガースのファンは移籍する選手も攻撃したりするものだが、西片の場合は温かく送り出されたものである。


 しかし、相手が芸能人とは。

 確かにプロ野球選手というのは、そのスター性に比例して、相手の職業が変わったりする。

 トップレベルのスーパースターであると、女優やアイドル、モデルといったところと結婚する。その結婚以前にも浮名を流す。

 だがこの場合は離婚することもそれなりにある。


 西片の知る限りでは、上手く行くのは一般人女性だが理解があるタイプと、あとは女子アナである。

 夫の仕事の特殊性を理解した上で、内助の功で支えてくれる。

 芸能人などはむしろ自分も仕事を持っているために、家庭に入らずにそのまま仕事を続け、すれ違いが多くなって別れるというパターンが多い。

 大介の場合はどうなのか。

「まあ芸能人なんてやってるの大学のうちだけで、将来的には他の仕事に就きたいらしいんですよね」

「学生のうちだけ芸能人か。どこの大学だ?」

「東大です」

「……え、お前の相手って、ひょっとして権藤明日美?」

「いや、あの子は後輩じゃないですよ。ほら、いたでしょ。騒がしいのが二人」

「二人……ああ、佐藤のところのか。そうか、双子のどっちだ?」

「どっちもです」

「……」

「どっちもです」

「なぜ二回言った」

「いや、大事なことなんで」

 冗談ではないと理解してもらうまで、しばらくの時間がかかった。


 かなりというか、おそらく他にはない特殊すぎる例であろう。

 と言うかこれは、普通に結婚ではなく、内縁の関係を結ぶべきではないのか。

 そうは思うが、西片のような常識人には、もはや理解出来ない領域である。

「まあ普通に付き合っている分にはただのスクープだろうが、他の人間にはとても話せないよな」

「チームの人間には話せないですね。まあ大阪に応援に来てくれた時のために、マンションは借りたんですけど」

「そっか、お前まだ三年目か。結婚するなら普通に寮を出られるけど、まだ20歳だっけ?」

「あと一週間ぐらいで21歳ですけどね」

「俺も早かったけど、お前も早いなあ」

 西片の場合は一軍に定着した時点で、すぐに結婚をしている。

「つっても寮出たら家事自分でやらないといけないから、そこが厳しいか」

「いや、うちは母子家庭だったんで、俺もそれなりに家事は出来るんですけどね」

 出来るが面倒でやらない人間だという自分を、大介はまだ知らなかった。




 東京に遠征はしたものの、試合よりは西片と話した印象が強かった大介であった。

 試合後に若手で集まって食事に行っても、早々に退散するのである。

 前からコンディションを整えるために、夜遊びなどはしないのが大介であった。

 ただホテルに戻らず実家にも帰らず、どこで寝泊りしているのか、誰も知らない。


 女が出来たな、とは誰もが察することである。

 だが練習にはしっかりと戻ってくるし、前と変わらずにそのたたき出す成績は素晴らしい。体のキレも悪くない。

 そもそもプロ野球選手などは、地方球団の選手が東京に来た場合など、銀座で朝まで飲んだ後、酒の匂いをさせたまま球場に来るなど、よくあることなのだ。

 よくあることであって、推奨される行為でないことは間違いない。


 大介は基本的に、酒は飲まないし煙草は吸わないし、ギャンブルもしない。

 服にも靴にも時計にも車にも金を使わない。

 寮の部屋でもデータ分析を出来るようにパソコンは買ったが、そんなものも別に高い買い物でもない。

 食事はそこそこ金を使うが、高級料理店などに行くわけではない。

 本当に野球をやる以外に、何が趣味なのかという人間であった。


 そこに女である。

 この話は瞬く間に首脳陣にまで伝わって、呼び出されて面談を行われる大介である。

「お前、女出来たってほんまか?」

「出来たっていうか、まあ正式に付き合い始めたというか。これって報告するようなことですか」

 かなり特殊ではあるが、恋愛関係というか、肉体関係と言うか。

 一応聞かれたら答えるつもりではあったが、報告するようなものか、と思っていた大介である。

「いや、報告はいらんのやけど、うちらの親心というか、勝手に心配してると言うか、とにかくお前みたいなんはスーパースターやから、気をつけて欲しいんや。将来のことまでは、さすがにまだ考えてないんか?」

「あ~、向こうがまだ大学生なんで、結婚は先の話ですよ。それにあっちも隠したがってるんで」

「ちゅうことは、一般人か?」

「その一般人の基準ってなんすか?」

「夜の商売の女やと、まあ注意しとかんといかんからな」

「あ、そういうのじゃないです。ちょっと変わってはいますけど、仕事もそんな危ないことはしてないんで」

「そやったらいいんやけど、フライデーには気をつけんとな。あとお前、こっちに来た時はずっとそこに泊まるんか?」

「いや、あちらも都合があるんで、泊まらない時もあると思いますけど」

「せやったらその時、ホテルが必要かどうかは、マネージャーに話しておくんやで」

「あ、そうっすね。分かりました」


 全く悪気のない感触の大介に、島野以下は特に叱責などをすることもない。

 ただただ、ひたすらに心配なだけである。

 大介が大学生ということは、一個上か二個下まで。あるいは留年しているもっと年上かもしれないが。

 未成年でないことは確かなのならば、それは問題ない。

 もっとも未成年であっても16歳以上なら、ちゃんと将来を前提とした付き合いであれば、問題にはならないのだが。

 有名人であったりしたら問題だが、一般の大学生なら大丈夫だろう。




 この時大介は、夜の商売だということは否定したが、一般人でないとは言わなかった。

 もっともこの問題が大きく取りざたされるまでには、かなりの時間が過ぎてからとなる。

「しかしあの大介がなあ。まだ20……そうか、今週で21歳か。なんかプレゼントでもしたろかな」

「まあ地元の同級生か後輩かが、東京にいるっていう事情なんですかね」

「本人もケロリとしてたし、変な女やないんやろ。まあ大学卒業してから結婚なら、騒ぐことでもないし」


 昔はプロ野球のスター選手の結婚式などは、マスコミも招いた大々的なものになるものだった。

 しかし時代の変遷か、球団の主力選手が女子アナや芸能人と結婚しても、式自体は身内だけですませるようにもなってきている。

 大介の場合はさすがに、結婚についてだけは記者会見などはしないといけないだろうが。

 だがそれはもう少し先の話になりそうだ。


「チームとして関係のあることやないけど、まあめでたい話やな」

「他の選手にはどうします? ある程度話は広まっていますけど」

「まあ普通にしといたらええやろ。変な噂が出てきたら止めるけど、本人がそのうち何か言うかもしれんし」

 別にチームの成績が良化するとか、そういう話ではない。

 だがなんとなく、めでたい気分でほっこりとなる首脳陣であった。




 ついでになってしまったようだが、レックスとの試合において、ライガースは二勝一敗で勝ち越した。

 そしてその三戦において、大介はホームラン四本を打つ。

 今年はさすがに無理かと思われていた、ホームラン記録の更新が、現実のものになってくるペースであった。

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