第131話 復活の兆し
ちょうど四月最後の三連戦となるのは、中京フェニックスとの対決である。
今季二度目の三連戦対決であるが、実は前回は一勝二敗で負け越しているライガースである。
フェニックスは結局、去年も最下位と、三年連続の最下位で監督は替わり、今年はややまともな成績を残している。
ただ監督の采配うんぬんではないとも思われている。
前回のカードでの敗北は、リリーフ陣の崩壊と、大介不在による援護の不足によるものであった。
大原が九回まで投げて三失点の好投でも、二点しか取れなかったらダメなのだ。
大介が復帰してからは三連勝というのは、もう完全にライガースの打線が、大介を中心に回っていることの証明だろうか。
そもそも離脱までもほぼ五分であって、ピッチャー陣は改善していないのに勝率が改善するというのも、チーム力としては不思議なものである。
「これで山田さんが戻ってきたら、もっといい感じになるな」
大原の言葉に、目を逸らす大介である。
「大原、それはちょっと遅れると思う」
事情を知っている島本が、無表情のまま大介に圧をかける。
「え、何かあったんですか?」
「そろそろ一軍に戻ろうかという時に、誰かさんが紅白戦で、三打席連続ホームランを打ってしまったりしてな」
「何やってんだよお前!」
大原まで激オコの案件となったが、山田はタフなプレイヤーなので復活することはするだろう。
問題はそれまでの期間が少し延びたことだ。
ただでさえ貴重なピッチャーに、味方がダメージを与えていてはいけないだろう。
それも問題であるが、まずはフェニックスとの試合である。
今季のフェニックスが比較的マシな成績を残しているのは、監督の交代よりもむしろ、正捕手の東がここまで離脱していないからである。
WBCでは直前に離脱してしまったわけだが、キャンプの追い込み期間を休んだのが、逆に良かったのか。
ピッチャーをリードする正捕手としても、また守備の要としても、そしてバッターとしても五番でいい成績を残している。
ピッチャーはその試合を支配するのかもしれないが、キャッチャーはチーム全体をもリードする。
そういう意味で東が離脱していないだけで、フェニックスは現在三位にいる。
とは言っても今年のセは、なかなか序盤では決定的な差がついていないのだが。
一応は広島が最下位であるが、ブービーのレックスともわずかな差だ。
交流戦を前にして、この差は誤差と言えるだろう。
おそらく交流戦明けが、本当の実力の反映となる。
甲子園にフェニックスを迎えて行われる三連戦。
第一戦は現在既に三勝を上げて、山田の代わりに完全にエース格の働きをしている真田である。
それに対してフェニックスも、エースの釜池が先発である。
エース対決はたとえ勝つことが難しくても盛り上がる。
真田としても、そろそろボーナスステージは終わりかな、と思っている。
一年目から突出した成績を残せはしたが、終盤になるにつれて、徐々にバッターを打ち取るのが難しくなっている気がした。
正確に言えば、球数が増えたし、スライダーなどを多用しなくてはならなくなっていた。
それで肘などに負担がかかるので、ある程度は打たせて取ることを意識する必要が大きくなってきた。
初見はピッチャー有利というのは、こういうことなのだろう。
もっとも上杉のように、ボールの力自体が突出していれば、対応のしようがない。
人類の限界に挑戦しているような人間を相手にしては、さすがに天才集団のプロのバッターでも、そうそう攻略出きるものでもないというわけだ。
真田のスライダーや、カウント稼ぎに使うカーブ、シーズン中はなるべく使わないシンカーなども、打てない球の一種ではある。
だが何度も多投して、ずっと打たれないというほどのものでもないだろう。
プロとアマチュアの最大の差は、選手だけではないチームの力だ。
相手チームの分析も、自軍チームの分析も、相当の精度でやるのだ。
フェニックスのバッターの攻略法は、おおよそ分かっている。
注意すべきはクリーンナップで、四番の冬川はWBCでもスタメンでファーストであった。
その前後を外国人で固めているわけであるが、その攻略法も真田にははっきり分かっているし、可能なピッチングである。
まず三番には、懐に飛び込むような内角のストレート。
この選手はアメリカではデッドボールを多くぶつけられて、インコースには臆病になっている。
そんなアメリカを出て、さらにインコースに投げてくる日本に来ているのだから意味が分からないが、おそらく日本の方が、デッドボールが少ないからだろう。
報復死球などをいまだに普通にやっているアメリカの野球は、真田には理解出来ない。
一球だけ外角に投げて振らせた後に、内角へストレートを投げて空振り三振。
コントロールのいいピッチャーにとっては簡単な仕事をして、まずは三者凡退である。
フェニックスの先発の釜池は、比較的若手であるが、WBCのメンバーには選ばれなかった。
だが間違いなくフェニックスのエースであり、絶望的に打線の援護の薄いこのチームでも、二桁勝利は確実にする安定感がある。
それを援護しきれないのが、フェニックスの打線陣だ。
外国人が期待ハズレだったり、致命的な弱点があっさりと見つかったりと、クリーンナップが安定していなかったのだ。
だが今年は今のところ、上手く回ってきている。
それでもAクラス入りはまだ厳しいが、今年は王者ライガースの調子がいまいちで、セは神奈川が先頭を走っているのだ。
その釜池は初回、まず二人はきっちりと片付けた。
だがこいつが三番バッターにいるというのが、先発投手としては嫌すぎるのだ。
白石大介。
日本野球史上最強の四番打者を上げるなら、意見はそこそこ分かれるだろう。
だが最強の三番打者なら、ほぼ一択である。
どれだけデータを分析しても、弱点らしい弱点がない。
苦手なコースは、少なくともゾーン内には存在しない。
釜池はサウスポーではないので、組み立ての中で使えば効果的と見られる、左腕のカーブやスライダーも使えない。
どうやって打ち取るべきか。
一番勝利への確率が高くなるのは、素直に歩かせてしまうことである。
四番の金剛寺も怖いバッターだが、さすがに年齢による衰えは隠せない。
ただツーアウトランナーなしの場面で逃げれば、この甲子園の観客が暴徒と化すかもしれない。
プロのピッチャーというのは、当然自分のボールには自信を持っている。
だがそうやって挑んできて、どれだけ大介に打たれてきたか。
確実に互角以上に勝負していると言えるのは、もう上杉だけである。
上杉の登場までは、NPBナンバーワンと言われていたタイタンズの加納などは、今はもう大介を相手にするとトラウマが刺激されるらしい。
メジャー挑戦などとも言われていたが、完全に株をおとしてしまった。
勝負の世界だから仕方がない。
そう言ってしまうには、あまりにも大介のバッティングは無慈悲すぎる。
(まずはコースの割には比較的長打になってない、アウトハイで)
東のリードに従って、釜池は投げる。
大介は振らなかった。そのコースは振っても、ライナー性の打球でスタンドに持っていくのは難しい。
この状況では単打を打っても、点数につながる可能性が低い。
序盤であるが、まず一点は取っておきたい。
(低めの方が上げやすいかな)
甲子園の浜風は、今日はあまり影響がなさそうだ。
フルカウントになってから、低め一杯のコースに投げられたボール。
それはゾーンから外れて沈む。そして大介はスイングする、
バッテリーは勝ったと思っただろうが、大介は膝の力を抜いた。
ミートの瞬間にはまた踏ん張って、腰の回転で持っていく。
高く上げたフライは、切れそうになりながらもポールに当たった。
とりあえず先取点。
今季第10号のホームランである。
誰にでも油断というものはある。
先制点は奪ったものの、追加点が入らない状況。
そこで真田はソロホームランを浴びた。
リリーフ陣の安定しない中、ここでベンチはピッチャーの継投にかかる。
まだそれは早いだろう。
残り二イニングで同点なのだから、完投させてくれればそこで、どうにかまたリードを奪えたのでは。
そう思いながらも真田は、山田が戻ってくるまでは、自分がピッチャーの中心になるしかないのかとも思う。
真田を完投させて、あまり消耗させることは、長期的にはいいことではない。
個人の成績ではなく、チームのために。
理屈は分かるがそうと割り切るには、真田はまだ若すぎる。
大介がヒットを打って再びリードし、さらにもう一点が入る。
スコアはそのまま、リリーフ陣が崩れることもなく3-1で勝利。
たまにはこういうように上手くことが運ぶことがある。
それを信じて選手を使い続ければ、結果もついてきたりする。
チームの状態が悪い時は、入れ替えるべきところは入れ替えて、我慢するところは我慢する。
それによってようやく、またチームは動き出すのだ。
もちろん島野が、上手くチームが回らないことに、耐性があったというのも大きいだろう。
大介が入ってくるまでのライガースは、安定したBクラスのチームだったのだ。
勝ち星は青山についた。
大介が復帰以来、これでチームは三連勝である。
やはり一試合に一点は必ず取ってくれるペースの選手がいると、監督としてはそれに頼りたくもなるのだ。
もちろん大介の手首については、いまだにずっと心配はしているのだが。
それにしても、チーム状態は上がってきた。
紅白戦で大介にボコボコに打たれた山田も、そもそもメンタルの強さではピカイチなのだ。
折れるようなメンタルでは、育成から上がってエース級のピッチャーになどなれない。
もちろん鋼鉄メンタルではないので、やや調整は必要だったが。
だがリリーフ陣にはまだ問題が多い。
負け試合で先発をさっさと降ろし、敗戦処理をさせるのはいい。
そういったピッチャーも、プロ野球にコールドがないからには、必ず需要があるのだ。
そして敗戦処理でも、確実に相手の追撃を防いでいると、やがては勝っているシーンで使われることになる者もいる。
特に若手は、そういったところから這い上がる者もいる。
本当は敗戦処理は、若手にはさせない方がいいとも言われているが。
フェニックスとの三連戦の残り二戦。
先発のピッチャーは山倉と琴山である。
両試合とも、それなりに点の取り合いにはなった。
そして点の取り合いでは、ライガースの方に分があるようだ。
フェニックスの冬川も、もちろん悪い四番ではない。
だが本当に大事な時に打てるという点では、四番の座はまだ重いのか。
この三連戦で、ライガースは三連勝。
やはり大介がいると、打線全体の破壊力が違う。
実際のところこの三連戦では、ホームラン一本と四打点で、それほど極端な数字ではない。
だがもう誰が見ても、大介はライガースの攻撃の核となっているのだ。
この三連戦で、ちょうど四月の試合は終わった。
そして野球関係者は、記者でも評論家でもプレイヤーでも首脳陣でも、うならざるをえない記録が出ている。
三月を含めた、開幕からの大介の月間成績である。
打率0.510 出塁率0.642 OPS1.887
10本塁打 26打点 17盗塁
そして三振が一つ。
九試合も欠場しておきながら、月間MVPに選ばれる大介であった。
怪我で離脱する前と、復帰してからの成績を見る。
二軍で調整してから戻ってきても、完全に一軍のレベルにアジャストしてくる。
もしも離脱期間の九試合があれば、本当に今季こそ、ホームランの日本記録を抜けたのでは。
ネットでも雑誌でもテレビでも、そんなことを言われる大介であった。
そして五月の最初は、レックスとの神宮での三連戦。
ホームランの出やすい神宮において、どれだけ大介がホームランを打つのか。
「あんた、普通の単打よりもホームランの方が多いって、本当に人間ですか」
そんなことを真田に言われながらも、大介は東京にやってきたのである。
×××
本日続の方で、ほんの少し未来の大介が登場していたり。
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