第130話 マイナスから
ライガースは負けが先行している。
ピッチャーがいまいち、先発もぴりっとしないし、大介の抜けたのが大きい。
だがその大介は、予想よりもはるかに早く、一軍に再登録された。
全治二週間などと言われたら、普通はそこからさらに一週間ほどは様子を見たりもする。
チーム事情うんぬんではなく、大介をここで壊すわけにはいかないからだ。
たとえ優勝できなくても、守らなければいけない選手。
ライガースはそもそも、強さと人気があまり比例しないチームである。
なので監督などの首脳陣はともかく、フロントは人気のある選手を大切にする。
しかし実際に大介が、完治の姿を見せれば話は別である。
復帰はタイタンズとの三連戦の第二戦から。
大介がいないということで、ライガースへの苦手意識を払拭しようと、先発になっていた加納は泣いていい。
それでもいつかは克服しなければと思ったのかもしれないが、それは間違いである。
加納は実際にいいピッチャーなのだが、根本的に相性の悪いバッターというのは存在するのだ。
久しぶりの一軍実戦ということで、対戦した最初の打席はあっさりとヒット。
そして二打席目には、10日ぶりのホームランを打ったのであった。
四打席目は既に、リリーフのピッチャーに代わっていたが、既に戦意はなく歩かされることとなる。
どうせもう負けるに決まってるんだから、勝負しろよと思わないでもない大介であるが、今年は欠場があったため、よく考えてバットを振らなければいけない。
欠場したのは九試合。
このためホームランと打点の記録を抜くのは、かなり難しくなっている。
それでも20試合を消化した時点で、九本のホームランを打っているのは、ホームランダービーのトップである。
打点にしても20打点と、これまたリーグトップである。
そしてもちろん打率はトップであり、タイトル自体は取れそうな感じである。
チーム状態は良くない。
元々ピッチャーが不調でほぼ五分五分であったのだが、大介の離脱と山田の調整が重なって、助っ人外国人の手配もそこまで素早くは間に合わなかった。
神奈川との第10戦目までは五勝五敗であったのに、20試合が終わった時点で九勝10敗一分と、現在リーグ四位である。
意外と変化していないなと思うかもしれないが、大介のいない間はリリーフ陣が打たれて負けにつながることが多かった。
また大原のように三失点で最後まで完投しても、打線の援護がそれに及ばないこともあった。
その一方で真田が、今季一度目の完封勝利をしていたりする。
調子が良かったと言うよりは、リリーフ陣を信頼できなかったのだろう。
そして信頼していないのは、首脳陣にまで及んでいる。
回またぎをしない、信頼されているセットアッパーの青山でさえ、一度敗戦投手に名前を連ねている。
レイトナーと草場に至っては、既に二敗しているのだ。中継ぎ投手なのに。
もちろんまだシーズン序盤で四月も終わっていないため、判断を決めるのは早い。
ただ一度二軍に落として、調子の良さそうなピッチャーを試してみる理由にはなるだろう。
大介が入った一年目と二年目は、15勝5敗、16勝4敗と、完全にスタートダッシュに成功していた。
ただ貯金が増えないことにちゃんと理由があるのは、悪いことではないのだ。
まずはピッチャー陣の入れ替えと調整である。
先発は山田が離脱している意外は、それほど崩壊してはいない。
琴山の投げた試合が二試合とも負けているが、敗戦の黒星は彼にはついていない。
問題はやはりリリーフ陣である。
草場にレイトナーが二試合も負け投手になっているのに加えて、安定していたはずの青山や、クローザーのオークレイにまで負けがついている。
ここに新しいクローザーが入る以上、オークレイをセットアッパーとして使って、なんとか立て直していきたい。
大介が復帰したことは、それだけにチームに勢いを与える。
三連戦の最終戦は、ここまで悪くないピッチングをしながら、まだ今季未勝利の琴山。
それに対して大介は、ホームランを打たずに地味に打点を稼いだ。
4-1で今季初勝利。
それと共にチームも、勝率を五分に戻した。
「なあ、序盤から九試合も欠場して、それでホームランダービートップのあいつってなんなん?」
「味方なんだからいいじゃん」
既に人間扱いされていない大介である。
そんな大介は割りと真剣に、バッテリーコーチの島本に相談していた。
「俺、弱点を作るべきだと思うんですよ」
何を言ってるんだこいつは、と思った島本であったが、詳しく聞くとなるほどと思わせるものであった。
大介には、基本的にコースも球種も弱点がない。
サウスポーのスライド変化球には比較的弱いが、そこまで威力のあるボールを投げられるピッチャーはそうはいない。
怪我から復帰してすぐということで、この二試合は比較的勝負してもらえた。
だがいずれはまた、敬遠と四球の嵐になるであろう。
去年は記録の達成があったので、日本中の野球ファン、それこそライガースアンチからでさえ、大介との対決は望まれていた。
ただ今年はその熱狂も薄れて、試合の勝敗を気にするようになるのではないか。
「そんなことはないと思うがな」
島本はまず、否定から入った。
大介のバッティング記録というのは、もはや一球団の利益にとどまるものではない。
たとえば日本のホームラン記録を見てみると、上位は外国人選手か帰化人がほとんどを占めている。
そうでなくても明らかにスラッガーという選手ばかりで、大介とは全く体格が違う。
正直なところ肉体に無理が来て、ホームラン狙いの今のバッティングは、二年目あたりからは変えていくのではと思っていた島本である。
だがそんな常識に、大介は抗っている。
小さいことで逆に、ピッチャーが勝負を逃げるのを許さない。
歩かされることの多い大介であるが、それでも記録に比べれば、歩かされている数は少ないのだ。
ボール球にまで手を出して、ヒットやホームランにしてしまうのを除いたとしても。
島本のそんな説明に、大介はなるほど、と頷きはした。
「それでも全部勝負してくれたら、90本ぐらい打てると思うんだけどなあ」
おそらく本気で言っている。
弱点をわざと作る。
そもそもその発想してからが、普通ではない。
だがたとえば落合なども、内角はあまり打てないと言われていた時代があった。
今とは時代が違うが、結果を分析することが不充分であったからだ。
内角の球を外角に打つ。つまり広角に打つ。
これで外角も打てるというイメージがついたらしいが、実際には外角の方が打ちにくいことは確かであったらしい。本人も引退後に証言していた。
「とは言っても、お前にもちゃんと現在、弱点はあるだろう」
島本は大介のバッティング指導まではしていない。そもそも誰も大介のバッティングをいじろうとはしない。
二年連続で三冠王を取り、打率四割を達成した打者に、何を指導出来るというのか。
あるとしたらそれはスランプの時の励ましであったり、戦術的に作戦を伝えるだけだ。
そんな大介の弱点というか、自分で無理矢理弱点にしてしまっているのは、アウトハイのボールである。
ただしゾーンからは外れたコースの。
アウトローなら倒れこみながら、腰の回転で飛距離を出せる。
だがアウトハイは腕を伸ばすのに体の力を使うため、当ててもまともには飛ばない。
ただこれも全て、ゾーンから外れたボールの話だ。
ストライクゾーンに入ってきても打てないのは、サウスポーのスライダー系。
ただしそれも調子に乗って、試合終盤のサウスポーが安易に投げてきたら、普通にホームランにしてしまう。
一流のサウスポーの一流のスライダー。
そんな限定的なものではなく、どんなピッチャーでもおおよそ投げられて、だが弱点も打たれることはあるという程度の球。
無茶な話である。
相談に乗っている島本であるが、一般的なバッターの基準から大きく外れすぎているため、まともに思考が働かない。
ただそれなら、実際にどういうボールが打ちにくいか、過去の凡退の記録から見ればいいだろう。
だがそれも大介は分かっている。
「落ちる変化球を続けられた後、ホップ成分の高いストレートを投げられると、凡退の可能性が高いんですよ」
それはどんなバッターだってそうだろう。
と言うか今までも普通にそれで投げて来られているような?
そして割とホームランにしているような?
まさかそれでも、自分にとっては弱点だと思っているのか。
そもそもピッチャーとバッターとの勝負というのは、ピッチャーが勝つ確率の方が高いわけである。
それはバッターがピッチャーの配球を、ある程度絞らなければ打てないからである。
しかしながら大介は、絞らない。
感覚的に、打てるものは打つ。それでは凡打が増えるはずなのだが、それをヒットにしてしまったり、ジャストミートする当て勘というのが大介にはあるのだ。
もちろん理論的に言えば、事前の綿密な研究と、そのイメージを現実にしっかりと落とし込む能力があるわけだが。
上杉の球は大介の想像を上回るし、直史の球は想像外を突いてくるが、この二人をどうにかしっかりと、自分の意志で打てるようになりたい。
もっとも直史と対決するのは、公式戦ではもうほとんど機会がないだろうが。
(あいつ、バッピのバイトでもしてくんねえかな……)
時給50万ぐらいまでなら払ってもいいというか、MLBの最高レベルのピッチャーの一球分並には、金をかけてもいいかなと思う大介である。
タイタンズとの三連戦が終わると、今度は地元甲子園に、神奈川を迎えての三連戦である。
残念なことに上杉はまた、短い間隔のローテで投げていて、ライガース相手には投げてこない。
これは本当に偶然ではあるのだが、神奈川は出来ればライガースに上杉を当てたくはないのだ。
大介が怪我をしたあの日の後、上杉はどこかを痛めたということはなかったが、中六日の休みを必要とした。
つまりごく普通のピッチャーの間隔を、一回は必要としたのだ。
大介と上杉の勝負は、確かに名勝負ではある。
だが対戦のたびに、どちらもが命を削るような真似をしていると思う。
もちろん絶対に回避しようなどと、そんなつもりは毛頭ない。
だが今のところライガースは、チーム状態がよくない。
上杉でなくても勝てそうなところには、上杉以外を当てていく。
今年は開幕から好調だったタイタンズが、ライガース相手に三連敗した。
首位に立った神奈川は、今は着実に二位との差をつけていかなければいけない。
二回繰り返して分かった。クライマックスシリーズで、ライガースにアドバンテージがあったら負ける。
上杉という選手がピッチャーというポジションである以上、その戦力をどう運用するかが、神奈川がまた優勝するために必要なことなのである。
ただこの三連戦に関しては、あまり配慮する必要はなかった。
最初の二日が雨で中止、最後の一試合だけになったからである。
ローテションが崩れた時に、ピッチャーはどうするか。
もちろんチームにもよるし、ピッチャーにもよる。
エースクラスのピッチャーであれば、一試合でも多く投げてもらうために、後ろにスライドすることが多い。
エースではないただのローテーションピッチャーであると、そのまま試合を飛ばされたりする。
ライガースの場合は、離脱した山田がまだ戻っておらず、高橋に投げさせるかと思っていた試合が飛んでくれたのはありがたい。
そして本来は三試合目を用意していた大原の代わりに、飛田が先発の試合となった。
大原は序盤に失点する試合が多いので、まだあまり信頼されていないのも当然である。
ここで大介は、自作自演の弱点を見せ付けたか。
答えはNOである。
単純に相手のピッチャーが、その想定していた弱点に投げてくれなかったので。
三打数一安打で一打点。
いまいち大介としては物足りないが、フォアボールで塁に出た後は、足で引っ掻き回した。
この走力こそが、大介が思ったよりもあからさまな敬遠をされない理由である。
打てる場所ならボール球でも打ってしまうため、そこで打ち損じてアウトになることを祈るのだ。
野球は統計のスポーツなので、神様の手で偏りが起こってもおかしくはない。
試合自体はライガースが勝利したが、リリーフ陣が追いつかれてから、打線がもう一度リードするという展開であった。
これは先発が勝ち星を潰された上に、失敗したリリーフが勝ち投手となるので、あまり良くないものである。
上手く同点の場面からとか、失敗したリリーフはすぐに下げられたとかならいいのだが、失点して同点になりそのまま投げ、もう一度リードを奪うという展開はよくない。
「あかんなあ……」
クローザーの件はフロントがどうにかしてくれるようだが、中継ぎ陣がどうしてこうぴりっとしないのか。
何か根本的に変える必要があるのかもしれないと、深く悩む島野であった。
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