第9話 ノルマ
タイタンズの本拠地ドームで行われたライガースとの第二戦、試合は完全にタイタンズ有利に進んでいった。
ライガースの先発椎名も、ビッグイニングを作らない匠の投球でピンチを最小失点に抑えるものの、六回の終了時点で四失点で降板。
タイタンズの荒川は七回までを二安打の無四球という完璧な内容で、タイタンズが七回の裏にチャンスを作ったところで代打を出されて引っ込んだ。
そのチャンスを活かしたタイタンズが追加点を加えて、残り二回で六点差となっていた。
ライガースはもはや負けムードで、負け試合用の継投を行っている。
勝ってる試合に投げるセットアッパーの青山も、クローザーの足立も、ほぼ今日は役目はない。
あとは敗戦処理用のリリーフか、試すために連れて来ている新人を使っていく。
幸いと言うべきか、この試合の勝敗はほぼ決している流れだが、相手の打線が完全に止まらないというような状況でもない。
6-0で残り二回というスコアは、プロではかなり決定的な差である。
監督やコーチも負けと見れば、ベンチのメンバーを積極的に試していきたい。
ただせっかく第一戦を完封勝ちしたのに、第二戦で完封負けでは勢いが殺される。
八回も代打を使ってみたが三者凡退。
そして九回もピッチャーのところで代打を使ってみたがこれも凡退。
ワンナウトで先頭の西片である。
西片はボロボロの故障者続出のライガース打線の中では、一番頼りになって故障もしていない、比較的若手の選手である。と言っても30歳は超えているが。
俊足で選球眼が良く、そしてそれなりの長打力も持っている。
(ここは個人成績にこだわるぞ)
嫁と娘がいる西片は、二人目を妊娠している嫁のためにも、この年は気合が入っている。
見事なバットコントロールでヒットを打ち、この日三人目のランナーとなる。
まあ相手も点差があるので、本職のクローザーを使っていないのが助かった。
自分まで回るな、と大介はバットを取り出してネクストバッターサークルで素振りをする。
今日はここまで内野ゴロ二つと外野フライ一つで、いいところがない。
荒川をぶっ飛ばすリストに加えた大介であるが、石井がゲッツーにならずに自分にまで打席が回ってくることを期待する。
その石井は内野ゴロ。ただボテボテのセカンドゴロなので、進塁打にはなった。
九回の表、ツーアウトランナー二塁。
得点差は六点という状況で、ゴールデンルーキーを歩かせるという選択肢はない。
(ただまあ、高めは禁物だぞ)
(了解)
そして低めにコントロールされたボールを、大介は鋭く振りぬいた。
打球は左中間。ワンバウンドしたところをやや回り込んでセンターが取る。
ツーアウトからなのでスタートを切っていた西片は、簡単にホームを踏むことが出来た。
完封負けは防いだということで、ほっと一息のライガースベンチである。
レベルの平均化されたプロ野球では、九回ツーアウトの五点差がひっくり返る可能性はまずないが、この一点は大きい。
(大介のやつは、試合の勘所が分かってるのか)
ベンチの監督島野は考えるが、試合の勘所と言うよりは、もっと大きな流れだろうか。
絶対の布陣で迎えた開幕戦、ライガースは落としても落ち込まない柳本を開幕投手に使った。
山田も別に落ち込んだりする柔なタイプではないのだが、柳本の方が悔しさをバネに飛び上がる力が強い。
大勝した後に連勝出来れば一番だったのだが、ピッチャーの実力と打線の関係を思えば、それは難しい。
大敗すれば勢いを戻されるとは思っていたのだが、なんとか一点は取ってくれた。
この一点が明日の三戦目を、相手の流れから始めない要因になってくれるだろう。
もっとも塁に出た大介は、そこまでのことは考えていなかった。
(これで八打数五安打の六打点)
昨日のデビュー戦は、はっきり言って出来すぎだった。
相手は散々大介のことをオープン戦成績からも研究しているはずなのに、エースでもストレート三球勝負は甘く見すぎだ。
その後は相手の投手崩壊で、簡単に打点が稼げた。
本日も一本ヒットを打って、打点を一増やした。
ノルマ達成としておこう。
ライガースはとにかく、打線がつながりにくい。
一番の西片と四番の金剛寺は期待できるのだが、二番打者に器用貧乏な選手を入れることが多く、去年まで三番を打っていた外国人の代わりを、結局は開幕までに獲得出来ていない。
大介が入ってかなり得点力はアップしたが、五番にも強打者を持ってくれば、完全に中軸がつながる。
選手がそこまで考えることではないのかもしれないが、大介としては自分の後の打者が誰かで、敬遠の可能性が少なくなるのだ。
高校時代を考えると、西片が出塁して石井が送って大介となれば、空いている一塁に歩かせやすい。
次が金剛寺であるが、これも歩かせて満塁策というのがあるので、五番にもそこそこの打率と長打力のある選手がいてほしいのだ、
(外国人枠余ってるんだから、どっかから持って来れないものかねえ)
そう考えていた大介は、球団の編成ではなく、他を頼ればいいのだと気付く。
とりあえず盗塁で二塁まで進んだ。今期初盗塁である。
足も速いのを見せておくと、歩かされにくい。
試合は結局金剛寺も打ってさらに一点を返したものの、6-2でタイタンズが勝利した。
お通夜とまではいかないが、やや苛立った空気に満ちたロッカールームで、大介は質問してみる。
「まあ最近のうちの外国人では、すごい当たりやったんやけど……」
メジャーに引き抜かれてしまったために、日本に戻ってくる可能性はないのだとか。
「他は全然あかんのや。なんでやろなあ」
別にライガースは外国人に対して当たりがきついとかはない。むしろ外国人のフランクなノリには付いていけるはずなのだが。
「まあ金の問題かな」
確実に戦力になりそうなものは、当然ながら補強に金がかかる。
そこそこの年俸で引っ張ってこれそうな外国人に、当たりが少ないのは当たり前である。
外国人選手の獲得が上手い球団下手な球団とはあるもので、結果論ではあるが現在のライガースは下手な球団となっている。
かつては史上最強の助っ人などもいたが、大介の生まれるはるか昔のことである。
せっかく外国人枠が余っているのだから、投手陣にそれを渡してもいいのではと思ったりもするが、他の助っ人が全てくすぶっている投手陣なので、野手を獲得する意思は球団編成陣もあるらしい。
「ただ日本の野球に対応出来て、お買い得な外国人選手を見つけるなんて、やっぱ難しいんとちゃうか?」
ライガースの選手たちも、危機感は持っている。
それに外国人選手は長期で球団にいることは少ないので、ポジション争いもせいぜい数年。
選手の高齢化を考えれば、いずれスタメンの枠は空きそうなのだ。
ふ~んと考えた大介は、スマホを操作して電話をかける。
「あ、どもお久しぶりっす。いえいえ、まだまだ、はい、ええそうなんですけどね。うん、確かにそうなんですよ」
話の流れから誰にかけたのか、気になるところである。
「そんな訳で、相性の良さそうな安い選手とか知りません? あ、そうですか。ええ、あ、そういうタイプですよね。ええ、現場は困ってますから、上の問題になるかと。分かりました。あざっす」
短い会話の内容であったが、不穏な部分があった。
「大介、お前誰と話してたんや?」
「あ、うちのガッコの元監督っす。MLBで働いていたこともあったから、良さそうな外国人いたら売込みをかけてみたらどうかって話してみました」
しん、と静まり返るロッカールームである。
「え? そんなんして良かったっけ?」
「タンバリングやないとは思うけど……」
「メジャーでやってた選手が、日本でやってみんかって声かけるようなもんちゃう? たぶん大丈夫やろうけど」
「まあ判断するのは上やろうし、大介は提案しただけやろ」
「代理人とかどうなるんやろ」
なおこの時からわずか半月後、ライガースはアメリカのメジャー傘下トリプルAから、一人のアベレージヒッターを獲得することとなる。
この日の朝刊、どうせまたタイタンズの勝利を大々的にやってるのだろうと、ホテルのロビーでスポーツ新聞を広げた金剛寺は、わずかに驚いた後に溜め息をついた。
そして大介を呼ぶのである。
朝刊に載っていた記事は、大介の発言が切り取られていた。
即ち「記録は破られるためにある」という部分である。
大介が自分の記録だっていずれは破られるという意味で言ったのが、俺に敗れない記録はない、と言ったような感じに歪められ、それに対する球界のコメントまで加わっている。
「なんじゃこりゃ……」
「マスコミの常套手段というか、まあその新聞はだいたいそんな感じやから、気にしすぎたらあかんぞ」
頭ごなしに注意することなどもなく、金剛寺は冷静に大介に事実関係を聞いた。
大介としてはあの会話の流れで、どうしてこうなるのかが分からない。
と言うかこんな悪意に満ちた偏向を、なぜわざわざするのか。
「まあお前は甲子園のスーパースターやからな。俺みたいに下積みが長いと、悪役にしづらいんやろうけど。才能はあってもマスコミに潰されてきた人間は散々にいるからな」
怒りのあまりに震えている大介に、冷静な声をかける金剛寺である。
「これがタイタンズの選手やったら、その新聞はそういうふうには書かへんねん。タイタンズ以外のセ球団はいくらでも悪く書くからなあ」
そんな金剛寺の落ち着いた態度に、大介も冷静さを取り戻す。
大きく息を吐いて、試合の時のような冷静な気分に戻った。
「どうやって対処したらいいんですかね」
「まあ人によるし、状況にもよるわな。お前が生意気なキャラクターで行く気ならこのままでいったらええ。ただ俺の見てきた中からすると、迎合してどうにか批判を抑えようとすると、肝心の本職の野球が上手くいかんくなるみたいやな」
金剛寺としても、いくらプロ野球の世界に足を踏み込んだとしても、まだ18歳の若者にこんな洗礼を浴びせかけるマスコミには、怒りが湧かないはずもない。
しかしただ感情的に対応するには、相手はあくどすぎるのである。
「金が全てで割り切ってるやつはこういうのも平気やし、なにくそと思って見返してやるのもええ。ただお行儀良く叩かれないようにしたりして相手のご機嫌を伺うような感じにすると舐められるからな」
「この新聞だけ完全に無視ってのはダメすか?」
う~ん、と腕を組んで考える金剛寺である。
基本的に野球選手にとてマスコミは、利用するものである。
それに悪意をもって扱われるのでも、それが話題になる選手だからこそのものだ。
大介が基本的には、野球少年のままにプロになった人間だと、金剛寺は見抜いている。
だがハングリー精神もあり、プロ意識も高いことも分かっている。
「プロになるっちゅうのは、自分が商品になるってことやな。甲子園の球児なんかは、なんやかんや言うても、そこまで悪役にされることはないねん。そもそも大新聞社が主催してるわけやし」
ここがプロとアマチュアの差かもしれない。
「高校までもそうやったろうけど、プロはそれ以上に、お前を利用しようとしてくるやつはいるはずや。いちいちマスコミの一人一人のことに拘ってたら時間も労力ももったいない」
「じゃあ無視でもいいと?」
「それはそれで悪く書いてくるやろうけどな。それとそのコメントつけてるやつは球界のご意見番と言うより、単に文句つけるだけのやつやから無視してええ」
ばっさりと大先輩を切る金剛寺である。
「自分がブレんかったら、どういう対応をしてもええ。それと球団もファンも、昔からの知り合いも、お前の味方はちゃんといる。それを忘れんかったらええ」
諭すような金剛寺の言葉に、大介は強く頷いた。
開幕第三戦、一勝一敗で迎えたこの試合。
先発はライガースはこれまたベテランの藤田であり、タイタンズの先発もようやく常識的なレベルの投手になってくる。
勝率はピッチャーの実力なら五分五分かもしれないが、得点力ではライガースが確実に劣る。
だが一回の表、先制したのはライガースである。
初球から打っていった西片がクリーンヒット。そして二番の石井が送りバントで一死二塁。
送りバントはもう古いだのと言われることもあるが、石井がバントが上手いことと、西片の足が速いことを考えれば、三番と四番の単打で一点を取れる可能性は、それなりに高いはずなのだ。
そして期待通りに大介はレフト線にツーベースを打って、まずは先制点を取る。
この後に初球から三塁への盗塁に成功し、一死三塁という得点のチャンスを広げた。
状況を見たバッティングが出来る金剛寺は、大介の足まで考えて、外野まで飛ぶスイングをする。
タッチアップでさらに一点が入り、初回に二点を取ることに成功した。
今日は前の二試合と違い、分かりやすいよくあるタイプの試合になりそうである。
ライガースの先発藤田はそこそこランナーを出すが、やはり最小失点に抑えるタイプ。
そしてタイタンズも初戦の加納や二戦目の荒川に比べれば、そこまでの投手を出してはこない。
藤田は六回を投げて二失点でお役御免。ここからはつないでいく。
タイタンズのピッチャーは三失点で七回までを投げた。クオリティスタートであるが、このままでは負けがつく。
追加点がほしいところだ。ワンナウトから大介は単打で出塁し、またも盗塁で二塁まで進む。
だがここで金剛寺が敬遠されてしまうのである。
(あ~、やっぱりもう一人いるのか)
いっそのこと西片を三番、などという考えもあるのかもしれないが、打順が一番多く回ってくる一番打者に、出塁率の低い選手を持って来るなど論外である。
今日はキャッチャーの割りに打てる島本が五番に入っていたが、ここで三振。
ツーアウトにはなったがまだ一塁二塁で、ヒット一本で当たり次第では追加点が取れる。
プロ野球らしくここで代打が出てくるのだが、残念ながら外野フライで追加点は入らなかった。
オープン戦でもピッチャーは色々と継投はしてきたが、シーズン本戦の競った試合での継投を直接見るのは初めての大介である。
ライガースの勝ちパターンとしては、クローザーの足立につなげるリリーフ陣は、ベテランの青山と若手の琴山がいる。
青山も若い頃は先発でブイブイ言わしていたピッチャーなのだが、年齢と共にイニング後半の球威が衰え、セットアッパーとして出場することが多い。
青山は正統派の右腕であり、琴山は左のサイドスローであるが、琴山はローテーションに持ってこれないかとも言われている。
ただそれをすると中継ぎが崩壊するかもしえないので、思い切った起用の変換は出来ないのが実情だ。
あと一人、先発か中継ぎで使えるピッチャーがいれば。
琴山をどう活用するかで、ライガースの投手成績は一気に良化しそうな雰囲気もあるのだ。
(中継ぎの一人ぐらい、二軍とかから上がってこないもんなのかね)
高校時代、継投は多く見ても中継ぎというものを理解していない大介は、このあたりの感覚が分かっていない。
この日のライガースは上手く継投した。
左打者が多かったので、先に琴山が七回を投げる。
ここで右打者を代打に出せるのが、選手層の厚いプロの世界である。
琴山はヒットこそ許したものの、無失点で八回につなぐ。
そして青山もランナーを出さずに九回へ。
クローザーで出てきた足立は、まだ短いイニングだったら衰えない剛速球でツーアウトまでを三振に取り、最後は内野ゴロに引っ掛けさせてスリーアウト。
ライガースが開幕戦を二勝一敗で勝ち越すのは、実に七年ぶりのことであった。
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