十三章 プロ四年目 最悪の季節
第178話 大味な開幕
大京レックスは毎年ピッチャーを当てているような気がするが、それでもチーム防御率はあまりよくならないし、成績も上昇しない。
その理由としては見る者が見れば一目瞭然なのだが、キャッチャーのリードが画一的なことによる。
理想的なコンビネーションがキャッチャーの頭の中にあって、それにピッチャーをあわさせるような。
そんな器用なことが出来るのは直史ぐらいであろうし、直史もそんな画一的なコンビネーションに従いはしない。
下手に打てるだけにレギュラーからも外されない。
ようするにそんなキャッチャーしかいないのに、キャッチャーの補強を頑なに拒むのが、現在のフロントなのである。
何か弱みでも握っているのか? と他の者が思うレックスの正捕手丸川であるが、打てるということがやはり大きい。
あとは現場とフロントの間が上手くいっておらず、補強が通らないというのも理由である。
この現場とフロントの乖離問題は、さる人物の謀略によるものだが、それは今は関係のない話だ。
よってレックスのピッチャーはFA権が発生すると、他球団に移ってしまうことが多かった。
その中でここ数年、一人で10勝以上を毎年上げていた東条がいなくなったのは、本当に痛いことであった。
もっともポスティングで高く売れたので、球団としてはそれだけ補強に金がかけられるということなのだが。
東条がいなくなっても、レックスの投手陣は崩壊しない。
ひょっとしたら地味に、一番ピッチャーが揃っているチームなのかもしれない。
その中で今年の開幕投手に選ばれたのは、五年目のサウスポー吉村。
高卒新人でルーキーイヤーから二桁勝利を上げた彼は、まさにエース級の活躍をしている。
年に何試合かは、怪我でローテを飛ばされるのが、欠点と言えば欠点。
だがそれでも毎年20試合前後は先発し、確実に貯金を作っているのだから、年俸が一億を超えるのも当たり前の話なのである。
(でもライガース相手の開幕は投げたくなかったな!)
内心ではそう思っている吉村である。
冷静に記録を調べてみると、吉村は高校時代、直史と真っ向勝負で投げ合って勝利した、唯一のピッチャーなのである。
あとは継投や、天候の問題などで、ピッチャーの能力の激突とは言いがたい。
疑惑の判定やキャッチャーの黒歴史などはあるが、それでも直史と一試合を通じて投げ合って勝ったのは、彼一人なのである。
ただ高校二年生の春は大介にホームランを打たれたせいでシードを逃し、死ぬほどきついトーナメントを勝ち抜いていかなければいけなかった。
その逆境こそがむしろ、チームを甲子園にまで導いてくれたのかもしれないが。
その次の年にはもう、白富東は手に負えないチームになっていた。
プロに入ってからも、大介には打たれまくっている感覚がある。
だが吉村は基本的に、味方としても大介とプレイしたことがあるので、その怖さは存分に知っている。
自軍の主砲ならば頼りになるが、敵としては戦いたくない。
ただそんな気分で投げているので、実は他の主力球ピッチャーに比べると、被打率や被本塁打数はあまり多くない。
ただ今年は、西郷がいる。
吉村は西郷とは、高校時代に対戦したことはない。
だがワールドカップでは、同じチームであった。
150km台後半のストレートでも、軽々とスタンドに持っていくパワー。
高卒の時点でもプロに進めば、確実に一位指名はされたはずだ。
それが大学で、あの兄弟と同じチームになることによって、えらくとんでもない記録を作り出している。
同じチームであったからには、あの兄弟のボールを打つ練習もしているのだろう。
吉村は自信家ではあるが、プロの世界ではいくらでも、優れたピッチャーはいるのだ。
そしてその中に、あの兄弟に匹敵するピッチャーはほとんどいない。
開幕戦である。他の試合と同じと考えてはいけない。
だが自分は確実に、大介を苦手としている。
プロに入ってからも、慎重に対戦してきた。
大介とは勝負しない。それが一番賢い選択である。
だが西郷は果たして、どの程度の実力となっているのか。
オープン戦では三試合当たっているのだが、吉村は登板していない。
大介はともかく、少しでも西郷に情報を与えず、公式戦を迎えたかったのだ。
ライガースは一番も二番も、ようやく若手から主力になったばかりのバッターが務める。
スターズの投手陣と同じように、ライガースはバッターの年齢が低い。
今日の試合ではまだ30代に入ったばかりの石井が、一番の年上なのだ。
勢いがある時はいいが、バッティングが上手くいかなければどうなるか。
ただチームのリズムが悪くても、大介は一人で流れを変えてしまう。
上手くこいつを調子にのせないように、まずは一回の表は歩かせておく。
するとツーアウト一塁で西郷になるわけだ。
左の吉村からでも、大介は容赦なく盗塁を仕掛けてくる。
ただここで走ると、西郷を歩かせやすくなる。
即戦力の大卒ルーキーで、実力も充分に知っているとは言っても、いきなり四番に入ってきた西郷。
プロの洗礼を浴びることなく、オープン戦でも軽く三割を上回る打率と、大介の次にホームランを打っている。
大学野球とプロ野球では、さすがにプロ野球の方がレベルは上のはずなのだが、西郷にはそれは当てはまらない。
同じチームに日本最高の技巧派と、日本最強のサウスポーがいたからだ。
西郷を攻める手段としては、まず変化球である。
だがキャッチャーの丸川は、ストレートで胸元ずばりとサインを出す。
(西郷は俺より格上の選手なんだけど、なんで分からないかな)
胸元ずばりでもアウトローでも、ストレートは論外なのだ。
投げるべきは変化球。
早稲谷ではおそらく経験していない、スプリットとスライダー。
西郷は右打者なので、特にスプリットを使いたい。
初球は膝元へのスライダーで、際どいがボール。
西郷はわずかに反応したが、バットを振るところまではいかない。
今のがストライクならありがたかったのだが、そうそう都合のいい判定は続かないだろう。
(次はアウトロー)
(だからどうしてストレートなんだよ)
サウスポーのストレートは、西郷なら100%対応出来ると考えた方がいい。
シーズンを通して戦う以上、西郷のわずかでも弱い部分を、実地で探っていかなければいけない。
レックスにはもう一枚、金原という強力なサウスポーがいる。
大介と戦うにしろ西郷と戦うにしろ、必ず二人の間で情報は共有していかなければいけない。
左の先発というスタイルは被るが、二人の共通点はそこぐらいだ。
あとはそこそこ故障しやすい体質か。
そんなところは共通しなくていいのである。
やたらとストレートを要求してくるキャッチャーに対して、吉村は首を振り続ける。
だがいい加減に面倒になってきた。
(じゃあ希望通りのところに投げてみせるよ)
それで点を取られたら、ピッチャーの責任になってしまうのだが。
吉村の変化球によって、西郷は的を絞れなかったが、フルカウントまでは追い込んだ。
これまで使っていなかったストレートを、インハイの外れたところに投げる。
ボール球ならまだしも、打ち損じがあるということか。
だが巨漢の西郷は、かなり高めでも打ってしまう。
それをちゃんと理解しているのだろうか。
全力で投げたストレートを、西郷はミートした。
内角を引っ張ったわけだが、引っ張りすぎてファールになるというほどでもない、
上手く腕を畳んで、さほどの力も入れていないであろうに、神宮の狭い空間を飛んで行く。
レフトへの特大のホームランが、プロ第一号ホームランとなった。
西郷とはストレートで勝負してはいけないのだ。
それがやっと分かっただろうか。
吉村のストレートは充分に速いが、160kmオーバーのスピードは持たない。
ならば大学野球と同じ神宮では、それぐらいは飛ばせるだろうに。
ルーキーとは思えないほど、既にプロの世界に適応した西郷。
そのホームランにて、まずはライガースが二点リードのスタートであった。
西郷が派手なホームランデビューをしたこの試合であったが、大介は二度も歩かせられてしまった。
その後ろの西郷も打つので、下手に歩かせることは危険であるのだが。
それでも歩かせる方が安全であると、吉村は信じている。
外のボールを振らせようとして失敗し、二打席連続でフォアボール。
相手が相手とはいえ、開幕投手にこんなピッチングはしてほしくなかったというのが本当のところだろう。
さらにこの大介もまた、西郷がヒットを打って帰してしまった。
吉村は六回を投げて三失点で降板。
まだ逆転のチャンスがないわけではなかったが、山田の調子が良く六回までを無失点に抑えていたのだ。
こkの山田も七回で交代するわけだが。
大介はこの日、二打数の一安打であった。
ホームランはなく、ヒット一本で打点一。
ただリリーフ陣が予想通りに失点をしてしまった。もっともこれも二点まで。
最終的なスコアは4-2で、ライガースが開幕戦を飾ったのである。
四番として出場した西郷は、四打数の二安打で一ホームラン。
そして打点は三点を得ている。
三番と四番だけで、全ての打点を取ってしまった。
プロ野球界において、おそろしい三番四番が誕生したのではないか。
そんな声も上がってくる。
翌日も当然ながら、試合は続いていく。
三連戦の二戦目、ライガースは昨年の勝ち頭にして、上杉がいなければ一番、とまで評価されている真田。
確かに故障はあったものの、二年間で既に30勝。
順調にいけば名球界入りペースである。
真田の場合は、実はMLBへの挑戦は全く考えていない。
なぜなら以前にMLBで使われている標準球で、自分のピッチングを試したからだ。
真田はプロ野球選手としては、比較的背は小さい。
それに比例するように、手や指もさほど長くないのだ。
MLBのボールを使って投げると、スライダーやシンカーを投げる時に、肘への負担が大きい。
もちろんそれだけでなく、ストレートの球質も悪くなる。
少なくとも今のピッチングのスタイルでは、MLBに対応出来ない。
MLBのレベルに通用しないのではなく、MLBのボールに対応できないのだ。
だがNPBにおいては、いくらでも勝ち星は上げられる。
故障に気をつけて、毎年15勝前後を上げる。
もちろんそんなに毎年調子を維持するのは難しいし、打線の援護がなければピッチャーには勝ち星がつかない。
そんなことは分かっているが、今のライガースの状態を見ると、いくらでも点は取ってくれそうである。
この第二戦、真田はあまりいい出来ではなかった。
サイドスローへの転換、もしくはサイドスローのイメージでスリークォーターで投げるのが、上手くいってなかったのだ。
さらにレックスは四年目の金原を出してきている。
史上最高の八位指名などと言われた金原は、セットアッパーなどで投げることが多かった去年までだが、今年は開幕から完全にローテを回すつもりらしい。
ストレートとスライダーが主な球種である金原は、そろそろストレートのMAXが160kmに届きそうなのである。
しかもサウスポーであるため、スライダーは大介対策になりうる。
ただの左のスライダーではダメだ。
だが金原のスライダーもそれなりにキレがあるのは確かだ。
この第二戦、金原は大介に真っ向から挑んでくる。
もうNPBのピッチャーの中では、大介に真っ向勝負を挑んでくるピッチャーなどは、そうはいない。
ホームランが出ない。
四打数の三安打で、打点は五点。
立派な働きであるが、大介はここまでの三年間、必ず開幕戦にホームランを打ってきた。
昨日の吉村は逃げ回られたから仕方がないかもしれないが、勝負してくる金原から、ホームランを打てていないのである。
この試合は真田も四回で降板した。
四回四失点というのは、真田にしては明らかにおかしな数字である。
本人も苦しみながら投げているのが分かるので、本格的におかしくなる前に、ピッチャーは交代である。
この試合は打撃戦であった。
金原もいいピッチャーなのであるが、大介に勝負を挑んで、西郷からも逃げないとなれば、当然ながら点は取られる。
特に西郷は、この試合でも二本のホームランを打った。
なんだか大介が打てない分まで、西郷が打っているような感覚である。
もっとも大介はホームランは出ていないが、ここまで六打数の四安打。
打率と打点は、これまた自己記録を更新するペースである。
シーズンの序盤も序盤、まだ二試合が終わっただけ。
しかもチームとしては、この第二戦には負けている。
やはりと言うべきか、リリーフ陣が崩れた。
大介と西郷だけで九打点も稼いでも、それ以上に打たれてしまうのである。
三連覇を果たし、そしてまた今年も王座を狙うライガース。
だがそのペナントレース序盤は、なんとも不安を感じさせるものであった。
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