第177話 あっちもこっちも

 キャンプも終盤にさしかかり、開幕ロースターの予想がされていく。

 去年の主力はもちろん入っているが、それにプラスされているのは、西郷、品川、あとは新外国人のキッドぐらいである。

 オープン戦においては西郷は、最初は六番を打つことが多かった。

 だがその打順が上がって、現在ではグラントが六番となっている。

 クリーンナップにいるべき選手であるのだが、西郷のパワーとミートを考えると、どうしても打順は前のほうに来てしまうのだ。


 金剛寺の四番が、いつまで見られるのか。

 あと20本のヒットを打てば二千本安打を達成し、名球界入りの切符を手に入れる。

 高橋に続き金剛寺も、これで肩書きがまた増えるというわけだ。

 だが今年は42歳のシーズン。

 バッターで長く現役でいられる選手でも、だいたい40代の前半には一気に成績を落とす。

 その理由は主に、目が球速についていけなくなることらしい。


 金剛寺はオフには、体をじっくりと休める。

 だが眼球のトレーニングだけは、一日たりとも休まない。

 動体視力に衰えが見えたら、打率もホームランも低下していく。

 今はまだ体のあちこちが壊れかけているが、それでも一定の成績は残せる。

 それに比べても、目の衰えは致命的だ。

 限界が近いと思う体でも、まだやることは出来る。

 三割20本を維持し、また出塁率も四割以上。

 OPSではいまだにリーグトップ10に入っている。

 いくら年齢で衰えてきても、まだまだ四番にいる安定感はあるのだ。




 打線においては全く文句はない。

 問題はやはり投手陣だ。

 真田の故障からの復帰が、相変わらず順調ではない。

 オープン戦ではサイドスローを披露したが、たしかにそれなりには通用するものの、10個以上の貯金を作っていた去年に比べれば、かなり落ちる出来栄えである。

 そしてもう一人のサウスポー、主にセットアッパーで使われるであろうキッドは、制球で苦しんでいた。


 最速では157kmも出すというストレートに、スプリットとチェンジアップ。

 主にストレートで押していくのだが、確かに球速はでるもののキレがない。

 これは日米のボールの違いというものが大きい。


 MLBで使われるボールの大きさは、規定されている大きさのほぼ最大限。

 逆にNPBや、普通の世界大会で使われるボールは、かなり小さめなのである。

 もちろん見比べてみても、あまり違いがあるようには見えない。

 だがこれに比べて日本のボールは、縫い目もあまり高くない。


 比較的手の小さな日本の選手には、小さいボールが手に合う。

 だがキッドは手が大きいため、握って投げるとストレートにスピンがかかりにくい。

 これは縫い目の違いも影響しているだろう。

 本来は滑りにくい日本のボールは、投げやすいと言われることが多い。

 だが慣れというものはあるもので、メジャーやその傘下の時代から10年も投げてきたボールとの違いに、違和感を覚えるのは当然である。


 またハズレか、とマスコミが囁きだす。

 それもこれも大介が手加減せず、フリーバッティングで相手をしてもらう時、全力で打ちにいくのが悪い。

 だが今年は個人の記録を、本気で狙っている。

 四年連続の三冠王である。

 これまでの全世界の野球の歴史において、四度の三冠王を取った者は一人もいない。

 打率も打点もホームランも、既に未知の領域に達している大介。

 だがここからはまださらに、誰も見たことのない光景が広がっているのだ。




 今年もライガースはピッチャーで困るか。

 ただドラフトで西郷を獲得し、他には多くをピッチャーで指名した。

 弱体化した投手陣を、さらに強力になった打線で援護するわけである。

 その西郷は期待以上に、ポンポンとホームランを飛ばしている。

 大介のスイングから生まれる打球は、弾丸ライナーでスタンドに飛び込む。

 それに比べると西郷は、フライ性の打球が多い。

 これは西郷が、犠牲フライも多く打ってきたことを示す。

 大学時代には前にいる打者が俊足で、三塁まで進んでいれば外野フライで、かなりの確率で帰ってこれたからだ。


 打率も長打も、黒田よりも上である。

 ただ明らかに黒田が優るのは、走塁である。

 西郷ははっきり言って鈍足だ。

 毎年10個前後は盗塁を決める黒田とは、明らかにそこが違う。


 また守備においても、黒田の方がいいだろう。

 西郷は大学時代、ファーストを守っていた。

 だが膝や腰に爆弾を抱える金剛寺は、少しでも負担の少ないファーストを守る。

 西郷もサードの経験はあるのだが、感覚を思い出すのに時間はかかりそうだ。

 それらの短所を補って余りあるほど、西郷のバッティングは優れているが。


 ただ、どうやら開幕戦は、黒田はスタメンで出られそうである。

 金剛寺と、そしてグラントまでもが、調子が上がってこないのだ。

 今年で42歳になる金剛寺はともかく、グラントはまだ31歳。

 これから円熟味が増してくる年齢ではないか、と思えるのだが。




 グラントの残留については、そこそこ駆け引きがあった。

 元々はメジャーで打っていた選手であり、スタメンで出ることはさほどなかったものの、代打要員としては向こうでもそれなりの成績を残していたのだ。

 元は三割近い打率と、シーズン換算で10本少しのホームランを打つ選手。

 ただ日本に来てからは、明らかにホームランに比重が偏っている。


 グラントは毎年、メジャー球団との交渉をしていたりする。

 だがどうしてもメジャーのロースターではなく、マイナー契約どまりになるのだ。

 メジャーならばいいが、マイナーでは完全に年俸が違う。

 NPBの野球はメジャーと3Aの中間だと言われるが、年俸的なことを言われると、間違いなくメジャーに近い。


 日本で成績を残せば、またメジャーに返り咲くことが出来る。

 そう考えて交渉を行っていたグラントは、また今年も一年、日本でプレイすることになって、調整が遅れていたのだ。

 どちらにしろ話をまとめてくれるのは代理人なのだから、自分は割り切って練習をしていれば良かっただろうに。

 そのあたりの詰めの甘さも、メジャー契約が取れない理由かもしれない。




 つまり金剛寺とグラントが、開幕戦は出ないようになる。

 すると黒田はそのまま、西郷が入り、真田と同期で即戦力と言われていた、山本も入ることになる。


 一番 毛利 (中)

 二番 大江 (左)

 三番 白石 (遊)

 四番 西郷 (一)

 五番 黒田 (三)

 六番 山本 (右)

 七番 石井 (二)

 八番 滝沢 (捕)


 開幕直前のオープン戦になると、こんな感じの打線になってくる。

 珍しいことに、外国人が一人もいない。

 ただそれでも、二桁本塁打が狙えそうな選手は多い。


 いくら即戦力期待とはいえ、いきなり西郷が四番であるのか。

 だが大介にホームランを打たれて落ちこんだところに、とどめの連続ホームランを打つのが西郷である。

 ワールドカップでもクリーンナップを形成した二人であるが、あの時は四番には実城が入っていた。

 実城はなんとか一軍には上がってきているが、福岡の強力な打線の中では、まだスタメンは取れずにいる。


 長打やホームランがポンポンと出る試合。

 ライガースのオープン戦は、見ていても面白い。

 だが問題なのは、相手のチームもポンポンとホームランを打って来ることだ。


 真田と新外国人の不調が、投手陣全体に感染していると言ってもいい。

 そんな中でも山田は一人気を吐いており、大原もまた平均的な防御率を誇るので、相対的に打線の強いライガースでは、数字は去年よりやや改善した程度でも、イメージは悪くない。

 首脳陣としては悩みどころである。

 それでも前年、チームで最多勝の真田を外すという選択はない。


 開幕投手はどうするか。

 例年と同じくライガースは、センバツ開催期間中のため、開幕戦はアウェイでの試合となる。

 今年は神宮球場で、レックスが相手だ。

 レックスは大黒柱のエース東条が、ポスティングでMLBに行ってしまった。

 毎年10個前後の貯金を作ってくれる、絶対的なエースがいなくなってしまったのである。

 ただそれでも、投手陣はそこそこ厚い。

 だがこれまた、一気に若返りが進んだのも事実だ。


 吉村か金原が、有力な開幕投手である。

 だがそんな相手のことを心配するより、自軍の開幕投手を決めなければいけない。

 味方の応援というのを考えるなら、甲子園での開幕戦が、やはり大きなものとなる。

 だが地元開幕で盛り上がった応援を受けるのが、今の真田にとってはいいことだとも限らない。

 もちろん一度はちゃんと、先発で試さなければいけないのは確かだが。


「まあ、これしかないやろ」

 開幕戦の先発は山田。

 そして第二戦は真田である。

 真田にかかる精神的な負担を、少しでも和らげないといけない。

 強靭な精神力を持つ真田であるが、こういう心身のバランスが崩れるというのは、精神力とは全く別の問題なのである。

 昔はここでさらに精神論が来たのであろうが、それは現代的ではない。


 投手陣も打線陣も、それなりの問題を抱えている。

 三連覇を果たしていたライガースであるが、今年は春先から、不透明な具合になりそうであった。

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